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俺の頑張り物語  作者: 谷口
序章
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塔龍



 煉獄山の登山道を登り始めて幾ばくか。

 ちらほらと裁定をもらうために閻魔殿を目指す魂が見え始める。その魂たちの表情は多種多様で、一歩一歩噛み締めるように登る者や、断固として登ろうとしないで道端に座り込んでいる魂も見受けられる。

 そんな魂の間を縫うように登る俺たち。


「やっぱり死んだんですね。いくら歩いても疲れないです」


 そういって少し楽しげに話すのは隣を歩く少女。

 名をリル・バレル・ライトと言う。樽の中の光だなんてずいぶんと皮肉がきいているが、この際はどうでもいい。

 この少女、何を思ったのかは知らんが、俺の名前を聞いた瞬間に懐くように隣を歩き始めたのだ。しかも、少女たっての既望でだ。

 特に断る理由もないので承諾したが、どことなく喉に小骨が残る。


 自分としては道中で話し相手が見つかったと思えば儲けものとして思っている。

 しかし、まだ年端もいかない少女を連れまわしているとなったらロリコンだと思われるかも知れ……いや、生前はロリコンだったのかも知れないなぁ……ははは。


「……そういや、疲れないな」


 その隣でひとりごちる俺。

 アンデットになった副作用かなんかは知らないが、結構急な道を歩いているのにも拘らず、息が切れるどころか疲れも溜まらない。

 足もすこぶる調子が良いところを見ると、案外良い線言っているのかもしれない。

 というのも、アンデットになったからには酸素も血液も必要としないので、そもそも呼吸自体必要ないのだ。

 もっとも、生前は休まず続けてきた呼吸も今では癖として無意識のうちにしているのだが。


「え、えと、アランさん? で、良いですか? その、生前は何をしていたか聞いても良いですか?」


「生前?」


「そ、その、私、外のこと何にも知らなくて、えと……」


「生前かぁ……清掃係をしていたと思ったら化物……いや、知人のペットを倒して……それから女になったり教師になったり、光になってたかなぁ」


「え、えぇ……」


 俺の生前を知りたいと言う彼女に簡潔にまとめて伝える。

 嘘は言ってはいないが、まさか先代【魔王】と現代【勇者】と一緒に旅をして【聖王】になって現代【魔王】に立ち向かっていたと言っても信じてもらえるわけがない。

 しかし、安心なされよ。その困惑、致し方なし。


「お」


 そんな会話を交えながら登山を続けること小一時間。

 拓けた場所に出ることが出来た。そこは石畳で舗装されており、そこからは石の階段で登るようだった。

 しかし、目に着いたのはそこではない。その石の階段の横にある出店に目を奪われたのだ。

 まるで縁日のように露店が並んでおり、様々な物を扱っているようだ。食品はもちろんのこと、射的や金魚すくいまである。


 一言で言おう謎である。

 いや待て、どこかで聞いたことあるぞ、彼岸の出店。

 いや、聞いたことがあるだけで詳しくは知らないけれども。とりあえずここの食品は食っちゃいけないな、うん。


「うわぁ……なんですか、これ……!」


 だがしかし、お隣のお嬢ちゃんはすこぶる興味津々である。

 いや、俺が食べちゃいけないってだけで、このまま自然の摂理に逆らうことなくリルちゃんは食べた方が良いのかも知れない。

 けれども、ここは彼岸であって此岸ではない。通貨は意味をなさないだろうからどうやって買ったり遊んだりするのだろう。

 物々交換……いや、そもそもここに来るまでの六文銭が通貨や与えられた物全てと言う意味合いなのだから、物々交換すら意味をなさない。

 では、いったい何と等価交換をするのだろうか?


 まさか、無料?

 んなバカな、地獄には仏も神もいないってのに。


「縁日、か? 近づくのは止めておこう」


「えぇ!? い、行きたいです! 私、行きたいです!」


 行きたい……何故だろうか、“生きたい”と聞こえるのは。

 とは言っても、何があるか分からないし、何としても避けたいこと……黄泉竈喰(よもつへぐい)が起きないとは限りない。

 俺は臆病だ、それでこそ兵士だ。


 しかし、俺はそう思いつつも足が露店へと向いていた。

 心の奥では大丈夫だろうと言う慢心と、この娘に縁日を見せてやりたいと言う感情があるのだろう。

 何にも成長していない自分に笑えてくる。危機感が無いと言うかなんというか。


 近づいてみればそれこそ此岸の縁日とさほど変わりは無い。

 綿あめもあればたこ焼きもあるし、フライドポテトまである。彼岸までグローバル化しているんだな。

 しかしこの縁日、階段を上へ上へと上るごとに人気の者が増えていく。きっと、魂を自然に上へと上がらせるための手法なんだろうな。

 しかも、結構楽しんでいる魂がいる。賽の河原行きを逃れた子供の魂まで見える。親が死んだのか、それとも隣の彼女のように見放されたのか。


「おっちゃん、俺たち金を持っていないんだが、ここでは何が対価になるんだ?」


 その中の内、お面屋を見つけたので店主に声を掛ける。

 ちなみにリルちゃんは露店のあちこちを興味深そうに眺めている。しかし、異形……いわゆる魔物の魂はあからさまに避けているようだ。まぁ、魔物の魂に近づこうだなんて酔狂な奴はいないか。

 あ、そう言えば俺って今魔物だっけか。


 如何にもなおっちゃんは営業スマイルの欠片も無い眼光を放っているが、そこは商売。丁寧に答えてくれた。


「ここでは死ぬ前に積んだ徳が高ければ高いほど遊べるんだ。例えば……ここは普通に過ごして生を全うした魂なら誰でも遊べる。けれど、そこの焼きそば屋みたいな人気があるものは積極的に人助けを行った魂しか買えない。分かったか?」


 と言うことらしい。

 対価を払う代わりに、魂としての価値を見ているわけか。

 注意深く見ていれば、店先で門前払いをされている魂も見受けられる。なるほど、合点が行った。

 ならば俺はどこまで物を買えるのだろうか。


「アンタは……驚いた。一体どれだけの善行をすればそんな徳が溜まるんだ。文句なしでここの物はどれでも買えるよ」


 とのこと。

 やはり世界を救おうと奔走しただけあるなぁ、救えなかったけども。

 いや、そもそも結果的に世界を救おうとしていたわけで本当はまんま自分のためだったんだよなぁ。

 だから予期せぬ大金が舞い込んできたとでも思っておこう。


 さて、どれを貰おうかなと目移りしていると、服の裾を誰かに掴まれた。

 ここで掴まれる人物だなんて一人しかいない。リルちゃんだろう。

 そう思って振り返ると、確かにリルちゃんが俺の服の裾を掴んでいた……が、その表情はどこか浮かない顔だ。

 いったいどうしたと言うのだろうか。


「私……ここでは何も買えないそうです」


「……そうか」


 だが、答えは分かっていたことだった。

 彼女は生前徳と呼べる物を積んでいなかったのだろう。いや、積めなかったのだろう。

 だから、ここでは何も買えないのだ。なにも、もらえないのだ。

 これでは俺だけが買うわけにはいかない。そこまで俺は鬼ではない。


「ちょっと待ってろ」


 俺は落ち込むリルちゃんをその場で待っているように言い、その場から離れた。

 向かう場所は沢山のお面が並ぶ屋台。さすが世界中の魂が集まるだけあってその種類もより取り見取りだ。

 正直に言ってリルちゃんの好みなんてわからないから……無難ので良いか。


「これをおくれ」


「あいよ」


 数あるお面の中から狐の面をもらう。

 なんだか縁起物では無いような気もするが、俺にそんなものを求める方が間違っている。


「ほら」


「い、良いんですか?」


「良くなかったら渡さないよ」


 少し不器用にリルちゃんに差し出す。

 それを少し遠慮がちに受け取ると、おずおずと頭に狐の面を付けた。

 渡してからやはり他の面にすればよかったと思ったが、どことなく嬉しそうな顔をしている彼女の顔を見て、その言葉を飲み込む。

 妙に照れ臭くなった俺は何をやっているんだと自戒し、思わず頬を掻いてしまうが……悲しいかな自分の不器用なところが。


「さぁ、行こうか」


「……はいっ」


 流れる空気に耐えられなくなり、彼女の手を引き階段を上る。

 そんな彼女は特に文句を言うことも無く階段を共に上る。目指すは煉獄殿。

 閻魔大王に会うために、彼女の裁定を受けるために。

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