出会い
◆ ◆ ◆
まぁ、ご察しの通り背後から迫りくる化物に国軍は全滅。
俺は自分に任された分隊を囮にしてようやく首の皮一枚で繋ぎ止めているのだから、勇敢に化物目掛け突貫して行く奴らが生き残れる謂れもない。
俺が逃げ出したときに非国民と呼んだ分隊の男も今や物言わぬ肉塊。生きるための策と呼んでおくれよ。
けれども、俺ももう少しで物言わぬ肉塊の一つになりそうだがな。
ふと、足元で青々と生い茂っている草むらを見る。
なんてことはない草むらだが、その草むらに寝っ転がったらどんなに気持ちの良いことだろう。
今すぐにでも草むらに寝転がりたい衝動に駆られる俺。すさまじい誘惑だ。きっとこの草むらはLEVEL99だろう。
「うわぁああああああああ!!! 現実を見ろぉおおお!!!」
無理!
もう無理!!!
走りながら背後を振り向くと、そこには死体を蹴散らしながら驀進する化物の姿。
その死体の中には“魔王軍”の肉塊もあるというのに。
【魔王】様はよく躾けていないのかね?
そして、肝心の【魔王】とはいうと。
「誰かぁああああああ!!! 助けてぇえええ!! フォボスぅううううううううう!!!」
あの化物の上にしっかりとしがみついております。
しかも、その【魔王】はどう見てもロリロリな女の子にしか見えないという。
普通だったら、普通だったらさ、何か事故があって何らかの拍子に化物の背中に乗ってしまったと考えるのが普通だろう。
だけどさ。『フハハハハハ!! 愚民どもよ!! 妾にひれ伏せぇっ!!!』って化物の上で叫んでいたから否定の仕様がない。
「ってか、いつまで、走り続ければいいの!?」
俺は本当はわかっているはずなのにそう叫び、思い切って方向転換しようと体を曲げた、瞬間。
「うおっ!?」
突然に足の力が抜け、膝から崩れるように先ほど恋い焦がれた草むらに倒れこむ俺。
俺の人生もここで終わりか……。
嗚呼、さらば現世、こんちわ、来世……っ!!!
俺は何もかも諦め、ゆっくりと目を閉じた。瞬間。
「ライジングエア!!!」
誰かの叫び声と共に頭上で爆音が鳴り響いた。
反射で飛び上がり、何事かと頭上へと体を仰ぐ。
すると、そこには何かの衝撃により横に傾く化物の姿と、黒い二つの影。化物の周りにはバチバチと空気を焼く雷撃の尾。
それだけで何が起きたかを俺は理解する。
【勇者】だ。【勇者】があの化物に雷撃を浴びせたのだ。
本当に遅すぎる。もう国軍は全滅間近。
しかし、今の状況でまたとないチャンス!
俺は化物が【勇者】に気を取られているうちに逃げ出そう足に力を入れる。
しかし、変だな。上空の二つの黒い影のうち、一つ黒い影は【勇者】だ。じゃあ、もう一つの黒い影は……って、その黒い影が近づいてきてるぅ!?
「ぐほぉ!!!」
「きゃあ!!!」
すさまじい勢いで俺に降ってきた何か。その何かは存外柔らかく大きなものであった。
よくよく見てみると、綺麗な緋色の髪の毛に俺より小さな体つき。
そして、このロリロリな顔つきは……?
「いたた……」
あぁ、見たことがあるぞ。
いきなりのことで追いついていない思考回路でも容易に引きずり出せるほどの姿。忘れもしない、先ほどまで化物の上で助けを求めていた絶対的支配者っ……!!!
「む……ここは?」
魔物の総大将【魔王】その人だった。
【魔王】はまだ理解しきれていないのか、ゆっくりと周りを見渡し、その流れで俺を見つめる。今の体勢は、俺の上に【魔王】がいる状態。
あぁ、わかるぞ。この後に起きることなんて手に取るようにわかる。きっと、俺に向けて最上級の魔術を放ってくるに違いない。痛みも感じさせず、一瞬で蒸発するほどの。
「こ、これは……」
別に十字教徒ではないが、胸の前で十字を切り、【神】にこれから向かいますと挨拶していると、目の前から来るはずのカタルシスが一向に来ないことに気づいた俺。
恐る恐る目の前の【魔王】を見ると、【魔王】は予想もできない一言を俺に投げかけてきた。
「お主が、妾を助けてくれたのか?」
「えっ?」
予想外の一言に俺は間抜けな返事をしてしまう。
【魔王】はそんな俺の返事にしかめっ面をし、先ほどよりも語気を強めてこういった。
「お主が、妾を助けてくれたのか?」
【魔王】は髪の毛と同じ緋色の瞳を俺に向け、顔を覗き込んできている。その距離は目と鼻の先。
幼いとはいえ、見た目は美少女なために少し照れてしまう。顔が近いことによる息遣い。その一つ一つが手に取るようにわかる。
……というか、俺が助けた?
空から降ってきた【魔王】を受け止めたのは間違いなく俺。成り行きとはいえ受け止めたのは俺である。この場合、応えるべき言葉は……。
「一応、そういうことになるの……か?」
「そうか……」
俺の答えを聞いた【魔王】は顎に手を当て考えるそぶりを見せ、少し唸る。一方俺は、何か選択肢を間違えたのかと冷や汗をダラダラと流し、目の前にいるウサギの皮をかぶった百獣の王をまるで小鹿のように見つめている。
そして、【魔王】の中で答えが出たのか、まっすぐと俺を見つめ、自分に言い聞かせるように頷くと、こういった。
「妾の願いを聞いてはくれぬか?」
「ね、願い?」
後にエンディングで気づくことになる。この願いがすべての始まりだったことを。




