世間はそんなに冷たくないが温かくもない
◆ ◆ ◆
「では、私たちはここで」
「はい、ありがとうございました」
「礼を言うのはこちらの方だ。まさかドラゴンを従えてしまうとはな」
「いや、従えては……」
「なんにせよ、助かった。ありがとう」
「いえ、身に余るお言葉です」
あれから、ドラゴンからイリシアを任された後、外にいた皆と合流した。
三人にどう説明したものかと悩みつつ外に出ると、そこには目を輝かせた浅菜と関心を寄せた貴族と乳首パパスが立っていた。
そして、浅菜の開口一番が「聞きましたよ! ドラゴンを口で負かしたんですよね?」という意味の分からないことだったのは記憶に新しい。
聞けば、ドラゴンが洞穴から飛び立ち外に出てきた際に、ドラゴンが外にいた三人に話しかけたそうだ。いきなりのことで混乱していた三人だったが、ドラゴンは俺に礼を言っておいてくれと言い、そのまま東の方へ飛び立っていったそうな。
それをどう解釈したのか、俺がドラゴンと問答を繰り返した果てに言い負かしたと思い込んだのだと。
説明をするのが面倒だった俺はそう言うことにしておいた。
嘘も方便だ。
そして、村に戻ってみたところ、なんと村は跡形も無くなっていた。
更に驚いたことがある。
「なぁ、浅菜。本当に村の記憶が無いのか?」
「だから、村なんてありませんでしたよ? 私と先生は野宿をしていて、そこにたまたま五十鈴さんたちが通りかかったんですよ。やっぱりまだお酒が抜けていないんじゃないんですか?」
とのこと。
何と浅菜は疎か貴族と乳首パパスの中からも村のことがきれいさっぱりと消え失せていたのだ。
貴族たちとは大、岩の窪みで野宿をしていたところ、同じくドラゴン目当てでやって来たと言うことになっている。
なぜ俺だけが覚えているのか分からないが、むしろおかしいのは俺で本当に村は最初から無かったのかもしれない。なんせ、俺しか証人はいないのだから。
まぁ、今となってはどうでも良いことだ。
「さて、俺たちも行くか」
「はい」
貴族たちとイース・ロンドで別れ、俺たちも報告のために学校に戻るとする。
討伐隊のために情報を集めてくるはずが、その大元を解決してしまったと言ったらどうなるのだろうか?
勝手なことをしたということで怒られてしまうのが関の山だろうが、心の片隅で誉められるのではないだろうかという期待もある。
しかし、その期待は出来るだけ持たないでおこう。
信じた者だけに裏切りがあるのだから。スイーツ(笑)。
「先生」
「ん? なんだ?」
賑やかな街の中を進んで行き、学区に入ろうとしたと時だ。
浅菜が俺の服の裾を掴み、呼び止めたのだ。突然のことだから少し驚きつつも浅菜の方を見る。
浅菜はどこか不安そうな顔でこちらを見ていたが、直ぐに裾を離した。
俺はどうしたのかと思い、浅菜が話すまで少し待ってみることに。
「……どうした?」
「……」
「……」
「……先生」
「なんだ?」
「…………わ、私も理事長に報告しなきゃいけないんですかねぇ! あは、あははは!」
俺は違う意味で溜息を吐く。
浅菜はさっきまでの不安そうな顔とは打って変わってケラケラと笑い出した。
少し、無理して笑っているような気もしないわけではないが、それは不安からくるものだろう。
「なんだ、そんなこと心配していたのか。大丈夫だ、報告には俺だけで行く」
「あ、本当ですか? よかったよかった」
「忘れているかもしれないが、実戦やドラゴンの論文の提出を忘れるなよ?」
「げ、そのまま忘れてくれてればよかったのに……」
「生憎、人の嫌がることは忘れないモンでね」
「性格悪っ!」
性格が悪いのはお互い様だろうが。
学校に着くと、そこで浅菜と別れた。なんでも職員室に顔を出してから寮に帰るのだとか。
俺は理事長にこの一件を報告するために理事長室を目指す。
今の時間は四時間目くらいで、廊下には誰一人として見当たらないが、教室の中からは時折笑い声や教師の声が聞こえて来る。それを聞いて、俺はようやくここに戻ってきたのだと実感した。
時間にして六日間。行きに二日、二日滞在して、帰りに二日掛かった。
一学年はまだ修学旅行中だ。それに振替休日があるから俺が一学年の授業が出来るのはまだ先のこと。
さて、理事長室に着いた。
俺はドアにノックを三回した後に、理事長室の中へと入る。
「失礼します」
「おや、思ったよりも早く帰ってきましたね」
理事長であるお魎さんは己の席に座っており、書類に目を通していた。
眼鏡をかけたその姿は、やはり俺よりも一回り年下だとは思えない。
俺の方を見ずに俺だって分かるのな。あ、声で分かったのか。
「件の報告ですが、今よろしいですか?」
「えぇ、どうぞ」
了承をもらったところで俺は理事長室の中へ入る。
理事長は腰を上げ、来客用の椅子に腰掛けたところを見るとちゃんと報告を聞いてくれるようだ。
依然、生徒からの要望を纏めた書類を持って行った時はまともに取り合ってもらえず、手にしていた書類から目を離さずに俺の話を聞いていたために軽く殺意を覚えた記憶がある。
今回はイラッとすることはなさそうだ。
「えぇと、結果から申しますとドラゴンは暴れて等はいませんでした」
「その根拠は?」
……あれ?
そう言えばドラゴンは村を襲っていたから俺たちが行ったわけで、いないことになっている今どういう理由で俺たちは行ったことになっているんだろう?
……まぁ、いいや。今はそんなこと考えてもしょうがない。
「ドラゴンの生息区域に近づいたところ、同じくドラゴンを目的としている貴族様と出会い、正式に依頼を出されドラゴンに接触しました」
「それは止むを得ずですか?」
「はい。断るならばその場で斬り捨てられる恐れがありましたので、浅菜を連れている手前断れる状況ではありませんでした」
「そうですか、続きをどうぞ」
よかった、これで勝手なことをしたということになれば困っていたところだ。
俺の独断で浅菜に迷惑を掛けるわけにはいかなかったし。こういうところで責任問題に発展するから心臓に悪い。
それに、今の時代は親が子供に何かあったら直ぐに上に報告するからな。浅菜を傷つけるわけにはいかなかった。
親も親だ。学校に子供を預けているんだから学校のルールに従ってもらうのには納得してもらっている前提だ。もちろんこういう怪我をする可能性の高い学校に入れているんだ、だから怪我をする前提で考えてもらいたい。
他の先生が言っていたが、久しぶりに息子に会ったが前には無かった傷跡があった、学校は何をしているんだ……だなんて話を聞いた時は眩暈がしたね。
それは戦闘の授業もするんだから怪我をするのは当たり前で、怪我をさせたくないなら大人しく商業系の学校に入れろってんだ。
ましてやいじめがどうのこうって……いじめは人間として、動物として当たり前のことなのに何を言っているんだよ……。大切なのはいじめを無くすことじゃなくて、いじめられている子どもをどうやって奮い立たせることじゃないのかよ。
おっと、閑話休題。
「ドラゴンが住むという霊峰へ足を運び、ドラゴンと相対しました。ドラゴンは知能を持ち、言語を解しているようでしたので会話し、暴れているということを否定しました。前もって手に入れた情報と照らし合わせたところドラゴンが言っていることは本当のことだと判断致しました。これが話し合ったという証拠のドラゴンの鱗です」
「ふむ、白い鱗ですか。確かにドラゴンの鱗ですが、貴方が勝手に判断してはいけないことですよレイト教諭」
「っ、申し訳ありません」
俺は前もって考えていた“言い訳”を理事長に話すと、やはり理事長は渋った顔をした。
鱗は洞穴内に落ちていたのでそれを出汁にしたわけだが、どうも信憑性が薄い様だ。
それに俺が危険ではないと判断したことを怒られてしまった。やはり軽率な行動として見られてしまったのか。
「では、貴方の言っていることが本当か確認すべく人を遣わすのでドラゴンが住んでいたという洞穴の詳しい地図を、後はその貴族とやらにも確認を取りましょう。名は何というのです?」
「五十鈴……と名乗っていました」
「五十鈴……分かりました。心当たりがあるので、事の真相が判明し次第報告しますので、貴方は提出するものを提出したら今日は上がってよろしいですよ」
「わかりました。失礼します」
立ち上がり、理事長室を後にする。
そして、学校内にある自動販売機でジンジャーエールを買ってやっと一息。
ちっ、生きた心地がしなかったぜ。
ホント、あの人は心臓に悪い。きっと将来の旦那様は苦労するだろうよ。
今、できるならラルとイリシアに会いたい。あの二人は俺にとっての癒しだからな、若く可愛い女性と会話するのは男としてとても嬉しいことだと思うね。
「ぬ? アラン、アランではないか!」
「お? イリシア! 久しぶりだな」
中庭に移動し、樹齢何百年か知らない巨木の根元に備え付けられているベンチに腰掛けていると、昼休みを告げる鐘と共にイリシアが現れた。その手には弁当らしき包みが。
そう言えばイリシアは料理の勉強をしていたなと思いつつイリシアに挨拶をする。
久しぶりのイリシア。
イリシアは俺と出会ったことを嬉しがっているのが、見てわかるのでこちらとしても嬉しくなる。
自惚れではないことを信じたい。
しばらくぶりに見たイリシアは、当然というか俺の記憶の中のイリシアと差異は無かった。
強いて違いを上げるのならば、服は旅服の茶色い色褪せたローブではなく、胸元にリボンをあしらった女学院の制服に似たローブを着ていた。とても似合っている。
しかし、
「あれ、イリシア。カラーコンタクトはどうした? 目が赤いぞ」
イリシアの眼が赤いままだった。
魔物は総じて瞳が赤く、逆に目が赤くない生物は魔物ではない証拠となる世界の常識。
イリシアも魔物のため、目が赤いのでカラーコンタクトを使用して隠しているのだが、今のイリシアは、目が赤い。このままでは魔物と疑われてしまうだろう。
だが、イリシアは何かを理解した顔になり、俺の隣に座った。
しっかしこうして見るとホントイリシアは小さいな。
「心配には及ばぬ。妾の幻術を用いて瞳の色を隠しておる」
「一日中してて魔力が枯渇しないのか?」
「うむ、消費量は少ないのでの。しかし、アランには見えておるのが不思議じゃな。もしや精神面に左右されるのか……であるのならば、魔力を練る際に消極の魔術も練り込んでみる……ダメじゃ。それこそ精神面に左右しかねん。うーむ……」
「あの、イリシアさーん?」
目が赤いのは隠しているそうなのだが、どうやら俺には見えてしまっている様子。
イリシアはそれではダメだと思ったのか、何やらブツブツと呟いて考え始めてしまった。
イリシアはトイレの時にもこんな風になる時があるから困り者だ。おかげで一回漏らしたことがある。
「う、済まぬ。また悪い癖が出ておったか」
「いや、それで助かっていることもあるから良いんだけど……」
「他ならぬアランと話しておる時にコレは良くない。何とかコントロール出来る様精進する必要があるの」
「そうか、なら“やってみな”」
「うむ、“やってみる”のじゃ」
二人顔を合せて笑う。
「腹減ったな。俺、学食行って来るよ」
「……のう、アラン? よかったら共につつかぬか?」
「いいのか? それでイリシアは足りるのか?」
「うむ、最近は練習のために少々多く作っているのじゃ」
「それなら、ご相伴に預かろうかな」
そう言えば今の時間はお昼で、お腹が減ったので学食へ食いに行こうとしたところ、イリシアがその手に持っていたお弁当を一緒に食べないかと言ってきた。
イリシアが良いというのなら、ぜひともいただこう。
しかし、箸が一つしかないのでどっちみち一回購買に顔を出さなければならない。
さすがに年頃の女性が一つの箸で食べるのはいただけないだろう。
そう思い、ベンチから腰を上げようとすると、イリシアからこんな言葉が。
「心配せずとも、予備の割り箸くらい常備しておるぞ」
さすがイリシアだ。
しっかりしてらっしゃる。
「じゃあ、いただきます」
「うむ、召し上がれ」
イリシアの今日のお弁当はサンドイッチにサラダに生魚を絡めたものだ。実に女の子らしい献立。
そして、イリシアの言う通り一人分にしては些か多い。もし食べきれなかった場合はどうしているのだろうか? 捨てているのならもったいない気がする。
サンドイッチを一口。
具はハムにマヨネーズ、それにチーズにレタスだ。
うん、口の中が幸せだ。
「うん、美味い」
「そうかの? よかった……」
「最初のころは何かこの星には存在しない生物を創っていたからなぁ」
「うむ、それがの、どうやら火を使うとそうなるらしいのじゃ。だからの、こうして火を使わぬ料理を、とな」
火を使うと生物を創ってしまう……か。
まるで神話に登場する神々みたいだな。火を使い創造するってとこが。
サラダも美味い。
コレ、マリネって言ったっけか?
でも汁物は入っていないからマリネではないな。まぁ、美味しいからいいや。
そしてイリシアの分が後一口で食べ終わろうかという時だ。
そこで事件は起きた。
「あぁっと、妾の箸がー」
「ん?」
最後の一口というところでイリシアの箸が地面に落ちてしまった。
なんか棒読みのような気がしたが、イリシアがわざとそういうことをするとは思い難い。
ここは予備の箸を使うだろうと思ったのだが、俺の思いは良いのか悪いのか知らないが外れることに。
「予備の箸はもう無い。こうなってはアランの箸を使うしかないのー」
「え? ちょ」
「では……んぐ。ふぅ、美味しかったのじゃ」
「ご、御馳走さま」
「うむ、お粗末様」
予備の箸が無いそうで、ならば違う手段を考えようとしたのだが、イリシアは俺の箸を半ば強引にひったくって、残りのサラダを食べてしまった。
呆気に取られている間にイリシアは食べ終わり、昼ご飯は無事完食。
イリシアって無邪気な子どもって訳じゃないよな?
人間で言うともう二十歳は越えているんだよな、確か。
こんなオッサンの箸を使って平気なのだろうか?
その旨をイリシアに言うと、
「構わぬぞ? アランのならな」
とのこと。
もしかしてイリシアは俺のことを……?
と思ってしまうのが童貞の悪いところ。過去に何回もこの勘違いで酷い目に会ってきたのだからいい加減学習しましたよ、えぇ。
しかし、こうして見るとやっぱりイリシアは可愛いな。




