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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
19/107

夜の帳

 とりあえず部屋に戻った俺たち。

 そこで待ち受けていたのは未だに酔いが取れないグロッキーラルだった。

 部屋の間取りは細長いもので、左側奥に二つベッドが並んでおり、そのベッドの傍らには寝台を照らすライトスタンドが淡い光を放っている。そして奥の窓は全面ガラス張りで海が一望できるようにしてあるところに観光客向けに作ったことがわかる。

 そして右側には小さな丸テーブルとイスが二つあり、その傍らにはゴミ箱が鎮座していた。

 壁の収納スペースには寝間着と敷布団が入っている。


 なるほど、一人は床に布団を敷いて寝る形になるのか。


 そして、グロッキーラルは一番奥のベッドでグテーと力なく寝転がっていた。

 顔色も某怨霊映画に登場するふた[ピー]りのように青白い。目も死んだ魚のような眼をしている。


「ラル、大丈夫……ではないな、夕食は食えそうか?」

「うぅー……むりぃ……」

「そうか、じゃあ、ここにリンゴ置いとくからお腹が空いたら食べていいから」


 どうやら本格的にダメらしい。心なしかラルの口から白くモヤモヤとしたものが出ているが、これはほっといてもいいのだろうか?


「そういえばアラン。何か目ぼしい情報でも仕入れることはできたのかの?」

「目ぼしいちゃあ目ぼしいけど、それはラルも話が出来るくらいまで回復したらだな。港の近くの雑貨屋で聞いた話なんだが、どうにも可笑しな話なんだよな。あぁ、人手が足りないってぼやいていたぞ」


 ふと、窓の外へと目を向ける俺。日もすっかり落ちてしまった今では夜の帳が広がっている。奥の窓からは黒く不気味な海が広がっているのも、何かを暗示しているようにしか感じ取れなかった。


「じゃあ俺らは俺らで晩飯を食べに行こうか」

「そうじゃな。ここは海産物が美味らしいぞ」


 俺はカーテンを閉めるとイリシアに夕食を食べに行こうと言い、イリシアもそれを首を縦に振って上機嫌そうに部屋を出る。ここ三日間ぐらいは保存食しか食べていなかったから、久しぶりにありつける温かい食事が嬉しいのだろう。


 俺としても楽しみだ。海産物が美味いという話に少しばかり心が躍ってしまう。


 カスベはあるかな?

 久しぶりに宗八のから揚げも食べたいし……あぁでもヘタも捨てがたいなぁ。想像すればするほど涎が垂れてくらぁ。




◆ 勇者 ◆



「うぅ……水ぅ……」


 目を覚ましたら突如襲いくる口内の酸味。

 その不快な味に私は思わず顔をしかめる。


 近くにあった水差しの水をコップへと注ぎ、コップを一気に煽る。鈍い音を鳴らしながら喉は水を胃へと流し込み、不快感を文字通り水に流す。


 口元を右手首で拭うとヌルッとした感触に再び顔をしかめる。どうやら恥ずかしいことに寝下呂をやってしまったようだ。私があんなに船に弱いとは思わなかった。二度と乗ってやるものか。


「お風呂……」


 もぞもぞとベッドから這い出すように降りると、真っ先に部屋に備えられているバスルームへと向かう。

 部屋を見る限りアランとイリシアはいないようだ。当然バスルームにも誰もいない。


 早くこのべた付く汗と汚物を洗い落としたい。

 私は手早く衣類を脱ぎ去ると、バスルームへと転がり込む。こんな港町にも魔法式湯沸かし器があるなんてイリシアも良いところを見つけたね。


 軽くシャワーを浴びた私は髪を丁寧に梳かし、痛んでいる髪がないか確かめた後にバスルームを後にする。着ていた服は着れたものではないから宿屋に置いてある寝間着に身を包んでいる。


「うっ……」


 バスルームを出たところで私は思わず鼻をつまんだ。

 襲いくる不快な臭い。明らかに私の嘔吐物の匂いだ。こんなの二人に嗅がせるわけにはいかない。


 私は閉められているカーテンを開け放ち、そのまま全面ガラス張りの窓も開ける。外はすっかり夜になっており、海はドス黒く闇の色に染まっている。まるで、一歩踏み入れたが最後、もう二度と帰ってこれないかのように。


 外は初夏だというのに涼しい風が吹いており、湯上りの躯にはとても気持ち良かった。このまま外で散歩と洒落込むのもいいだろう。


 私近くを散歩しようと窓を開けたまま部屋を後にしようとしたところで、ベッドのそばにあるドレッサーに一つのリンゴが置いてあるのが目に入った。もうこんな時間だと夕ご飯の時間だ。けれど、今はちゃんとしたご飯がお腹に入るとは思えない。このリンゴくらいなら大丈夫だろう。


 そう思い、私はリンゴを手に取り、上着を羽織って部屋を後にした。

 そういえば、朧気ながらだけどこのリンゴを置いてったのはアランだったはず。こういうところに気が利くのは人柄が現れる。アランは優しいなぁ。


 宿屋を出て一口二口とリンゴを齧りながらこの数日を思い出す。

 最初、アランとイリシアはグルなんだと思っていた。アランは魔に魅入られてイリシアに魂を売ってしまって、イリシアは【魔王】に返り咲くためにアランを利用しようと、そう思っていた節がある。


 けれど、今思えばチャンチャラおかしい話だと笑い飛ばせる自信がある。あの二人は人を疑うことを知らないのかというくらいに人が良い。特にアランだ。アランは最初オドオドとしていて、でも芯が強い人だと直ぐにわかる出来事があった。私のために怒ってくれたことが嬉しかった。私のために気を使ってくれたことが嬉しかった。


 イリシアだって、最初は魂胆の見えない子だと思っていたけれど、彼女は純粋に【魔王】の座に戻りたいだけなのだ。私たちを利用としようとも思わず、本当に一緒に旅をしようと思ってくれている。そう思いたい。なんせ、あんな笑顔で笑えるのだから。


 けれど……もし、もしイリシアが【魔王】の座に返り咲いたら私はどうするのだろう。私はイリシアを**すのだろうか。私は【勇者】になれるのだろうか。


「……ま、いっか」


 そんなことになるのはまだ先。それに……そんなことにはさせない。きっとどうにかなるのが世界だ。

そう自分に言い聞かせるように思う。


「……?」


 そんな時だ。

 私がふと波止場の傍に立っている小屋に視線を向けると何かの影が見えたような気がした。小さく、それでいて人間のような影だ。こんな夜更けに、それにこんな誰も来ないような場所に人影。私のように散歩と洒落込んでいるとは思えない。


 自然と足がその影が見えた方へ向いた私は自身の能力である雷を使って簡易的なレーダーを張った。すると、私の見間違いではなかったようで人間が発する微弱な電流を感知することが出来た。しかし、この反応は……子ども?


 足早に、なおかつ足音をなるべく立てないように尾行をする。念のため、雷の応用で右手に鉄くずや砂で出来た即席の剣を携えて。


「何をしているの?」

「っ! だれ!?」


 反応を追って小屋に入った私はついに影の全貌を目撃する。茶色のボロボロなローブを纏った十歳くらいの少年だろうか。その少年が、私を得体の知れないものを見るような表情で見ていた。顔は泥で汚れ、金髪の頭はボサボサだ。


 そんな少年がとあるものを大事そうに抱えているのを私は見逃さなかった。とあるものとは水兵などの船乗員が好んで使うカットラス。小振りな片刃の剣で、狭い船内で戦うのに適した剣である。


 そんなカットラスを持っている少年。それを大事そうに抱える姿はどこか異様だった。


 私の舐めつけるような視線が気に入らなかったのか、少年は取り乱した様子で叫び始めた。


「だ、誰だ! コレは渡さないぞ! コレは僕のだ!」

「別に君のカットラスを奪うつもりはないよ。ただ……何をしてるのかなぁって」

「う、嘘だ! どうせ自警団がコレを取り返しに来たんだろ!」

「取り返す……?」


 その言葉で私は気付く。このカットラスは盗品なんだと。


 この少年は私が盗まれた人に頼まれてカットラスを取り返しに来たんだと思っているんだ。それでそんなにカットラスを大事そうに……。


 ただのお節介かもしれない。それでも“そういうこと”に口を出したくなるのは人間だから何もおかしなことではない。それが迷惑だとしても。


「ねぇ、ソレ。私に売って(・・・)もらえないかな?」

「は、はぁ!?」


 目に見えて動揺する少年。それもそうだろうね。いきなり盗品を売ってくれないかと言われたんだもの。それに、私を自警団だと勘違いしている少年が私を警戒しないはずがない。まずはソレをどうにかしよう。


「私ね、ちょうどそんな剣を探していたんだ。だから売ってくれないかな?」

「うっ……」


 私はポケットをまさぐり、念のためと持ってきていた銀貨五枚を少年に見せる。この銀貨は私のなけなしのお金。銀貨五枚ならそれなりな武器を買えるけど、そのカットラスはどう見ても銀貨五枚の価値はない。


 少年は銀貨五枚を目にしたら先ほどとは違う動揺を見せた。心が揺らいでいる証拠だ。


「……いいよ」

「ほんと? ありがと!」


 銀貨五枚の誘惑に負けたのか、少年はオズオズとカットラスを差し出してきた。意外にも少年は鞘の方ではなく柄の方を私に向けてきた。何気ないところに少年の優しさが垣間見える。この少年は根は悪い子ではない。


 銀貨五枚を渡し、カットラスを受け取る私。ずっしりとした重みが私の手に伝わる。さて、ここからが勝負だ。


 私は少年の目線に合わせるようにしゃがみこみ、とあることを尋ねる。


「もののついでなんだけど、このカットラスが置いてあった場所ってどこかな?」

「……なんで?」

「他に何か落ちていないかって思ってさ」

「第三船着き場に積んである木箱の上……」

「わかった、ありがと」


 第三船着き場に積んである木箱の上……ね。

 私はカットラスを上着の中に素早くしまい、代わりにメモ帳とコークスペンを取り出す。そのメモ帳にサラサラととある文章を書くと、四つに折りたたんでそれを少年に渡す。


 少年はソレを不思議そうに受け取り、迷うことなくメモに目を通した。しかし、少年は文字が読めなかったのか、さらに不思議そうに私を見る。その視線と私の眼は真っ直ぐだ。


「それを捨てないで、港に一番近いところにある雑貨屋の店主に渡して。そしたら、君はきっと今よりずっと幸せになれると思うよ」


 私はそう少年に言い、その場を後にした。

 夜風は気持ちよく、私が向かった港は遮られることのなくなった風が緩やかに吹いていた。

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