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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
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積もる穴



◆ 勇者 ◆




「やっとお昼だー……」


 いつもと変わらない眠たい授業。

 授業の終わりを告げる鐘が鳴ると同時に私は立ち上がる。

 最近はアランがいないので食堂では食べずに購買でパンなどを買って食べている。

 アランがいたころはイリシアと交えて三人で学食を食べていたんだけど、実質財布を握っているアランがいない。今はアランが私たちに置いていったお金で遣り繰りしながら暮らしている。


 アランの部屋の卓袱台に私たち宛ての手紙とお金が置いてあったのは少し衝撃だったな。なんだかアランが夜逃げしたみたいに感じたから。


 そう言えば、私の学費ってどうなっているんだろう?

 今の全財産を合わせても一/三にも満たないのに。


 ……まぁ、考えていても仕方ないか。


「ラルちゃん、一緒にお昼食べよう?」

「あ、保人くん」


 教室を出ようとした時だ。

 背後から聞き慣れた声が聞こえてきたので振り返ると、そこには相も変わらず爽やかな笑顔を浮かべた保人くんが立っていた。

 その手には袋の包み。どうやら保人くんはお弁当派のようだ。


 お昼のお誘いだ。断る理由もない。

 御相伴に預かろう。


「じゃあ、ちょっと待ってて。私、購買に言ってパン買って来るから」

「ちょうどよかった。今日実はもう一人分のお弁当を作って来たんだ」

「え? お弁当を?」

「うん。実はラルちゃんに食べてもらおうとして作って来たんだよ。今、断られたらどうしようって思ってたんだ」

「私のため?」


 なんと、保人くんは私のためにお弁当を作って来たそうな。これには私も驚く。

 まさか仲の良い同級生、ましてや男子からお弁当を作ってもらうなんて思わない。


 お昼代も浮く。

 御馳走になろう。


「ありがとう。いただきます」

「それじゃあ屋上に行こう。景色が良いよ」

「うん、わかった」


 きっとアランだったら女の子からお弁当を作ってもらったら裏を探って怒られるのが落ちだろう。

 うん、汗を掻いて焦っている姿が目に浮かぶ。

 でも、私が作った下手糞なご飯でも、文句を言いながらちゃんと食べてくれる。残さずに。

 コレが漫画とかに出てくる主人公なら、不味くても美味しいって食べるんだろうけど、アランは焦げてるとか生焼けだとか言いながら食べる。それがアランなのだから私は満足している。


 私も料理勉強しないとなー。

 私がまともに食べられる料理を出したら驚くだろうなぁー。


「ほら、着いたよ。ほら、開けて」

「うん?」


 この学校は三階建て。

 三階建てなのに三階に上る階段がある。その階段を上ると、屋上へ繋がる短い廊下がある。

 その短い廊下の奥、廊下と屋上を隔てる扉の前で保人くんは自分で開けずに私に開けるように促す。

 私は疑問に感じながらも保人くんの代わりに扉を開け放つ。


 その先に見た光景は、


「うわぁ……」

「時間ぴったり。コレを見せたくてさ」


 屋上から見える太陽を浴びて輝く花畑。

 青々と茂り、風に吹かれて翻る森。

 雲一つない青空。

 そして、景色の真ん中にある太陽。

 その一つ一つが合わさり、一つの芸術となっている。


 これには私も感嘆の息を漏らす。


「この時間が屋上から見える中で一番の景色だからさ」

「屋上に何回か来たことがあったけど……ここまでなんて……」


 不覚にもときめいてしまった。

 コレは私でなくとも女の子ならときめいてしまうものだろう。


「さ、お弁当を食べよう」

「うん」


 それから保人くんが見せてくれた景色を見ながらお弁当に舌鼓を打った。

 特筆すべきは保人くんが作った出汁巻き卵。砂糖のほかにコンソメなどが入っているのかとても美味しかった。

 でも、なんでかな。

 アランが作った少し不恰好で少し焦げ目のついた出汁巻き卵を食べたいって思うのは。


 お弁当を食べ終わった後、昼休みの鐘が鳴るにはまだ早い時間なので、初夏の少し暑い日差しを浴びながら雑談することに。


「ねぇ、ラルちゃんたちの旅の話が聞きたいなぁ」

「旅の話? 良いよ」


 話の話題は私たち一行の旅。

 物語の勇者冒険譚みたいに大して山も落ちもないけど、聞きたいのだと言うのだから話そう。


「最初、ホントの一番最初。私とさ、イリシアとアラン。みんな同時に出会ったんだ。」

「同時に?」

「うん、同時に。場所はあの三年前に【神】様と【魔王】が戦った……全てが終わって始まった場所で。そこでね、私とイリシアはアランに助けられたの」


 思い出してみればその雄姿。

 躯を張り、その身に余る敵を打倒した勇姿。

 その姿はまるで勇士ハヌマーンを彷彿させる。


「でもね、これがまたアランは度の過ぎる謙遜でね。自分の力とは頑なに認めようとはしなかったんだ。それがたまにイラッとする時もあるけど」

「……」

「それとね、憩場ってところでこれまたアランに助けられてさ。私はよく知らないんだけど英雄の友ブルンツヴィークの獅子……だっけ。その英雄の友に襲われたんだけど、アランはそれすらも追い払っちゃたんだ」


 こうしてみれば、その戦いが私たちが旅に出て一番最初の強大な敵との戦いだった。

 あの時、私たちが勝てる見込みはほとんどなかった。唯一、アランだけがあの英雄の友に勝てる力を持ってたため、どうしてもアランに頼りがちになってしまった戦いだったと思う。

 そして、アランは対魔機の加護を使い、見事打ち勝った。


「後は……そうだね。アレクで盗賊団の襲撃があったんだ。そこでのアランは何というか……とても頼りなかったんだよ。今までが嘘のようにさ。後で知ったんだけど、アランは対人戦が苦手でね、でもやっぱりアランは強かったんだ。ひぃひぃ言いながらも――」

「もう鐘が鳴るよ」

「――え? あ、あぁ、うん」


 保人くんに言われて気付く。

 もう少しで鐘が鳴る時間だ。話し込んでいて全く気付かなかったようだ。

 ここは屋上なので、前もって戻っておかないと授業に間に合わないだろう。


 私たちは立ち上がり、お尻に付着した誇りを保人くんに見えないようにほろう。

 心なしか保人くんの表情が険しい。どうしたんだろう?


 そして、屋上を去ろうした時だ。


「ラルちゃん」

「うん? どうしたの保人くん」


 後ろを歩いていた保人くんから声が掛かり、振り返る。何の疑問も抱かずに。

 振り返った先には何ら変わらない保人くんの輝く笑顔。

 その笑顔はとても魅力的で、胸の中にある心を鷲掴みされるような感覚に囚われる。


 この感覚は最近味わったことがある。どこでだろうか?

 ……あぁ、そうだ。就寝時、アランのことを思い浮かべる時に感じる感覚だ。

 でもどうして? 何で保人くんを見てこんな気持ちになるの?


 ちょっと待って。

 保人くんってこんなに恰好良かったっけ?

 やめてよ、そんな笑顔を向けないでよ。胸がはち切れそうになって辛いよ……。

 その笑顔、その声、その優しい心。どうしてだか直視できない。


 なんで、なんで、なんで?


「ラルちゃん」

「ひゃ、ひゃい!」

「ふふ、ひゃいって……可愛いね」

「か、かわっ!?」


 その声を聴いた瞬間に肩が跳ね上がり、可愛いと聞いた瞬間に心臓が跳ね上がる。

 可愛いなんて保人くんからこれまでも聞いたことのあるはずなのに、今はとても幸せな気分になる。

 もっと可愛いと言われたいという気持ちまで現れる。


 こんな気持ち……。


「今、ラルちゃんの頭の中にアラン先生はいる?」

「アラン……? アランは私の大切な仲間で……私の大好きな……」

「ラルちゃん、もっと僕の眼を見るんだ」

「へ……?」


 言われるがままに保人くんの眼を見る。

 そうすると、そのまま渦の中に吸い込まれるような感覚に陥る。

 それと同時に頭の中がポーッとしてきて、さっきよりも幸せな気持ちになってきた。

 顔が火照っていく。まるで高熱を出したかのように。


 でも……この火照りは気持ちの悪いものではない。

 むしろ躯の、心の芯から温かくなるような、心地の良いものだ。


「もう一度訊くよ? ラルちゃんの中にアランせ……あのアランはいる?」

「アラ……ン。アランは、私の……」

「……しつこいな。じゃあ、こうしたら……」

「んむっ?」


 目の前に、とても輝く顔が……。私の唇に何か……柔らこい感触が……。


 あ。


「ぷはっ。……今、君の中には誰がいる?」

「…………あ、あ」

「……」

「保人、くん……」

「うん、僕だよ? さぁ、教室に戻ろうか。それとも……僕と一緒にサボる?」

「……うん」


 あれ?

 なんだったっけ?

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