向かい合うこと
◆ ◆ ◆
「はい、どうしてこうなった」
時は昼休み。
空は天気で、まさに外で遊ぶには絶好に日和だろう。
だがしかし、俺が今いるグラウンドには遊び感覚の者なんて一人もいない。
目の前には笑顔を捨てたイケメン。
周りにはいつぞやのように生徒たちの野次馬。その生徒たちが円になるように俺たちを囲んでいるので、おあつらえ向きに簡易的なバトルリングになっている。
その中には浅菜とイリシアの姿も見える。二人とも、不安そうな顔だ。
先生的な人が止めに入りそうな気もするが、野次馬の中に体育教師の顔も見えたのでその望みは断たれたに等しい。
こういう時に限って理事長はやってこないんだよなぁ、もう。
保人の噂は俺も耳に入れたことがある。
三学年で今の時点でぶっちぎりの実力を誇り、その身麗しさも相まってか他学年にまで追っかけファンがいるほど。ファンクラブの会員は百人を超えるらしい。
学年首席で実力トップ、それにイケメンときたらそりゃ女子がキャーキャー言うよな。
そんな保人が俺に決闘を申し込んだ。
理由は言わずもがなラルだ。保人は俺の「女は力で勝ち取れ」という言葉を真に受け、この決闘に勝ってラルを手に入れようとしている。ラルの意思を無視している所は俺と似たものを感じるな。
俺に勝てる自信があるのか、真顔なのにどこか余裕が見える。俺なんて生徒に手を上げたら責任問題に発展するかもしれないという不安を抱えているのにってよ。
今からでも遅くない。説得してみよう。
「なぁ、保人。やっぱり教師が生徒に剣を向けるってのはいただけないんだよ。今からでも遅くない、止めよう」
「何を言っているんですか? 男と男の戦いにそんな理由が通じると思っているんですか? それとも、僕に勝てないから逃げるつもりですか?」
ダメだコイツ、早く何とかしないと。
漫画やアニメの見すぎだな、そう言う問題じゃないんだよ。
今は良いとして、後が怖いんだよ。保人は学生だからまだ分からんかもしれないが、これでPTAに何か言われたら俺が困る。
ましてや亥斗さんの後釜なんだから、俺がヘマしたら亥斗さんの沽券にも関わる。
あまりにもリスクが多すぎる。
俺が撒いた種だが、構ってられないな。
俺は踵を返し、野次馬の中を歩いていく。
背後から保人の叫び声が聞こえてくるが気にしない。
この選択は男としてダメなんだろうが、人としては間違っていないと思いたい。
「あ、アラン!」
「ラル?」
野次馬を掻き分けた先にいたのは、この決闘の“賞品”となるはずだったラルが待っていた。
ラルは俺を目にするなり俺の名前を呼んだが、それ以上の言葉が見つからないようで視線を泳がせている。
おそらく、【魅了】にかかっていたことを言いに来たんだろうな。
「ラルはどうなんだ? 【魅了】にかかってはいたが、ラルの本心はどうなんだ?」
「え? えっと、保人くんは、優しい人だとは思うけど……今の私は恋愛できる状況じゃないし……その……」
「ん、わかった」
それを聞ければそれでよし。
ラルは【魅了】により無理やり感情を操作されていたんだな。
しかし妙だな、【魅了】は確かに感情を術者に依存するようになるが、【勇者】ともあろう精神力を持つ人が簡単に靡くだろうか?
それとも、それほどまでに保人の魅力が高いというわけか?
「そうだ、後でイリシアと話しておけよ? かなり怒ってたから」
「う、うん。わかった」
イリシアのあの怒りようは尋常じゃなかったからな。
もし、あの怒りが俺に対して向けられていたのなら、素晴らしい形の土下座が出来るような気がする。
「おい、待てよ!」
「あん?」
ラルと話し終え校舎へと向かおうとした時、俺の襟首が何者かに掴まれ、無理やり振り向かされる。
その犯人は保人。先ほどまでの顔とは打って変わって怒りの感情が見える。
鼻息も荒く、口調も荒い。かなり怒っているようだ。
「ふざけんな! 僕と決闘をしろ!」
「だから、無理なんだからって」
「どうして!?」
「俺は教師、保人は生徒。生徒に手を上げる教師がどこにいるか。昔ならまだしも、今の時代親が黙っていないからな」
「僕の親には僕が説明する! だから関係ない!」
「はぁ?」
自分の親には自分で説明するって?
何を考えているんだコイツは。
「保人の親だけじゃない。この場合何か言って来るかも知れない親御さんは、ここに在学する生徒の分いるんだぞ? 保人の親だけ説得しても意味はない。」
「なっ……」
俺も自分勝手だが保人も相当自分勝手のようだ。
その証拠に、自分の親のことしか考えていない。まるで、自分にしか親がいないかのように。
それでも納得がいかないのか、保人はさらに食い下がる。
「他は関係ない! 僕と先生の問題だ!」
「それは違います」
「え? 理事長?」
なお俺に食い掛かる保人に訪れる人物が一人。
ここらにいる生徒たちと何ら容姿の変わらない少女。
この学校のトップの理事長だ。
理事長は俺の目の前に割り込むように保人の前に立つと、静かに見据える。
対する保人はそんな理事長の威圧感に圧されたのか少したじろぐ。
「貴方は何か勘違いをしています」
「な、なんですか?」
「貴方は生徒だということです」
理事長はそこまで言うと言葉を句切る。
それは保人に考えさせる時間のようで、理事長は保人の答えを待つが、保人は理事長を睨むだけで何も答えようとしない。
おそらく、理事長の意図をわかっていないな。
そこで理事長は一つ溜息をつき、言葉を紡ぐ。
「生徒に怪我でもあれば学校の信頼は落ちます。築くよりも早く」
「僕は大丈夫です」
「何を根拠に? 貴方が怪我をしない根拠がどこにありますか?」
「じゃ、じゃあ矛盾しているではないですか! 実技訓練だって怪我をする可能性が――」
「それは生徒同士だからです。それにより怪我をするかもしれないというのは入学前に説明をしていますし、パンフレットにだって書いています。ですが、教師は別ですよ?」
「……」
それを聞くと保人は口を閉じた。
それこそがさっきの理事長の言った「貴方は生徒」という答え。
生徒同士の実技訓練で怪我をする可能性があるというのは事前に親御さんたちに説明会などで知らせてあること。
それでも文句を言って来る親御さんはいるが、それでも大概は納得してくれる。
稀にお怪我があった場合は学校を上げて謝罪をするが、小さな怪我は許容してもらわないと困るのだ。
「それでも、貴方は納得がいきませんか?」
「……理屈じゃないんです。これは、理屈じゃないんです!」
「理屈、ですか?」
理事長の眼がスゥッと据わる。
「これは男の戦いです! 理屈では説明がつきません! 責任は僕がとります!」
「責任? 貴方が? 知っていますか? 生徒が起こした責任は学校と貴方の両親が持つんですよ?」
「それを、僕が持ちます!」
「……話になりませんね、貴方は先ほどとは違う勘違いをしているようですね」
一拍、
「生徒とは、守られる存在なのです」
理事長が言うそれの意味。
つまり、生徒には席にを持たせることが出来ないということ。
しかし、保人はそれの意味を理解できなかったのか更に言葉を放つ。
「話にならないのはこっちの方です。貴女方は感情というものは無いのですか!?」
「感情? あるに決まっているではないですか」
「それならなぜ、生徒の意見を汲んでくださらないのです!」
「汲んだら、貴方はレイト教諭と戦おうとするではないですか」
「当たり前です!」
なんだよ、これじゃあただ駄々を捏ねている子どもと一緒じゃないか。
本当に保人は高校三年生なのか?
小学校低学年と一緒……いや、まだ小学生の方が素直だ。
それともなんだ、意固地になっているだけなのか?
「……貴方、このままでは停学になりますよ?」
「なんでですか! 僕はただ、頼んでいるだけではないですか!」
「いい加減黙りなさい!」
「っ!?」
怒号。
俺は初めて理事長の怒鳴り声を聞いた。
それどころか、理事長の怒った姿を見たことが無い。
いつもは淡々とお小言を言うだけの理事長だが、今回は怒りを露にしていた。
他のものも同じなのか、驚愕の表情を浮かべて理事長を見ている。
「貴方は学校に多大な損害を与えるかもしれないということを、なぜ分からないのですか」
「……」
「貴方がこのままレイト教諭と戦うことを望むのなら、私は貴方を規則に則り処分を下さなければなりません」
「規則……」
「はい、校内の風紀を乱すものには、それなりの処罰を下します」
それなりの処罰。
さっき理事長が言った停学はもちろん、下手をしたら退学になる恐れがある。
いや、退学は無いか、謹慎処分がいいところだ。
別に何か犯罪を犯したというわけではないし、指導が入ったりはするだろうが、そこまで悪いようにはされないはず。
ここで大人しく引き下がったらな。
「大人はいつもそうだ……規則だなんだので……僕たちを縛って……」
「縛る? 法や規則は縛るためにあるのではありません。物事には制限を決めないといけません。でなければ際限なく物事が広まってしまいますから。法や規則は、物事の範疇を逸脱しないためにあるのです。若者の言葉を借りるのならば“正義”です」
「それが……正義ってやつですか? それが正義なんですか!?」
……往生際が悪いな、オイ。
「正義は人を助けるためにあるものです!」
「……根本的におかしいですね。正義の味方とは“目の前で困っている者の味方”ではありません。俗に言われる正義とは“法律の味方”ですから」
「……なんで、誰も分かってくれないんだ」
「分かってくれない? 分かってくれないのは貴方です。いい加減分かりなさい、貴方は決闘をすることは叶わない。そして、貴方はレイト教諭には勝てない」
そう言って俺の方を見る理事長と保人。
保人は睨み付けるように、理事長はいつも通りの何を考えているかわからない顔で。
コレは何か一言言えってことなのか?
とは言っても、何を言えばいいんだ。俺は確かに保人より実戦経験があるが、勝てる勝てないかと言えば、多分勝てない。
才能ってのは努力をした者に対しての最大級の侮辱だが、この世は才能で決まるんだ。
物語の主人公が急激に強くなるのもそうだ、小さい頃から努力していた者たちを一瞬で追い抜くのも主人公たる才能の一つ。
そんな才能がコイツにはある。
俺には無い。それだけで勝敗を分けるには充分だ。
だけど、ここで俺が保人に勝てないなんて言ったらさらにややこしくなるからここは嘘を吐こう。
「そうだぞ、アンタはアランには勝てない」
「え? が、亥斗さん?」
いざ俺が口を開こうとした時、野次馬どもを掻き分けてやってきた人物が一人。俺がこの学校で働くことになった原因の人、亥斗=エルロンだった。
亥斗さんはどこか疲労の色が見え、着ている冒険服も傷だらけだ。ということは、亥斗さんの仕事が終わり帰って来たということだ。
突然の亥斗さんの来訪に保人はたじろぐが、相も変わらず理事長だけは表情を変えない。
亥斗さんは保人の前までやってくると、深いため息を吐いた。
「聞いた話だと、そこにいるアランはドラゴンをも退けたそうだ」
「ど、ドラゴンを? 何を言っているんですか。ドラゴンを一人で退けるなんて……【七英雄】でもない人間に、そんなことが……」
「いや、その場に居合わせた人から聞いたからな。本当のことだ」
「そんな……」
そこまで聞くなり保人はガックリと膝を折った。
項垂れ、手に持っていた得物を手放す。どうやら、ようやく心が折れたようだ。
何か俺がドラゴンを倒したことみたいになっているが、ここは口を閉じるべきだろう。
なんだか後味の悪い終わり方だが、これでこの騒動は終わったのか。
野次馬である生徒たちは皆一様に浮かない顔をしており、この結果に納得がいっていないような気がする。
とは言っても、これが現実。
すべて納得がいく結末になるとは限らないのだ。
そんな俺が、一番納得がいっていない。




