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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
29/107

凱旋

◆ 一般ぴーぽー ◆



「粥を拵えたぞ。尤も、リティア殿が拵えたのじゃがな」

「おぉ、ありがとう」

「時にアランよ。やはり妾が食べさせようかの?」

「いや、こればっかりはさ」


 ブルンツヴィークの獅子との戦いから二日経った今日。俺は自分のパオの中で大人しく寝ていた。何でかと言うと、我が最終兵器『金具』の加護を使った反動で寝込んでいるんだ。


 金具の加護を使ったら躯に負担が掛かって……というか三日間筋肉痛で動けなくなるんだ。躯を鍛えれば筋肉痛にならずに済むんだろうが、この歳で尚且つ贅沢病一歩手前で生涯使うことはないと思っていたから躯は全く鍛えていない。おかげで今は筋肉痛で起き上がることもままならない。


 結局、ブルンツヴィークの獅子が何故あそこで引いたのかわからず、魔王軍の援軍が来るかもしれないということで【天眼】様には見張ってもらっているが、その兆しは見えない。むしろ、ブルンツヴィークの獅子が来たことにより、格下の魔物連中はここら一体から逃げてしまった。いったい、何が何なのか……。


 そして寝込んでいるということは、当然誰かの手を借りなければ生活するのも一苦労。幸いなことにイリシアとラルが甲斐甲斐しくも世話を焼いてくれているが……何分女の子に汚いことはさせたくはないものだ。何とか食事と排泄は時間をかけてできるものの、躯を拭いたり着替えるのは一人では無理があるというもの。こればっかりは恥を忍んでシンに手伝ってもらっている。そんな二人は不服そうだが。


「アラン、休む時はしっかり休まねば治るものも治らぬぞ?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

「妾は知っておるぞ? 食事の際、物を口に運ぶのに苦悶の表情を浮かべておるのを。食事というものは楽しき時間。なれば少しでも楽しくさせてやるのが妾が今できることじゃ。ほれ、口をあけぇ」

「うっ……」


 イリシアはホカホカのお粥を木で出来たスプーンで掬い、俺の口元まで持ってくる。俺は上体すら起こしていないので、この好意を避ける術が見当たらない。こうなってはイリシアは頑固だ、きっと俺が食べるまで諦めないだろう。


 俺は意を決し、口を申し訳程度に開いてお粥を受け入れようとするが、イリシアは何か思いとどまったのか差し出してきたスプーンを引っ込めた。なんだろうと見ていると、イリシアは困ったような表情で笑った。


「済まぬ、このままでは口を火傷してしまうの。どれ、冷ますから暫し待つのじゃ」


 そう言ってイリシアは徐に自身の口元までスプーンを近づけてゆっくりと息を吹きかけた。


 コレは……コレはまさかっ!

 お粥フーフーシチュエーションてぇやつじゃあないかいぃ!?


「ほれ、あーん」

「くっ……あ、あーん」

「おいしいかの?」

「はい……」


 味なんてわからねぇよ!

 そんなことを心の中で叫ぶが、当然ながら口に出来るわけがない。


 ……この目の前で、幼い少女がお粥をフーフーしてあーんしてくれるのは嬉しいが、半端ない背徳感が湧き上がってくるのはなぜでしょうか主上様。コレが溢れ出る犯罪臭というやつなんでしょうか太閤様。しかしコレを断ればこの幼い少女を悲しませてしまうため断れない、コレが断ることが出来ない雰囲気というやつなんでしょうか太公望様。


「ごちそうさま」

「うむ、全部食べて偉いぞアラン」

「俺は子供か」


 そんな楽園のような一時を過ごした俺。いつの間にかお粥は空になっており、躯はポカポカとしていてなんだか心地よい。このまま寝てしまいそうだ。


 俺は筋肉痛を耐えて上体を起こし、イリシアと視線を合わせる。そこで予てから言えなかったことを言ってみることに。


「済まんな、イリシア。俺は随分と失礼なことをしていたんだな」

「何のことじゃ?」

「イリシアだって気づいていたんだろ? 俺が弱く見せたがっていたこと。ラルに喝を入れられるまで気づかない振りをしたままだったよ」

「……そうじゃな。しかし、お主の気持ちもわからぬわけではない。誰でもそのようなことは思うことじゃろうし」


 そう言ってイリシアは俺に笑いかけてくれた。見た目は幼い少女だが、やはり中身はれっきとした大人なんだな、と俺の中のイリシアを再認識させる言葉だ。聞いた話だと、イリシアはこの容姿で二十歳(魔物は十三歳で人間の二十歳に相当する)だそうだ。ちなみにラルは花も羨む十八歳なんだと。


 俺?

 俺は二十七歳だよ。まだまだ若いと思うんだが躯が重いと感じる今日この頃。



「おっすー。元気してたか英雄さんよぉ。イリシアちゃんもいたのか」

「よぉ、シン」


 イリシアと共に食後の余韻を過ごしていると、パオの簾が開いてシンがズカズカと中に入ってきた。その手にはリンゴが二つあるところを見ると俺に持ってきてくれたらしい。なんだかんだ言っても気の利くやつである。


「んじゃあこのリンゴは俺とイリシアちゃんと食べようか」


 前言撤回。コイツは絶対地獄に落ちるだろう。


「恩に着るシン殿。ほれアラン、半分こじゃ」

「ホントにいい子だなぁ、イリシアは」


 そう言いながらチラリとシンを見る。シンは面白くなさそうな顔をしているが、リンゴを一齧りして俺の寝ているベッドの傍に腰を下ろした。おそらく本題に入るつもりなのだろう。


「でだな、アラン。憩場に一人不審な男が入り込んでいる」

「なんだって? どんな人よ?」

「それがな、身なりはそれなりにちゃんとした人なんだが、なにやらアランのいるパオを常に見張っているみたいなんだ。しかもかなり巧妙に隠れて」


 俺を見張っているだって?

 いったいどこの物好きが俺なんかを……いかんな、これからケツにも配慮をしなければ大事な何かを失ってしまうぞ。俺には男色の気はない。


 しかし、イリシアではなく俺か。イリシアならまだわかるとて、俺を見張る理由がわからない。イリシアに何か心当たりがないか求めるように視線を向けたが、イリシアは顔を横に振って俺に答える。


 イリシアは心当たりがない、と。


「【天眼】様はなんて?」

「一応その男を覗いて観たみたいだが、ノイズが走っていて何も見えなかったんだそうだ。遮断魔法がかけられた時と酷似しているらしいから、こっちの都合をいくらか把握しているみたいだと」

「じゃあ見られること前提でいたってことか。……早いとここっから出なきゃな」

「そういうことだ。んじゃ俺は仕事に戻るから、ゆっくり寝ておけ。それと、なるべく早く【勇者】様を楽にしてあげてくれ、かなりどんよりしているぞ」


 シンはそう言ってパオから出て行った。

 シンの言っていることが本当なら少しでも早くここから離れるべき……なのか?


 ともかく、あちらの目的がわからない以上、より気を張り詰めていても損はないはずだ。さっそくラルと【天眼】様を呼んでこれからのことを話さないと。

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