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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
34/107

怨嗟の声

◆ 一般ぴーぽー ◆





「ここがアレクだ」

「ほぉ……何とも興味をそそる街じゃな」



 俺たちが憩場を出発して五日後。

 次の目的地であるアレクに到着した。


 ここは工業が有名で、あちこちに工場が立ち並んでいる。その癖に公害は皆無というから驚きだ。


 この街の防具やアイテムは今いる大陸はおろか、ほかの大陸からも発注が来るほど良製品と知られている。世界で一番対魔機の職人が多いともっぱらの噂だ。


 そんなアレクでは石畳の道に、レンガの家が立ち並んでいる。そして、どの家にもギミックが組み込まれているのか歯車が回っているのが見える。世界を探せど全ての家のドアが自動で開くのはアレクだけだ。


 少し衛兵が多いが、何かあったのだろうか?


 イリシアはよっぽどギミックに興味があるのか目を輝かせて周りを見渡している。その足取りはフラフラとしていてどこか不安だ。道の悪い場所で転んだりしないか心配になってくる。


「さて、まずは宿屋を確保しようか」

「それなら私がしてくるよ。アレクなら道も知ってるし」

「そうか、なら俺とイリシアは情報収集……って言いたいが、情報は俺だけで集めてくるよ」

「何故じゃ?」

「何でもだ。良いだろ?」

「うむ……なら妾はラルに付いてゆくとしよう」

「なら、午刻の九辺りにこの街の広場で落ち合おう」


 話し合いにより俺が情報収集へ、ラルとイリシアは宿屋の確保に決まった。やはりイリシアがどこか不服そうだが、一応納得してくれていることに感謝しよう。


 さて、ここでの目的だが……正直言って俺たちの目的地『北部勇者育成学校』の通り道にあるから寄っただけだ。


 しかし、アレクは前述したように工業が盛んだ。ならば、この先の旅を案じて身を守る装備やアイテムを買うのが普通なのだが……あいにく俺たちは金がない。だとしたら、ここでの目的は限られてくる。


 工業が盛んだということは、人の出入りも激しい。それ故に情報も豊富だ。


 今回のここでの目的は【魔王】の動向を探ることだ。最近変わったばかりの【魔王】の情報など、日々面白いことに飢えている人たちにとっては格好の的だろう。


 それに、長らく外の情報にも触れていない。ここで世界の変わったことや事件のことを耳に入れてもいいと踏んだのだ。憩場には新聞が無かったからなぁ、いま世界で何が起きているのなんてわからん。


 せいぜい、憩場でわかったのは今世界が【魔王】が変わったことで激震しているってことぐらいしか分からなかったし。


 そこで、ちょっと二人を連れていけない場所へ情報収集へ行こうという寸法さ。この街で一番情報が集まると言ったら……夜の街しかあるまい。風俗やキャバクラなどはお偉いさんが集まるし、何より夜の蝶たちはそういうことに人一倍敏感だしな。


 だから二人は連れていけないのだ。むしろ連れて言ったらどんな料理のフルコースが待っていることやら……。


 ちょうど日も傾き始めたし、俺がここに来て初めて行ったお店に行くか。





◆ ◆ ◆





 賑やかな喧騒が満たされた道から数本外れた路地。まだ日は出ているものの、どこか薄暗い感じじゃ不安を暗示しているみたいだ。


 しかし、ここが一たび真っ暗になればネオンに照らされた夜の繁華街が姿を現す。憲兵も御用達の店もあるとのうわさ。


 この裏路地を少し行ったところにひっそりと佇むお店がある。別段に繁盛しているというわけではない。別段に大きな店ではない。しかし、決して潰れずに佇んでいるお店。


 『ヒバリ』というお店だ。ここは飲み屋だが、女の子がいっぱいいるお店ではない。むしろ女の子は一人しかいない。というか店員が一人しかいない。そんな飲み屋。


 そんなお店に向かう途中で肌を露出した女の子から店に来ないかという勧誘をあしらいつつ、歩を進める。


 日は完全に沈んだようだ。真っ暗な道をネオンが妖しく照らし出す。呼子も徐々に増えてきた。


 しかし、魅力的な女の子の勧誘や『一時間銀貨三枚ポッキリ!』というプラカードを掲げた呼子を無視しながヒバリへと到着する。一時間〇〇ポッキリっていうのは、ほとんど入場料が〇〇ポッキリというだけで指名代や飲み代は別料金だという可能性がある。経験者は語る。


 ここはネオン色の看板はあるものの、少し外れた場所にあるために客足はよろしくない。ドアを開け、来客を告げるベルの音を耳に入れながら店の中に入る。中はオレンジ色の光で照らし出されており、カウンター席が三つに二人据われば窮屈なテーブル席が一つあるだけ。


 そのカウンター席の奥のカウンターに彼女はいた。


「いらっしゃ……あ、アランちゃん!」

「久しぶり、ママ」


 そこまで露出が多い服ではない。せいぜい二の腕が露出している黒い服を着ている彼女は、俺を見るなり目を丸くしてパタパタと近寄ってくる。身長差ゆえか俺が見下ろす形となるが、今に始まったことではない。


「元気してた? あ、そうだ!」


 この店のママは急ぎ足で出入り口の方へ走っていくと、ドアにぶら下げている『オープン』と書かれたプレートを裏返して『クローズ』にする。おい、店はどうするんだ、店は。


 そんな俺の心を読み取ったのか、ママは俺の方を向いて一言。


「アランちゃんが来たんですもの。他のお客さんなんて二の次。大体お客さんなんてしばらく来た試しがないわ」


 おい、店の経営者がそんなのでいいのか。


「とりあえず座って。はいどうぞ」


 そう言われてカウンター席に座ると、目の前に氷が数個入ったジンジャーエールが置かれる。俺の大好物だが、注文した覚えはない。


「ママ、俺さ今金が無いんだよ」

「いいの、サービス。別にお酒出してるわけではないし、誰かが飲んでくれないと排水溝行きよ?」


 そう言ってくすくすと笑うママ。

 この目の前にいる店のオーナー……というか見た目が完全に少女な女性が『ヒバリ』さんだ。見た目が少女と言っても、俺よりは確実に十歳は上なのだが……そのアンチエイジングの秘訣は何なのだろうか?


 ママと俺の関係は当然オーナーと客だが、あっちはそう思っていないようだ。


 俺が以前……かれこれ十年くらい前だから俺が高校三年生の頃だな。この店に野郎どもと面白半分で入った時にオーナーが明らかに十代前半にしか見えない少女だったのは覚えてる。それから一切変わっていないところを見ると、不気味にすら思えてくる。


 そんな店に入った俺ら野郎ども一行は当然ながら酒を飲みまくった……らしいのだが、俺は初めて口にした酒……それも一口で酔ったらしく、そこから全く記憶がない。


 そして目を覚ました時、気付けば周りで倒れている面識のないガラの悪い男たち、俺に何度も何度もお礼を言うママ。そしてテーブルの上で立ち尽くす俺だった。


 後日、野郎どもに聞いてみるが頑なに首を横に振って教えてくれなかったが、ママが言うには俺がガラの悪い男たちを倒したらしい。バカな、その頃の俺は少し腹回りが気になる老け顔の高校生だ。数人のおとなを返り討ちに出来る戦闘力は無いぞ。


 きっと、その頃は五もなかっただろう。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


 目の前に出されたジンジャーエールを呷ると、まず感じたのは舌に来る炭酸。それから口の奥に広がる甘く独特な癖。喉を通る時の刺激。鼻を通るジンジャーエール特有の香り。大満足な味だ。


「……美味い」

「ありがと。これはアランちゃんのために用意しておいたのよ? おかげで何回も排水溝行きになっちゃったけど」

「それは……悪いことをしたなぁ」


 もう一口。


「それで? 何しに来たの? まさか私に会いに来たってわけじゃないでしょう?」

「半分はママ目的で来たんだよ。もう半分は……情報かな?」

「へぇ、なんの?」


 その時、ママの眼がスゥッと据わり、俺の両目を捕らえる。たったそれだけのことなのに、俺はなんだか全てを見透かされているような感覚に囚われる。


 しかし、俺は続ける。


「【魔王】が変わって、何か世界で目立った動きとか、【神】様の動向とか知っていれば教えてほしいんだけど……」

「あら、なんか急に真面目な話ね。大丈夫、何故とは訊かないから」


 そう言って正面に座るママ。隣ではなく正面に座るのは客とオーナーという立場なのか、それとも別の……って考えすぎか。


 ママは右手で顎を押さえて考える素振りを見せる。そして、考えが纏まったのか、余った左手の人差指をまっすぐ立ててこう言った。


「何も特別なことは知らないわよ? ただ……【魔王】の軍勢が攻め入ったドーレンの大陸は占領されて、その首都を治める王は【魔王】に対して無血開城。【魔王】の傘下に降ることで命だけは免れたみたいよ。……事実上、その国は魔界となったわ」

「そう、か……」


 予想はしていたが……やはりドーレンは【魔王】に降ったか。ということは、今その国は魔物と共に暮らして……嫌、良くて奴隷だろう。それか見せしめに無差別殺戮……。


 そんな恐ろしいことを考えていると、ママはそこで『ただ……』と続けた。まだ何かあるというのか?


「【魔王】がドーレンを占領した後にこんなことを言ったの。我々は人間との共存を望むって」

「なんだって!?」


 【魔王】が人間と共存を望んでいるだなんて……考えもしなかったし、思いつきもしなかった。魔物は俺たちの目的を妨げるものっていう認識だったから、これには驚いた。


 なにしろ、太古の昔から続いてきた怨嗟を断ち切ることに他ならない。


 しかし、なぜに未だ魔物は俺たちを襲い続ける?

 その宣言が嘘だったのか、末端まで行きわたっていないのか、それとも共存に反対する者たちなのか。疑問は次から次へと湧いてくるが、こういうのは深く考えるほどわからなくなってくるので俺はそのうち考えるのを止めた。


「後は……そうね、それに関して【神】様は何の動きを見せていないわ」

「そう、か。ありがとう、助かったよ」

「ふふっ、少しでも借りを返さくちゃいけない身だもの。これくらいならどうってことはないわ」


 借りって言われても、俺は何にも覚えていないからくすぐったい思いだ。どうやら俺は酒が入ると相当暴れるらしい。それから酒は一滴も飲んでいないから今はどうかわからないが、これからも飲むことはないだろう。


 あれ、これってフラグ?


「……本題はここからなんだけど」

「えっ?」


 本題?

 今までのが本題じゃないのか?


 ママはすっかり空になっていた俺のグラスに再びジンジャーエールを注いで氷を入れる。見た目は少女だが、こういう自然できれいな動きを見るとやはり彼女はこの職に就いてかなり長いこと経つのだろうな。


 何故だろう、凄まじい背徳感が。


「近頃ね、不穏な動きを見せる集団がいるの」

「……魔物か?」

「ううん、人間よ。それもかなりの数。近くの村が壊滅したとも聞くし。街に衛兵が多いのは気付いた?」

「確かに多かったな……」

「その集団に警戒して、衛兵が街中にいるのよ。多分、予想だけどその集団が来るのは――」


 一拍、


「今夜」


 その瞬間、轟音が耳に入る。

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