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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
23/107

“承”

◆ ◆ ◆



「いやはや、【天眼】様だと知らず失礼な真似を……」

「べ、別にきにしていませんよ! それよりも先ほどのように接していただけませんか?」

「そう言われましても……」



 場所は移ってシンから借りた結構大き目のパオの中。わざわざシンが俺たちのために借りてくれたパオだ。ちなみに今いるパオはイリシアとラル専用で、その隣にある小さなパオが俺の寝床だ。


 そんなイリシアとラル専用のパオの中で俺は【天眼】様にペコペコと平謝り中だ。俺は【天眼】様に偉そうな口を利くだけでは飽き足らず説教までしてしまったのだからもう大変。心の中は申し訳なさで一杯だ。


 そんな俺が平謝りする傍らでソファーに座るラルが俺に助け船と言わんばかりに口を開いた。


「リト、アランに悪気があるわけではないから赦してあげて?」

「だから私は……」

「そうじゃなくて、その平謝りしてること。アランは本当に申し訳ないって気持ちみたいだからさ、リトが赦してあげないと終らないよ?」

「え、えぇー……」


 【天眼】様は困ったような声を上げると、依然として平謝りしている俺に視線を向ける。その困ったような顔はどこか『どうしたらよいか』という念が籠っているような気がした。


「えぇと、アランさん。どうか顔を上げてください。私は気にしておりませんので……」

「すいませんでした……」


 Theチキンハートな俺はようやく【天眼】様から赦しをもらい、痛くなってしまった腰を元に戻す。


 よかった、赦してもらえなかったらどうしようかと。まさかこの少女が泣く子もひれ伏す【天眼】様だったなんて……。しかし、この【天眼】様は俺の知る【天眼】様と違う。俺の知る【天眼】様は男だった。最近代替わりしたって聞いたが……そうかあの少女がか。


 【天眼】様は[来る者と去る物と太平を観る能力]という能力を宿しており、これが凄まじい能力で【天眼】様がいれば天下を取ることも難しくないと言われている。故に、【神】様により特定の国に属するのと歴史に名を残す戦いに参加することを禁止されている。もちろん、例外はあるが。例えば【神】対【魔王】の戦いに参加することは禁止されていない。


 そして、気になる【天眼】様の能力の詳細は、なんと未来と過去を観ることが出来、半径十キロ先まで見渡すことが出来るという観測師もビックリな能力だ。未来と過去に関しては未来は今から十日、過去は五年前までしか観ることが出来ないが、自分が観たいと思える人の視点で見ることが出来るという馬鹿げたもの。つまり、お前らの昨晩のオカズから今晩のオカズまでお見通しというわけだ。


 過去に【天眼】様を利用しようとした国があり、コレを非常事態ととらえた【神】様は【天眼】様を【七英雄】に置いて管轄下にしたんだ。その【天眼】様の能力はどうやら遺伝的なもので、代々祖から子孫が【天眼】と肩書きを担っているという。ということはこの【天眼】様は先代の娘なのか。


 そんな【天眼】様に嫌われたくない俺は必死に謝っていたというわけだ。俺だって昨晩のオカズや見てきたもの(如何わしいもの)を観られたくはない。この【天眼】様にはそれが筒抜けになる可能性があるというのだから、なんとも末恐ろしいものだ。


「ところで、リトと申したかの? 何故お主のような者が旅を?」


 俺が【天眼】様から離れたのを見計らってか、少し離れた場所に立っていたイリシアが【天眼】様に口を開く。


 というかイリシア、俺が思うに一番【天眼】様にか過去を観られてはいけないような気がするのは俺だけでしょうか?


「えぇと……」

「イリシアじゃ」

「それはですねイリシアさん、長らく森の奥深くで執事と召使いに囲まれて暮らして……我ながら思うのですが、なんともぬるま湯の中で暮らしてきたと思うのです」

「ほう」

「そんな箱入りで育った私は一度だけ……そう一度だけお父様に神代まで連れて行ってもらったことがあるのです。それは三年前のことでした」


 三年前。

 それだけで俺は何のことか理解する。“始決の二栄原”という地名をあの場所につけた戦い、“始決の決着点”のことだと。


 “始決の決着点”とは、前にも話したと思うが【神】様と先々代【魔王】が戦った世界が注目した戦いだ。俺だって首都から避難して遠くからその戦いを見守っていたさ。そして、【神】が勝利して世界は束の間の平和を手にしたのだ。まぁ、それからすぐにイリシアを【魔王】とする魔王軍が台頭してきたがな。


 その戦いに、今の【天眼】様が居合せたというのか。だとするなら、とても辛いものを見たに違いない。


「そこで……私は“本当の敵”というものを見たのです」

「本当の敵?」

「コレは守秘義務が課せられていますので言えませんが……その敵を見た私は今の今まで観てきた世界を記した書物が何の意味もないと知ったのです。それで……」

「なるほど、それでお主は旅をしたかった、と」

「えぇ、その通りです」


 へぇ、その行動力は目を見張るものがあるな。人は知りたいと思っても、そこに危険があるのならば踏みとどまってしまうものだ。誰しも自分の身がかわいいからな。俺も自分の身がかわいくて幾度となく逃げたことか。


 それなのに、この【天眼】様は危険を顧みずに自分の足で旅を……なるほど、強いわけだ。


 しかしなんだ、箱入り娘がここまで来るのに相当な体力を必要とするだろうに……何かトレーニングでもしているのだろうか?


「さてっと、お腹空いたね。何か食べに行こうか?」

「そうじゃの、リト殿も相伴うとよいじゃろう」

「では、お言葉に甘えて」

「アラン、お主も行くぞ」

「いや、俺は遠慮しとくよ」


 【天眼】様の話が終わったところでラルが夕飯を食べに行こうと提案を出した。確かに俺と【天眼】様が戻ってきたときには日もすでに沈んでいたし、腹の具合からしてそろそろ夕飯時だ。しかし、俺はそんな夕飯の誘いを断った。


 その俺を誘ったイリシアは断られると思っていなかったのか少し目を見開く。そして直ぐにその理由を訊ねてきた。


「具合が芳しくないのかえ?」

「いや、ちょっとな。悪いが俺抜きで食べてきてくれ」

「……うむ、わかったのじゃ」


 そう言って見るからに落ち込むイリシアに少し罪悪感を覚えたが、今言ったことをもう取り消すことなどできない。三人そろってパオから出ていく姿に俺は小さく『ごめん』と呟いた。


 だってさ、いくらなんでも女性三人に男一人は気が引けるよ。それなら編に気を使わせないで済む女性三人で食べてもらった方が俺としてもありがたい。まぁ、一人になりたいって気持ちもあったけどさ。さて、俺も何か食いに行くか。










「やっぱり冷えるな……」


 夜。

 憩場のすぐ外で俺は一人で月を見ながら焼きトウキビを齧っていた。この肌寒い夜に温かい焼きトウキビは嬉しい。ちなみに焼きトウキビは憩場に寄っていた的屋から買ったものだ。他にもチキンステーキも買ったが……なんだか見る限り使い古しの油を使っていたように見えた。まぁ腹に入ってしまえばなんともないし、美味いからどうでもいいこと。あと、的屋で食べ物買うときは衛生的なものに注意をしなくてはいけないが……そんなもの素人目に判るはずもない。さすがに子供のころに見た汚れた川の水を使っていた的屋は買う気をなくしたな。コレは大丈夫だと言い聞かせよう。


「こんなとこに居ったか。隣、失礼するぞい」

「おう……ってイリシア!?」


 ホクホクの焼きトウキビを齧って月を見上げていると、不意に隣からそんな声が聞こえて誰かが座る音がした。俺は反射的に了承するが、直ぐにおかしいと思い隣を振り向いた。すると、そこにいたのは寒そうに身を震わすイリシアの姿があった。もちろん俺は驚いて思わず後ずさる。


「なんじゃ、妾じゃ嫌かの?」

「いえいえ、滅相もございません」

「うむ。……ところでアラン、なかなか興味深いものを食べておるの」

「コレか? もう一本あるけど食べ……やめておいた方がいいよ?」

「む? 何故じゃ?」


 ふとイリシアの視線が俺の食べていた焼きトウキビに向けられる。イリシアは焼きトウキビを見たことがないのか興味を持っているようだ。俺はもう一本買っていた焼きトウキビをイリシアに渡そうとしたが、そこで思いとどまった。


 何故かって?

 そりゃさっきまで衛星がどうのこうの言っていたものを人に、ましてや女の子にあげるのは気が引けるというものだ。さすがに俺はそこまで腐っちゃいない。


「いやな、コレを売っているところは外で販売していてな、躰が弱かったり胃腸の調子が悪かったりしたら腹痛を起こすかもしれないんだ」

「構わぬ、お主と同じものを食べてみたいのじゃ」

「……そうか、ほら」

「うむ、いただく」


 一応忠告はしたが、それでも食べてみたいということで俺はイリシアに焼きトウキビを渡す。イリシアは未だに出来立ての証である湯気が立ち上る焼きトウキビをしげしげと眺め、俺を習ってかぶりついた。かぶりついた瞬間、ジュワっとトウキビの実がはじける音が聞こえた後、イリシアは満足そうに何度も『うんうん』とうなずいた。


 どうやらイリシアはご満悦のようだ。


「なかなか美味じゃの。この焦げ目が良い味を出しておる」

「そりゃよかった。ところで、ラルと【天眼】様は?」

「うむ、それがの、近くに店を出していたところへ行ったのじゃが……途中で抜け出してきたのじゃ。じゃからまだその店に居るのではないかの?」

「なんでまた抜け出したんだ?」

「ラルは友との久しぶりの席じゃ。水入らずで話すこともあるじゃろうしの」


 そう言ってにっこりと笑うイリシア。この先代【魔王】様はなんというか……【魔王】らしくないというか……普通に気遣いが出来るいい子じゃないか。今のイリシアを畏怖の感情を抱いていた俺に見せてやりたい。きっと、直ぐに考えを改めるだろう。


「アランは……何ゆえここで?」

「うーん……実を言うとな、さすがに女性三人の中に入り込めなかったというか……」

「いい歳で何を言っておる。初じゃのう」

「今の今まで女性と話すことなんてなかったしな」

「ふむ、とても妾たちを助けた英雄とは思えぬセリフじゃな」

「英雄なんてガラじゃないよ。それに何度も言ったけどあれは偶々だって」

「言い返すが、何度も言うとる通りそれでも妾たちは助けられたのじゃ。オノコなら胸を張るものじゃ」


 そう言われ胸を小突かれる俺。

 そんなイリシアの言葉に俺は苦笑する。今思えばよくやろうと思ったよな俺は。あの迫り来るバハムートに対してさ。今だったら絶対に立ち向かえない自信がある。きっと、来る死を受け入れるだろう。


 そこでハッとする。

 そういえば俺、ちゃんとイリシアに謝っていないじゃないか!


「イリシア……成り行きとはいえ、その……大事な家族を殺してしまって済まなかった!」


 謝ることというのはバハムート……イリシアの家族を殺してしまったことだ。訊けばイリシアの母親はイリシアを生んだ時に亡くなっているらしい。父親は三年前に。つまり、残っていたバハムートが唯一の家族だったのだ。それを俺は……。


 そういうことで俺はイリシアに頭を下げたが、直ぐにイリシアは俺の肩に手を置いてこう俺に告げた。


「確かにムーちゃんは妾の家族じゃった。しかし、あのままでは確実に妾が手を下しておった。どちらにせよ、ムーちゃんは助からなかったのじゃ。じゃから、気にする出ない。むしろ感謝しておるのじゃぞ? 妾ではきっと、あそこまで苦しみもなく逝かせることはできなかったじゃろうから」


 どこまで懐が広いんだイリシアは。涙が出にくい俺でもウルっときたじゃねぇか。


 そんな女神のような寛容さを見せたイリシアは再び焼きトウキビを齧る作業に戻ったのを見て、俺も焼きトウキビに齧りつく。少し冷めてしまったが十二分に美味しかった。きっと、一人で食べるよりずっと。


 そんな折、突如として憩場の方から警報である鐘の音が響き渡ってきた。

 ちなみに、日本の的屋はちゃんと衛生基準を満たしているのでご安心してください。

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