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イリシアに頼んでラルと【天眼】様をパオに呼んでもらった今。俺が寝ているベッドを囲むようにそれぞれが椅子に座っている。この構図を第三者の視点から見たら、俺の死に目を見るために駆けつけたみたいに見えるのは気のせいだと思いたい。
「話とはやっぱり例の男のことですか?」
皆が集まるなりそう言ったのは【天眼】様だ。能力を酷使しているせいかその顔色には疲れの色が見える。それでも大丈夫そうにふるまうのは彼女なりの意思の表れなのだろう。【天眼】様はブルンツヴィークの獅子との戦いの時に、ただ見ていることしかできなかったのが悔しかったと言っていたから、それでなんだろうな。
「その男だけど、私が見る限り十五分おきにこっちを見張っているみたいなんだよね」
次に言葉を繋げたのラルだ。ラルは俺のパオの前で見張りの番をしてくれている。見張りというのは、憩場の人たちを俺のパオに入れないためだ。何故なら、ラルと【天眼】様が“俺”が憩場に迫ってくる魔物を追い払ったと言ったからもう大変、憩場の人たちはお礼を言うために詰め寄せてきたのだ。
しかし、俺は見ての通り動けない状況で、尚且つ少しの衝撃でも激痛を感じるためにみんなと会うことは困難だ。そのためにラルが誰も来ないように見張りの番をしてくれている。お礼を言いに来てくれているのに追い返すなんて良い具合に良心を蝕んでくれるな。
そんなラルはどこかゲッソリしている様子。相当もみくちゃされたに違いない。
「迂闊に動くと何をされるかわからんのう。アラン、こうして皆を呼びつけたからには何か妙案はあるのかの?」
そうして俺に問いかけてきたのはイリシア。どこか心配そうに見つめてくる彼女は、俺の案よりも俺の躯のことを心配してくれているようだった。なんというか凄く甲斐甲斐しい。
「そのことなんだが……一刻も早くここから去った方がいいと思うんだ」
「して、その心は?」
俺が自分の考えを言うと、すかさずイリシアがその意味を聞いてきた。イリシアの顔を見るにだいたいの想像はついているんだろうが、一応聞く、という様子だった。多分、イリシアの考えていることで会っているんだろうけど。
「いやさ、あの男が一昨日の魔物みたいに俺たちを狙っているなら、遅かれ早かれまた憩場は戦火に包まれる。それを避けるにもここから離れないと」
「でもさ、こっちがここから離れた瞬間に背後から襲うかもしれないよ? ここだと手を出せないとかでさ」
と、ラル。
確かにラルの言うこともないわけではない。でも、その可能性は限りなく低い。なぜならば、ブルンツヴィークの獅子は憩場の人たちに構わず襲ってきた。だったら今更何の遠慮があって手を出さないんだ。ましてや俺たちが捕られて困る人質がたくさんいるんだ、こんな好都合な場所はない。
その旨をラルに伝えると、
「……そうなのかも」
渋々だが納得した。
「では、なぜ襲ってこないのですか? 用意周到のようですし、精神系の妨害まで張っているなんて何かしらの意図を感じるのですが……」
「確証はないですけど、俺たちを量っているんじゃないでしょうか?」
「量る?」
「はい、一昨日の戦いで力量を量る必要があると判断したんじゃないかと」
自惚れだと笑え。
けれど、それしか思いつかないんだ。何かしらの罠を張っているわけでも、機を窺っているようでもない。だったら、俺たちの実力や弱点、癖などを量っていて、それを上の連中に報告しているんではないかと思ったのだ。
もちろん、この推理にも当然穴はある。そうするつもりなら何が何でも見つからないようにするはず。それなのに、中途半端に上手く隠れて如何にも見張っていますって言ってるようにしか見えないときた。これではまだ薄い。
「……なんにせよ、早めに去った方がいいのは変わりませんね」
と【天眼】様。
結局その答えにたどり着くのか。仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、釈然としない。三人寄れば文殊の知恵とよく言ったモンだが、四人集まってこれだからなぁ。
「しかし、アラン。お主の躯はどうなのじゃ? 後幾日で動けると?」
「躯を騙していくしかないだろうなぁ。 イリシアって確か身体強化系の魔じゅ……魔法って使えたろ?」
「使えるが……問題はお主の体力じゃ」
「これでもまだ二十代だ。問題ない」
嘘です、問題ありまくりです。ただでさえ悲鳴を上げている躯なのに、そこで身体強化系の魔術なんて使ったら俺の躯はボロボロになってしまうだろう。オデの躯はボトボトだァ!
しかし、こうして手ぐすね引いているのも何か癪だ。何かこちらからアクションを仕掛けられないだろうか?
その旨を皆に伝えると、
「それはあまり褒められたものではないのう。逆に強行手段に出られたらどうするのじゃ」
とイリシアに一蹴された。余計なことはするなってことですね、わかります。
まぁ、なんにせよすることは決まったな。明日ここを発ち、張っている男をどうにかして撒くか追い返す。今日中に荷物を纏めなきゃならんな。
「明日、私たちはここを発つけど、リトはどうするの?」
「私は……」
そういえばそうだ。【天眼】様は元々俺たち【勇者】と【魔王】と愉快な仲間の仲ではない。着いてくるのは良いとして、イリシアのことを隠し通せるだろうか。無理だったなら【天眼】様が納得してくれるだろうか。そんな考えが頭の中をぐるぐると廻っている。
というか、【天眼】様はその車椅子の状態で長く旅は出来ない。できることなら無理を……いいや、いい子ちゃんぶるのは止めよう。正直に言えば着いてきてほしくない。金銭的な面もあるし、俺の精神的な面でもある。なにより、イリシアで“選択”しなければならない時が絶対来るから。
そんな思いを胸に秘めながら【天眼】様を見つめる俺。そして、【天眼】様の口が開いた。
「……私はここに残ります」
「残る?」
「うん、私がいれば憩場を移動するときに魔物の少ない方や街の正確な方角も分かるし、なにより……この足じゃ長くは移動できないし……」
そう言って【天眼】様は苦笑する。その冗談めいた悲鳴はとても苦しいだろう。しかし、それが正論だった。
それをラルとイリシアも納得したのか、暗い表情ながらも【天眼】様の方を向いて頷いた。
今日は、早く寝ようか。
◆ ◆ ◆
翌日。
憩場の人がほとんど寝ている明朝。起きているのは自警団の人たちか、俺たちと同じく朝早くに出発する冒険者やキャラバンだ。シン夫妻を含めた俺たち六人は出入り口である柵の合間に来ている。なにやらシンは眠そうだ。
【天眼】様曰く、件の男も近くにいるらしい。昨晩、上手いこと気付かれずに出発できるか、と思っていたがそう思うようにはいかないようだ。
見送りに来ているシン夫妻と【天眼】様は揃って笑顔だが、【天眼】様の方はどこか違う念が籠められてそうな笑顔だ。ラルやイリシアと別れるのが寂しいのだろう。ちなみにその中に俺は入っているのだろうか?
「しかし、急だな。アラン、躯の具合はどうよ」
「はっ、反吐が出るよ」
「そりゃ、ご愁傷様」
そう言って目の前で手を合わせて合掌するシン。
今の俺は昨日より幾らか楽になっているが、それでもまだ躯が悲鳴を上げている。こりゃ金具の加護を使うのはもうちょっと躯を鍛えてからだな。
そんな合掌しているシンの左薬指に目が行く。朝日を浴びてキラリと光る結婚指輪。人生の幸せとか不幸とか自由の終わりだなんだと言われる結婚。今のシンは間違いなく人生の幸せなんだろうな。
そうだ、まだ結婚したことを祝っていないな。
「お前が結婚だなんて昔じゃ思いつかなかったなぁ」
「ははっ、次会う頃には子どもが出来てるかもな」
「……思えば、シンとは小さい時からの仲だよな。あの時からお前は『彼女が欲しい、彼女が欲しい!』って嘆いていたよな。俺もお前と同じで、彼女なんておろか、女子との関わりさえ無かったからなぁ。それで、シンと同盟を組んで『俺達は絶対に結婚しないと誓う!』って言って同じ釜の飯を食ったよな。それが、今ではお前は結婚して、あまつさえ子供まで出来たって言うんだから、今じゃ俺だけの同盟になっちまった。そんな小さい頃からの盟友から一言、一言だけ言ってやろう。心して聞けよ? 俺は滅多にこんなこと言わないからな?
――――死ね」
「今ウルッときた俺の純情を返せ」
HAHAHAHA!!!
俺が素直に祝詞なぞ言うわけがなかろうて!
シンは苦笑しながら俺の胸を小突き、『またな』と言ってリティアさんと一緒に憩場の中へと消えていった。踵を返す時に若干頬が赤かったところを見ると、アイツなりの照れ隠しなのだろう。素直じゃないのはお互い様か。
残ったのは【天眼】様。
【天眼】様は俺たちの前へと少し進み出ると、下から見上げてはにかんだ。被っている麦藁帽子から見える彼女の笑顔は、俺と十歳以上も離れているとは思えないほど、大人びている。【天眼】様はまずイリシアの方を向き、依然としてはにかみながら口を開く。
「イリシアさん、短い間でしたが貴女といた時間はとても勉強になりました」
「なに、妾は誰かの知識を口にしたまでじゃ。礼を言われることは何一つしておらぬ」
「いいえ、貴女の知識はとても素晴らしいものでした。ところで、あなたは本当に二十歳なのですか?」
「残念ながらの。出不精なのが祟ったのかのう?」
二人はお互いに苦笑し、【天眼】様はイリシアから目を離して、ラルに向けた。この二人はお互いを小さいころから知っているとのこと。幼馴染ならば何かと心に来るものがあるのだろうか。ちなみに俺はシンに対して嫉妬しか湧かなかったがな。
「ラルも元気でね」
「そっちこそ、車椅子から落ちたら大変なんだからもう少しおしとやかにすれば?」
「ごめん、それは無理かな。私は必ず“歩いて”世界を巡るって決めたから」
「……そっか。無責任だけど、きっとできるよ」
「……ありがと」
そう言って二人は柔らかな握手をして笑いあった。この雰囲気は幼馴染でないと出せない空気だな。しかし、決して俺とシンでは出せない雰囲気。少し羨ましくも思う。
ラルが済んだということなら次は俺か。無難にまた会いましょうでいいか。相手に失礼の無い様にしないといけないのが難しいところだが、いかんせん俺は敬語が苦手だ。これまで何度【天眼】様の不満そうな顔を見たことか。今度こそは粗相の無い様にしよう。
「アランさん、貴方にはこの憩場を救っていただいた恩があります」
「そんな……俺、いや自分の故郷でもありますし、それに……戦わなければいけなかったのですから」
「……最後まで貴方は最初のように話してくれませんでしたね」
「それは……」
「いいです。その代わり、一つ約束してください」
彼女は少し離れて、どこか悲しそうに空を見上げると俺の方を見ずにこう言った。
「私は、必ず歩けるようになります。だから、だから貴方の旅が終わった時……私と共に世界を回ってください。……約束ですよ?」
そう言い、俺の返事を聞くまでもなく【天眼】様は憩場の中へ消えていった。
その日、ラルとイリシアにからかわれたのは言うまでもない。




