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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
46/107

サルビア



◆ ◆ ◆




「いてて……」

「大丈夫かの?」


 騎士団長との模擬戦が終わった後、痛めた腰をどうにかするために保健室に駆け込んだ俺。

 そこで湿布やら軟膏を塗ったりしているうちに一日が終わってしまったっていう。

 とりあえずラルの頭を拳骨でぐりぐりとしたからすっきりした。


 さすがに保健室で夜を明かすわけにはいかないので、一日の授業の終わりを告げる鐘が鳴ると共に自分に割り振られた寮まで戻ることに。

 ちなみにイリシアは甲斐甲斐しくもずっと俺の傍に居てくれた。騎士団長は知らん。ラルと共にどっかへ行ってしまった。


「うむぅ……肉体強化にも限度がある故、これ以上は逆にアランの躯を痛めてしまうのでの」

「いや、助かっているよ」


 今はイリシアに肉体強化の魔術を掛けてもらっているため、何とか歩くことが出来ている状態。

 魔術ってすげぇ。魔法よりも格段に効くわ。


 まぁ、肉体強化の魔術を掛けているといっても、イリシアに手を支えてもらっているわけだが。

 傍から見たらイリシアが俺の腕に抱き付いているようにしか見えないっていう。

 ちなみに女性特有の二つの膨らみは全く感じない。あばらみたいのにはゴリゴリ当たっているけど。


「まったく、ラルにも困ったモンだな。俺が騎士団長に勝てるわけないっての」

「ラルはそう思っておらぬようじゃぞ? 自信満々に送り出しておったからの」

「いやいや、ラルの攻撃を躱して懐に飛び込む技量があったらそりゃ……それでも無理か」


 愚痴るのは先ほどの模擬戦。

 俺の方が圧倒的に不利だったのにも拘らず、ラルは俺を自信満々に送り出しやがった。もう仕返しはしたケドさ。


「いくらラルと特訓していたからってありゃ無理だ。特訓の期間が短すぎる。大成する前に芽を詰んじゃいかんぜ……」

「結果的に勝てたのだからよかろう?」

「勝てたって……あれは騎士団長が投降したからだろ? しかも、本当の実戦だったら俺は最初の一撃で死んでいるはずだ。動きが見えたからって躯が付いていくわけでもなかったし」

「えっ?」

「ん? どうした?」


 それまでてくてくと一緒に歩いていたはずのイリシアがピタリと止まってしまった。

 当然、腕を支えてもらっていた俺も同時に止まる。


 いったいどうしたのだろうと顔を覗き込んでみると、イリシアが何かとてつもないものを見るような眼で俺を見ていた。

 俺はイリシアの視線を追って空を見て見るが、そこには茜色に染まる空しかなかった。

 もしかして、何か珍しい鳥でもいたのだろうかと思って視線をイリシアに戻すと、イリシアは喉をゴクリと鳴らした後こう言った。


「見えたのかの……?」

「あ?」

「……あの者の動きが見えたのかと申しおるのじゃ」

「あぁ、何とかだけどな。さすがに一歩で懐に潜り込んできたときは焦ったよ。まぁ、見えたとて動けなきゃ意味ないんだけどさ」

「ほう……」


 イリシアの問いに対してそう返すと、イリシアは目を細めてほほ笑んだ。

 見た目の割には大人びた笑顔だなと思っていると、イリシアは何か伏線的なことを口に出した。


「のうアラン? やはり、お主は……聞こえは悪いが“化物”なのかもしれんぞ?」

「化物って……確かに顔は否めないけどさ、不細工だって頑張って生きているんだからなぁ……っ!」

「あ、いや、済まぬ! 決してお主の顔のことを申したのではなく……」

「いや……いいんだ。わかっていたことだから……いまさら言われたって……」

「あ、安心せい! (おのこ)中身が一番じゃ! 妾から見てお主は十二分に魅力的じゃぞ?」


 イリシアの必至な慰めが逆に辛い。ぐすん。

 わかっていたことさ。男はやはり見た目から見られるってさ……。


 そこから空気が若干悪くなって無言が続く二人。

 もう目の前には俺がお世話になっている寮が見えている。

 あそこに着いたらイリシアも自分に割り振られている寮へと帰るだろう。


 しかし、


「のう、アラン? もう少し……話さぬか?」





◆ ◆ ◆




「ここでよいじゃろう」

「こんなところあったんだな……知らなんだ」


 俺とイリシアがやってきたのは郊外にある公園。

 ここは俺が学生時代には訪れたことはなく、なじみのある街に新鮮さを感じた。

 この公園はたいして広くなく、申し分程度に砂場とブランコ、そしてジャングルジムがあるだけだった。


 時刻は黄昏時。

 公園には遊んでいる子どもたちも当に親の元へ帰っており、俺たち二人しかいない。

 イリシアは公園に設置してあるブランコに歩み寄り、慣れた手つきでブランコを漕ぎ出した。

 俺も隣にあるブランコに腰掛ける。


 年取ってからのるとブランコって酔うんだよなぁ。

 小さい頃はグワングワン漕いでも酔わなかったのにな。今じゃ立ち漕ぎも出来ない。


「……のうアラン? もし、妾が二人にも秘密にしていることがあると申したら……なんと思う?」


 唐突。

 イリシアはブランコを漕ぐスピードを抑え、やがて完全に止まった時にそんなことを聞いてきた。


 秘密……か。

 何を言っているんだイリシアは。


「別にどうとも思わんぞ。人には言えない秘密くらい誰にでもあることだしさ」


 そうだ。

 俺だって二人に言えないことは一つや二つ……十個くらいあったかな。

 まぁ、誰だって秘密はある。


 実は、二人をオカズにしてしまった……なんて口が裂けても言えない。

 事後の後は果てしない罪悪感に襲われたからもうやってないけど。


 だってさ、仕方ないだろう?

 躯が完全に成熟していて、尚且つ童貞である俺の前に美少女が二人もいたら意識しない方がおかしい。

 街で宿を取る時は別々の部屋だけど、野宿している時なんて夜襲に備えて密集して寝るんだぜ?

 一人は見張りで起きているとは言え、暖を取るためとか襲撃に備えてとかなんだとか言ってさ、隣に美少女が寝ているんでっせ?

 これでムラムラしない男は例外を除いていねぇよ。


 イリシアにはどことなく漂う大人の魅力、そして笑顔が卑怯だ。また、彼女の太ももは凶器だ。

 ラルは歳で言うと高校生と同じで、スタイルもモデルまでとは言わないが良い部類に入る。胸もそこそこ大きいので、ついつい目が行ってしまう。そして無邪気さゆえかよく密着してくる。

 おじさん困っちゃってんのよ。


 とまぁ、こんな風に人には話せないこともある。

 何も悪いことではない。


 しかし、イリシアはそうは思わなかったようだ。


「では、それを秘密にして、罪悪感を感じてしまったら……どうすればよいのじゃ?」

「うーん……それは個人の判断じゃないか? もし、イリシアが秘密にしていることに耐えきれないっていうなら、それを明かして謝ってしまうのも良い。やっぱり話せないってんなら話さなくても良い、ってさ」

「…………」


 秘密に対する罪悪感、か。

 それもよくあることだと俺は思う。

 実際、俺はシンに黙って合コンに行くことなんてしょっちゅうだったが、やっぱり誘ってやればよかったなぁって思うことがあったからな。まぁ、話した試しは無いんだが。


 ……あれ?

 俺って二人をオカズにしてしまったことに深い罪悪感を感じたよな?

 これって謝らなきゃいけないパターンですか?

 やだよ、おじさんまだ死にたくない。


「……アラン」

「な、なんですか?」

「妾がこれから申すことを……妾を、受け止めてくれるかの?」

「……お、おう」


 あ、これアレだ。シリアス警報だわ。

 これからシリアス展開になりますわ。


 イリシアはブランコから一旦降り、俺から少し離れたところに立った。

 どこか恥ずかしげに、しかし俺の目からは決して目を離さずに……とても、とても決意を固めた表情で口を開いた。


初めまして(・・・・・)、私の名前はイリシア=アブイーターと言います」




◆ 魔王 ◆




「初めまして、私の名前はイリシア=アブイーターと言います」


 息を吸い、その言葉のためにすべてを吐き出した。

 心臓が今までにないくらい速く力強く鼓動している。あの戦いや、あの出来事以上に。


 顔が火照って仕方がない。顔から火が出るというのはこのこと。

 まともにアランの顔が見られない。今、アランはどんな顔をしているんだろう。


「え、えっと……」

「あ、その……アランにずっと隠していたことがあるの」


 そうだ。まだ私の告白は終わっていない。

 私が言いたいことはまだ終わっていない。


 そこで見たアランの表情は何が起きているのか全く分かっていないという表情で、瞬きをしながら私の顔を見ている。

 早く次の言葉を紡がなければ。


「私がアランに隠していたこと……それは、この……口調なの」


 そうだ、私は今まで自分を偽っていた。

 【魔王】という仮面をつけて二人に接していたんだ。

 それじゃ、嫌だ。私だって……ラルのように、一人の女の子として見てほしい。


「お、驚いた? 私ね……家庭教師から【魔王】たるもの厳格で威厳のある言葉遣いでなければならないと教育されて……でも、本当は普通(?)の言葉遣いに憧れていて……その」


 だ、ダメだ。

 言っていることがおかしいなんて自分でわかっている。

 みてよ、アランなんて更にわからないといった表情で見ているよ。


 でも、これで終わりなんて嫌だ。

 伝えることはしっかり伝えないと。


「そ、それで……ね。アランに謝りたいって思っていて…………ごめんなさい! そ、それと……わ、私を一人の女の子として、【魔王】ではなく女の子として、見てください!」


 い、言った……言ってしまった。


 いつしか積もりに積もっていた思い。

 塵だが、うず高く積まれたそれはいつしかキャパシティなんて当に超えていて、崩れそうになっていたもの。

 返答がここまで怖いものだと私は初めて知る。

 人を思うというものがここまで苦しいものだと初めて知る。

 返答を聞きたくないのに聞かなければならない。

 聞きたいのにその時が来てほしくないと願う。


 ぐちゃぐちゃ。

 ぐちゃぐちゃだ。私の中にある思いが混ざりに混ざってぐちゃぐちゃになっているんだ。


 時は唐突に


「あー……っと。その色々言いたいけど、コレだけは言わせてくれ」


 待ち望んだ返答。

 聞きたくない返答。


 頭の中でこれでもかというほどに返答の内容が予想される。

 しかも、そのどれもがネガティブな返答。

 まるで拷問だ。


「俺ってさ、やっぱりイリシアのことを【魔王】だとかそういう感じに接していたのか?」

「えっ?」


 予想もしていない返答。


「なるべくさ、イリシアのことを普通……って言ったらアレだけど、【魔王】だとかそんなの無しに仲間として接していたと……思っていたんだけどなぁ。そうじゃなかったのか……済まん」

「えっ? えっ?」


 話に付いていけない。

 私が謝っていたはずなのに、いつの間にかアランが謝っている。

 私に頭を下げている。


 ……よし、一旦話を整理しよう。

 私がアランに普通に接してほしいと言ったところ、アランは私に対して普通に接していたはずだと言う。

 ……本当に?


 思えばそうだ。

 アランの中で私を【魔王】だと思っていたなら、性格上私を一人で買出しに行かせないだろうし、夜の見張りもさせないだろう。

 ましてや……頭を撫でてくれる時だってあった。私に戦闘をさせるだろうか?


 最初の頃は……そうだ、最初の頃は私を【魔王】として接していて、私の身の回りのことをやってくれたり、物事を任せてはもらえなかった。

 話し方だって……敬語だった。


 でも、今はどう?

 一緒に肩を並べ、何かとあらば頼ってもらい、背中を任せてくれた。

 い、一緒に……仲間として……一人の仲間として戦っていた。


 少なくとも、船で大陸を渡った時には私に……宿の手配などを頼んでくれた

 その時には……もう私を……。


 それなのに……それなのに!

 私だけだ、私が勝手にアランとの間に線引きして、勝手にそう接していると決めつけて……!


「え!? ちょ、イリシア! どうしたんだ? いきなり泣いて……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 バカだ。

 私はバカだ。

 とてつもない大バカ者だ。


 なにが敬語は無意識的に壁を作るだよ……!

 壁を作ってたのは私ではないか!


「えっと、済まん! なにか傷つけること言っちまったか? やっぱり普通に接していないことが……」

「違う! 違うの! 壁を作っていたのは私の方だったの! 私が……悪かったの……」

「ぅあ……こういう時はどうすればいいんだ? くそぉ、こういう時だけはイケメンが羨ましい!」


 あぁ、こういう時でもアランは自分の非ではないかと疑い、更に私のために何かできないかと模索してくれている。

 なにさ、卑怯だよ、そんなの。優しすぎるよ。

 いつか騙されちゃうよ……。


 ……騙す?

 ……そうか、そういうことなのか。

 アランは私たちを一切疑っていなかったんだ。もしかしたら騙しているとか、もしかしたら裏があるんじゃないかとか、そういうのを一切持っていなかったんだ。


 だから、私が口調を隠していたことに何も触れなかったし、隠していることが騙しているということに繋がらなかった。

 【魔王】口調でも……騙しているとは思わなかったんだ。

 それじゃあ私は……ありもしない恐怖に怯えて、ただ震えていただけじゃないか。


 だから、今私に出来ることは。


「……アラン」

「な、なんだ?」


 目の前にいるアランは、目に見えて動揺している。

 涙が引いて、アランを一心に見つめる私のことをどう思って、どうしようとしてくれているのか。

 この人は、私を一人の女性として見てくれている。

 だったら私は、それに応えよう。


「私は、アランを信頼しています。何が起きようと、私は……私は貴方の仲間であり続けます」


 そして、


「大好きです。これからも、よろしくお願いします」


 彼は私の言葉に一瞬言葉に詰まり、しかし直ぐにいつもの笑顔でこう言った。


「こちらこそ、よろしく」


 右手を差し出して。


何故かいきなり伸びはじめてびっくりしている私がいる。

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