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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
58/107

描く梁



◆ 一般ぴーぽー ◆




「この山の中腹に洞穴がある。その中にドラゴンがいるそうだ」

「険しいな。これ、どうやって登るんですか?」

「安心しろ。途中までは緩く開けた道がある。洞穴はそこから外れた場所だ」


 あれから幾許か。

 魔物に襲われながらもドラゴンが潜む山の麓までやって来た俺たち。

 ここは霊峰だそうで、祀られている神々のおかげか下手な魔物は出ないそうだ。

 ということは、ここに潜むドラゴンはその神々の加護をものともしない力を持っているということ。


 俺としては平和的な解決を望んでいるが、そういうわけにもいかないだろうな。

 俺の知る竜……もといドラゴンは知能が有り、話が出来る相手なんだが、情報を信じるなら開幕火炎放射もあり得る。

 多分、俺たちがここに来ているのも、もうバレているだろう。


「では、登るとしよう」

「我が主、隊列はどうしましょう?」

「そうだな、いつドラゴンが現れても良い様に先生が一番前、二番目に私、三番目に浅菜さん、殿はアルバス、貴様に頼む」

「あいわかりました」


 俺が一番前だと?

 それは何か危険があれば俺に真っ先に降りかかるわけでして、そして後続のために逸早く危険を察知して知らせなくてはいけないわけでして、俺にそこまでの集中力は無い。断言してやる。


 だからと言って文句が言えるはずもなく、貴族の言う通りの隊列で山を登っていく。

 この山は岩山で、俺たちを遮る木々が無いため空からは丸見えだ。

 さらに登山道などあるわけもないこの岩山を登るには一苦労。浅菜は早くも息切れを始めた。

 極め付けは初夏の太陽。このギラギラとした太陽が俺たちの体力をガリガリと削っていく。


「うあぁぁ……」


 登り始めて数時間。お天道様が真上に来るか来ないかぐらいの時間。

 ついに浅菜がうめき声を上げ始める。

 俺も汗が滝のように流れていく。胸当の中に着ている服が汗でへばり付いて気持ち悪い。

 乳首パパスも汗を流して辛そうだ。

 唯一、全身鎧を装備している貴族だけが変化ない。


 と言うか貴族はそんな暑苦しいものを装備していて倒れないのだろうか?

 中の温度は恐らく高温で蒸し焼きになっても仕方がない。

 ここは俺が気を使うべきなのだろうか。


「少し休憩しますか?」

「いや、ここで立ち止まってはいつ襲われるかも分からない。それに、目的地まであと少しだ。このまま進もう」


 とのこと。

 このまま進んで、更に消耗した体力でドラゴンと戦えるものなのだろうか。

 水だけは豊富に持ってきたので脱水症状になることはないだろうが、このままではいずれ倒れてしまう。


 不満を持ちつつも進み続ける。

 そして、今まで進んできた道から少し外れた場所に大きな洞穴があるのが見えた。

 俺は後ろを振り返り、後続の人たちに目を向ける。


「貴族様、あれですか?」

「あれだな。よし、ここからは貴様と浅菜さんで行くんだ。私とアルバスは出口付近で待機をする。いいな、アルバス」

「はっ」


 いよいよか。

 ちくしょう、こんな時になって心臓が速くなってきた。

 あまつさえ不安まで出てきやがった。

 本当にあのドラゴンに勝てるのだろうか。本当にドラゴン相手に水具が通用するんだろうか。

 そんな不安が俺の中を駆け巡る。


 あぁーやべぇ。逃げてぇー。


「では、先生。……行きましょう」

「浅菜、顔が真っ青だぞ」

「あはは……なんでしょうね、今思えば私が役に立つわけがないのに、なんで乗り気だったんでしょうねー」


 ほら見たことか。

 一時期調子に乗ったツケが廻って来たんだ。

 ……それは俺もそうか。


「状態変化【水具】……っふぅ」


 水具になるのも忘れない忘れない。

 水具の能力は水なら何でも操ることが出来るっていう能力だと思う。

 だって、自分の血流ならもちろん、空気中の水分や川の水と海の水も操れたし。

 一回、ちょっと出来心で魔物の血流を操って破裂させた時はさすがに後悔したな……はははは。

 けれど、その場合魔物に触れていないと操れなかったケド。

 多分、私が触れていることが発動条件なんだと思う。


「先生、なんか涼しそうですね」

「体表面に水の膜を張っているの。少しはマシかな?」

「えぇー! なら私にもやってくださいよ!」

「嫌よ。これって結構集中力使うの。それに、間違って溺死させたくないし、ね?」

「……溺死は嫌です」


 私は空気中の水分を操り、水のコートを着ることによって暑さをしのぐ。

 最初からこうしておきたかったんだけど、女性のまま登っていたら絶対体力が持たなかったからしなかっただけ。

 その点、浅菜と貴族様って体力あるんだね。


「ドーレンの【勇者】よ、中へ入るが良い……」

「っ!?」

「これって……ドラゴンの声ですか?」


 洞穴の奥から響く声。

 腹の底から出したようなくぐもった声を聴いた瞬間、私の肌と言う肌が鳥肌になる。

 毛は逆立ち、目は開かれ、洞穴の奥を睨むように凝視する。

 無意識のうちに短剣である水具を構え、体勢を低くしていた。

 洞穴は風が吹き抜けているようで、生暖かい風が頬を撫でる。


 生唾が、喉を通る。


「行きましょう」

「はい」


 息を潜め、ゆっくりとゆっくりと洞穴の中へ歩を進める。

 もうドラゴンにはバレているはずなのに、それでも慎重に進んでいく。

 洞穴は広く、ドラゴンでも容易にこの中を進んでいけるほど。

 故に障害物は見当たらない。己の身を隠してくれるものは無いのだ。


「っ」


 やがて最奥。

 これまで進んできた道とは比べ物にならないくらいに広い空間が広がっていた。

 その中央にまるで石像のようなドラゴンが鎮座していた。

 鱗は白く、長くしなやかな鎌首の先には麒麟の頭。サファイアのように綺麗な瞳はこちらを見据えている。蝙蝠の様な翼に、太く巨木の様な脚。細く短い腕の先には丸い爪。

 そして、天井に開いた穴からは木漏れ日のような日差しがドラゴンを照らす。

 そのすべてが一つの芸術のように合わさり、思わず見入ってしまう。


 だが、それを損なうように真黒な鎖がドラゴンを押さえつけていた。

 まるで、ドラゴンが罪人のように。


「……ドーレンの【勇者】が見えぬようだが?」

「ラルのことですか? ラルならいませんよ」

「なにぃ?」


 ドラゴンは私たちが傍までやって来たことを確認すると、再びくぐもった声で語り掛けてきた。

 その言葉は私にとっては不可解で、何故だかドラゴンは頻りにラルのことを気にしているようだ。


 もしかして、この騒動そのものがラルをおびき出すための罠?

 ……は考えすぎかな。


「ならば即刻立ち去るが良い」

「そうもいきません。村を襲うのを止めてもらうようお願いの来たのですから」

「村だと? 俺は村を襲った覚えはないぞ」

「え?」


 村を襲った覚えはない?

 これは……いや、待って。何もこのドラゴンが本当のことを言っている証拠はない。

 このドラゴンの狂言で、私たちを騙そうとしているのかもしれないのだから。


「私たちは近くの村を越えた先にある村から来たのです。貴方の目撃情報もあります」

「何を言っている? ここら辺に村などない。ここに連れてこられた時には見えなかった」


 村は知らないの一点張り。

 どうなっているんだろう。嘘を言っているかどうかなんて私の洞察力じゃわからないし……。

 うーん……ここはやっぱり大人しく外に出てもらって戦うしか……でもあの鎖で動けないんだよね……動けない?

 動けないなら、村も襲えないじゃない!


 そうよ、なんで気付かなかったんだろう。

 あの鎖は恐らく何者かがドラゴンをこの地に縫い付けるための呪術の類に違いない。


「貴方、動けないの?」

「あぁ、俺はここから動けない。それはそうとアンタは【勇者】の知り合いか? なら、伝えてほしいことがあるんだが」

「伝えてほしいこと?」


 私がドラゴンに動けないのかと問いかけると、ドラゴンはその問いに対して行動で示した。

 ドラゴンがその場から動こうとすると、鎖に書かれた呪文が怪しく光ってドラゴンの動きを抑制した。

 呪いのようなものかしら。


 私はさらにその鎖のことを問い付けようとしたところ、先にドラゴンに問いかけられてしまった。

 それはラルのこと。もしラルを知っているのなら伝えてもらいたいことがあるそう。

 ここまでラルに執着するのにも何か訳が?


「その【勇者】の仲間にイリシアと言う少女がいるはずだ。その少女のことをどうかよろしく頼むと、どうか伝えてくれまいか。何者かと訊かれれば、フォボスと言ってくれ」

「……ちょっと待って。イリシア? イリシアを知っているの? 私もイリシアとラルと共に旅をするものです」

「……? もう一人の女性の仲間が出来ていたのか。そうか……そうか、よかった……」


 もしかして……このドラゴン、イリシアを慕う魔物?

 もしかして、だからこんな風に鎖で……。


 どうやら、もう少し話を訊く必要があるみたい。


「浅菜、ちょっと外へ出てくれないかしら?」

「え、えぇ! 危険ですよぉ」

「大丈夫よ。もし襲うつもりなら今頃ブレスで上手に焼けているはずよ。お願い、ね?」

「……わかりました」


 私の背中に隠れるように立っていた浅菜に、外に出ていくよう頼んだ。

 浅菜はイリシアが魔物だと、ましてや先代【魔王】ってことを知らない。ここで話すことはイリシアの正体がバレてしまう恐れがある。

 申し訳ないけど、ご退場願おう。


 浅菜は当たり前と言うか反論したけど、私の眼を見て諦めたのか頷いてくれた。

 渋々と言った感じで出てく浅菜は時々こちらを振り返りながら歩を進めていく。

 そして、浅菜が洞穴から出た頃合いで再びドラゴンを見据える。


 おっと、その前に金具を解いておこう。


「状態変化【金具】」


 発動条件となる言葉を発すると、いつも通り冴えない顔になる。

 その変わりようを見て、ドラゴンは目に見えて驚いた。

 それもそうか、目の前で女性が男性になる様なんて下手したらトラウマものだ。


「アンタ、その姿は……そうか、あんたがアラン=レイトか」

「俺を知っているのか?」

「陛下の仲間なら耳に入れておいても損は無い。ところで、あのお嬢さんをここから出したんだ。何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「あぁ、そうだ」


 訊きたいことなんて山ほどある。


「ここに貴方がいることをまず訊きたい」

「俺がここにいる理由は、実は影からイリシア陛下のことを手助けしていたんだ」

「本当か?」

「本当だ。だが、それが現【魔王】の耳に入ってしまってな。嘘の情報を流して【勇者】をここに呼び、退治することで俺を排除されそうになっていたんだ」


 なるほど。

 ここは俺ではなくラルがここに来る予定だったのか。

 だからさっきこのドラゴンはラルのことを気にしていたのか。


 それにしても、知らないうちにこのドラゴンに助け……てもらったのか?

 全然心当たりがない。


「おそらくアンタが見た村はダミーだろう。俺が知る限り、ここらには村は無い」

「そうか。なら今の【魔王】について知っていることを教えてくれないか」

「現【魔王】はバルログと言う。叙事詩にも登場する精霊だったものだ。アイツは何のためか知らないが、人間との共生を目標にしている」

「共生だって!?」


 俺は驚愕する。

 それもそうだ。これまで、というか太古の昔から続いている常識をひっくり返してしまうことだから。

 太古の昔、人間と魔物が何がどうしてかは判明していないがいがみ合い、その戦いがこの現代まで続いてきた。

 そのいがみ合いを無くして人間と共生だと?

 とても信じられる話ではない。何か裏があるのではないかと探ってしまうほど。


「……それの理由は?」

「残念ながら知らない。俺は現【魔王】の側近でも役人でもなかったんだ」

「そうか……」


 理由は知らない、か。

 この話が本当なら大変だ。

 ……いや、待てよ。ならなんでドーレンを乗っ取った?

 マハト王の差し金だとしても、あの大陸を占領する必要はあったのか?

 いくら人間との共生を目指していると言っても、それが侵略行為であるのには変わりない。

 それに、ドーレンを乗っ取ってからは【魔王】側から何もアクションは無い。

 何かしらの通告はしていてもおかしくないのに。


 ……ダメだ。やっぱり俺の頭じゃわからん。後で二人の意見も聞かないと。

 ここは保留にしておくべきだろう。


「後は【魔王】の勢力について何か知っているか?」

「バルログの周りには側近のセイラと【四天王】がいる。先々代【魔王】様から受け継いだイリシア陛下の【四天王】だったらまだしも、正直に言って今の【四天王】は脅威にならない。注意すべきは側近のセイラだ」

「側近……」

「ちなみにアンデット族だ」

「なっ!?」


 アンデットだって!?

 アンデットと言えば知能は低く、知能と言える知能はたまに生前に学んだことがアンデットとなっても習慣として出るだけと聞く。

 俺が今まで戦ってきた度のアンデットも知能を持っているようには見えなかった。

 そんなアンデットが側近だと? いったいどんな人間が元となったんだ?


「セイラは参謀としても活躍している。戦いにおける作戦もセイラが考えているらしい」

「そんなアンデットが……」

「信じられないと思うかもしれないが、本当のことだ」


 ……くそ、少し頭が辛くなってきた。

 俺は別に頭は良くない。戦闘のセンスも良くない。

 この場に俺らのパーティーで言う頭脳のイリシアがいてくれたらどんなに良いことか。


「……最後に訊かせてくれ。今でもイリシアに忠誠を誓っているのか?」

「愚問だ。俺は死んでもイリシア陛下に仕えている」

「そうか、それを聞けて安心した」


 俺は金具を抜刀し、ドラゴンに近づく。

 それを見たドラゴンは少し唸り、俺の顔を覗くように鎌首を下げた。


「何のつもりだ?」

「貴方を開放する。この手の呪いなら鎖に書かれている呪文を傷つければ大丈夫だろう」


 そう言って俺は金具の切っ先を使って呪文の一文を削る。

 金具はどんなに硬いものを斬っても刃こぼれ一つしない。この鎖がどんなに丈夫でも、傷くらいは付くだろう。

 ガリガリと削っていると、呪文が放っていた妖しい光は消え、遂には鎖が纏っていた魔力が消えたのが分かった。


「ほら、これで大丈夫だ」

「……ここは感謝しておこう」

「どうするんだ? イリシアに会いに行くのか?」

「いや、遠慮しておこう。俺がイリシア陛下に接触しようとしたがために、こうしてイリシア陛下に迷惑をかけるところだった。俺は……遠くでアンタらを見守っているよ」

「そうか」


 そこまで言うと、ドラゴンは翼を思い切り広げた。

 すると、ドラゴンに巻き付いていた鎖は呆気なく千切れ、晴れてドラゴンは自由の身になった。


「俺からドラゴンの騒動は勘違いだったって言っておくよ」

「助かる。その代わり、俺はアンタが危険に晒されたとき、必ず助けに来よう」

「約束だ」

「あぁ。それと、イリシア陛下を、よろしく頼む」

「……任せておけ」


 俺とドラゴンは互いに笑うと、上を見上げた。

 それと同時に、ドラゴンが羽ばたき、天井に開いた穴から飛び立っていった。

 これでドラゴンの言っていることが本当ならば、あの村は【魔王】が用意した偽物と言うことだ。

 それも確かめに行かないと。


 でも、まぁその前に、外にいる皆に説明しなきゃな。

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