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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
55/107

溜まる口



◆ 一般ぴーぽー ◆



「っつー……頭痛ぇ」


 目を開けると同時に頭に走る痛み。

 窓から差し込む太陽光がいやに眩しい。

 痛む頭を押さえ、上体を起こす。その際に躯にかかる重み。


「あ?」


 視線を落としてみればその姿。

 浅菜が俺に抱き付くように寝ていた。


 ……オーケー。

 コレは俺に対する挑戦状なんだな。落ち着こう、昨日何があった?

 頭が痛いが……寝違えたってことはないか。記憶もなんだかあやふやだ。

 昨日は確か……居酒屋に行って、乳首パパスに会って……それから……それから、何も思い出せん。


「って、俺裸じゃねぇか」


 もぞもぞとベッドから這い出すと、俺が一糸纏わぬ姿だということが分かった。

 とりあえず近くに放り出されていたトランクスを履き、状況を確認する。


 男女一つ屋根の下。裸。同じベッド。就寝。

 ……え? もしかして俺、やっちゃった? 犯っちゃった?


「う、うぅ……頭が痛い……うぁ」

「あ、浅菜」


 俺が上体を起こしたせいか、浅菜が起きてしまった。

 目を擦りながら起き上がった浅菜は、とても艶やかな姿をしていた。

 寝間着だろう淡いピンク色のネグリジェは朝日を浴びて透き通り、理性をぶち壊しにやってくる。さらに、浅菜は寝る時はブラジャーを着けない派なのか、透けているネグリジェから見えそうで見えないという。巨乳だったらヤバかった。ありがとう、絶壁。

 更に更に寝癖なのかストレートだった髪の毛がふわふわとしている。なんかこう……ふわふわしているんだよ。


 うーん、マンダム。


「……」

「…………」

「………………」

「…………おはよう」

「先生」

「はい」

「恥ずかしいので出て行ってくれませんか?」

「い、イエス・マム!」


 着替えを手に取り、転がるように洗面所に入る俺。

 とりあえず目は先ほどのことで覚めているので、着替えてから歯を磨く。

 シャコシャコと小気味の良い音が洗面所に響き渡る。ガラガラ、ペッ。


「…………」


 蛇口を全開まで回す。


「うぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!!」


 叫び声を上げながら顔を凄い勢いで洗う。

 まるで嫌なことを水に洗い流すかのように。


 キュッ。


「俺は何をやっているんだぁああああああああ!!」


 何を俺は教師として人間として最低なことをやってのけちまったんだ!

 辺境の地で生徒に手を出す変態教師の誕生だこの野郎ォー!

 なんだよ、俺は理性を無くした挙句記憶が無くなるまでやっちまったのかよ!?

 つーかどうするよ、このままって訳にもいかんだろ?

 これは責任取るべきだ。浅菜の両親には何と顔向けしたらいいんだよ……。お宅のお嬢様に襲い掛かってしまったので責任を取りますってか? その場で切り捨て御免だろうなァ!

 きっと昨日の居酒屋で酒が入っちまったんだろうなちくしょー!


 それに、なんだあの浅菜の落ち着き様。

 全てを受け入れて肝が据わっているかのような態度だったぞ。

 ということは、アレはお互いの了承を得てやったことなのかよ。


 マジかよ。マジかよ……。

 とりあえず俺が今するべきことは浅菜に謝り、責任を取るという旨を伝えることだ。

 後でラルやイリシアに旅に出られなくなったことも謝らなくてはならないが、それは後で考えよう。


「浅菜、もう大丈夫か?」

「……はい、良いですよ」


 洗面所とリビングを隔てるドアをノックして浅菜に開けても良いかの有無を問う。

 少し間を置いて返ってきた了承。俺は唾液を音を鳴らして飲み込むと、震える手を動かしてドアを開いた。

 開いた先に、椅子に腰かけている浅菜を見つけ、俺は浅菜の体面に立つ。


 やることは一つ。

 土下座は赦しを請うときに使う。

 では、頼み込むときは何を使う?


「浅菜! 俺がしたことは赦されることではない! だが、俺も男だ! 浅菜の未来を閉ざしてしまったことを詫び、そして、浅菜が嫌でない限り責任を取りたいと思う! この通りだ!」


 思いのまま叫び頭を下げる。

 平伏し、浅菜の表情を見ずに額を床に擦り付け、返事を待つ。


 それは刹那の時間。

 即席麺を作るより短い時間。

 しかし、この暫時は相対性理論様様に凄まじく長い時間に思えた。

 時計の針が時を刻む音だけが聞こえる。

 カッチコッチ、時間は過ぎる。


 やがて、物事には平等に終わりが訪れる。

 この場合も例外ではない。


「あの、何を勘違いしているんですか? 別に先生と私は、その……行為には及んでいませんよ」

「え?」


 反射的に顔を上げる。

 その時、見上げた浅菜の表情は、顔を赤くして俺から視線を逸らしていた。


「私、小さい頃から剣の修行とかしていたので処女膜は破れちゃってるんですけど、その……確認したらそう言う行為をした形跡が無いので大丈夫です」

「そ、そうか……」


 俺は力が抜けたように横に倒れ込む。

 その際にテーブルの角が頭を掠めたが、それすらも気にすることなく床へと溶けていく。


 なんだよ、俺の勘違いかよ。

 まったく、これだから童貞は妄想が行き過ぎるからダメなんだよ。

 困っちゃうね、はははは。


「……じゃあ、なんで俺と浅菜は一緒に寝ていたんだ?」

「昨日、お酒が入っちゃって、それでそのまま一緒に寝ちゃたんじゃないですか? 覚えていませんけど」


 とのこと。

 俺は酒癖が悪く、かなり暴れるらしい。

 一回、高校の卒業祝いでシンを交えた友達と一緒に酒を飲んだんだ。

 酒を飲むまでは記憶はあるんだが、酒が入ってからは記憶が一切ない。翌日、友達に聞いてみるが皆一様に首を振って教えてはくれず、シンに至ってはしばらく怖がって口をきいてくれなかった。


 このことから察するに、俺は酒癖が悪く、かなりの暴れん坊になるらしい。

 だから、今回も居酒屋で何らかのことがあって酒を飲んでしまい、俺が暴れたついでに浅菜を……今考えるだけでも恐ろしいな。

 これからはお酒のあるところには近づかないようにしよう。


「……でも先生。私の寝起き姿を見たんですよね?」

「うぐ。い、いや、見ていないぞ。窓から差し込む光が邪魔をして俺は見ていないぞ!」

「ふーん。私のブラジャーは何色でした?」

「え? ブラジャーなんて着けてなかった……あ」

「……さいってー」


 俺の心に九九九のダメージ!

 カマ掛けだなんていっちょ前のことをしやがって。

 でも、見てしまったんだから仕方な。役得だと思って謝ろう。


「済まん、見るつもりはなかったんだ。ただ――」

「わかってますよ。目の前に会ったら見てしまうものなんですよね? いいですよ、先ほど先生は仮にも“漢”を見せてくれましたからそれでチャラです」

「漢?」

「さっきの責任を取ると言ったことですよ。それに、先生の都合だけじゃなく私のことを考えてくれましたから、結構グッときちゃいました」


 そう言って微笑む浅菜。

 その姿は窓から差し込む日の光に照らされて、一際彼女に魅力を引き出していた。

 その姿を俺は直視できず、思わず目を逸らしてしまった。


 なんだよ、俺なんかよりよっぽど大人じゃないか。




◆ ◆ ◆




「お待たせして申し訳ありません」

「いや、約束の時間には間に合っているのだから謝ることはない」


 それからお互いにこのことは水に流すことで合意をした俺と浅菜は、貴族たちが待つロビーまでやって来た。

 結構早く出たつもりなんだが、もう既に貴族と乳首パパスはロビーで俺たちを待っていた。

 そのことを詫びると、貴族にしてはえらく寛容で赦してもらえたことに驚きを隠せない。


 この貴族はどこかほかの貴族とは違うような気がする。


「……」


 そして例のごとく乳首パパスは俺に向けて熱い視線を向けてきている。

 というか熱すぎる。穴が開くんじゃないかってくらい見てくる。

 心なしか乳首パパスの表情が軟らかい様な気がする……機嫌もよさそうだ。


 ん?

 何で俺を見て機嫌がよさそうなんだ?

 待て、なんで俺に近づいてくるんだよ!?


「先生! 昨日はありがとうございました」

「お、おう……」


 何故だか知らないが乳首パパスの態度が昨日とひっくり返っているのだが。

 それに呼び方が小僧から先生に変わっているし、昨日の俺は何をしたんだ?

 酔っぱらった挙句に乳首パパスをブッ飛ばしたとか? ありえん、ミンチになるのは俺の方だ。


 とりあえずそれとなく聞いてみよう。


「あのう……昨日って確か……」

「うむ、天狗になっていた俺に強さとは何なのか、相手を殺すとは何なのかと身をもってご教授され、正しい道へと導いてくださったのは感謝している。しかし、今回を見直してみて俺も心を入れ替えてドラゴン討伐に臨む。先生、負けないぞ?」

「あ、あぁ……」


 そう言ってニカッと口端を上げる乳首パパス。

 強面の顔にしては優しさに満ちた笑顔だ。


 これは正直に言って気味が悪い。

 とても友好的だし、良い意味で張り合っても来ている。

 いかん、鳥肌が立ちそうだ。


 そんな俺と乳首パパスのやり取りを見て、貴族が思い出したかのように口を開く。


「今朝は大変だった。昨日アルバスは何があったのか……きっと誇大解釈もあるのだろうが楽しそうに話していてな。貴様という目標が出来たことを喜んでいたよ。私からも礼を言う」

「そんな、頭を上げてください。私は大したことはしていないつもりですから……」

「いいや! この四十三年生き、初めて人生の天命を知る! ここにきて人生の見方を変えることになろうとは……いやはや、先生とはもっと早くに出会えていればと何度も悔やんだものだ」

「そ、そうですか……」


 ダメだこりゃ。

 ここは口車に乗っておくのが得策か。無駄にほじくり返してややこしくするのもアレだし。

 仲良くなることに越したことはない。うん、そうだ、そうに違いない。


「先生ってやっぱり凄い人なんですね」

「止めて、そんなキラキラした目で見ないで」


 浅菜に至ってはこのやり取りからどういうことか理解したのか、俺に向けてとても胸が痛くなる煌びやかな視線を向けてくる。

 というか浅菜よ、俺が酔っ払っていたことを知っているよな?

 ならせめて俺が知らぬ存ぜぬところで何かしらをやらかしたと思っておくれよ。


「さぁ、早く行こう。ドラゴンの活動時間までもう少しだ」

「そして、伝説が始まるのですな」

「先生! 私もなるべくお役に立てるように頑張ります!」


 こうして話している間にも指定の時刻はやって来た。

 いざ、ドラゴン討伐(他人任せ)に行こう。


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