憩場
港町バタイを出発した翌日、俺たちは憩場に到着した。
憩場は木の棒を交差されて出来た柵に囲まれた移動型集落だ。家の造りは主にテントのような『パオ』と呼ばれる家で生活している。移動型集落なので土台がしっかりした家を建てられないのだ。
十年ぶりに見る故郷の姿はやはり変わっており、俺がいた頃よりはるかに大きくなっていた。しかし、雰囲気は全く変わっておらず、ここは変わらず俺の故郷なんだと再確認することが出来た。その懐かしさになんだか目頭が熱く……なってこないな、何故だ?
「ここが憩場……何やら民族の集落のようななりをしておるのう」
「まぁ、それは否めないけど、ここはいろんな意味で他の町とは違う。二日もいれば飽きるところだけど、ゆっくりしていこう」
憩場の出入口である柵の跡切れ目まで近づくと、出入り口付近に見たことのあるような人物がいるのがわかった。タンクトップに七分丈のズボンは初夏にふさわしい格好で、顎に髭を蓄えてもなお面影を残す顔は何故だか殴りたくなってくる。それもそのはず、その人物とは俺の旧友なのだから。
ある程度まで近づいたところで、殴りたくなる衝動を放つ旧友の方から話しかけてきた。
「冒険者か? ようこそ憩場へ! 何もない場所だが、ゆっくりしていってくれ」
「おいおい『シン』。俺の顔を忘れたのか?」
「……ヴァーカ、そのゴリラ+ラクダ×二した顔を忘れることが出来ねぇよ。アラン」
間違いない。年はとっていれどその声とその言い回しは俺の旧友のシンだ。懐かしさに思わず口の端が弧を描き、無意識的に差し出していた右握り拳でシンの胸を小突く。そうすると、今度はシンの方が俺の胸を小突いてきた。意味のない行動だが、二人の友情を呼び戻すには充分だった。
「んで? その後ろの別嬪さんたちはだれだよ。まさか、これじゃねぇだろうな?」
「阿保か、俺に出来ると思ってんのか?」
「思うわけねぇだろ? 大方誘拐でもしてきたんだろうと思ったんだよ」
「こいつ……」
シンは俺の背後に立つラルとイリシアを見て、右小指を立てて見せつけてきたが、俺は全否定する。そもそもラルとイリシアとはそのような関係ではないし、【勇者】と【魔王】の婿だなんて荷が重すぎる。今の俺だったら胃に穴が開いてスプラッタだろう。
「旅の仲間だよ。こっちが……魔法使いのイリシア。そしてこっちが【勇者】のラルだ。」
「ファ!?」
「いや、だから……」
「いや、【勇者】様なのは百歩譲ったとしていいさ。さっき行商人から近くの港町に【勇者】様らしき人を見たって言ってたからよぉ、もしかしてって思ってたさ。それよりもさ、なんでお前が【勇者】様と一緒にいるんだよ羨まけしからん!」
そうは言われても。実はこのイリシアが先代【魔王】様で、今は【勇者】様と一緒にイリシアを【魔王】の座に戻すために旅してます、だなんて言えるはずもない。俺だってラルだって一瞬にして世界指名手配だ。
俺がどう返したものかと考え込んでいると、ラルが俺の隣まで歩み出てシンにこう言った。
「初めまして、アランのご友人ですか? 今はイリシアとアランを含めたこのパーティで【魔王】討伐の旅をしています」
「えっ!? じゃあアランが【勇者】一行の一人だというんですか!?」
「そゆことです」
ラル、ナイス。
ラルのナイスな助け舟のおかげでこの場を乗り切ることが出来た。シンもシンで俺を見ながらブツブツ何かを呟いていることから信じたようだ。きっと恨み辛み事を呪いのように呟いているのだろう。しかし俺には呪いは効かん、参ったか。
「アラン、実はな……」
「なんだ柄にもなく神妙な顔しやがって」
「……来てるんだよ、【天眼】様がここに」
「ファ!?」
今シンは何と言った?
俺の聞き間違いでなければ【天眼】様が来ているだって?
ラルと同じく【七英雄】の【天眼】様がこの憩場に来ているというのか!
そして、俺同様に驚いた反応をした人物がもう一人。
「えっ? 『リト』が来てるの? 凄い偶然ね」
そう、凄い偶然だ。この駄々っ広い世界でたった七人しかいない【七英雄】が【神】様の勅命でもないのに、同じ場所にいるというのがどれだけ低い確率なのかと。【七英雄】は強い力を持っているが故によく問題の解決に行かされたり、人里離れた場所で静かに暮らしているかのどちらかだ。更に【七英雄】のうち【書】と【断刀】は【神】様の住まう居城『神代』にいるため実質五人がこの世界にいる状態なのだ。その【天眼】様が前述した人里離れた場所に暮らしているという良い例で、【天眼】様は下半身不随だと噂で人前には滅多に現れることがないそうだ。
凄い偶然。コレは是非とも挨拶をせねば。
「まぁ、とりあえず入れよ。みんなが喜ぶぞぉ。【勇者】様もゆっくりしていってください!」
そういうシンに連れられて憩場にはいる俺たち。憩場は大きくはなっていたが、俺が知っている顔ぶれが何人もいた。というか、俺が知ってる顔ぶれのところは一切変わっていなかった。
ここまで聞けば後に起きることがだいたい予想できるもんだ。昔に出て言った青年が二人の少女を連れて帰ってきただなんて知ったら凄い事が起きることなんて俺でも予想できる。そして、田舎の情報が回るは速さが尋常でないことも俺は知っている。そこに、俺が弄られ易い人だというのが相まって絶妙なコラボレーションをするのが手に取るようにわかる。
つまり、何が言いたいのかというと、
『あら!? 本当にアランちゃんが帰ってきた……! それに嫁さんと娘まで一緒に……!!! 今日は赤飯かしらねぇ』
『お? なんでぇアランじゃねぇか。そのゴリラとラクダがドッキングしたような顔は忘れねぇ。……んで? 後ろにいるかわいこちゃんはどこで捕まえてきたんだ?』
『うわぁ、お母さん見て見てぇ!』
『しっ! 指さすんじゃありません!』
『……もしかしてアラン君!? うわぁ久しぶりー。私のこと覚えてる? ほら防具屋の! うわぁ……。うわぁ…………どこから誘拐してきたの?』
会う知り合い全員に絡まれることだ……ッッッ!!!
この出来事だけで早くも帰ってきたことを後悔し始めている俺。しかも反応は多種多様。別に俺が絡まれることはどうでもいいのだが、俺が絡まれることによる飛び火が背後の二人にまで及ぶのがとても申し訳ない。ここは早いとこ今夜世話になるシンのパオまでたどり着かないと。
そう思っているうちにシンが先導する案内で、目的地のシンの家に着いた。しかし、そこは俺が記憶しているシンのパオとは思えないほど大きなパオだった。一人暮らしをするには些か広すぎる。
「ただいま!」
ん?
ただいまだって?
ということはシン以外にもこのパオに住んでいるのか?
というかシンと同居する人なんてこの憩場にいるもの何のだろうか。
そう思っているうちにもシンは玄関先でこちらに振り向き、まるで誰かを紹介するような口調で話し始めた。
「紹介する。俺の嫁さんの『リティア』だ」
「初めましてリティアと――」
「くらえ!!!」
「ごふぅっ!」
シンが自慢げにパオの奥から現れたリティアさんを紹介するが、彼女が自分の自己紹介を終える前に俺は咄嗟にシンを殴っていた。綺麗に吹っ飛んでいくシンを見て我ながら良い右ストレートだったと思う。コレはしょうがない、しょうがないことなんだ……!!!
「お前! 結婚してたのかよ!」
「いてて……ふっ、良い右ストレートだったぜ、アラン」
「何でしたり顔なんだよ」
吹っ飛ばされたシンとはというと、見せつけるように左薬指につけている指輪を掲げてしたり顔をしている。コイツ……わかっててやってるな!
「まぁまぁ、お前にも直ぐに良い女は現れるって!」
「ついさっき俺に女が出来るとは思えないと言った口はどの口だコラ」
「俺だ」
とても清々しいほどの笑顔でそう言ってのけた旧友から目を離さずに、俺はそばに立ち尽くすリティアさんに向かって一つ訊ねる。
「奥さん、旦那さんを殴ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、どう――」
「オラァ!!!」
黄金の左ストレートが決まった瞬間だった。




