再出発
とりあえず再開。
「もう一度言う。どうかこの世界を……“壊して”くれないか?」
俺は言葉に詰まる。
世界を壊す。それが俺がここにいる理由で、二人に連れてこられた理由。
だが、果たして俺に出来るだろうか?
高々“集束神”に勝てなかった俺が、世界を壊すが、出来ると言うのか。
勢いで協力するとは言ったものの、俺一人のみにとっては大きすぎる命だ。
今この世界で笑顔で暮らしている人たちを再び哀しみのどん底に突き落とすことが出来るのだろうか。
そんな考えがぐるぐると頭の中で回っている中、元【魔王】がダメ押しとばかりにこう言った。
「……ちなみに、ラル君は今も戦っている」
「……なに?」
「この世界が平和であろうとも、彼女は君と娘を殺したこの世界は気に入らない様だ。未だに【勇者】として果敢に【魔王】を倒そうと戦っているんだ」
【勇者】たる使命は【魔王】を打倒してこの世界に安寧と平和をもたらすことだ。
しかし、世界が平和になった今、彼女の役目は無くなったに等しい。しかし、それでも彼女は戦っているのだと言う。
【勇者】として、この世界と。
「そうだ。少し内容を変えよう」
今まで腕を組んで黙っていた【神】が、少しだけ真面目そうに口を開く。
その表情はどこか小さな子供を……いや、まるで自分の子どもを見るかのような表情で俺を見ていた。
厳しくも、どこか優しさを湛えた父親のような、父性が見え隠れしている。
きっと、彼なりの優しさなのだろう。
「アランよ、【勇者】の手助けをしてやってくれないか?」
「ラルの?」
「そうだ。なにもお前一人で背負うことなんてない。本来であればこの役目は俺たちが担うべきことだ。それをお前一人にだけ背負わせるのは少々荷が重い」
「……ラルが世界を壊すのを助長してやれと?」
「そう言うことだ。【勇者】もまた、世界を壊そうとしているみたいだからな。上手いように世界を壊すよう仕向けるんだ。指示は俺たちが出す。どうだ?」
俺が、ラルの手助けをする。
思えば生前の俺は、ラルの力になれたことなんて一度も無かった。
いつもラルとイリシアに助けられてばかりで、俺が出来たことなんて記憶にない。
それに、聞けば俺が今ここにいるわけはラルのおかげだと言うじゃないか。また、俺はラルに助けられていたんだ。
なら、今度は俺の番だ。
今度は俺がラルを助ける番だ。
「分かった。やってやろうじゃないか」
◆ ◆ ◆
「……ここが煉獄、か」
灰色に枯れ果てた大地が目の前に広がり、流れる川は酷くよどんでいる。
空は大地よりも濃い灰色の雲が覆い尽くし、空気はまるでガスが充満しているかのようだった。
俺が今いるのは煉獄山と呼ばれる山の麓。
死者が天国か地獄に逝くのかを裁定する閻魔殿がある世界に俺はいる。
なぜ、俺がここにいるのかと言うと、俺の魂を呼び戻すにあたってこの煉獄の神様“黄泉津明神”に便宜を図ってもらったのだそうで、今はそのお礼と挨拶をしに行くところだ。
なんでも黄泉津明神と二人……特に元【魔王】はかなりの親密な関係だったらしく、そんな二人が親身になって世話をしている俺の顔が見たいのだそうだ。
俺としても世話になった者に何も言わずに去るだなんてことはしたくないし、二人の顔を立てるにでも必要なことだ。
「……」
ここに来る前に、二人の俺は粗方な指示を出されていた。
しかし、一回では覚えきれないために箇条書きされたメモを持たされている。
道すがらただ歩くのも暇なので、そのメモを見ながら歩くとするか。
要約すると、
1.俺の体は二人が施した改造のためにとてつもない防御力を誇っている。
2.腕力はアンデットになったおかげである程度強化。
3.【勇者】の手助けを出来るだけ悟られないようにする。
4.【勇者】に正体を見られない・知られない(一番重要)
5.かつての知り合いに死んだことを知らせない・知られない。
6.上記のことを良く理解したうえでなら、ある程度の自由も赦される。
7.あくまでも目的が最優先である。
だそうだ。
ラルに正体を知られるとパラドックスが起こるとかなんとか言われたが、そもそも目に現れようだなんて思っちゃいない。
俺は既に表舞台から姿を消した人間だし、なにより……目の前に現れようものなら『アンデットになっちゃって……今楽にしてあげるね』なんて言われるのが関の山である。
けれど、かつての知り合いに会えるのは存外うれしいことだ。
俺は友達が少ないので、生前に出会った人たちは大切にしたいのだ。
「にしても、鬼殺しって皮肉が効いているよな」
メモを読むのにも飽きたので、二人に渡されたもう一つの手土産を眺める。
その名も鬼殺し。かの有名な三大妖怪に数えられる鬼の頭目“酒呑童子”を討伐する際に源家が用意した度数の高いお酒である。
酒に強い鬼、しかもその中でもとびっきりの鬼をも酔わせた酒は、閻魔大王に対しての手土産だ。何でも部類の酒好きだそうで、これを渡しておけば間違いはないそうだ。
ちなみに俺がコレを飲んだら急性アルコール中毒で死ぬそうだ。
既に死んでいる俺が飲めば死ぬだなんて何とも皮肉がかっているが、とても飲む気にはなれない。
と言うかその閻魔大王を殺そうとしているのではなかろうか、あの二人は。
「お」
しばらく歩いていると、やけに幅の広い川が目の前に現れた。
これが世に言う三途の川だろう。死んだ人が必ず通る道であり、この三途の川を渡る上で大体の人柄が分かるのだと言う。
なんでも、渡る人がこれまで他の人から受けてきた恩や徳で川の幅が変わるらしく、中には川自体が無かった人もいるらしい。
渡る際にはいわゆる六文銭が必要らしく、それが渡し賃となっている。とは言っても、実際には六文銭などと言うものではなく、人から貰ったものが死んだときに持っていけるらしく、それら全てを渡すことによって川を渡ることが出来るのだそうだ。
滅多にないが、何も渡す物が無い時は身に着けている衣服や皮でも良いらしい。
どうやら俺がこれまで受けて来た恩や徳はそこまで無いらしく、川はどこまでも広がっている。
世界を救うために奮闘してきたことが徳ではないのならば、何をすれば徳になるんですかねぇ。
辺りを見渡してみると、近くに桟橋がある。船も船頭もいるらしく、どうやら直ぐにでも渡ることが出来そうだ。
船頭は深くフードを被っているために顔は見えないが、この際はどうでも良い。早く渡らせてもらおう。
「すんません、良いっすか?」
「……」
しかし、話しかけても反応は無く、ただジッと三途の川を見渡している。
「あのー」
「……」
「あのー!」
「……六文銭」
「へ?」
若干苛立ちながらも声を掛けていると、船頭はボソリと呟いた。六文銭、と。
そりゃそうだ。ここは三途の川だ。渡るのには六文銭が必要なことくらい分かっていたはずだ。
ならば話は早い、さっさと払って渡らせてもらおう。
「……あ」
そう言えば今の今まで忘れていたが、今の俺には払えるものなんて一つも無い。
手に持っているメモはこの世のものであの世のものではない。この酒だって閻魔大王に渡す物で、決してここで払うものでもない。
もしや服を渡さねばならないのか?
今、ここで?
全裸になれと?
それか全身の皮を剥げと?
「っ」
咄嗟に全身をまさぐってみる。
何かないのか。何か代わりに渡せるものはないのか。
俺のために何か授けた、またはくれてやったものはないのか。
何か、何か……!
「あ」
その時、ポケットの中に何かが入っているのに気が付く。
それは小さく四角形で中々に硬いもの。藁にもすがる思いでそれを取り出してみると、それは良く見たことがあるもので、なんでここにあるかが分からないものだった。
意外、それは防腐剤。
コンビニ弁当や食品加工物に良く入っているアレである。ご丁寧に食べられませんと書いてあるアレ。
一体なんで、と考えてみるが……なるほど、ムカつくが合点がいった。
きっとこれは【神】が忍ばせたに違いない。俺がアンデット……つまり腐るから腐らない様に入れといてやるぜっていう気を利かせたようでバカにしているのだろう。
しかし、この防腐剤は紛れも無く俺のために渡されたもの。
これならどうだ。
……ダメだ、どう考えてみてもバカにしているようにしか思えない。
いきなり防腐剤を渡してみろ、俺だったらぶん殴っている。きっと、泳げと言われるに違いない。
ならばここは事情を説明して渡らせてもらうことにしよう。
「あの、実は【神】からの遣いで、黄泉津明神様に用事があるんです」
「六文銭」
「いや、その六文銭は」
「泳げ」
「ツケじゃ……」
「帰れ」
聞きやしねぇ。
というかこの船頭の上司は黄泉津明神じゃないのか?
渡らせてもらえないならこの三途の川を越えることなんて無理に等しい。
と言うかこれ詰んだだろう。ここは大人しく帰ってあの二人に六文銭をもらった方が早いのではなかろうか。
……というか、どうやってここから帰るんだ?
「……」
手には防腐剤。
目の前にはなにやら殺意すら持ち始めた船頭。
「……ままよ」
半ば賭けで船頭に防腐剤を差し出してみる。
受け取った船頭はその防腐剤を受け取り、食い入るように見ている。
あれ、ダメなんじゃね?
「ようこそ」
良いのかーい!
 




