仲間の飯が不味いんだが、もう俺は限界かもしれない
「そうか、その剣の能力じゃったか……。疑って、済まなかった……」
「ご、ごめん! 謝って済む話じゃないけど、ごめんなさい!」
「いやぁ、気にしてないよ? 仲間から、信頼している仲間から信じてもらえず、殺されそうになったけど気にしてないよぉ?」
「凄い根に持ってる……!」
時は正午を回った頃。先ほどの女が俺だとようやく信じた二人がぺこりと頭を下げて謝罪している。仲間からの殺気がこんなにも心に来るとは思わなんだ。ちょっといじける俺。
俺だって、なるべく見せないようにしていたさ。こうなるのがわかっていたから。しかし、これからは何の気兼ねもなく水具を使えるな。もう二人は知っているんだし。
まぁ、なるべく使わない方向で行くけどさ。
そう思い、二人を赦して再び昼食を作りにかかろうとした矢先、ラルからこんな提案が出た。
「あ、あのさ、アラン。もうさ、その……女性になるのは今後止してほしいかなぁ……なんて」
「なんで?」
至極尤もな疑問。だってこれから水が無くなって餓える可能性は少なくともなくなるわけだし、使おうと思ったら結構いろんなことに使える。
例えば洗濯だって出来るし、乾燥だってお手の物。皿洗いにも使えるし、水浴びにだって使えるんだからその可能性は幅広い。だのにラルは使わないでほしいと言うのか。
いや、構わんけどさ。
「なんでって……それは、その……」
「どうした?」
「だって、だって……女性のアランってスタイル良くて美人じゃん? なんか女として負けた気がするというか……」
なるほど、思春期だなぁ。
ラルの言う通り、水具の俺はスタイルが良い。出るとこ出てるし、凹むとこは凹んでいる。そして、男の俺とは相反するのか、結構美人さんなのである。どれくらいかと言うと、街中で会ったら全身を嘗め回す様に見るレベルだ。
それでラルが嫌と言うなら、必要になるまで使わないことを約束しよう。
その旨を伝えると、
「ありがと。わがままを聞いてくれて」
と、素直に喜んだ。いいぞ、わがままを言えるのは未成年の特権だからな。今のうちに言っとくと良い。
まぁ、ラルよ。ラルは気にしなくても充分可愛いから将来の旦那さんには困らないぞ、多分。
「しかし、これからこのような状況に陥ったらどうするのじゃ? 乾物で済ませようとも水が無くては満足に食すことも出来ぬ」
「そうなんだよなぁ」
問題はそこである。もし、水が足りなくなってしまったらこういう広大な草原の真っ只中で野垂死ぬことになる。そうなったら本末転倒だ。
俺はラルの方を見る。ラルはどこか苦しそうに辺りにへと視線泳がせている。自分の中で葛藤しているのだろう。
「うぅ……わかった。だったら本当に困った時だけ……使って、ください」
「いや、そのことなんだけどさ、俺がラルに見えないようにすれば良いだけの話なんじゃないか?」
「……なんだかそこまで行くと申し訳ないよ」
「気になさんな」
これで解決だな。ラルに見せなきゃいい話なだけで、何ら難しい話じゃない。むしろ、これまで何の気も使わなかったことが珍しいと言えよう。
さて、話もまとまったことだし、お昼にしようお昼に。
「あ、まって!」
「ん? どうした?」
俺が再び調理に取り掛かろうとかまどに向かい合った時だ。ラルがまだ何か言いたそうに声を上げたのでラルに顔だけ向ける。
ラルはどうしようかという感じで手元を弄っており、何か言いたいことがあって呼び止めたのではなく、ただ反射で呼び止めたことがわかる。何をそこまでラルを駆り立てるのだろうか?
「う、ぁ……そうだ! 私がご飯を作るよ!」
「ラルが?」
それは意外だ。まさか本当は料理が大の得意で、今までその腕を見せつける機会がなかったとか?
もしそうなので会ったら俺は大歓迎だ。女の子の手作りの料理なんか食べた試しがない。学校の調理実習は、何の力が働いたか知らないが野郎の料理だったからなぁ。考えただけでも楽しくなってくる。
「じゃあ、そこに食材が置いてあるから作ってくれ」
「わかった! ほらほら、台所は女の戦場なんだから男は出てった出てった!」
「へいへい」
「イリシアも楽しみにしていてね」
「……うむ」
ということでラルが今日の昼ご飯を作ってくれることに。俺とイリシアはラルに急かされる様に背中を押されて岩の影へ行く。
しかし、なんだかイリシアの顔色が悪い。
「アランよ……」
「ん?」
「胃腸薬を用意しておくとよいぞ」
「なんで?」
「乙女の勘じゃ」
◆ ラルの場合 ◆
ラル「出来たよー!」
アラン「待ってました!」
イリシア「……」
ラル「たーんとお食べ」
アラン「……えーっと、ラルさん? 料理はいずこへ?」
ラル「目の前にあるでしょう?」
イリシア「これは……炭じゃな」
ラル「な、何言ってんの! ちょっと焦げてるケド、味は保証する!」
イリシア「……アラン」
アラン「えっ? 俺が逝くの?」
イリシア「漢には……例え負け戦でも赴かねばならぬじゃろう?」
アラン「…………………………………………南無三」
イリシア「ラルよ、今勇敢な男が逝った。黙祷を捧げよ」
ラル「うん……って! さすがに失礼じゃない!? 今度はイリシアが作ってよ!」
イリシア「仕方あるまいの。どれ、ここは妾の女子力というものを見せつけてやろうかの」
◆ イリシアの場合 ◆
イリシア「出来たぞ」
アラン「待ってました!」
ラル「お腹ペコペコだよー」
イリシア「おかわりもあるからの。よく噛んで食すのじゃぞ」
アラン「……えーっと、イリシアさん? 料理はいずこへ?」
イリシア「何を申しておる。目の前にあるではないか」
ラル「これは……なに?」
イリシア「野菜炒めに決まっておろう」
アラン「イリシア? 野菜炒めはこんなにウネウネ動きません。というか野菜炒めのはずなのに生きてる動物が入っているんですけど!?」
イリシア「野菜と調味料しか使っておらぬぞ?」
ラル「……アラン?」
アラン「えっ? 俺が逝くの?」
ラル「こんなか弱い娘に食べさせるつもり?」
アラン「どこに魔獣を退ける力を持ったか弱い娘がいるんだよ」
ラル「いいから食べる!」
アラン「く、食わなくともわかる! コレは神が約定した倫環の輪から外れた生物錬成だよ!」
ラル「いいから!」
アラン「も、モガッ! こ、これは!? とても優しい包み菓子のオブラートの様に……それでいて力強い味……コレを一言で表すと!」
ラル「表すと?」
アラン「嘔吐物感を醸し出している」
ラル「ちょ!? アランが口から泡拭いて倒れた!」
◆ ◆ ◆
次に目を覚ましたのは三日後のことである。
俺は固く決意した。これからは二人を台所へ立たせないことを。




