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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
42/107

分かれ道(後)



◆ ◆ ◆



「どうぞ、紅茶を淹れましたわ。こういうのは淹れる前に訊くものですが、紅茶はお好きで?」

「う、うむ」

「そう、よかった」


 少女を追うこと数分。

 場所は先ほどの様な路地裏ではなく、大通りに面した住宅街の一角。


 その家で私はかわいい色のソファーに座っていた


 それほど大きな家ではないが、気品に溢れたオシャレな家だ。人間界で一軒家がどれだけの値段で買えるものなのか知らないが、一人の少女が買えるものではない。


 おそらく、彼女の両親も共に住んでいるのだろう。


 しかし、そんなことよりも不思議で仕方のないことがある。


(なぜ魔物とわかっているのに私を家に入れた!?)


 ここが少女にお実家であるならば、人間が目の敵にしている魔物なんかを決して家に上がらせない、と私は思う。


 けれど、目の前にいる少女はのんきに紅茶を啜ってご満悦な表情をしている。


 もしや、防犯システムが完備で魔物の一匹や二匹なんて簡単に捕らえられるとか?


 はたまたこの紅茶に何か薬を入れたとか?


 というか、この紅茶飲んじゃったよ、私。すごく美味しかったよ。


 そんな私の心を見透かしてか少女はクスリと笑ってこう言った。


「心配せずとも怪しいものは入ってませんよ」

「……それを簡単に信じるとでも?」

「なんと言おうと入っていないものは入ってません」


 考えが読めない。

 何を考えて私をここに誘ったのか……そもそも話したいことがあるから呼んだのでは?


 その旨を伝えると、


「えぇ、そうです。そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。(わたくし)の名前は『(りょう)』と申します。この街にある北部勇者育成学校の理事長をしております」

「わ、妾はイリシア=アブイーターと……ぬ? 北部勇者育成学校?」

「はい、ですから【勇者】であるブレイドさんには事前にお話を伺っておりました。貴方がたが近々訪れると手紙で」

「……なるほどのう」


 合点がいった。

 事前にラルは目的地であるこの街の学校に連絡を入れておいたのか。だから私のことを……って、ラルは私が魔物であるというところまで話したの!?


 というか、むしろ分かっていながらこの街に私を入れた!?


 この出来事に驚きを隠せず、冷や汗をだらだらと掻きながら恐る恐る魎さんを見上げる私。


「……ちなみに、貴方が魔物であるということは先ほど出会った時に初めて知りました。ブレイドさんはそのことを手紙に書きませんでしたから」

「で、ではなぜ……?」


 魔物であることが分かったのか?

 それが声にならずにただ息を吐き出す。


 いや、むしろ何で私がラルと共に旅をしているってわかったの?

 実際に会って「こちらがイリシア=アブイーターです」って紹介してもらったわけでもないのに……合点がいったって言ったけど取り消す。


 何一つ合点がいってない。


「そんなに警戒しないでください。ただ……魔力の質ですよ」

「質?」

「えぇ、いくら魔力を抑えても魔力が魔物のものでした。ですから……言い方は悪いですがカマをかけてみて貴女の反応を見たのです」


 「試すような真似をして申し訳ありません」と頭を下げる魎さん。

 なるほど、質……か。そこまでは頭が回らなかったなぁ。それに最終的に私が魔物だということを白状したとか……目も当てられない。


 けれども、まだまだ疑問は残る。


「……それと、なぜ妾がラルの知り合いと? なぜ妾を魔物と知りながらここに入れたのじゃ?」

「それは貴女が緋色の髪を持っていることと、比較的身長が低いなどの身体的特徴を聞いていたからです。貴女が魔物に関しては……」


 魎さんは一度そこで句切り、浅い息を吐いた後にこう言った。


「あの娘が信頼するのなら、私が警戒するのもおかしな話ですから」

「…………随分と信頼しておるのじゃな」

「えぇ、勿論です。だって、あの娘は【勇者】ですから」

「……どうやらこれらの質問は全て愚問じゃったみたいじゃな」


 説明としては凄く足りないが、それでもこれらを納得させるほどの説得力を持っていた。

 だって、ラルは【勇者】……世界中が納得しないとこの称号は付けさせてもらえないだろうから。


 私が知る【勇者】の文献でも、【勇者】は家に不法侵入して金品を漁っていっても大丈夫だったらしいし。【勇者】っていうのは絶大な信頼を寄せていないとなれない……言いえて妙だね。


 あーあ、なんか変に力入れて損したよ。紅茶美味しい。


「ですが、困ったことになりましたね」

「困った?」

「えぇ、ブレイドさんが目的にしていたエルロン教諭は、ここしばらくこの地を離れなければならないのです」


 エルロン教諭……ラルが言っていた【七英雄】の【永炎者】だったはず。三年前のあの大戦でも活躍し、勝利に大きく貢献した世界最高峰の剣士……だったっけ。

 私も、三年前に面識がある。


 といっても、向こうは覚えていないだろうけど。


 ちなみに、目的はその【永炎者】ではなく【永炎者】の持つ鍵が目的だったはず。

 それだけなら借りればいい話ではなかろうか?


何故(なにゆえ)困るのじゃ? 妾たちの目的は鍵だったはずじゃぞ?」

「鍵はギルドに預けているんです。いくらエルロン教諭でもしっかりとした手順を踏まなければ受け取ることは出来ません。例え……ギルドマスターと言えども」

「ならば事前に申請して、手順を踏んだうえで妾たちが受取れば問題なかろう」

「ブレイドさんに聞いていないのですか? その鍵は【七英雄】……詳しくはブレイドさんを除く【七英雄】にしか扱うことが出来ないのです」


 それは初耳だ。


「なぜ、ラルだけが扱うことが出来ないのじゃ?」

「それは存じません。それこそ【神】のみぞ知る、です」

「ふむ……」


 ラルが扱えないのならどうしようもない。

 だとしたら私やアランにも扱うことが出来ないだろう。


 【天眼】であるリトさんをここに……って、あの人は車椅子だ。それに憩場は頻繁に場所を移動しているからもうどこかに旅立っている最中かも知れない。

 とても現実的じゃない。


 私たちが来ることが分かっているんだから事前に受け取って……っていうのは過ぎたことだしさ。


 待つしかないのかな……。


「……話は変わりますが、ブレイドさんとアブイーターさんともう一人、アラン=レイトという方が相当腕が立つとかなんとか」

「うむ、なんとバハムートを討ち、英雄の友をその身で追い払ったことがあるのじゃ。アランはおそらく……その【永炎者】とやらと同等かそれ以上に腕が立つじゃろう」

「それは本当ですか!?」

「うむ、真じゃ」


 これらはすべて本当のこと。

 実際に見て見ないと信じるにしては規模が大きすぎるが、この目で見てしまったのだから信じる他無い。竜の咆哮に匹敵する剣技、地獄の業火を思いのままに操る剣、状況を判断する観察眼。どれも本当のことだから笑えてくる。


「……実はエルロン教諭がいない間の穴埋めをどうしようかと思っていたところでしたが……なかなかエルロン教諭の代わりとなる教師が見つからなかったのです」

「アランに頼んでみると良かろう。きっと受け入れてくれるはずじゃ」

「人柄も良いのですか?」

「人柄だけではないぞ? 料理も上手で家事も出来る。話も面白いしのう。気を配ることも出来るうえ、自分を犠牲にすることも厭わない。時には剽軽(ひょうきん)な行動に出るが、それには妾が思いつかないような意味を伴っていた。……あれほどの(おのこ)を妾はお父さん以外に知らなんじゃ」


 全て嘘のようで本当のこと。

 これらをアランに問い合わせても、一様に首を横に振り「偶然か勘違いだよ」と言って譲らない。謙虚な性格もいいけど、もう少し誇ってもいいと思うな、アランは。


 私がアランのことを話すと、最初魎さんはキョトンとしていたが、何故だかクスクスと笑い始めた。それも、さっきの様な軽いものではなく大笑いを必死に我慢しているような、そんな笑いだ。


 今度は私がキョトンとしていると魎さんは笑い混じりにその訳を話し出した。


「くつくつくつ……まるで貴女、その殿方に恋しているみたいね」

「なっ!?」


 一瞬にして顔が熱くなるのと同時に既視感を感じた。

 それもそのはず、この街に繰り出して直ぐに否定したことを言われたのだから。


 慌てて反論しようと座っていたソファーから勢いよく立ち上がり、対面のソファーに座っている魎さんを睨むが、私は何も言えなくなってしまった。


 何故なら、先ほどまで笑いを我慢していた魎さんはどこへやら、とても据わった目で私を見つめ、続けてこう言う。


「まぁ、そんな自分を隠した言葉では貴女の恋は到底叶いっこないでしょうけど」

「……なに?」


 理解の出来ない言葉が耳に入る。


 自分を隠した言葉と魎さんは言ったが、いったい何のこと……なんて、自分が一番分かっているに決まってんじゃん。自分が、一番分かっている。


「貴女、無理してその口調でしゃべってはいませんか?」

「……そうじゃ、誰もいない普段と誰かのいる普段では違うのぅ」


 本当にこの人は何者なんだろうか。

 この人にはとても嘘なんかつけない。私はこの人の言う通り偽った口調でアランたちに接している。


 偽りというのはこの年寄り臭い喋り方。

 次期【魔王】ということでフォボスに強要されたこの口調がどうしても好きになれない。小さい頃から使うように言われていたのだが、私の周りにはこんな口調の子なんて一人もいなかった。


 一度だけ、フォボスに訊ねたことがある。なぜこんな口調でなければならないのか。

 返ってきたのが「【魔王】としての最低限の節度です」というよくわからない返事だった。


 節度という言葉の意味は“行き過ぎない適当な程度”という意味。

 【魔王】の最低限の行き過ぎない適当な程度ってどういうことなんだろうと思っていたが、後に【魔王】としての最低限度のマナーって言いたかったんだと一方的に解釈した


 それなら【魔王】なら必ずこんな口調でないといけないのかというと、そうでもないと思う。だってお父さんは普通の口調だったから。

 だからこれはフォボスの一方的な理想の押し付けだと気付いたのはたった五年前のこと。気付いた時には既に遅く、もうこの口調は簡単に抜けないものとなっていた。


 もちろん今も。


「……確かにの、仲間に偽りの言葉で申すというのは中々に酷なものじゃて」

「えらく素直ですね」

「自覚しておるからの」


 だから、


「……いまさら、戻しても……アランは受け入れてくれるかの……?」


 後押しが欲しかった。

 普通に、偽りなく、自分の言葉で伝えてもいいのか、と。


 誰に問うわけでもなく、ただ呟くだけ。

 それは、問いではないのだから。問い先がないのは当たり前。


 それを見透かしたかのように、魎さんは呟く。


「それは、貴女が決めることです」

「……それもそうじゃな」


 背中は押された。

 前に倒れるか、踏みとどまるか、それとも――


「それで? 貴女はその殿方をどう思っているのです?」

「それは……重要なことなのであろうか?」

「えぇ、重要も重要、最重要です」


 最重要……と言われても今一ピンとこない。

 確かに、アランは……頼りになるし……それに……なんというか、その……なんて言ったらいいんだろうか。

 さっき、アランのことを説明するのにスラスラと言葉が出てきたのに。


 そんな私の考えが見透かされたのか、魎さんはクスクスと笑い、こう続けた。


「では、その殿方とブレイドさんと一緒にいるのを見て、どう思いますか?」

「どう……とな?」


 ラルとアランが一緒にいるのを見て……か。

 ラルはアランをまるで父と慕っているかのように仲がいい。

 それは……それは……。


「う、羨ましい……」

「羨ましい?」

「う、うむ。妾はラルのように……その、アランと接することは出来ぬ。一人の女子(おなご)である前に妾は魔物じゃ。魔物は……人とは相容れぬ。だから……羨ましい」

「…………」


 は、恥ずかしい……!

 何でか知らないが、今言ったことがとても恥ずかしく、顔が熱くなっていく。

 何でこんなにも恥ずかしいんだろう。


 私の本音を聞き終えた魎さんは一口紅茶を啜る。

 そして、こう言い放った。


「貴女、何を言っているの?」

「えっ?」

「貴女は魔物である前に一人の女の子でしょう? 魔物だから相容れぬって……はぁ」


 溜息をつかれた。


「良い? それを殿方に言ってごらんなさいな」

「な、なぜ……」

「今言った通りです。貴女は一人の女の子ですよ。それでないと……ブレイドさんにとられてしまいますよ?」

「そ、それは……」


 私は魎さんに言われたその光景を思い浮かべる。

 アランとラルが楽しそうに笑っている。ただ、それだけなのに胸の奥が苦しくなってしまう。


 そうか……そうなのか……。


 魎さんはそれ以上は何も言わず、ただただ紅茶を啜っている。

 そして、紅茶を飲み終える。


「さて、それでは学校に行きましょう。貴女もどうです?」

「……妾も入れるのかの?」

「えぇ、構いませんよ、あぁ……それと」

「なんじゃ?」


 ソファーから立ち上がり、私のカップと自身のカップ持って立ち上がった魎さんは、屈託のない笑顔を向けてこう言った。


「事の顛末はお聞かせくださいね。人の恋路というものは、いつになっても紅茶が合いますわ」


 年相応な、そんなことを。

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