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俺の頑張り物語  作者: 谷口
序章
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運命の出会い



 無事に六文銭(?)を払った俺は質素な造りの舟へと乗船する。

 舟は三人も乗ってしまえば窮屈なもので、少しでも重い人が乗ってしまった暁には沈んでしまうだろう。

 そんな不安要素が多く残る船にドカッと腰を下ろし、三途の川を眺める。


 そう言えば三途の川の舟渡しって脱衣婆っていう化物みたいな婆じゃなかったっけか。

 でも見る限りでは中々に若そうな声をしていた。もしかしたら脱衣嬢なのかもしれない。なんだかエロいな。


 そんなどうでも良いことを考えながら船の出向を待っていると、俺の他にも魂がやって来たのか船頭と魂の会話が聞こえて来た。


「あの……」


「六文銭」


「ご、ごめんなさい……私、何もなくて……」


「帰れ」


「うぅ……」


 どんな仏さんであれ、衣類などは身につけているものだ。

 しかし、俺の目に映ったのは恥ずかしそうに局部と胸部を隠しながら船頭に頼み込んでいる全裸の少女の姿だった。

 血色が悪い腕や体におびただしい傷跡が残るその体に何が起きたのかは想像に難くは無い。

 くすんでしまった黒色の髪の毛は荒れ放題。栄養失調で死んだのか頬はこけ、肌はボロボロだ。あばらも浮いている。

 それどころか所々髪の毛が薄い部分さえある。おそらく、虐待されて死んでしまったのだろう。


 そのためか、彼女が積んだ徳などというものはなく、与えられもしないで死んだために六文銭さえないと言うことだ。


「…………」


 【神】のことだ。

 嫌がらせは二段構えも三段構えもしていることだろう。

 たとえそうでなくとも、死んでなお報われぬ魂を前にしたら、嫌が応にでも手を伸ばしてしまうものである。

 ということで再び全身をまさぐり、何かないか探してみる……と、抉れて空洞と化した左胸の中に何かが詰められていた。

 取り出してみると、何やらフレグランスな香りがする。


 どこからどう見ても消臭剤だ。

 【神】のことだからアンデットになって腐ったら腐臭がするだろうから消臭剤を体の中に入れて置いてやるぜ的な嫌がらせなのだろう。

 しかし、今はそれが功をそうした。コイツはれっきとした俺に与えられた物。俺がどう扱おうが問題ない。


 しかし、俺も随分と甘くなったものだ。

 けれども、ここはこの全裸の変態少女をどうにかしないと舟渡ししてくれなさそうだから、仕方なしにこれを恵んでやるんだ。

 持たざる者に、足るを知れ。


「その嬢ちゃんの分、これでどうだ?」




◆ ◆ ◆




「……あの、ありがとう、ございました」


「礼には及ばないよ」


 全裸少女も無事に舟へ乗船し、定員ギリギリの舟はようやく対岸に向けて出港した。

 船頭さんはどうやってかは知らないが、漕がずに舟を先導している。その手には大きな鎌。

 三途の川は深く霧が立ち込め始め、どこに向かっているのかすら分からない状況で、ただゆっくりと舟は進んでいく。


 栄養失調で貧相な体つきとは言え、さすがに全裸のままにさせとくのは健全とは言えないので俺のジャケットを着させている。それでも、左胸の部分は穴が空いているが。

 目の前のジャケット一枚の少女は俺に向けて礼の言葉を述べる。六文銭の件か、ジャケットの件か、その両方だろう。


 それにしてもこの少女、あまりにも血色が悪すぎる。

 青白いを通り越してなんかグロい。血管とかがもろに浮き出ているせいで、余計に血色の悪さを引き出させている。

 脚なんて腕とほぼ同等の太さしかない。その問題の腕も目を逸らしたくなるほど細いのでその酷さが窺える。

 ここまでのものなんて拒食症かミイラでしか見たことが無い。なんでだろう、女性の肌なのに目に悪いや。


「あー……嬢ちゃんはさっき?」


「え? あ、はい……その、はい」


 中々に対岸に着かない舟の上。水の流れる音が聞こえる中、口を開かない二人に挟まれているためか、かなり居心地が悪い。

 少しでも気を紛らわせるためにまだ会話が出来そうな少女に話しかける。しかし、俺が振った話題はこの場においては皮肉がきき過ぎていた。

 口に出してからはもう遅い。自分が死んだときのことなんて思いだしたくも無いだろうに。


「でも……」


 しかし、自分の予想に反して彼女の反応はだいぶ違っていた。


「生きている時はこうして……話すことや、歩くことが出来なかったので……少し嬉しいです」


「oh……」


 返ってきた言葉はベクトルの向きが正反対の言葉。

 少しだけはにかんでみた少女の姿は、年相応とは言えないが幸せを感じているようだ。

 死んで幸せとは、何とも皮肉なものだ。


 しかし、この少女。

 病的に痩せているとは言え、笑った姿は中々に器量良し。

 順調に育っていれば男泣かせな女性に育ったことだろう。


「そ、それは……なんというか、うん、まぁ……来世に期待だね」


 さすがに『よかったね』だなんて言えるわけがない。


「お、着いたな」


 一寸の光陰軽んずべからずとは良く言うが、先の見えない濃霧の中から現れた影は対岸だった。

 本当に対岸に向かっているのか心配だったが、杞憂に終わる。だってこの船頭さん、話しかけてもまったく反応してくれないんだもの。


 桟橋に舟を固定すると、不安定な場所から安定した陸地に踏み出す。

 水の揺れをその身に感じていたためか、まだ体が揺れているような感覚に襲われる。二日酔いの時に似ているが、何分酒を飲んだ機会が皆無なものでこの例えがあっているのかどうかは定かではない。


 そして改めて確認する。

 上陸してすぐ目の前には整えられた登山道。見上げてみれば草木の代わりに鬱蒼と生い茂る彼岸花。

 俺が目的地とする閻魔殿がある煉獄山だ。今はその麓にいる。

 今からこの山を登らなければいけないと考えると億劫になってくる。


「……貴様」


「あ?」


 少女が揺れる舟から降りるのに四苦八苦している時、桟橋で此岸を見つめる船頭さんから声を掛けられた。

 小さな声だったのにも拘らず、しっかりと耳に届き、尚且つ俺に向けて言ったのだと何故だか理解が出来た。

 相も変わらずなくぐもった声をしてらっしゃるため、性別は未だに分からない。いや、もしかしたら無いのかも知れない。


 そんな声にひかれて振り返る。

 船頭さんはこちらを向いてはいないが、こちらに意識を向けているのは分かった。

 こんな俺に何の用があると言うのだろうか。もしかして、やっぱり防腐剤と芳香剤じゃあ六文銭に成りえないと言うことなのだろうか。


 そんなことを考えながら船頭さんへと近づく。

 その頃には少女も上陸を果たしていた。


「なんですか」


「人の身にして、何故この彼岸へ参った」


「悪いけど、もう死んでるんだ」


「その身としての機能は失われているが……器として機能している。ここはその器さえも失った者が来る。器を持つ者よ、何故参ったのだ」


 驚いた……と言えば失礼に当たるのか。

 この船頭さん、俺が人の身であると言うことに気が付いていたのか。いや、この場合は肉体があると言うことなんだろう。

 本来であればこの地は魂だけがやってくるもの。そんなところに律儀に此岸から彼岸へ渡ってやってくるのだからひときわ異彩を放っていることだろう。


 これまで無数の魂を舟渡しして来た者にとって、こんなことは朝飯前と言うことなのか。


「……ちょっと、ここの神々に用がありましてね」


「我が主にか」


「そうだ。やんごとなき用でね」


「ここは本来であれば器は決してこれぬ場所。これまでに器を保持したまま参り離れた者は伊弉諾尊・斉天大聖・悪童子のみ。貴様は……神格か?」


「そんな。堪ったモンじゃない。願い下げだ」


「……そう、か。済まなかった」


 それまで淡々とした無機質な声色でこちらに質問してきたが、最後の最後にどこか躊躇い混じりの感情が露見した。

 それと同時にこちらへ振り返る。相も変わらず顔は見えないが、どことなく風格を漂わせている。


「旅をする者よ。一つ、ここでは何も口にするな」


「帰って来られなくなるんだろ?」


「……ならばあとは何も言うまい」


 最後に一つ、忠告めいた言葉を口にしたが、それはとっくに分かり切っていることだった。

 黄泉竈喰(よもつへぐい)と言い、僻んで釜炊きされたものを食べるともう二度と此岸へは帰ってこれなくなるのだ。

 あまりにも有名だが、ここは俺のために忠告してくれたとして知らないふりをすればよかったな。


 話し終えると、再び三途の川の向こう側を眺める船頭さん。

 その後ろ姿はもう話すことなどないと言っているようだ。ここはもう何もせずに立ち去ろう。

 まさか煉獄で人の温かみに触れるとは思わなかったぜ。


 仕切りなおして煉獄山を再度見上げる。

 腐った体でどこまで行けるか分からないが、登ることにしよう。


「あの……」


「ん?」


 その時だ。

 少し既視感を感じるが、俺の背後から声が聞こえて来た。

 声色からして先ほどの少女だろう。


 振り返ってみれば、そこにはどこか不安げな表情をした少女の姿があった。


「最後に、名前を教えてもらっても良いですか? その、地獄に逝く前に」


 ……この子はもう、地獄に逝く気でいるのか。

 はたまた、地獄に逝くようなことをしたのか……否、おそらくこれまで碌な目に会ってきていないのだから、反射的に自分は地獄へ行くのだろうと希望をかなぐり捨てているだけか。


「アラン・レイト。聞いたこともな……あ?」


 断る理由も無し。

 さっさと名乗ってその場から立ち去ろうとしたのだが……思わず固まってしまった。

 何故なら名乗った瞬間にただでさえギョロッとしていて零れ落ちそうだった両目が、これでもかってくらいに見開き、体がワナワナと震え始めたのだから。

 俺の名前のどこに驚く要素があったのかは分からないが、この驚きようは尋常じゃない。このまま死んでしまう……いや、もう死んでたか。


 やがて、何かを理解したのか少女はその場で膝を折り、胸の前で手を組んで祈りをささげ始めた。

 あの腐れ【神】に向かって祈る人がいるのかと再度驚いていると、少女はやがて何かを決意したかのように立ち上がった。


「あの、私も一緒に行っても良いですか?」

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