変わる日常
一つ、こんな話をしよう。
この世界にはいつからか“魔法”“魔術”“魔道”と呼ばれる摩訶不思議な現象が存在している。太古の昔、【魔導】と呼ばれる人が伝えたと言われているが、おそらく後付設定だろう。厳密にいえば魔法を伝えたのは“魔物”である。……伝えただと語弊があるな。魔法は魔物が使う魔術から編み出されたもので、魔法は人間にしか使うことはできない。逆に魔術は魔物にしか使えない。魔術を使うものがいたのならば、そいつは魔物だということ。
魔道は【神】や【龍】などの神仙の類か、どうやって覚えたか知らないが先々代【魔王】……つまりイリシアの父親などしか使えない天災級の現象を言う。三年前の“始決の二英戦”で初めて見たが、ありゃ悪用されたら世界が滅亡しかねないものだったな。
つまり、イリシアは魔術は使えるが、魔法は使えない。俺とラルは魔法を使えるが、魔術は使えないのだ。さらに言えば、魔法よりも魔術の方が強力とされ、魔物と魔法と魔術をぶつけ合ったら戦力差がない限り魔術が勝つ。そういうわけでイリシアは本当に頼りになる戦力だ。
ちなみに、俺は魔法が苦手で、使えるのは最下級魔法と下級魔法とのみ。しかも使える属性が火系統だけっていう。ラルは【神】の加護をその身に受ける【七英雄】ということで、最下級魔法から最上級魔法まで使える。しかし、魔力はそこまで多くないので乱発は出来ないという。そして、ラルは雷系統の魔法は得意だが、火系統や土系統は苦手だそうで、水系統は使えないのだそうだ。
イリシアにも苦手な系統があるのか聞いてみたが、そもそも魔術は魔法と違って系統区別していないらしく、苦手というよりは自分に合うか合わないのどちらかで分けられるそう。つまり、得意な火の魔術もあれば、得意でない火の魔術もあるってことだ。
……ここまで言ったんだから系統の説明でもしておくか。
俺が唯一使える火系統の魔法は一般的に『ラピス』と呼ばれ、そのラピスを基準に最下級、下級と派生していく。纏めたのが以下の通り。
『素属性』
火系統: ラピス
水系統: アリス
風系統: エアリス
土系統: ソート
『特別属性』
光系統: ノヴァ
闇系統: アウズ
雷系統: ライジング
以上が魔法における全系統だ。その系統を大まかに二つに分けたのが『素属性』と『特別属性』。素属性は俺たち人間すべて平等に習得できる可能性があるが、特別属性に関しては限られたものしか使えない。光系統は天上の神々や【神】か【聖王】のみ。闇系統は天上の神々を含めた【神】や伝説上の【魔導】か闇に堕ちたものが使える。雷系統は神々はもちろんのこと【神】や【勇者】が使える。
何故、魔物が使う魔術から人間が魔法を編み出したのに神々や【神】が使えるのかという質問は受け付けません。アレだ、神だからだよ、うん。
そんでもって、今説明したのが魔法の系統だが、そこから更に基礎となるものがある。その基礎の言葉で下級とか中級とかに分かれてくる。それをラピスで説明したものが次の通り。
『ラ』・ラピス
最下級火系統魔法。物を焦がしたり、火種にしたりすることが出来る。肉を焼いたら生焼けする火力。
『リ』・ラピス
下級火系統魔法。一般的に親しまれている火系統の魔法。ここまでなら誰にだって習得できる。魔物に攻撃したり、薪に使えば一瞬にして焚火になる。肉を焼いたら良い感じにミディアムに焼ける。
『ル』・ラピス
中級火系統魔法。実用的な火系統の魔法。不得意でなければ頑張れば習得できる。魔物に攻撃するのはもちろんなこと、ゴミなどを燃やす時にも使われる。人に使えば重度の火傷は免れない。肉を焼いたらウェルダンに焼ける。俺は使えない。
『レ』・ラピス
上級火系統魔法。修練を積んだ魔法使いなどが習得できる。人を火だるまにすることが出来、魔物にも有効な攻撃手段となる。日常では使うに使えない火力。肉を焼いたら一瞬で炭になる。
『ロ』・ラピス
最上級火系統魔法。生涯を魔法の修練に注ぎ込んだものが習得できる。一たび使えば草原は焼け払われ、町は業火に包まれる。【七英雄】ならここまで単体で発動できる魔法。使えれば宮廷魔術師も夢ではない。肉を焼いたら炭すら残らない。
『ン』・ラピス
天蓋級火系統魔法。人間では【魔導】と【神】の祝福をその身に受けた者が習得できる。【七英雄】でも限られた者しか使えない。威力を一言で表せば天災。使えても使うことは例外を除いて赦されていない。肉を焼いたら周りが焦土と化す。ラルは使えない。
以上が魔法の基礎となる言葉だ。ちなみに普通の冒険者でル級がゴロゴロと転がっている。俺が一日だけ所属していた部隊にもいたしな。たまに熟練の冒険者にはレ級がいたりするが。ロ級は滅多にお目にかかれない。ロ級ともなれば一生に一度見れるかどうかだ。
あ、ここまで魔法の説明を散々してきたが、コレ……覚えなくてもいいから。というか魔法はあまり使わないし、この冒険でル級が出てくるかどうか……。
俺が言いたいのは、俺が魔法が苦手だということと、俺が火系統の魔法以外使えないということだけ。それ以外は忘れてもらっても構わない。三歩歩いたら忘れてくれ。
「リ・ラピス」
俺が目の前に集められた薪に向けて俺が使える最大級の魔法を放つと、薪は一瞬にして焚火となる。これで魔力の1/3を消費してしまった。そして焚火を囲むように石を並べて簡易的なかまどを作り、その上に安物の鍋を乗せる。
今の時間は昼食時。俺はせっせと昼食を作っているというわけだ。一人暮らしが長かったせいか、無駄に料理スキルが高くなってしまっていたことに涙が隠せない。掃除係として働いていた時も、ヘルプで衛生兵がやっている炊事も手伝ったっけな。美味い美味いと言って食べてくれた時は思わず頬を綻ばせた記憶がある。
そんな俺の料理スキルも旅で役に立っているというのだから、その期間は無駄ではなかったということになる。ラルとイリシアは料理が出来ないらしく、代わりに俺が受け持っているのだが、欲を言えば女の子の手作り料理が食べたいものだ。イリシアは根っからの箱入り娘、ラルは【七英雄】の職務を全うしていたために、そんな時間はなかったのだろう。
さて、今日は野菜スープを作ろう。憩場で買った乾燥野菜がさっそく役に立つ。水で戻るからついでに煮込むと良い。しかし、ここは草原のど真ん中。魔物こそ周りに見当たらないが、その代わりなにも見当たらないという。つまり、水がないのだ。俺たちが飲むための水はあるが、それを使っていてはこの先もたない。
魔法で出せればいいのだが、ラルは水系統の魔法は使えないし、イリシアに至っては鍋ごと壊しかねない。
そうなれば川で汲みたいところだが、川が見当たらないにはどうしようもない。
……と、普通なら言うだろう。
だがしかし、俺ならば川がなくとも魔法が使えなくとも水を確保することが出来る。答えは金具にある。金具の加護は何も炎具だけではない、中には『水具』という水を操ることのできる加護もあるのだ。コレを使えば川がなくとも水を確保することが出来る。
けれど、個人的にはこの加護は使いたくない。だから極力水は天然水を使うようにしているのだが……致し方あるまい。
別段、炎具の様に使ったら向こう三日間動けなくなるわけでもない。使う分にはデメリットは一切無い……というわけではないが、デメリットは無いに等しい。
周りを見渡してラルとイリシアがいないことを確かめる。ラルとイリシアは食糧がないか探索に出かけているのだ。
覚悟を決める。
「状態変化【水具】」
水具になると、金具は手のひらサイズのナイフとなる。色はどこか水色っぽいからそれになぞらえたのかもしれない。
水具になるなり直ぐ様鍋に向かって水の塊を放り投げる。鍋の水はこれでいい、後は元に戻るだけ。
そう思い、水具を解こうとした。瞬間、
「今戻ったぞ……ぬ。お主、何者じゃ?」
「あ、あぁ……イリシア、お帰り……」
背後から聞き慣れた声がしたので、反射的に振り返ってその声の主の姿を確認する。特徴的な口調とツンデレがよく似合いそうな声色の持ち主は予想を裏切らないイリシアだった。しかし、今のイリシアの表情はとても仲間には向けるものではなかった。
とても、そうとても警戒の色が強い表情だ。
「お主は何者じゃと聞いておるのだ、それに……妾の名を知っておる様じゃのう。貴様、回し者じゃな?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! いい? 私はアラン!」
「嘘を申すな! だいたい……アランは男じゃ!」
「…………」
もうお気づきだろう。
そう、水具になると、超越しちゃいけない壁を越えて女になるんだよねぇ。さらに口調まで変わってしまうために中々に違和感を隠せない。
最初、水具になった時はパニックになったな。目線が低くなったと思えば、躯が重くなり、力も落ちてしまったからもう大変。たまたま近くにいた友人が目をひん剥いて倒れたっけ。
「ちょっと、大きな声出してどうし……お客様?」
まるで蛇が蛙を睨む様な目でイリシアが俺を見つめること数秒。岩陰からひょっこり顔を出して現れたラル。ラルは俺を見た瞬間、仲間に向ける笑みから営業スマイルに変わった。最初以来だな、その笑顔。
「ラルよ! 其奴に近づくでない!」
「……どうしたの?」
「わからぬ。が、敵じゃ!」
「……そう」
ラルはイリシアの『敵』という言葉を聞いた瞬間、目がスゥッと据わり、背中に背負っていた得物をゆっくりと、しかし隙の無い動きで構える。イリシアもどこから取り出したのか禍々しい杖を取り出して構えた。
数日ぶりに感じる今そこに迫る殺気。なにか弁明しなければ殺される、そう躯がアラームを鳴らしながら訴えかけてくる。全身から冷や汗が流れてくるが、それを拭おうという動作さえも死の引き金になりそうな感じがする。
どうにか誤解を解かなければ。
「お、落ち着いて、ね? な、なんなら私……じゃなくて、アランしか知らないことを言うから!」
「ほう……」
「えっと、イリシアは元【魔王】で、ラルは【勇者】。で、その……えっと、今の【魔王】を倒すために旅を――」
「そこまで知っておるのならば言い逃れできまいな? なにか言い残したことはあるかの?」
「逆効果!?」
どうしよう、これで信じてくれないとかどれだけ疑い深いんだよ!
うわぁ、なんだかイリシアの周りから可視出来るほどの魔力が溢れ出てきてるー。ラルもなんだか周りがバチバチと迸ってるよ。というかこの二人って対峙したらこんなにも絶望的なんだなぁ。
「あぁもう! 状態変化【金具】!」
半ば自棄になりながら水具を解除して金具になると、目線が高くなり、体が軽くなる。それと同時に二人の顔が面白いほどに驚愕の表情に変わってゆく。
最初からこうすりゃよかったんやん。




