人生の終わりの始まり
事の発端は数時間前のこと。
薄暗い曇天の中……俺は城から大分離れた場所、魔王軍が拠点を置くシュヴァルツ城の目前のベースキャンプにいる。
いつもだったらお天道様がてぃだかんかんなんだが、【神】がこれから始まる見苦しい歴史の汚点となる戦いを想定してか、はたまたただ単にお天道様が機嫌が悪いのか恥ずかしがり屋なのか、俺になんかわかるわけがない。
わかるのは、せいぜい山の上を見て、傘がかかっているなぁ……とか、そんなものである。
言い忘れていたが、俺はマハト王に仕える新兵だ。兵隊歴三日だ。どうだ参ったか。
それまではマハト王が住まう王宮の掃除係りをしていたのだが……どうやら兵が足りていないらしい。俺以外にも徴兵された同期や後輩がいっぱいいる。つまり、この国は苦しい状況なのだ。
そんな同志たちは今、俺の隣で暗く沈んだ顔をしている。決して外の天気と比例しているわけではない。
だってそうだろ?
これから“死にに行く”んだから。
全く剣を握ったことがない上に、実戦経験も全くない。
握ったことがあるのはデッキブラシとバケツ、それと己の息子。
俺だって、ここ数年はまともに剣を握ったことがない。悲しい話だ。
見てみろよ。周りを。
家族の写真握りしめ、天に祈っている男。
どこから持ち込んだのか度数の強い酒を煽っている男。
顔を両手で覆い、うずくまっている男。
とてもじゃないが、この空間に居れる自信はない。
「アラン=レイト! アラン=レイトはいるか!?」
「はい?」
途端にしまったと思う。
自分の名前を呼ばれたので反射的に応えてしまったのだが、俺を呼んだのは寄せ集めの新兵などではなくれっきとした国軍の兵士。身なりを見ればそれなりの武官だとわかる。
ということは、十中八九面倒なことに違いない。
顔も見られてしまった。もう逃げることはできない。
俺は大人しく俺を呼んだ武官のもとへと向かう。この武官……口臭が酷い。
「アラン=レイト二等兵! 貴様はこの土地の地形に詳しいみたいだな! 貴様にそこの分隊を任せる!以後、精進するように!」
「はぁ!?」
面倒どころの問題ではなかった。超面倒だった。
というか三日前まで掃除係りだった人に任せることじゃないだろうに。
そこまで人がいないのか。
よく見てみれば分隊を任されたのは俺だけではなかった。先ほどの文官がほかの新兵にも分隊を任せているようだ。運の悪い者の集いにようこそ、お前ら。
ここまで聞いた人の中で勘の良い人ならわかると思うが、この戦争の相手は【魔王】率いる魔王軍だ。
ぶっちゃけ今いるシュヴァルツ城はこの大陸で首都に近い城で、この城が落されてしまったら首都に攻め込まれてしまう。つまり、国の陥落だ。
この大陸、『ドーレン』は世界で一番大きな大陸で、この大陸が【魔王】の手中に治まったのなら、世界が侵略されるのも時間の問題であろう。
のにも、だ。のにも関わらず隣国の国々は支援を打ち切った。
もう……この国は終わりだろう。
そんな虫の息のこの国が、なぜ目の前にいる敵に向かいあっているかというと、なんとこの窮地にようやく【勇者】が救援に来たのだ。
正直、遅すぎるが【勇者】が何をやっていたのかは誰にもわからないとのこと。だが、今更【勇者】が来たからと言って戦況がひっくり返るわけでもない。
上層部は、そう思っていないみたいだが。
「伝令!」
と、そんな己の悲運にすすり泣く声しか聞こえない兵舎に、轟音ともいえる音が訪れた。
その正体は伝令。肩で息をしているところを見ると、かなり急いできた様子。
……いやだよ、なんか嫌な予感がプンプンするのは気のせいか?
「魔王軍が急速でこちらに迫っています!!!」
……絶望である。