自分以上
信じられない。
まさかあのバハムートにダメージを与え、加えて仰け反らせるなんて……この兵士はいったい?
轟音と共に仰け反っていくバハムートから視線を外し、恐る恐る先ほどの兵士の方へ顔を向けると、なんと気付かないうちにその兵士が私に向かって走ってきているではないか。
いきなりのことで私は思わず一歩引き下がってしまったが、兵士はお構いなく私に近づいたと思ったら、私を腋に抱えて今度は見知らぬ少女の方へ走り出した。
「え? えっ?」
訳が分からぬまま少女の元へ辿り着き、少女もまた私のように得体の知れないものを見るような眼で兵士を見たと思ったら、少女も兵士の腋に抱えられてしまった。
そして兵士は一目散にある場所へと走り出し、その場所へと滑り込む。
ある場所とは不思議な場所にできた岩場の割れ目。
地面に入った亀裂に滑り込むと、中は意外にも空間が広がっており人がくつろぐことの出来るスペースがあった。
兵士は私たちをそこにそっと降ろすと、少し離れた場所に深いため息をゆっくり吐きながら腰を下ろした。
私もそれに倣う。
何がどうあれ一先ず助かった。
この兵士はいったい何者なんだろうか?
隊長格……ではなさそうだ、装備が簡単な胸当と腕甲だけ、下級兵に支給される装備と何ら変わらない。
では剣が別格なの?
この兵士が腰に収めている剣はどうやら支給される剣ではなさそうだ。
そこまで思ったところで、素知らぬ少女が兵士に向かった口を開いた。
当然、私の視線も少女に向けられる。
「お主、先ほどのことと言い、此度のことと言い助かったぞ」
「は、はぁ」
その言葉を聞き、私は失念していたことに気付く。
私は助けられたのにも拘らずお礼を忘れて自分の好奇心を優先していた。
これには私もばつが悪い。
今からでも遅くはない、そう胸に秘めて兵士へと口を開く。
「あ、あの! 助けていただき、ありがとうございました」
しかし、私のお礼に対して返ってきたのは苦笑。
なんだろうか、どこか私のお礼に失礼なところでもあったのだろうか?
けれども、今はそんなことはどうでもいい。
今度こそはと思い、私は予てから気になっていたものに視線を移しながら口を開く。
「ねぇ、君の対魔機を見せてもらえないかな?」
「え、えぇ、いいですよ」
ちょっと渋られると思っていたから、簡単に渡されたことに拍子抜けしたのは内緒だ。
兵士に恭しく渡された対魔機をしげしげと眺める私。
一見どこにでもあるような造りだけど……何か魔法が籠められているわけでもないし、何らかの加護が付加しているわけでもない。
目立った刀匠の癖も見当たらない、まるで名もない鍛冶屋が打ったみたいな剣だ。
でも、手入れが凄く丁寧にされているようで錆や欠け等は見当たらなかった。
相当大事にされている証拠。
じゃあさっきの技は対魔機による技ではないということ?
気になったら聞かずにはいられない性分、私は兵士に聞いてみることに。
「特別な業物ではない。じゃあ……さっきの技はいったい?」
「いやぁ、あれは小さいころに師から学んだものでして……自分でもよくわかっていないので説明できないんですよ」
「そう……」
やはり対魔機による技ではないようだ。
しかし、驚くべき点はあの技が人間の技術によって編み出されたということだ。
私やほとんどの人は能力や対魔機による力に偏っている。
もちろん、剣術や槍術などは粗方体得はしている……が、それでは限界があるというもの。
それなのにこの兵士は……。
「そういえば、まだ自己紹介していませんでしたね。私はアラン=レイト。この国の兵……だった者です」
そう思った矢先、兵士は何を思ったのか突然自己紹介を始めた。
一瞬呆気にとられたが、直ぐにその意図を汲み取ることが出来た。
なるほど、この右も左もわからぬ状況で自己紹介は効果的だ。
お互いのことを知ることにより安心感と信頼を得ようという寸法なんだろう、そういうことなら私もそれにあやかろうか。
「えぇと、私は『ラル=ブレイド』! 一応この大陸の【勇者】をやっています」
そう言って二人を見るが、特筆すべき反応はなかった。
その私の言葉に特に驚きもしなかった所を見ると、私を【勇者】だと知っていたみたいだ。
少し、【勇者】であることに驚くと期待していたが、それは慢心だったのかもしれない。
その代わり、素知らぬ少女の自己紹介に驚く羽目に。
「次は妾じゃな。妾の名は『イリシア=アブイーター』と申す。……【魔王】をやっておった」
「……この状況でその冗談は笑えないよお嬢ちゃん?」
なんと自分を【魔王】だと言うではないか。
さすがに冗談だと思ったが、少女を改めてみた瞬間にその思いも払拭されてしまった。
少女の瞳が緋色だったのだ。
古今東西、どこへ行っても緋色の瞳を持つ人種はいやしない。
緋色の瞳を持つものはこの世界にただ一種類しかいない。
その人種類が、魔物である。
つまり、この少女は魔物……魔人族だと考えられる。
その事実だけで、その荒唐無稽な少女の言葉に信憑性が増したのは言うまでもない。
私は少女を睨み付け、次の言葉を待つ。
「冗談ではない。先ほどまで暴れていたのは妾が手塩にかけて育てたバハムートじゃ。それに、そこの者なら証明してくれるはずじゃぞ?」
そういって少女は全く関係ないはずの兵士に話を振る。
話を振られた兵士は情けないことにビクッと震わせて少女の方を向く。
そして恐る恐るといった感じでこちらを向き、震える声でこう言った。
「えっと、そこにいらっしゃる方は本当の【魔王】様です、はい」
「へぇ……」
証人もいるわけだ。
どうやらこの少女は一先ず【魔王】だとみて間違いなさそうだ。
しかし、これで状況は一変する。
あれだけ待ち望んだ【魔王】との相対。
それが今、現実のものとなっている。
私は思わず対魔機である『雷琥』を握っていた。




