自己満足
昼ご飯を食べ終わった俺たちは、別段やることが無いのでそのままベンチで雑談をしていた。
話の種は主に俺がいない間のことで、イリシアは楽しそうに喋っている。
俺がいない間にも結構出来事があったそうで、ラルが昼食代をイリシアに借りに来たり、イリシアがプールの授業で溺れかけたことあったそうな。
そのプールの授業を是非とも見学したかったが、残念ながら叶わぬ願い。プールの授業があったとしても男子担当だ。
「そう言えばラルはどこにいるんだ? せっかくだし帰る前に一目見ておきたいんだが」
「ラルなら昼休みの間はよく屋上へ向かっているのう。おそらく今日もそこにいるはずじゃ」
「じゃあ、行こうか」
ラルの話題が上がった時、俺はどうせならラルにも会いたいと思いイリシアに居場所を訊ねると、どうやらラルは屋上にいる様子。
そうと決まれば屋上へ向かおう。
「そう言えばラルも決心した様じゃぞ」
「決心? なんの?」
「決心は決心じゃ。アランはドシッと構えておるだけでよいぞ」
「お、おう」
そんな意味の分からないことを話しながら屋上へと向かう。
途中、生徒たちとすれ違う時にイリシアと二人でいることをからかわれてしまうが、俺としては疚しいことなんて無いので、存分にスルースキルを発動。
イリシアもどこ吹く風で、逆にからかうように俺の腕を己の腕を絡めてきた。イリシアもいつの間にか人間臭くなったなぁ。
そして、三階のさらに上、屋上へと続く短い廊下へと辿り着く。
屋上は景色が良いので絶好の昼食ポイントだとは思うのだが、なにやらカップルで行くことが多いそうなのでカップルの少ないこの学校の生徒が行くことは少ないのだそうだ。
それもそうだ、一人でカップルが居る中で黙々と食べ続ける精神力など早々あってたまるものか。
そして、校内と屋上を隔てる観音開き扉を開け放つと、一気に夏の暑い風が吹き込んできた。
それと同時に屋内と外の光量の差に目を眩ます。瞳孔が開くまでの間はホントに無防備になると痛感。
そして、発見する。
ラル、
「あはは、そうだよね。やっぱりチョコはキノコだよね」
それと、
「うん、タケノコなんて邪道だ」
楽しそうに喋るイケメンを。
「……おっと」
コレはいけない。
俺たちはお邪魔のようだ。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえと言うくらいだし、ここは大人しく退散しよう。
そう思い、イリシアの方を見るが、なぜだかイリシアは可視出来るほどの魔力を放出し始め、表情が憤怒のソレに変わっていく。
その顔はまるで赦せないと言わんばかりに。その行動すら赦せないと言わんばかりに。ラルを睨んでいた。
俺は背筋に悍ましいものが這いずり回る様な感覚と共に、躯が凍り付いたように動けなくなる。
視線はイリシアからラルの方へ。酷く悍ましきはイリシアではなくラルの方。
これから、イリシアが、意識せずとも【魔王】たるものが、憤怒の感情を露にしてラルへ何をするのか。
それが真に悍ましき。
一体ラルはどんな鈍ましいことをしたのか。
目を、離せない。
あ、イリシアはタケノコ派だったのかな?
俺? 俺はチョコ自体ちょっと……。
「……」
腹の底に響くプレッシャーを放ちながら、故に無言でラルの方へ歩む
さすがに二人も気付いたのか、顔を合わせての雑談を止めてイリシアの方を向く。
ラルは依然として何ともない顔だが、イケメンの方はただならぬものを感じ取ったのか額に汗を浮かべ始めた。
ラルは流石と言ったところか。あのプレッシャーを浴びて顔色どころか顔のパーツが微動だにしない。
俺はもうこの世の終わりなんじゃないかという顔をしているだろう。
「どうしたの? イリシア」
「どうしたの、じゃとぉ……?」
接触。
総員、第一種警戒態勢。
「その殿方とはどのような間柄なのじゃ……?」
「どのようなって……特別な?」
緊迫。
「あの日、二人言い合い、誓い合ったことは、なんじゃったのじゃ?」
「あの日?」
「ふざけるでないッ!」
ゴウッとイリシアを中心に一陣の風が吹き荒れる。
魔力がキャパシティーを超え、行き場のなくなった魔力が空気中に鉄砲水のように放出されたのだ。
心なしか雲行きまで怪しくなり、台風の前触れのような頬を撫でる風まで吹き始める。
イリシアはもう怒りを隠そうとはせずにラルを睨む。
ラルは感情などというものは消えうせたかのような顔をしている。
まさに一触即発。ここに、【魔王】と【勇者】の最終決戦が始まろうとしているのか。
「あの日、お互いに、お互いに確かめ合い、妾の前に立ち塞がったお主は……お主は偽りだったと申すのかっ……!?」
「あぁ、あれね。私はいいよ」
「な、どういうことじゃ!」
「うーん、こう言えばわかるかな?」
にっこり。
「女って、上書きが出来るの」
「貴様ぁああああああッッ!!!!」
天候が荒れ、風は吹きすさぶ。
いったい何が彼女をそこまでさせるのか。
温厚で滅多に怒らない彼女がかつてここまで怒ったことがあっただろうか?
親が殺され、それでもなお叫び声を飲み込んだ彼女が。
俺が腑抜け、胸を貸して、優しく慰めてくれた彼女が。
飯を投げ出してもなお目の前で微笑んでくれた彼女が。
今、最高に怒っている。
「見損なったぞ……!」
「ごめんね、でも嫌いになったわけじゃないの」
「それを本人を前にして申せるのか!」
「……ねぇ、イリシア? 人を好きになって何が悪いの? そりゃ、切り替えが早いって思われるかもしれないケド、好きになったからには仕方ないじゃん」
「……もう、よい」
このまま三年前の戦いの再現かと思ったら急にイリシアを纏っていた魔力が勢いを無くし、空気中に霧散した。
イリシアの表情には疲れ現れており、もうどうでも良いという感じだ。
肩を落としたイリシアはトボトボとこちらに戻ってくる。
その姿は見ていて痛々しい。庇護欲をそそる。
そう言えばイケメンがどうなったかというと、どこか緊張の糸が切れたと言わんばかりの表情をしていたが、直ぐにラルの方へ顔を向けてしまった。
イケメンはあんなことが起きても動じないのか。凄いな。
「アラン……」
「イリシア……?」
憔悴という言葉これほどまでに当てはまる状況を俺は他に知らない。
フラフラとした足取りで俺の元までやってくると、イリシアは無理な笑顔を浮かべた。
しかし、今にも泣きそうな顔だ。
「妾は、アランのことを好いておるぞ? だからの、妾はどこにも行かぬ。だから……妾と二人で、旅を続けることも考えてくれぬか……?」
「え? あ、あぁ……」
そう言ってイリシアは三階に繋がる階段を下りて行った。
俺はどうしたものかとオロオロして、とりあえず何があったのかラルに訊ねようとして再び屋上側へ振り向く。
すると、イケメンが俺の存在に気付いたのか、こちらを向いて勝ち誇った顔をすると同時にラルとキスしようと顔を近づけた。
……なんだ。
ラルにも信頼が置ける人が出来たんだな。もしかしたらラルがここに残るかもしれないということで、イリシアはさっき二人で旅をする的なことを言っていたのか。
それなら納得……は出来ないな。世界の危機かも知れない状況で色恋沙汰は出来るなら遠慮してほしい。
けれど、さっきラルが言っていた通り好きになってしまったものは仕方がないんだ。
そう仕方ないんだ(血涙)。
でも、嫌だな、なんか。
娘が知らない男とキスをするのを見ているみたいで。俺には止める権利はない。
でも、これもいいのかな。
それがラルの幸せなら、さ。
祝ってやろう。
あ?
だれだオメェ。
オメェだよオメェ。
しらばっくれてんじゃねぇよ。
それがラルが幸せなら?
何様のつもりだよ。
止める権利はない?
んなの初めからねぇよ。
祝ってやろう?
保護者かよ。
嫌なんだろ?
嫌なんだろ!?
確かにテメェはラルの保護者じゃねぇ。
だけど嫌なんだろ?
権利は作れ。オメェで作れ。
オメェが作らねぇなら俺が作る。
俺はラルが居なくなるのが嫌だ。
だから止める。
だからゴメン。
今の俺たちの旅にはラルが必要なんだ。
この先、ラルが居なくなっては【魔王】を倒せる確率は低くなる。
それに、ラルは俺たちの中で唯一【神】様と面識がある。物事を頼む際に面識が有るのと無いのでは全然違う。
自分勝手だと言うならそうだと胸を張ろう。
自慢じゃないが俺はラルのことで自分勝手になるのは初めてじゃない。
以前にも自分勝手になったことがある。
「ちょっと待て」
だから俺は止めに入った。
俺が“嫌”だから。
「なっ!?」
「アラン!?」
当の二人は俺が間に割って入ると思わなかったのか驚愕の表情をしている。
ラルは本当に驚いた顔で。イケメンは邪魔が入ったという驚いた顔で。
しかし、イケメンは直ぐに持ち直し、爽やかな笑顔で俺を挑発する。
「あぁ、先生じゃないですか。ここは僕の顔に免じて赦してもらえませんか?」
「はぁ?」
何を言っているんだコイツは。
このイケメンは自分の顔に百万ドルの夜景並の価値でもあると思っているのか?
「アラン、私からもお願い!」
そう言ってこのイケメンのように赦しを請うラル。
しかし、このラル……どこか様子が変だ。顔色っていうか……あまりにも血色が良過ぎる。
それに、瞳にハートマークがある。
ははぁ、なるほど。
「おい【魅了】使うなんざ卑怯だな」
「な、なんで……」
図星なのか、イケメンはさっきまで満面の笑顔だったが、一瞬にしてその顔が信じられないと言う表情になった。
【魅了】ってのは自分の魅力を最大限まで引き出す魔法だ。
よくいる人は【魅了】を魅力を底上げすると思っているが、それは間違い。
自分に魅力が無きゃ効力を発揮しない。
まさにイケメンにはもってこいに魔法だ。
しかし、【魅了】は結構な素質が無いと使えないのだが、この際どうでも良い。
問題はこの好意についてだ。
もし、ラルはこの【魅了】でこのイケメンに惚れているのだったら俺は殴らねばならない。いや、教師としての立場があるから殴っちゃダメだけどさ。
イケメンは何で俺に【魅了】が効かないのか分からないらしく、先ほどから何かブツブツと唱えている。
しかし、俺には無意味だ。
「俺になぜ【魅了】が効かないのが気になるのか? 教えてやろう! 街のキャバクラの姉ちゃん達に嫌って程使われりゃ慣れるわぁ!!!!」
首都にいた頃、いったいどれだけ絞られたか……思い出すだけで鳥肌が立つ。
ヘロヘロになった俺に【魅了】の対処法を教えてもらったのは皮肉にもスナックのママであるヒバリさんだった。俺にはもう既に抗体が出来始めていたらしく、後はそれを助長するだけで済んだという。
だが、今重要なのはそれじゃない。
「おい、よく聞け。女ってもんはよ、力で勝ち取りな。自分の力で、自分の精一杯で、自分の包容力で! それが男ってやつだ」
こんな偉そうな口だけど彼女いたことありません、はい。
イケメンは俺の言葉を聞くと目を見開き、顎に右手を添えて何やら考える素振りをする。
そして、口端が吊り上がり、俺の眼を見据えて口を開く。
「わかりました。では、アラン先生。僕、保人は先生に決闘を申し込みます」
……はっ?




