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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
62/107

落とし前



◆ 勇者 ◆




「……」


 放課後。

 私は一学年の職員室の前にいた。


 保人くんとアランが起こした騒動が終わった後、授業はつつがなく行われた。

 もちろん、授業に身が入るわけもなく、私に止まらず教室の皆もどこかそわそわしていた。

 理由は、保人くんが私に【魅了(チャーム)】を掛けていたということと、今この教室に保人くんがいないことだと思う。

 誰もが保人くんが座っていない席をチラチラ見ていた。

 きっと、保人くんは理事長に呼び出されたんだと思う。


 正直、保人くんが私に【魅了(チャーム)】 を掛けたことよりも、アランに……間接的とは言え酷いことを言ってしまったことにショックを感じている。

 その言葉は……思い出したくないけれど、決して忘れてはいけないこと。


 その際に、私はイリシアと猛喧嘩をした。

 お互いに売り言葉に買い言葉。最後にはイリシアが完全にキレて、私という存在が消えるかも知れなかった。あの時は痩せ我慢だけど譲れないと思っていたからこそ引かなかったケド。

 今となっては違う。私はイリシアに謝らなくてはいけない。


 その前に、アランに謝るべきなんだろうけど、私の足は自然とここに向かっていた。

 きっと、負目を感じていて私自身がアランの元へ行くことを拒んでいたからだと思う。

 そんな逃げ、自分の首を絞めるだけなのに。


 それなのに、ここまで来て、私はまた負目を感じている。

 証拠に、一学年の職員室へとつながるスライドドアに手を掛けられないでいる。

 イリシアに、どんな顔をして会えばいいのか分からないのだ。


「……」


 ダメだ。最悪だ、私。

 踏ん切りがつかず、煮え切らない。

 私はしっかりと向かい合う必要があるはずなのに、ここで葛藤している暇はないはずなのに。

 両手が重い、首が重い、心が……重い。


「……ラル?」

「イリシア……っ!」


 私が手を伸ばしたり引っ込めたりとパントマイムのような動きをしていたところに私を呼ぶ声が。

 聞き覚えのある声に肩が跳ね上がり、体中の毛穴という毛穴から発汗した様な感覚に襲われる。

 下唇を噛み締め、額に伝う汗を拭い、声の方へゆっくりと振り向く。


 そこには、重そうな教材を両手で抱えたイリシアの姿があった。

 しかし、次の瞬間には私の視線は彼女から外れた。

 イリシアが居なくなったのではない、私が負目により自分から外したのだ。


 今、彼女がどんな顔をしているか私には分からない。

 否、分かろうとしていない。

 先ほど、一瞬だけ私の目に映っていた彼女は、首を傾げ、私が何故こんなところにいるのだろうと純粋な疑問を浮かべていた……ような気がする。


 暫時の沈黙。

 それを破ったのは彼女。


「立ち話もなんじゃ。コーヒーくらいは淹れるぞ? まぁ、妾の腕がそろそろ限界なだけじゃが」


 彼女は何故、笑う。




◆ ◆ ◆




 職員室へと入ると、私は職員室の隅に配置されているソファーへと案内された。

 私は便宜上、三学年なので一学年の職員室には入ったことはない。

 構造は同じだが、やっぱり置かれている観葉植物やロッカーの位置などは違う。他に違いを上げるのとしたらアランの席だろう場所が超VIP待遇くらいかな。なんせ、椅子が社長椅子なんだもの。


 職員室には雑務をする先生がちらほら。

 なのだが、私の方をチラリと見ては資料などを纏めてそそくさと職員室を出て行ってしまう。

 なにか勘違いをしているのじゃないだろうか?


「ほれ、妾の特製コーヒーじゃ」

「……ありがとう」


 少しして、イリシアが給湯室から出てきた。

 その両手には可愛らしいマグカップが二つ。イリシアが差し出してきたマグカップに一拍遅れて礼を言い、受け取る。


 一口啜る。

 私の好みの角砂糖一つにミルクたっぷりの味。

 その味なのに、どこか塩味がしたような気がする。


「なんじゃ、いつの間に他の教諭がいなくなっておるの。いつもならば日が沈み夜の帳が落ちた頃に帰るのにのぉ」

「…………」

「……ふむ。それで……妾に何か話でもあったのかや?」

「……うん」


 話。

 それが何のイリシアも分かっていると思う。それでも、こうして私に促しているということは、私の口から言わないといけないというイリシアなりの優しさ。

 だから、私はこの優しさに甘えないといけない。


 私は手に持っていたマグカップをそっとソファーの肘掛けのところに置き、立ち上がる。

 そして、イリシアの眼を見つめ、頭を下げる。

 きっちり腰を直角に曲げ、目線は下へ。


 渇く唇を舐め、言いたいことを頭の中で整理して、震える息を吸い込む。


「ごめんなさい! 私、私……イリシアに酷いこと言っちゃった。アランに酷いこと言っちゃった。それを、謝りたくて……」

「……面を上げるのじゃ。謝りたいのは分かったからの、とりあえず座るのじゃ」

「……うん」


 私はイリシアの言う通り再びソファーに腰を下ろす。

 そして、イリシアの顔を見る。

 イリシアはいつも通りの優しい顔をしているけども、どこかその優しい顔が不気味に思える。


「何から申したものかのぅ、一つだけ申すとすると、妾は怒っておらぬ。むしろ、妾が謝らなくてはならぬ」

「どうしてイリシアが謝る必要があるの?」


 どこか声色が高いイリシア。

 それどころかイリシアは苦笑いをして悪いのはこちらだと言い出した。

 当然、私はそれに対して疑問をぶつける。


「お主が魔法の類にかかっていたなぞ、妾は知らず己の誓いが無下にされたものと思い、お主に酷なことを……この通りじゃ、赦してはくれぬか」

「ちょ、ちょっと! 頭を上げてよ、イリシア!」


 その理由は私が【魅了(チャーム)】にかかっていたことを知らずに怒ってしまったという。

 そしてあろうことか今度はイリシアが立ち上がって頭を下げてきた。

 私としては完全に予想外な展開。本当だったら私はここで赦しを請いているはずなのに。


「……ではこうしてはどうかの? 妾も、悪い部分もあった。喧嘩両成敗じゃ」


 そう言って彼女はどこか恥ずかしそうに笑う。

 その時、私は理解した。イリシアは最初からこうするつもりだったのだと。


 きっと、イリシアの中でも私に対する落ち度があったんだと思う。けれど、あそこまで喧嘩した後ではいきなり仲直りをして、元の関係に戻るのは些か困難。

 だから、私の中の負目も汲んでお互いにこのことを流そう、ということなんだと思う。

 早く、私と仲直りをしたいがために。


 私は目頭がと熱くなるのを感じた。

 私が謝りたいと分かっていて、私が謝りにくいっていうのも知っていて、私が早くイリシアと仲直りして行ってことも知っている。

 それを私には伝えず、私の負目も分かっているうえで仲直りをしようと、言っているんだ。


 お互いが互い、傷つけずに。


 よく、女性間の友情はドロドロしているなんて聞くけど、イリシアとはそんな風にならないと私は断言できそう。だって、イリシアってこんなにも相手の感情を汲むことも出来るし、尚且つ自分さらけ出し尊重する。

 こんなにも心優しい友達がいて、私はなんて恵まれているのだろう。


「こぢらごそ……ご、ごべんなざい! 仲直りじてくれまずか!」

「うむ、仲直りじゃ。ほれ、そんな泣いては可愛い顔が台無しじゃぞ? 泣くでない」

「だって、だってぇ……!」


 ボロボロと、緩い涙腺から次々と涙が零れ落ちてくる。

 目の前が歪んでよく見えないけれど、イリシアがにっこりと微笑んでいることは分かる。

 私にまだこんな感情が残されていたことにも驚きだが、いつの間にか丸くなっていたことにも驚く。

 アランたちに会う前の私は結構やさぐれていたから。


「ラル、お主が今、恋慕を抱いておるのは、誰じゃ?」

「……もう、こんなこと言う資格なんてないかもしれないけど、アランが好きです……」

「良いではないか。お主だって言っておったろう? 恋は上書きが可能じゃ。それは何も間違ってはおらぬ。今、恋しておる者に対して真っ直ぐになれば良いのじゃ」

「……なんか、お昼に言っていたことと矛盾してない?」

「妾もお主を励ますのに必死なのじゃ。察してくれ」

「ふふっ、ありがとう」


 あぁ、ホント。

 敵わないな、イリシアには。

 性格も、恋も、愛嬌も。どれを取っても私では敵わない。

 これじゃあ、アランがイリシアに傾くのも時間の問題なのかもしれない。


 でも、私だってアランが好きなんだ。

 イリシアが相手じゃ、昼間の時みたいに痩せ我慢になってしまうかもしれないけど、私だって好きなんだ。

 同じ戦場には立てるんだ。


 だから、アラン……あ。

 どうしよう、私、肝心なことを忘れていたみたい。

 アランにまだ謝っていない。ここに来るときに、分かっていたはずなのに。

 最初にアランに謝るべきだと。


「……うぅ」

「な、なんじゃ!? せっかく泣き止んだというのにまた泣きおって!」

「あ、アランに……まだ謝っていない……っ!」

「……なんじゃ、そういうことかの」


 これからアランに謝ることを思い出し、更にアランに対してとんでもないことを言ってしまったことを思い出した私。

 まるでアランに対する恋の炎が消えてしまったみたいな言い方をして、あまつさえ恋を“あれ”呼ばわりをしてしまった。

 あの場にアランはいたのに。イリシアから滲み出る魔力の陽炎の奥にアランはいて、こちらを見ていたのに。


 どうしよう、アランに嫌われていたら……!

 考えるだけで身が引き裂けそうになる。私に失望したかもしれない。 

 どうしよう……!


 私がさめざめと泣いているのに対し、イリシアはさも問題ないと言わんばかりに息を吐き出す。


「ラルよ、お主はこの二ヶ月間、アランと付きっきりで過ごしてきたのじゃろう? その短い間でも分かるほどアランという人物を嫌と言うほど見てきたはずじゃ」

「うん……」

「では、そのアランは今日のことだけで嫌悪の感情を抱く人物かの?」

「……ううん」

「それに、おそらくアランには何の事だか分かっておらぬ。案ずるでない」


 違う。アランは心の狭い人ではない。

 そりゃ、アランはちょっと……どころかかなり捻くれて……言い方を変えれば、その……クズっていうか、でも真っ直ぐと言うか……。

 とにかく、捻くれていて真っ直で人間らしいのがアランなんだ。

 良い子ちゃん振るでもなく、あくまでも自分らしく、それがアランだもの、そんなアランだったらきっと……気にしていないと思う。


 ……でもちょっとは気にしてほしかったな。


「安心せい、不安ならば妾も影乍らお主を見守っておるぞ? アランは今、お魎殿の元におる。荷物もここにある故、必ずここに戻るはずじゃ。じゃから、謝るならば待つが良い」

「うん、そうだね」


 私は、頷いた。 

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