使命
「そうかそうか! いやぁ、お前を改造したのが無駄にならなくて済んだぜぇ!」
「ちょっと待てーい!」
再びゲラゲラと笑い出した【神】はとても聞き捨てられるものではないことを言いやがった。
俺の聞き間違いでなければ俺を改造したって言ったぞコイツ。
急いで自分の体を触ってみるが、心なしか柔らかくなっている体の感触だけ。
もしや中身をいじくったのかも知れない。俺の体は今は死体なのだから、これからは腐る一方。
ならば、腐らないように改造したのではないかと言う思いが浮かぶ。
だが、嫌な性格をしている元【魔王】はどことなく皮肉っぽく俺に言う。
「アンデットだからね。腐らなきゃ」
「ですよねー」
心の中で盛大に舌打ちをして腹を括る。
この二人のことだからとんでもない改造を施しているに違いない。
しかも、俺にとって得にならない可能性が大きい。なんにせよ、体に悪いことは確かだ。
「落ち着きなさい。改造と、言っても君の体を強固にしただけだよ」
「でもアンデットだから魔法耐性は皆無だからな! 弱点が無ければつまらん」
体が強固で魔法耐性が全くなしって……それただの壁役じゃないですかー。
「俺はアンタらの玩具じゃないんだぞ……!」
「まぁまぁ、落ち着け。こっちとしても、お前が【屍鬼】になってくれてちょうどいいんだ。これはその副産物だと思ってくれ」
「あ?」
ちょうどいい?
何がちょうどいいんだ。少なくとも俺にとってはちょうど良くないのだろうけど。
「立ち話もなんだ。座ってろ」
「お? おう」
どうやら長い話になるらしく、【神】の一声と共にどこからか木の椅子が現れた。
二人を睨み付けながら恐る恐る腰掛けるが、何の問題も無く座れた。何か細工してあるのかと思ったが、そんなことは無かった。
こうして疑ってしまうのは二人の普段の行いのせいだと思いたい。
「よし、話そう。そうだな、何から話そうか……まずはこの世界は現【魔王】により支配されている」
「は?」
いきなり衝撃の事実が突き付けられる。
俺が死んでからどれだけの時間が経ったのか知らないが、【魔王】はそこまでの進行をしていたとは。
人間側の抵抗空しく魔物によって陥落させられてしまったのか。あの学園都市はどうしたのだろうか、浅菜は無事だろうか。
そんな思いばかりが浮かび上がってくる。
そしてなにより、ラルのことが気がかりだ。
俺が死んでからのことは知らないが、ラルのことだからあのまま一人で進撃したはずだ。
しかし、いまこうして【魔王】の支配下にあるのならば、ラルは【魔王】に負けたのか?
それとも辿り着けなかったのか……いずれにせよ、知るべきことは沢山ある。
だがしかし、突き付けられたのはそんなことではなく、
「だがな……今は人間と魔物が共存している形だ」
どうしようもなく、理想のこの上ないことだった。
「だったら……!」
「あぁ、世界は平和だ」
世界が、平和だって?
しかも人間が奴隷と言う形ではなく、魔物が共存していると来た。
だとしたら、【魔王】は見事太平の世を築き上げたというわけだ。
俺が、イリシアが、ラルが望まぬ太平の世が。
「だがな、一方で共存を認めない魔物や人間はちらほらいる。コイツらを称して“反逆者”と呼んでいる」
人間と魔物がありのままの形を願う者たちが反逆者とは、皮肉も良いところだ。
しかし、それも妥当なことだろうと俺は思う。今までいがみ合っていた者たちが、はいそうですかと簡単に頷けるものでもないだろう。
むしろそう言う輩の方が多いのではないかと思うが、そこは【魔王】の手腕なのだろうか。
「そこでなんだが……」
そこまで言って元【魔王】は言葉を句切った。
それは良いのだが、元【魔王】から何か得体の知れぬプレッシャーがヒシヒシと受けているために俺は酷く押し潰されそうな件について。
「アラン君。君には世界を崩してもらいたい。完膚なきまでに」
「分かりま……はぁ?」
どうせ拒否権は無いのだろうと二つ返事を用意していたのだが、予想の斜め上すぎる“お願い”に思わず疑問符を浮かべてしまった。
自分でも間抜けな声が出たと思う。だが、それに至っては仕方がないと思いたい。
そもそもこの二人に何か常識的なことを期待するのが間違っているんだ。だからとはいえ、こればっかりは仕方がない。
なんせ、本当に意味が分からないのだから。
「【魔王】ちゃん、それじゃ意味が分からんて」
「これからちゃんと説明するよ。……簡単に言えば、以前の……現【魔王】が世界を平定する前の世界に戻してほしいんだ」
「……おい」
「矛盾しているのは重々承知している。けれど、僕たちではどうしようもない。どうしようもないんだ」
世界を崩してほしいの真の意味は、世界が平和になる前の世界、つまり俺たちが奮闘していた世界に戻してほしいとのことだった。
だがしかし、その言葉に俺は納得が出来なかった。矛盾、明らかな矛盾。
それはこの二人の存在意義に反しており、星の意思である二人の口からは到底出てくるものではない言葉。
幾らふざけているとは言え、根幹では星の意思を代弁する彼らは嘘は吐けない。吐かないのではなく、吐けないのだ。
だからこそ、俺はその矛盾に疑問を感じ得ない。
「僕たちはこの世界ではとても無力。だからこそ、君と言う駒が欲しいんだ」
「……嘘、じゃないんだよなぁ」
あぁ、嘘じゃない。
この二人は本気でこの世界を崩してほしいらしい。
世界の平和を願うはずの二人が、世界が崩れてほしいと願うだなんてこれ以上の皮肉がどこにあろうか。
星の意思である世界の平定は二人の本望であり、成し遂げなければならないこと。
この困り顔の元【魔王】の心の中を覗いてみたい。
だが、覗こうものなら精神が崩壊してしまうのだろうな。
「……俺から説明する。アラン、この世界は今……崩壊の一途をたどっている」
「おいおい、なら放って置けば崩れるんじゃないか」
「茶化すな。それくらい、分かっているだろう?」
「……いいや、分からないね」
いつの間にか響いていた不快感満載の笑い声は消えており、静寂だけがガンガンと鳴り響いている中、【神】が何やら神妙な顔つきで口を開いた。
【神】の言いたいことは分かる。だがしかし、納得が出来ないからこそ分からないのだ。
「これは俺も“知らなかった”ことなんだが、どうやら本当に人間と魔物は争わなければならないんだ。磁石のように相反する存在。その二つがくっついちまったら、驚いたことに世界に綻びが出来始めたんだ」
「綻び……」
「人間と魔物は反発する関係。そう“星に刻まれている”んだ。だが、今までそれで保ってきた均衡が現【魔王】の世界統一で崩れ……世界は崩壊の一途をたどっているんだ」
「ならば、世界平和だなんて夢物語……最初から成し得なかったってことかよ」
「それはちょっと違うよ、アラン君」
二人が目指していた太平の世。
しかし、いざ蓋を開けてみればそんなのは夢物語。この世界を統一したがために世界は滅亡してしまうと言う。
二つの種族は決して相容れることは無いと“台本”に書かれているために、この世界にバグが請じてしまった。世界を壊しかねない巨大なバグが。
しかし、それでは二人の“台本”に……星の意思が願っているはずの世界平和にも矛盾が生じてしまう。
最初から世界平和だなんて無理な話だったのではないのか。それこそ“台本”に書かれていることではないのか。
そんな疑問を投げかけると、今度は元【魔王】が口を開いた。
どちらか喋るのを統一してもらえんのか。
「今までが、平和だったんだ」
「は?」
「人間と魔物がいがみ合い、小競り合い、戦争をしている状態こそが……世界の平和だったんだ」
「何を言っているんだ」
「でないと僕とヤロの存在意義が無いんだ。僕は生まれた頃より魔物の王。ヤロは生まれた頃より人の頂点。星の意思の代弁者である僕たちが最初から相反する立場だったのは、そう言うことだったんだよ」
「……なんだそれ」
「僕とヤロでお互いがお互いに牽制し合い、結してどちらも滅びることなく世界を二つに分けて統治することが何よりの平和だったんだ。問題は、それまで僕たちが知らなかったことなんだけど」
「……」
元【魔王】の言う事実に驚きを隠せない俺。
なぜなら、古代よりずっと続いてきた元【魔王】と【神】の関係こそが世界の平和だと言うのだから。
お互いがお互いを亡ぼさず、増えて減って増えて減っての繰り返しこそが何よりの均衡であり、相反することで世界が成り立っていたと言うのだから驚かないわけがない。
そのことを知ってか知らずか二人は気が付かぬまま最後の時……俺が生きていた頃で言えば三年前の【星竜】の孵化を迎えていたのか。
星の意思の最後は母体である【星竜】の孵化だ。それを阻止してしまった結果、元【魔王】が魔物の王の座を退く形となり、イリシアが【魔王】となった。
そこで均衡が崩れてしまったわけか。
人間の頂点が【神】でなければならないのと同じで魔物の王は元【魔王】でなければいけなかった。
そこで現【魔王】が台頭して世界の統一がされてしまった。
なるほど、これが今回のあらすじか。
 




