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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
24/107

戦闘準備

◆ 勇者 ◆



 それは突然やってきた。

 私は【天眼】のリトとパオの近くにあった居酒屋で旧交を深めていたところ、それまで楽しそうに笑っていたリトがピタリと止まり、笑顔だった表情は険しくなった。その視線は店の壁の方を……いいえ、壁の向こう側である外を見ている。


 私は嫌な予感に襲われ、進んでいた箸を止めてリトに訊ねる。気付かないうちに私の額を汗が伝っていた。


「リト……? 何が“観えた”の?」

「……ラルは自警団の人たちに伝えてもらえる? とても強い魔物の反応が海の方角からやってきてるって」

「っ……わかった!」


 予感は的中。

 リトの能力で見えたのは強大な魔物の反応。それもリトの表情からすると並大抵な魔物ではないと推測できる。以前のバハムートと同等、もしくはそれ以上……!


 私は席を立ちあがり、素早く身支度を済ませる。アランとイリシアにも伝えないと、あの二人は貴重な戦力だし、なにより準備する時間を与えなきゃ。


「リトはどうするの!?」

「私は観ることに集中したい。私は憩場の高台のところに行く! 他の情報が入ったらすぐ教えるから!」

「わかった!」


 私たちは周りの客がいるのにも拘らずバタバタと居酒屋から出ていき、それぞれの役割を果たすために走り出す。ちなみに居酒屋を出るときに路銀をいくつか置いて出てきた、おつりが出る量だから決して無銭飲食ではないよ。


 私はとりあえず謂わば憩場の管制塔である櫓へと向かう。そこには警報代わりの鐘があるとアランから聞いたからそこには自警団がいるだろうと踏んだのだ。そしてその予想は当たり、櫓には二人ほど人が何やら夜の憩場を眺めていた。私は走る足に力を込める。


「すいません!!!」

「ん? 【勇者】様じゃないですか! いったいどうしました?」

「こ、ここに向かって魔物がやってきてます!」

「な、なんだって!?」


 櫓にたどり着いた私は自警団に事の出来事を説明する。意外にも二人いた自警団のうち一人はアランの友人のシンさんだった。シンさんは私の言葉を聞くなり疑う素振りも見せることなく櫓に設置された鐘を鳴らし始めた。鐘は思いのほか高く鳴り、憩場の全域まで鳴り響いた。その証拠にいたるところにあったパオから次々と住民が飛び出してきた。その鐘の真意を知るために。


 やがてただ事ではないと判断した住民たちは荷物を纏めるためにパオの中へと戻っていくのであった。


「【勇者】様! ここには他にも冒険者がやってきています! 俺たちがそいつらにも伝えておきますから【勇者】様は戦う準備をなさってください!」

「ありがとうございます! そうさせてもらいます!」


 私も次に行動を移さないと。信じてくれたシンさんに礼を言い、急いで二人を探すために走り始めた。あの二人はパオに戻っているだろうか?


 しかし、その予想は外れた。パオは明かりが灯っておらず、中には誰もいなかった。念のためアランのパオも覗いて見たけど誰もいない。私は軽く焦り始める。


 そもそもアランとイリシアが一緒にいるとも限らない。アランは私たちと行動しておらず、アランが行きそうなところなんて皆目見当もつかない。イリシアは疲れたから先に戻っていると言って早々に居酒屋から出ていった。というか、疲れたと言っていたからイリシアはここにいると踏んだけど……いったいどこへ?


「ちっ」


 私は思わず舌打ちをしてパオを後にする。こうなったら心当たりのありそうなところを虱潰しに憩場を回るしかない。鐘の音が鳴っているのは二人も気付いているだろうから、きっと原因を探ろうとするに違いない。考えろ、その場合まずどこへ向かうのか。


 回らない頭をフル回転させて私は考える。原因がわかるとしたら当事者か鐘を鳴らしている者のところ……だからリトのところかシンさんのいる櫓のどっちかだ!


 けれど、アランはリトが高台にいることを知らない……とすれば櫓か!


 私は二人が櫓に向かうだろうと踏んで再び櫓へ向かうために踵を返す私。依然として櫓からは鐘の音が響き渡っている。少し乱れていた息を落ち着かすためにゆっくりと息を吸い、丹田を意識するように吐き出す。


 よし、行こう!


「あ! ラル!」

「へっ? アラン!?」


 自分に発破をかけるように胸を強く叩いた私は櫓に向けて足を踏み出した……瞬間、私の名前を呼ぶ声が右側の方から聞こえてきた。反射でそちらの方へ顔を向けると、そこには険しい顔をしたアランとイリシアが、息を切らしながらこちらに走ってきてるのが見えた。よかった、捜す手間が省けた。


 「な、何が起きたんだ!?」


 私の元へ走り寄り、少し息を整えたアランの口から飛び出したのはそんな言葉だった。


 アランは元々ここに住んでいたことがあるという。だとしたら、この鐘の音が何を意味するのか充分に理解しているのだろう。私は手短に、かつ要点は抑えて説明する。


「海の方角からここに向かって魔物が向かってきてる。それも……とてつもないのが」

「まじかよ……」


 それを聞いたアランは絶望に瀕した顔になったが、直ぐに表情を真面目に一変させる。それを見た私はアランは大丈夫だと確信を得た。イリシアは依然として険しい表情をしているが、若干顔を俯かしている。その表情からイリシアが何を考えているのかわからなかった。


「と、とにかくみんなを避難させよう! ここから西に行ったところに見晴らしのいい丘があるんだ。松明や焚火で囲めば魔物は近寄らないだろうから、それでまずは様子を見よう!」

「わかった! 先導はシンさんにお願いしてくる! アランは戦える準備をして!」

「えっ? お、俺が先導するよ……!」


 それまで頼もしかったアランはどこへやら。アランに戦える準備をしてくれないかと頼んだところ、アランは目に見えて動揺して自分が先導すると言い出した。確かにアランは土地勘はあるだろうけど、今もなおここに住んでいるシンさんに頼んだ方が確実。それにアランは大きな戦力だから、なるべくここに残ってもらいたい。


 その旨をアランに伝えたところ、


「い、いや、俺弱いし……ここらで出るハウンドドック数体に囲まれただけで死ねる自身があるし……」

「はい?」


 何を言っているのだろうかアランは。アランはバハムートを一撃で倒せた実績があるし、なにより今言ってたハウンドドックだって倒していたし。充分すぎるほどアランは強い。


 けれどアランは頑なに首を振って戦うとは言わない。怖気づいた……なんてことはないだろう。あのバハムートに出さえも立ち向かったのだから、いくらなんでもそれはないだろう。


 だったらなにか?

 何か別の意図がそこにあるの?


 そこで私は閃いた。アランが何を思って皆を避難させるのに行きたいかを。


「わかった! アランはこう言いたいんだね。『もしも皆を避難させたとして、その先で魔物に襲われたら大変だ』って」

「違っ……くない! 違くないよぉ! それであってる! 俺はそう言いたかったんだ!」

「でも大丈夫だよ! 幸いここに冒険者たちがいるらしくてさ、その人たちが守ってくれるよ!」

「ガッテム!」


 私はアランの心配を払拭させるためにその事実を伝えると、アランは天を仰いで何かよくわからないことを空に叫んだ。その姿はまるで歴戦の猛者を彷彿させるようだ。


 ウォークライかな?

 すでに戦う気満々じゃん、アランったら。


 そこで、私は次にイリシアに向き直った。イリシアには後衛に回って、後ろから魔法か魔術で援護してもらいたい。イリシアは実践の時も後衛で強い魔術をバンバン撃っていたから相当な魔力を保有しているんだろうね。さすが元【魔王】だ。


「イリシア、どう? 体調は大丈夫?」

「…………」

「イリシア?」


 しかしイリシアに話しかけど、その返事が返ってこない。イリシアは先ほどよりも深く俯いており、その表情からは悔しさと怒りが見て取れた。何故イリシアがそんな表情をしているかはわからないけど、このままでは戦うことは難しい。いったいどうしたのだろう?


 そう思ってイリシアの顔を覗き込むと、ポツリとイリシアこう呟いた。


「……済まぬっ」

「イリシア?」

「済まぬ二人とも……!」


 なんと唐突に謝りだしたのだ。これには私も首を傾げるしかなかった。アランもイリシアの様子が変だと感じ取ったのか、天を仰ぐのを止めてこちらを見ている。そして、二人で次にイリシアから放たれる言葉を待つ。


 そして、次がやってくる。


「もしやその魔物は……妾を消しに来たのかもしれぬっ!」

「え? えぇええええ!?」


 私は思わず声を上げた。今ここに迫ってきている魔物がイリシアが狙いだと考えてもみなかったからだ。でも、なんでイリシアを狙うんだろうか?


 そう思ったところで、アランが私の心を代弁するようにイリシアに問いかけた。


「な、なんでそう思うんだ?」

「……下剋上で一番説得力のあるものは大将の首じゃ。おそらくあの場に妾の死体がないのを疑問に思ったのじゃろう。あの手この手を使い、あの者どもは妾の首を探しているのじゃ」

「なるほど、それでその魔物は目撃情報か何かでドーレンからここに向かってきていると」

「そうじゃ」


 確かにと私は頷く。もし、純粋な下剋上だったならその証拠として大将首を持ち帰るはず。おそらく魔王陣営はこの一週間でイリシアの首を探したのだろう。それでも見つからないため、視点を変えてイリシアがまだ生きていると仮定したのだろうか?


 その証拠に強大な魔物を私たちが逃げた方角に送り込んできている。確実にイリシアの首を狩るために。


「じゃから……お主たちは逃げるのじゃ。狙いは妾ただ一人のはず。じゃからお主たちは逃げるのじゃ。残るのは妾一人でよい」


 そう言う彼女を見て私は思う。なんと愚かなのだろうと。

 ここには頼れる仲間がいるというのに、その仲間に頼ろうとはせずに一人で抱えてしまう。なんと愚かな選択なのだろうか。


 しかし、彼女は真剣な表情で、もうその覚悟を決めているかのような顔をしている。その覚悟はよっぽどのことがない限り揺るがない、そう思わせるものだ。けれど、それがいけない選択なのには変わらない。


「あぁああああもうっ! くそったれ!」


 私はどうやって説得したものかと考えていると、唐突にアランが叫びながら頭をかきむしり始めた。


 その様は思わず考えるのを止めて呆けてしまうほど。


「卑怯だ。あぁ、卑怯だ!」

「な、何が卑怯なのじゃ?」

「卑怯も卑怯、大卑怯モンだ。そんなモン聞かされた日にゃ意地でも足が離れらんねぇわ」


 そう言い彼はイリシアの両肩を掴み、目線を合わせてこう語りかける。

 まるで、彼女以外にも語り掛けるように。


「いいか、それはイリシアの“想像”にすぎないんだろ? それで逃げろと言われて逃げる輩がどこにいる」

「で、でも……」

「でももヘチマもありゃしません! 仮にイリシアの言っている通りその魔物はイリシアを狙っているとする。けどよ、イリシアの首を取ったからと言って俺たちの首を取らないとは限らない」

「…………」


 アランは一旦そこで区切り、強くイリシアを見つめる。そんなアランの様子に何も言えないのかイリシアは黙ったまま。それを確認したアランは言葉を紡ぐ。


「しかもよ、それってこういうことだろ? イリシアを差し出せば俺たちは殺されないって約束して、命惜しさにイリシアを差し出したら約束が破られて俺たちも殺されるってパティーンだろうが。いい加減飽きたわそのくだり」


 そう言ってふんっと鼻を鳴らすアラン。

 もしかしてアラン……過去に同じようなことがあってイリシアと同じ選択をされたことが……?


 そうだとしたら、ここまでアランがムキになるのも頷ける。ましてや、過去にそういう苦い思いがあるのだ。もう二度と繰り返したくないという思いがヒシヒシと伝わってくる。


 よし、私も便乗しよう。


「私も反対だね」

「ラル……」

「だってそうでしょ? ここにはこんなにも頼れる仲間がいるんだからさ」

「仲間……」


 私がそういうと、イリシアは押し黙ってしまい、再び俯いてしまう。しかし、私たちはそれに追い打ちをかけるようなことはしない。ひたすらにイリシアが顔を上げるのを待った。


 そして、イリシアの頬に一筋の“光”が伝った時、その待ちわびた時間がやってきた。


「……頼ってもよいのかの? 迷惑をかけるぞ……?」

「コレは俺の持論なんだが、人は関わった瞬間から既に迷惑をかけてるんだ。人に迷惑をかけないことなんて生きていている限り……いや死んでもない。それにな、迷惑をかけれるって凄い幸せなことだと思うぞ?」


 アランの臭い科白を聞いたイリシアは息を吸い、そして――


「……頼む。妾と一緒に戦ってくれぬか?」

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