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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
33/107

ストーカー? いいえ、ケフィアです

◆ ??? ◆



 僕があの【勇者】一行を追い続けて早半月が経とうとしている。理由はマハト王の勅命で【勇者】一行の動向を探って王に随一報告するためである。


 というのは僕の建前で、本当はあの男『アラン=レイト』が目的なのだが。


 アランは伝説級の魔獣を一撃で沈めた実力がある。僕としてはその強さの秘訣と、そんな彼がこれから何をしようというのかに興味があるのだ。あわよくば、その強さを僕にも当て嵌めたい。


 アランが首都を離れて、まず最初に向かったのは港町。その港町から北の大陸に向かうそうで、目立てない僕は人生で初めて無賃乗船をした。甲板ではなく船尾にしがみ付いて航行するのはこの先もう無いだろう。


 今度からきちんと賃料を払って乗船しよう。


 そうして着いた北の大陸の港町で、アランたちは一泊するようなので僕も監視しつつも羽を休めることに。そこで食べた魚料理は最高だった。


 次の日。アランたちの進行方向からして次の目的地は憩場のようだ。憩場には訪れたことはなく、話に聞いた程度だ。


 しかし、憩場は他の村と何ら変わらない。その情報伝達力は計り知れない。もし、アランたちを監視する僕の姿が憩場の人たちに見られたのならば、瞬く間に僕はお尋ね者になるだろう。


 それだけは避けねばならない。僕はその日、憩場には入らずに近くのススキが生い茂る草原で野宿をすることに。


 ……そこで、あの出来事が起きた。


 僕が野宿の準備をしていると、突如として周りの空気が変わった。周りに耳を澄ませても何も聞こえてこない。この場合何も聞こえてこないのが問題だ。


 夜とはいえ、動物が動く音や呼吸音、虫が鳴く音などが聞こえる。魔物の声だって聞こえてくる。しかし、幾ら耳を澄ませど何も聞こえては来ない。


 何か胸騒ぎがし、野宿の準備は途中でほっぽり出して憩場まで向かう。このことに彼ほどの人物が気付いていないはずがない。だとすれば、彼も何らかのアクションをするだろうと踏んでだ。


 その予感は的中。僕が憩場まで向かう最中、憩場から三人の人影がどこかへ走っていく姿が目に映った。暗闇でよく見えなかったが、その影からアランを含む【勇者】一行だとわかる。


 僕は見失わない程度の距離を保ち、三人を追う。彼達が何に向かっているのと、純粋に彼の戦いを近くで見たいと思ってのことだ。


 そして、僕は見る。背中に一対のボロ翼を携えた双尾の魔獣を。


 見た目はまるで獅子だ。その獅子がアランたちを見下ろしていた。


 僕は少し離れた場所で様子をうかがうことに。ついにあの剣技をこの目で見れる、その一心で彼らの戦いを見届けた。


 結果からいうと、軍配はアランたちに上がった。


 【勇者】の息を付く暇がないほどの凄まじい猛攻。少女の決して途切れない物量の魔弾幕。そして、アランが見せた獄炎を意のままに操る魔訶不思議な剣技により、魔獣は為す術なく尻尾を巻いて逃げだした。


 気付いたら僕は身を隠していた背の高い草から身を乗り出し、その戦いを口を開けて傍観していた。全くの無意識だった。


 見つかるとか、ばれてしまうとかそういう感情は一切抱かなかった。むしろ、この戦いをこそこそ見ていたら失礼にあたる、そんな感情さえ抱くほどだ。


 そして、その事実。今度は人伝ではなく、正真正銘自分のこの眼で魔獣を退ける姿を見ることが出来た。まぎれもなく、嘘のつきようがない事実。


 僕は年甲斐もなく興奮していた。まるで、幼いころに初めて【勇者譚】を目にした時のように。


 それと同時に思い知る。僕はこの男と同じスタートラインに立つことが容易ではないことを。頑張れば、努力をすれば“辿り着ける”と思っていたスタートラインが、雲上の世界の話なのだと。


 これではダメだ。少なくともばれることを恐れて遠くから窺っているだけじゃ。到底、辿り着けない。


 ならば、どうするか?

 幸い、マハト王からは精神系に依存する能力と魔法を無効化する指輪を授かっている。これで、もし頭の中を覗かれても何も見えないはずだ。多分。


 こうなればもっと近くで彼らをストーカゲフンゲフン……監視するしかない。あ、あとマハト王に報告するのも忘れない。


 そうして近くで監視を始めてから数日が経った。

 憩場を離れた彼らはどうやらここから一番近い『アレク』に向かっているようだ。アレクは工業が盛んで、鋼の街と呼ばれている。僕の鎧もアレク製だ。


「あ、アラン大丈夫……?」

「……何とか生きてるよ」


 不意に、物思いに耽っていた僕の耳にそんな会話が届く。


 僕は隠れている岩の影から顔を出すと、【勇者】とアランが各々の得物を持っている姿が見えた。どうやら手合わせをしていたようだ。


 ……手合わせ?

 なんてこった、僕は考ることに夢中でアランの剣技を見逃すなんて……もっと周りに気を配らなければ。


 ……しかしなんだ?

 このアランが地面に尻餅を着く感じで【勇者】を見上げる様はまるでアランが負けたみたいじゃないか。そんなはずがない、アランはあの【勇者】よりも強いんだ。負けるはずがない。


「うし、もういっちょ!」


 お、再戦するようだ。

 アランは立ち上がり、【勇者】と対峙すると、剣を持ち直して【勇者】に向かって切り込む……が、それを【勇者】は良しとしない。【勇者】は槍特有のリーチの長さを活かして一歩後ろへ下がり、アランが切り込んでくる逆方向から鋭い一撃を繰り出す。


 しかし、コレをアランが切り抜けられないはずがない。


「ていっ!」

「えげつないほどの切込みぃ!?」


 そう思っていたのだが、アランは【勇者】の鋭い一撃を往なすでも躱すでもなく、それをもろに腹で受けてしまう。当然ながらアランの躯は宙に浮き、そのまま慣性に従って背中から地面に落ちる。そして、間髪入れずにアランは痛みに耐えかねて地面をゴロゴロと転がり始めた。


 僕は思わず先日とは違う理由で口をポカンと開ける。


 あれほどの剣士がいとも容易く宙を舞うなんて……もしやアランは対人戦に弱いのか?

 確かに僕はアランが魔物と戦ったところしか聞いていないし見ていない。ネズミ型魔物と戦闘するときも、不定形型魔物と戦うときもアランは善戦していた。


 そう考えれば道理も通る。

 そうか、コレはアランなりの苦手克服訓練なのか。アランは魔物に対して滅法強いが、対人戦は苦手で【勇者】相手に練習していたと。なるほど。


 しかし、苦手と言えどもアランは対人戦でも相当な実力を持っているはず。だって、いくら対人戦の訓練だとしても、相手はこの世界で軍隊を相手取れる【勇者】なのだから。


 そんな【勇者】相手に訓練とは……まさしく強さを求める剣士その者の姿だ。僕もその強さに溺れず、堅実に強さを求めていく姿勢は見習わなきゃならないな。


「アラン、ラル。そこまでにしておくのじゃ。ホレ、お昼じゃ」

「おおおおおお昼って……イリシアが作ったの?」

「見ればわかるじゃろう? ほれほれ、早う手を洗うのじゃ」


 昼、か。

 気づけばお天道様が真上に来ている。まさしくお昼時だ。僕も昼食をとるとしよう。


「イリシアさん? 昼は俺が作るから良いって言ってたよね?」

「それは二人に悪いと思うてな。二人が汗水流して訓練してるからには、妾は疲れた二人を温かい昼食で迎えてやるというのが道理というもの。食事は命の休息じゃからな」

「その昼食で命の危険にあっているんですが!?」

「危険? ふむ、確かに昼食時とて命の危険がないとは限らぬ。どれ、妾が見張りをしとる故、二人は先に食べているのじゃ」

「はっはっは。会話のドッジボールなんて久しぶりにしたよ」


 今日の僕の昼食は干し肉に少しの水だ。休めるときに休んでおかないと。


 ……そういえば、アランたちはどんな食事をとっているんだろうか?

 昼食時はさすがに監視を中断して、なるべく早く監視を再開できるようにしていたが……食生活については知らないな。俺としたことが……食生活は躯を作る上での必要な項目ではないか。


 かの有名な決闘者も『食生活を蔑ろにすると勝利は無い』と言っているほどだ。鍛錬も大事だが、休息を取るにしても一工夫するだけでも鍛錬となる。それも、疲れない鍛錬に。


 そうと決まればさっそくアランたちが何を食べているかを見よう。


 そう思い、岩陰からこっそり顔を出してみると、


「アランよ、涙を流すほど美味なるものなのか? 妾は嬉しいぞ」

「ラルニタベサセタラダメダ……ラルニタベサセタラダメダ……ラルニタベサセタラダメダ……」

「あ、アランが息してないよ! もう止めたげて!」


 無数の触手を持つ黒い何かをアランは涙を流して食べていた。


 僕はその時思う。はたして僕は彼の頂までたどり着けるのだろうか、と。

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