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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
36/107

り ぼーん(受動態)



 雨の中。見上げる空は曇天で、灰色の世界だけが視界を埋め尽くす。


 街の被害はそれほどでもなく、死傷者は抵抗した一部の旅人と衛兵だけという。野盗は無抵抗な人には一切手を上げずに金品を奪って行ったらしい。


 しかし、家を焼かれた人はいるために一口に助かったとは言えない。


 この雨で火は自然と消えてくれるだろう。


「ここにおったか」

「……イリシア」


 振り返ればその姿。傘を差して佇むイリシアが俺の背後に立っていた。


 イリシアは俺の隣に来て、傘を俺に差し出してくる。


「ずぶ濡れではないか。風邪を引いてしまうぞい」

「……雨に当たりたい気分なんだ」


 そんな俺の願いを無視するかのように、イリシアは傘をもう一本開いて俺を雨に濡れないようにしてくれた。


 俺はソレをはねのける。


 しかし、直ぐに思い直してイリシアに謝る。


「すまん、イリシアに当たっても、仕方のないことなのに……」

「当たればよかろう。あの時、妾はお主らに追いつくことが出来なんじゃ。妾にも落ち度はある」

「いいや、イリシアは悪くない」


 そうだ。イリシアは悪くない。イリシアは。


 悪いのは。


「俺なんだ……」


 あの時、俺は情けないの一言に尽きる。周りの被害がどうたら言ってる場合ではないのは明らかだった。素直に炎具を使っていれば、素直に立ち向かっていれば、あんなことには……。


 後悔しても時は戻らない。人はよく『後悔しても仕方ないから、先に進もう』なんて言うけど、それは心の強い人か物語の主人公だけが出来ることだ。


 俺のような脇役雑兵は、そんな強い心は持ち得てなんかない。


 俺はこれからもこのことをズルズルと引き摺るだろう。どんなに時が経とうとも、どんなに楽しことがあろうとも、俺は引き摺るであろう。


 それが、脇役だ。


「アラン……妾の胸は小さいが、これでも多くの部下に胸を貸してきたつもりじゃ。泣きたいときは、頼ればよいじゃろう? 仲間を」

「イリシア……!」

「思う存分、吐き出すのじゃ。オノコは慟哭を我慢するものではないぞ」


 我慢ならなかった。俺はイリシアの胸を借りて泣き叫ぶ。


 失くしてなるものかと、亡くしてなるものかと、心に決めた仲間が逝った。


 その出来事が俺の心に深く、深く蝕み、後悔ばかりを量産していく。


 それと同時に、生まれ来る感情も。


「俺……! 俺はもう絶対に失くしてなるものか! イリシア! 絶対に俺はアンタを守る!」


 嗚咽、


「俺は、強くなる……! 【七英雄】や【聖王】とかには届かなくとも! 俺は強くなる!」


 それは一つの決意。切ない切ないたった一つの難しい決意。


 肉体的にはもちろん、精神的にも強くなりたい。


 強者を前にしても、壁を前にしても立ち向かえる強さが。


 ここ一番ってところで立ち向かえなければ何の意味もない。金具と言う強さがある以上、それを扱える強さが欲しい。


 渇望。飽くなき渇望。心の底から願う渇望。


 そんな俺の決意を訊いたイリシアは、優しく抱き返して頭をゆっくりと撫でる。その母性ある行動に俺は思いっ切り甘えることにした。


「あのー……」


 もう周りなど気にするものかと言わんばかりに、俺の口から次々と飛び出す叫び声。


 声が枯れても、涙は枯れることはなかった。


 ただ、俺は目の前にいる仲間をしっかりと抱きしめて、そのぬくもりを感じていたかった。


「ねぇーってば」


「アランよ、一人で抱え込むでない。妾も仲間なのじゃから、悲しみも……喜びも一緒に分かち合うものであろう? であれば……妾も強くならなければの」

「イリシアァ……!」


「ねぇってば!」

「ん?」


 俺は背後から聞こえる声に気付いた。泣き叫んでいたからであろう、今まで俺たちが聞こえていなかったためかその声はどこか怒りを孕んでいた。


 俺は己の顔を袖で拭き、背後のいる来訪者の顔を拝むためにイリシアから離れて振り返る。


 そこには見知った顔が。


「もしかして私、空気読めてなかった?」

「ら、ラルゥウウウウウウ!?」


 それは幽霊か。

 俺が目を丸くして見つめているのは紛れもないラルの姿。


 俺はあまりのショックにより幻覚を見ているのではないかとイリシアの方を見るが、イリシアも同じく驚愕の表情をしているからので幻覚の類ではないのだろう。


 目を擦り、再び目を開いてもラルの姿。


 アラン は こんらん して しまった !


「な、なぜじゃ……確かに死亡確認も……」


 この摩訶不思議な出来事にイリシアがようやく絞り出したのはそんな一言だった。


 確かに、俺も心臓が止まったのをこの耳で、この手で確認したんだ。いったい……なんで?


 当のラルは困ったように笑うと、何とも言いづらそうにこう言った。


「私ってば雷操れるでしょう? それで心臓とか脳とかの一部を機能停止にしてさ、延命のために一旦死んでたんだよね。後は魔力で傷口を縫ってちょちょいと……ゴメンね?」

「ら、ラル……うぉおおおおおお!!」

「え? えっ?」

「よかった……! 生きてた……!」

「アラン……」


 ラルが生きていた。その出来事をようやく受け入れた俺は、思わずラルに抱き付いて本日二度目の男泣き。


 ラルは若干驚いたようだが、そんな俺のセクハラ紛いのハグを受け入れ、抱きしめてくれた。


 雨はいつの間にか上がっていた。





◆ ◆ ◆





「それで? 聞きたいことって?」


 ラルとイリシアと共にラルの快気祝いを行った後、俺はヒバリさんの元を訪れていた。訊きたいことと言うのはもちろんあのことだ。


「訊きたいことは、ラルのことと野盗襲撃のことです」


 冷たくなったラルを病院へと運んだ時、たまたま居合わせたイリシアとヒバリさんが共にラルを見てくれたのだ。そこでラルは医者に死亡確認を受け、病室にラルとヒバリさんを残して外に出たのだ。


 だから、ヒバリさんはラルが生き返るところを目撃しているはずなのだ。その顛末を。


「率直に聞きます。ラルに何かしましたか?」

「何もしていないわ。だいたい、彼女から理由を聞いたのでしょう?」

「聞きました。けど、それがチャンチャラ可笑しな話だということは俺でもわかりますよ」


 そう。いくらラルが雷を操れたとしても、いくら【七英雄】で【神】の加護を受けていたとしても、その話はおかしい。


 ラルの心臓が止まったのを確認してから病院に着いたのはそれから約一時間後だ。俺はラルが死んだショックでしばらくそこを動かなかったんだ。そして、ゆっくりと病院へ向かったんだ。


 一時間だ。死んでから一時間だ。この時間がどれだけの意味を持つか。正確には知らないが、心肺停止してから一時間は生存確率は絶望だと聞いたことがある。


 そして、ラルの言葉だ。ラルは自身の能力である雷を操り、体の機能を停止した……つまり一旦死んだといった。仮死状態ではない、死んだのだ。そして、魔力で傷口を縫合したと。


 この時点で大きな矛盾がある。


 まず、ラルは脳の機能も停止したといった。つまり脳死だ。脳のことはよくわからないが、脳死になって何の後遺症も残らないものなんだろうか?


 さらに、能力は死んだら消える。前にも言ったかもしれないが、これは【神】も明言していることで、死んだ者は人間であれ魔物であれ能力はなくなる。


 稀にアンデットとして蘇った者に能力が附属されるらしいが、ラルはアンデットではない。


 であればラルは死んだ後に雷を操ることは不可能だ。


 以上からして、どうやったって生き返るのは疑問だらけ。


 この世界は漫画や小説の世界ではない。死んだ人間は二度と生き返らない。人間として。


 そんな俺の疑心暗鬼を諭す様にヒバリさんがこう言った。


「いいじゃない別に。仲間が同じく生き返ったのよ? それで充分じゃない」

「それは……そうですけど」

「それに、仲間の言うことを信じられないの? あなたが涙を流して悔やんだ仲間のことを」

「…………」


 ……そうだ。俺は何を言っていたんだろう。ラルが生き返った。また同じく旅が出来るんだ。


 それで、良いじゃないか。これに関しては、ラルが言った通りのことが起きたか、奇跡が起きたと思っておこう。


 そう改心した時だ。


「ただ、彼女が生き返る時に眩い光に包まれたわ。目が眩むほどのね」


 何でこの人は納得した時にそういうこと言うのかなぁーまったくもー。


「それで? 野盗襲撃の聞きたいことって?」

「それはですね、なぜ今日野盗が襲撃するかわかったことです」


 確か野盗襲撃の瞬間にヒバリさんは今日野盗は襲撃すると言った。もしそれが勘とかではなく、何か裏付けされたものだとしたら、その理由を聞きたい。


 コレは完全に俺の好奇心だ。別にもっと以前から分かっていたなら衛兵に伝える云々かんぬんとは言うつもりはない。


「そうね、考えてもみて。あれだけ野盗の襲撃を恐れていた衛兵は何故あなたたちをこの街に入れたの?」

「それは……」


 確かに、なんでだ?

 もし野盗の襲撃を恐れるなら何か身分を証明するものとかが無い限り街に入れることはないはず。


 のにも拘らず、衛兵は俺たちの身分を確認せずに入れてくれた。多分、ラルが【七英雄】だと気付いていなかったと思う。それなのに……なぜ?


 そのことをヒバリさんに言うと、


「アランちゃんの言うことはもっともよ。でもね、ここはどこ? ここは世界でも有数の工業の街。そんな世界でも必要とする街を鎖国状態にしてしまったら大変よね? それに、この街は工業は盛んだけれど、農業や漁業は壊滅的なの」


 そうだ。アレクは世界でも有名な武具や器具などを生産している。さらに、アレクは工業は盛んだが、食料などはほとんど街の外に頼るしかない。


 そんな街を閉鎖してしまったら、金は入ってこないわ食料は入ってこないわで大変だ。


 でも、それだけなら商業キャラバンだけ通せばいい話で、旅人である俺たちを通す理由にはならない。


 そんな俺の思いを読んだかの様にヒバリさんはこう付け足した。


「アランちゃん、ここの立地も考えてみて。ここからこの街と隣接している街と言えば、港町か北部勇者育成学校のある『イース・ロンド』しかないの。しかも、その二つはここからかなり離れてる」


 ヒバリさんの言うことはもっともだ。俺たちは偶々近くに来ていた憩場からここに来たが、本来なら港町からここまで街や集落は一つもない。ましてやここから北部勇者育成学校のあるイース・ロンドまで建造物すらない。


 なんだかヒバリさんが言いたいことがわかったような気がするぞ。


「ふふっ、もうわかったでしょ? ここを閉鎖してしまったら港町から次の街……イース・ロンドまで果てしなく長い距離になるの。しかも馬車も碌に借りることのできない冒険者は徒歩での移動になってしまう。冒険者は疲弊して死亡率が上がるわ」


 うわ、考えただけでも足が痛くなってきた。


「実際に……閉鎖時のここを訪れた冒険者がいたの。でも冒険者は自分が野盗と証明できるものが無いから入ることは出来ない。そうしたら、無幾分もない食料でイース・ロンドを目指すしかないわね。そして、その冒険者は……結局のところ餓死したわ」

「…………」

「もちろん、街の人たちに知れ渡った時は大バッシング。人々を守るために閉鎖したのに、その人を殺してどうするんだってね」


 なるほど、ちょうどその後に来た俺たちは入れたのか。街の人たちの反対のおかげで。


「そのことがあって閉鎖が解除されたのが三日前ってわけなの。一般人としてこの街に潜入した野盗が動き始めるには充分な時間が経ち、初日と比べて警備が手薄になった今日にでも襲撃するんじゃないかと思ったの」

「なるほど」


 そう言ってヒバリさんは奥からジンジャーエールを取り出してきて俺に振舞う。相も変わらず美味い。


 俺が二口三口と飲んでいると、ヒバリさんは何かを思い出したかのようにこう付け足した。


「私がこのことを衛兵に言わなかったって責められても困るから弁明しておくわね。ただ単に、衛兵に報告したことで逆に衛兵にマークされたくなかったし、なにより事情聴取で時間がとられてお店を休みにしたくなかったのよ。私は別に街が襲われることよりも、お店を開けてお客さんにお酒を振舞う方が大事ですもの」


 『まぁ、街の被害状況で開店できるかどうかわからないけどね』と最後にポツリと言ったヒバリさんはどこか人間らしく、誇らしげだった。こういう人が、周りに流されないのだろう。


「ささ、貴方のお仲間がお待ちよ。次はイース・ロンドに行くんでしょう? コレを持っていきなさいな」

「コレは……漬物?」

「そ、糠漬けよ。キュウリからキノコ。大根も持っていきなさい」


 半ば押し付けられるようにヒバリさんに持たされたのは、おそらく自家製だろう糠漬けだった。


 日持ちのするものと思ってのことだろう。ありがたく受け取っておく。


 俺はヒバリさんに礼を言い、また必ず来ることを約束に店を出た。


 俺を待つ、仲間の元へ急ごう。

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