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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
40/107

Dona nobis pacem



「ほら、ネクタイ曲がってるって」

「……まさか一回りも歳が違う娘にネクタイを締めてもらうことになるとはなぁ」

「幼妻ってやつ?」

「ラルくらいだと娘が良いところだ」

「パピーって呼んであげようか?」

「止めてくれ、鳥肌で大根が卸せそうだ」


 傾注傾注~。

 私は何故か北部勇者育成学校の中に居て、職員などが使うロッカールームでラルと一緒に居ます。そして本当に不思議なことに何故か就職活動中しか着たことのないスーツを着ています。


 不思議なこともあるモンだね。


 この窮屈なスーツが妙に気持ち悪い。俺のだるんだるんな腹が強調されてしまうじゃないか。


「お、似合ってるんじゃないか」

「あ、亥斗」


 ラルにどうにかネクタイを締めてもらい、襟元を正しているとロッカールームのドアが開いてとある人の顔が覗くようにひょっこりと現れた。


 その人物こそが、俺が今こうしてスーツを着ることになった原因の人。世界の最高峰の剣士【七英雄】の【永炎者】亥斗=エルロン本人である。


 端正な顔立ちで髪は黒のオールバックをばっちり決めている彼は生徒(女)からの支持が高いそうだ。ちなみに俺は支持していないぞ。イケメンは敵だってDNAに刻み込まれているからな。


「あの……ホントに俺がやらなきゃダメなんすか?」

「頼むよ、俺の代わりの教員は当分見つからないし、なによりブレイドがここまで言うんだから大丈夫だって」

「これはアレですわ。断ろうとしても無限ループに入るパターンですわ」


 事の発端は少し目に遡る。

 ラルが亥斗さんに鍵を借りに行ったはいいが、亥斗さんは別件で他の場所まで行かなければならないのだそうだ。更に、亥斗さんは鍵をギルドに預けているために申請に数日かかるそう。


 それだけなら俺たちが待てば良い話なのだが、そこで終わらないのが世の無常。


 亥斗さんがいなくなる間、代わりの教師となる人を捜しているのだそうだが、何分(なにぶん)亥斗さんは世界最高峰の剣士と名高い【永炎者】だ。代わりになる人など居てたまるものか。


 学校側もギルドなどを頼りに声を掛けているそうだが、亥斗さんの代わりというと皆一様に首を横に振るのだと。また、学校のカリキュラムに亥斗さんしか受け持てない授業(必修)があるので、困り果てていたところにラルが現れたそうだ。


 学校側は最初ラルに頼んだらしいのだが、その話を聞いたラルは何を思ったのか俺を推薦しやがった。


 当の亥斗さんはラルから俺という人物を聞いたら、快く承諾した。いったいラルがどんなことを吹き込んだのか知らないが、俺の意思を無視しているところに涙を流さざるをえない。


 しかも、理事長にはこれから話すって……どれだけ過大評価されているんだか。


「それにしても驚いたよ。あの泣き虫なブレイドが【魔王】を倒すために旅をしているなんて」

「私も信じられないよ。私に告白してきた亥斗が今じゃ女子高生のお尻追っかけているなんて」

「ファ!?」


 なんだか昔話に花を咲かせているな。

 話か察するに亥斗さんはラルの元彼なのか。さぞや美男美女の名カップルだったんだろうなぁ……別れてよかったよかった。


「そ、そんなこと言うなら俺だって言うぞ。お前、年上が趣味だったんだな、俺もお前より年上だけど」

「あ、亥斗さんそれはないですよ。片や【勇者】でもう片っぽは寂れたオッサンですよ?」

「……まぁ、そういう関係ではないけどさ」


 どっちかというと娘に近いイメージ。

 俺は独り身で子供はいないけどいつか家庭は持ちたいな。こんな俺を好きになってくれる物好きはいないけど。


「さてっと、俺はこれで安心して行けるよ。アランさん、あとはよろしくお願いします。ブレイド、アランさんに迷惑をかけるんじゃないぞ」

「んもう、早く行きなさいよ。ほら、アラン。理事長室に行くよ!」

「お、おう」


 半ば引き摺られるようにラルと共に理事長室に行く俺。なんだかえらい遠回りをしているように気がしなくもないが、待っていれば【神】様のところに行けるんだ。しかも、俺がこうして教員になっている間は給料も出るとのことだし、しばらく頑張ってみようかな。


 亥斗さんしか受け持てないカリキュラムが凄く気になるが。


 そんなことで理事長室までやってきた俺たち。


 というかさ、教員免許が必要だとか、亥斗さんから鍵を借りて後でギルドに預けて亥斗さんに返すよう頼むとか色々とどうにかなりそうな気もしなくもないのだが、それをツッコムのは野暮という者なのだろうか?


 え?

 物語が進まないって?

 あ、そうですか。


「失礼します」


 理事長室の扉をノックして返事を聞かずに理事長室を開けると、奥のデスクに一人の女性が座っていた。


 髪は地毛なのか知らないが真っ白で、フレームの無い眼鏡をかけている。そして、何より若い。ラルと同じくらいだろうか。


 そんな少女は俺たちがやってきたことに対して、書類に通していた眼をこちらに向け、無機質な表情でこう言った。


「貴方がエルロン教諭が言っていたレイトさんですね、どうぞ座ってください」

「あ、ども」


 理事長は手を来客用である明らかに高そうなソファーへ向けて腰掛けるように言う。お言葉に甘えてソファーに目を向けたところでソファーに誰か据わって居るの気付く。


 いったい誰だろうと首を傾げながらソファーの方へ向かうと、そのソファーに座っていた人は唐突にこちらを振り向いてこういった。


「なんじゃ、遅かったではないか」

「い、イリシア……?」


 なんとソファーに座っていたのは街を見ているはずのイリシアだった。


 なんでイリシアがここにいるんだ?

 もしかして【魔王】は理事長と秘密な関係を持っていて云々かんぬんのところまで想像して、これはないなと結論付けた。


 こういうものは本人に聞いてみるのが一番。


「なんでイリシアがここに?」

「街を見ていたのじゃが……たまたまこの者と知り合っての。なんでもこれからアランたちと会うと聞いて妾もお邪魔しておった」

「そうなんだ……」


 とりあえず真ん中に俺、左にイリシア、右にラルという感じでソファーに座り、理事長と対談する。


「ご紹介が遅れました。(わたくし)はこの北部勇者育成学校の理事長兼ギルドマスターを受け持っている『(りょう)』と言います」

「あ、えっとアラン=レイトです。一応ここの卒業生です」

「そうでしたか、では校内の構造を覚えておいでですか?」

「だいたいは覚えてます」


 本当にこの人が理事長なんだ……。

 この若さで世界でも有数の学校の理事長をしているどころか、世界のギルドを束ねるトップなんだもんな。どれだけの名声と富と強さを持ってここまで来たんだろうか。


 その努力は碌に努力もせず流されるままの人生を送ってきた俺なんかが、到底理解できるものではないんだろうな。


 余談だが、天才とか才能という言葉は、努力してきた人たちに対する最大級の侮辱だと聞いたことがある。その本人の努力をすべて“才能”という一言で吐き捨てているんだからな。


 色々と凄い人には才能という言葉を聞いただけでも怒り出すという人もいるくらいだ。


 閑話休題。


「では、貴方が実際この学校でしてもらうことは教員と同じことと思っても構いません。事務仕事は他の者がやりますので、貴方にしてもらうことは授業や生徒の成績の向上です。教員免許の方は?」

「……持ってません」

「分かりました。(わたくし)の方で手配しておきます。聞いた話によると貴方はエルロン教諭に匹敵するほどの腕をお持ちらしいですね」

「それは誤解です! 俺は――」

「“俺”という言葉遣いはいただけませんね。他ではいいですが、(わたくし)の前では使わないようにしてください」

「う”……」


 ダメだ。こういう人は苦手だ。

 何ともやり辛いモンだ。


 左を見ればイリシアがクスクスと笑っている。俺は少しムッとしたが、ここは我慢してまずは誤解を解く方に専念する。我慢出来る俺偉い。


「……私の腕が良いとかそれは全くのでまかせです。おそらく、ここの一年にだって剣の腕が及ばないでしょう」

(わたくし)は貴方が英雄伝記等に登場するバハムートをたった一撃で葬ったと聞いていますが、それは嘘だと?」

「それは……様々な偶然が重なった結果です」

「そうですか。まぁ、それはこれからわかることです。ともかく、(わたくし)どもはソレを信じるしかないので貴方を雇うことにしました。是非ともその“雇う”ということを良くお考えの上で行動してください。もう下がってもらって結構ですよ、貴方には明日から出勤してもらいます」

「……」


 うわぁ……なんだか不安がいっぱいだぁ……。


 とりあえず俺はお魎さんから学校のマニュアルやら校則などが書かれた冊子をもらった後、イリシアとラルと共に理事長室を後にする。


 そこでイリシアがクルリと俺の方を振り返り、苦笑いをしながらこう言った。


「少々キツイ物言いじゃったが、根は可愛らしい女の子じゃ。何かあったら頼ると好いじゃろう」

「ホントかよ」


 出来ればなるべく会いたいものではないがな。

 なんだかあの人と話していたら精神が擦り切れてしまう感覚に囚われてしまうぞ


 今日は特に何もすることが無いので、教員専用の宿舎があるということでそこに向かおうとしていたところで俺は大事なことに気付く。


 そう言えば清掃料の銅貨二十枚をもらっていないことに。

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