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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
45/107

物語で言えばちょうど半分くらい



◆ ◆ ◆



 耳に響く黄色い歓声。

 少し明るすぎるほどに降り注ぐ照明。

 思わず額を拭うほどの熱気。

 普段より明らかに早く脈を打つ鼓動。

 緊張によりぼやける視界。

 これから起こることを想像して荒くなる呼吸。

 この先の俺に対する不安。

 ちりちりするほど集中される視線。


 すべてこの展開のために起きた現象だ。


 そんな中、俺が発する言葉はこんなことだろう。


「どうしてこうなった……」


 いや、割とマジでどうしてこうなった。


 周りにはこの学校の一年生が何やら言葉にならない歓声を発している。

 そして、俺の目の前には凄く嬉しそうな騎士団長が愛用の剣……ではなく模擬専用の木剣をぶんぶん振り回している。

 身に着けている装備は動きやすさを重視してか左腕に腕甲のみである。

 各言う俺もそれと同じなのだが。


 時間は一時限目。

 言うまでもなく実技訓練の授業だ。

 俺が想像する中で最悪の部類に入るシチュエーションだが、当然ながら回避することは出来なかった。


 何故ならば、


「ハーイ、皆さん白線より内側に入らないようにしてくださいねー!」


 俺と騎士団長の前で生徒たちに笑いかける我らがリーダー。【勇者】ラルが結構……いや、めちゃくちゃ乗り気だからだ。

 もうね、有無を言わさず参加させられたね。権力って怖い。


 俺の意思なんか無視だもん。

 お父さん怒っちゃうよ。お弁当に人参入れちゃうよ?


「【神】よ……このような機会を与えてもらえたことに深く感謝いたします」


 元からなぜか乗り気な騎士団長は【神】に感謝を述べた後、僕剣をこちらに向けてくる始末。

 その眼は本気その者で、明らかに俺をつぶす気でいるのが見え見えだ。


「あのぉ、騎士団長?」

「なんだね? 僕は早く君と戦いたくてうずうずしているんだ。君もそうだろう?」


 この戦闘狂め。うずうずどころか軽くステップしてるじゃないか。


「いえ、そうではなく……やはり止めませんか?」

「なぜだい?」

「いや、結果は火を見るより明らかじゃないですか。こんなことをしたって……怪我人が増えるだけですよ」

「へぇ……」


 俺は騎士団等に必死の訴えをしたところ、騎士団長の目がスゥッと据わってこちらを見てきた。


 なんですか、その猛禽類みたいな目は。

 俺が負けるなんてわかりきっていることなのに何故戦う必要がある。


 確かに俺はラルと実戦を想定した模擬戦で鍛えてはもらっているけどさ、それでも騎士団長とタメ張れる強さには至っていない。せいぜい一般兵士に毛が生えた程度だ。

 俺は戦闘のセンスが無いらしい。


 よく考えても見ろ、片や軍隊を任される騎士団長、片や掃除係から【勇者】一行にジョブチェンジしたモブ。

 さぁて、一般的に見て有利なのはどっち?

 更に俺が勝つための秘策はないときた。ここで俺が恥をかくことは約束されているのか。


 しかし、騎士団長はというと、


「……面白い。面白いよ! 僕は君にとって取るに足らない存在なのかもしれないけど、僕の中の獣が燻るんだ。君に全力をぶつけたいって」


 何をどうとらえたのか知らないが、余計に火がついてしまったようだ。


 はっはっは、ここまで来たら逃げ道ななんか見つかりそうにないや。

 四面楚歌ってやつか? 違う?


「ほら、アランもそんな無表情で突っ立てるんじゃなくて早く構えた構えた」


 そう言って戦うことを急かしてくるラル。

 その顔はとても楽しそうで、無邪気さが伝わってくる。


 いやね? ラルが一番俺の戦力を知っている思うんだけど。

 わかっているだろ? 俺が一度でもラルに攻撃をくわえれたことがあるか?

 そしてラルも騎士団長の強さは分かっているんでしょうが。

 大局を一人で覆しちゃう人だよこの人。


「両者構えて!」


 ……仕方がない。せめて十秒くらいは持たせよう。

 俺だっておこぼれと言っても【勇者】一行なんだ。こうやってグチグチ言っても仕方がない。

 いざとなったら獅咆哮を……って、俺には獅咆哮があるじゃないか。


 ようし、なんだったら獅咆哮を使ってから負けよう。

 少しでも勝率があるんだったら消化しようじゃないか。


 俺は覚悟(負けるための)を決め、静かに騎士団長を見据える。

 心なしか騎士団長は震えているようだ。どうしてかは知らないが汗もかいている模様。


 俺もチャンスは一回きりと分っているためか冷や汗がどんどん流れてくる。

 目に汗が入って痛い。しかし、閉じるわけにはいかない。閉じたら、次に目にするのは天井か床だからだ。


 周りの野次馬精神丸出しの生徒たちも静まり返る。

 その沈黙が耳に痛い。


「始め!」


 充分に間を置いた後、ラルは高らかに開戦を宣言した。

 それと同時に飛び出す俺と騎士団長。


 よし、まずは相手の出方を伺うために剣身ごと突撃しよう。

 腕は伸ばさずに、剣身と体をなるべく近づける。少し危ないようにも見えるが、この木剣は幅広い。それを利用しない手はないな。


 と思っていた矢先のこと。


「ふっ」

「ういぃぃぃぃ!?」


 俺が騎士団長に近づくために足を踏み出した時には、もう既に騎士団長は俺の目前までに迫っていて、なおかつ俺の剣身の外側から切りつけるために木剣を斜め上段に振りかぶっていた。

 あの明らかに大の大人が精一杯足を広げて踏み出しても、五歩はあった距離を一歩で詰めてきたのだ。


 しかし、


(見える! 見えるぞ!)


 ラルとの修行の成果か、騎士団長が繰り出す木剣の軌道が目で追えた。


「げふぅ!!!!」


 まぁ、目で追えるだけで反応できないけどさ。


 騎士団長の木剣を横っ腹からもろに受けた俺は当然ながら俺は吹っ飛ばされる。

 何回撥ねたのかは知らないが、ぐわんぐわんと揺れる視界に生徒たちがいやに近く見えたので数メートルは余裕で吹っ飛ばされたようだ。


 ヤバい。

 これはアカンわ。

 自然に胃液が漏れてくる

 ブルンツビィークの獅子と相対した時よりは命の危険は感じないけど、この刺さるような視線が精神を面白いくらいに削ってくる。


「せ、先生!」


 脳の揺れが治まってきたところに俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 見れば、先ほどの【勇者】一行に憧れていた浅菜が心配そうに俺を見降ろしている。

 ここで物語の主人公やイケメンなら「ここで彼女を幻滅させたくない」とか「生徒の前で恥をかきたくない」とか言って立ち上がるんだろうが、如何せん俺は主人公を引き立たせるモブだ。

 尊敬するね、主人公ってやつは。


 俺は浅菜に返事することなく、横腹を抑えてゆっくりと立ち上がる。

 見れば騎士団長とラルが何やら驚いた顔で俺を見ていた。

 どこに驚く要素があるのか分からないが、とりあえずまだ模擬戦は終わっていないみたいだ。


 再び木剣を構える。


「……そう言えば君は対人戦を苦手としていましたね。忘れていました」


 そう言って同じように木剣を構える騎士団長。


 その情報はどこから出たんだよ。

 むしろ対人戦の方が得意だわ。魔物相手は全身が凶器の場合が多いが、対人の注意すべきところは得物や暗器、それに四肢だけだ。

 野生で培った戦闘経験も、魔物の方が戦闘慣れしている場合が多いため人間の方が戦うだけなら楽だ。

 精神攻撃は人間の方がウザいがな。


「っ」

「くっ!」


 突っ込むのは不利だと判断した俺はその場で防御態勢を取ったところ、騎士団長はさっきと同じように一歩で俺の懐に踏み込んできた。

 防御態勢が功を奏したのか、騎士団長がゼロ距離で放った斬撃は何とか防ぐことは出来たがのだが、一撃で俺の防御態勢が崩されてしまった。


 背後は生徒たち。

 バックステップで下がろうにも下がれない。サイドステップもこの崩された体制では難しい。

 出来るとしたら弾かれた木剣をこのまま力の限り振りぬくことだけ。

 筋肉は傷めてしまうだろうが、この際関係ない。


 出来るか?

 この体勢が崩れて、片足も浮いている状況で獅子咆哮が撃てるのか?

 でもやらなきゃ俺が負ける。


 騎士団長の肩越しにラルの心配そうな表情が目に入る。

 なんだよ、そんな顔するなら最初から俺にやらせるなよ。

 まさか俺が勝てるとでも思っていたのかよ。

 それはちょっと……なぁ?


 ほら、こうやってよそ見している合間にも騎士団長は追撃をしようと木剣を振りかぶっているぞ?

 やらなくていいのか、俺? やらなきゃやいけないんだろう、俺?


 俺だって【勇者】一行なんだろう?


「っ獅咆哮!!!!」

「っ!?」


 躯が傾いた状態で、腰を思いっ切り捻って苦し紛れの一撃を放つ。

 しかし、力んだのにも拘らず対した威力も出なかったようで、騎士団長に当たっても軽く吹っ飛ばしただけだった。


 いつもなら凄まじい剣圧が見えるのになぁ。


 無理な体勢で獅咆哮を放ったせいか、腰は悲鳴を上げ、躯がほぼ横に浮いた状態でそのまま体育館の床に落ちてしまう。

 このワックス掛けされたやけに固い床がさらに腰にダメージを与えてくる。


 この時点で俺はもう諦めていた。

 それもそのはず、目の前には獅咆哮のダメージをものともしないで立ち尽くす騎士団長。

 そして、横たわる俺。


 悲しくも、これが現実だった。


「僕の負けだ」

「あ?」


 しかし、その現実を非現実にするのが周りの人たち。

 明らかに俺の負けが確定している中、そう力なく呟いたのは勝ちが確定しているはずの騎士団長。

 木剣から手を放し、両手を頭より上にあげて降参のポーズをとっている。


 当然ながら俺の理解力では到底理解できない。


「……この相対戦で僕と君……いえ、貴方との差がはっきりとしました」


 何か語りだしたぞコイツ。


「今の手加減をした貴方の技。今の一撃では僕は本当なら死んでいるはずでした」


 いや、それなら俺が腹に受けた斬撃は何だったのか。


「僕はずっと手加減をされていたのですね……。いや、戦う前から分かっておりました。僕では貴方に適わないと」

「いや、あの……」

「【勇者】様、僕の負けです」

「ちょ、ちょっと……」

「勝者、アラン=レイト!!」

「ちょ、えぇー……」


 途端に湧き上がる歓声。

 俺が抗議の声を上げても、その声は歓声にかき消され、いつの間にかラルに右腕を掴まれて高らかに掲げられる。勝利者宣言のポーズだ。


 そうして、俺が納得いかないままこの決闘(実技訓練)は幕を閉じたのであった。

 もちろん、その後俺が勝つのはおかしいと訴えたが、皆して謙遜は止めろと言われて相手にされなかった。


 なにこれ、新手のいじめか?

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