第6話 人を判断する上で、一番間違ってはいけないもの
午後八時……。
俺達がチョコレート町に着いた時には、当然ながら日は落ちていた……。
「……めちゃくちゃ明るいな……」
しかし、チョコレート町は明るい、っつーか眩しい!
「……繁華街って奴か?」
「わー!人がいっぱいいるよ!」
メリスは元気そうだ、
そりゃさっきまで寝てたからな……。
メリスが起きかける度に、グリーが子守唄を歌って寝かしつけてたが、さすがにこの町に着くまではもたなかったみたいだ。
「……まず、冒険者ギルドに行くか……」
一方、俺とグリーは疲れ果てていた……。
早い所、買い取ってもらわないとな……。
魔物狩りで重くなった袋を担いで、俺はそう思った……。
「9300G、か……」
冒険者ギルドに着いた俺達は、早速今日狩った魔物を買い取ってもらった。
グリーがうまく交渉してくれたおかげで、おそらく、最高値と言っていいほど、高く買い取ってもらうことができた。
「これだけあれば、宿は大丈夫だね」
「うん!余った分でいろいろ買えるね!!」
二人もほっとしているが……。
「メリス、あんまり無駄遣いするなよ?」
「む~、いいでしょ?私の取り分なんだから!」
俺達は、宿代や食事代など共通の出費と、万が一の時の貯蓄を除いた分のお金は、三人で分け合うことにしている。
……まぁ、勝手に貯蓄から使う奴もいるが。
「……そういや、お前この前勝手にアクセサリー買ったよな。
……お前の取り分から引いてやろうか?」
「ごめんなさい!無駄遣いしないようにします!!」
速攻で頭を下げてきた。
……いや、そこまでしなくていいけど。
「くっ……、ごめんメリス。
それだけは力になるわけには……!!」
グリーが、悔しそうな顔をしている。
少し意外だが、グリーはお金だけは、メリスを甘やかさないようにしている。
……まぁ、金まで甘やかしたら、ロクな奴にならないしな。
「いいの、兄さん。……私が悪いんだから……」
おう、まさにその通りだ。
「くっ!……メリス……!!」
必死に涙をこらえるグリー……、
……あれ、何か泣くような出来事あったっけ?
「……とりあえず、早い所宿を探そうな……?」
さっさと、宿で寝たいんだよ、俺は……。
俺達は、できるだけ安い宿を求めて、町を歩き始めた……。
「………何故だ?」
俺は、力なく呟いた……。
「……何故だ、何故なん…」
ドガッ!
「いってぇ!?」
「こらハディ!町中で大声出しちゃダメでしょ!」
「まだ出してねぇ!」
頭をグーで殴ってきたメリスにそう返す。
「まだ、ってことは出そうとしてたんだね?」
「うぐ……」
グリーが呆れた声を出す。
……だってよぉ……!!
「おかしいだろ!!何でどこの宿屋も満室なんだよ!?」
……そう、宿を探し始めて数十分、回った宿屋は今の所で五軒目、その全てが満室だったのだ。
「……確かに、妙だね。」
グリーも、神妙な顔をしている。
「だろ!?いくらここがそこそこ大きい町だからって……!」
「いや、そうじゃなくてさ、………気付かない?」
グリーが、周りを見渡して言う。
「あ?」
「気づかない、って、何に?」
メリスも分かってないようだ。
俺はとりあえず、グリーにならって周りを見渡してみる。
――仲間と話す冒険者らしき男。
――買い物帰りの主婦。
――武器屋に入って行く冒険者らしい男。
――アクセサリーを見ている冒険者風の女。
……別に、特に変なところは……、
……ん?
「………冒険者、多くね?」
その俺の呟きに、グリーが傾く。
「ここは冒険者ギルドもあるし、冒険者がいるのは分かるけど。
……いくらなんでも、それらしい人が多すぎるよ」
言われてみれば、今町を歩いている人は、一般人より冒険者の方が多いように思える。
「ん~……でも、単に試験か審査が近いんじゃねぇの?」
とりあえず、思いついたことを言ってみる。
冒険者の資格を得る試験や級の昇格審査は、冒険者ギルドで行われる。
だから、その日が近ければ、当然その町には、それを受けようとする者達が集まってくる。
「いや、この町で試験があるのは二ヶ月後、昇格審査があるのは三ヶ月後だよ」
グリーにそう返される。
さっき冒険者ギルドで見たのか?
「……何か、大きな依頼でもあるのかもね……」
グリーがそう呟く。
「なるほど、確かに大人数が必要な大きな依頼があれば、そこに冒険者が集まるよな……」
それならチャンスかも知れないな。
周りを見る限り、冒険者達がつけている腕輪は、鉄と銅が多く、たまに銀がある、ぐらいだ。
ようするに、その大きな依頼は、C級、D級の冒険者に適任なんだろ。
「とりあえず、依頼に困ることはないと見ていいだろうね」
「……でも、宿には困ってるよ?」
……メリスの言うとおりだ、
とりあえず、今必要なのは依頼ではなく、宿なんだ。
金があるのに公園で野宿なんて絶対嫌だ……!!
「……じゃあ、酒場に行こうか」
「……最後の手段……ってか?」
俺とメリスががっくりと肩を落とす。
実は、酒場の二階は宿になっていることが多い。
ただし、冒険者しか泊まることができない上に、下から酔っ払いの叫び声が聞こえてくるため、基本的に空室なのだ。
……その代わり、料金は安いが。
俺達は少し肩を落として、酒場へと向かった……。
「はぁっ!!?」
酒場に到着し、部屋を取ろうとして、
俺は思わず叫び声を上げた。
……なんと、満室……!!
「ありえねぇだろ!酒場の宿が満室とか!!」
「そうだよ!こんな冒険者しか泊まれない上に、深夜まで叫び声がうるさくて眠れないような宿が!!」
「落ち着いて二人とも、あとメリス、さすがに言い過ぎだよ?」
動揺する俺達とは違い、落ち着いているグリー。
ちなみに、今も建物の外まで聞こえるような叫び声が酒場中に響き渡っていて、会話するのにも一苦労だ。
「……わりぃな」
酒場のおやじが、少し引きつった顔で言う。
「ついさっき最後の部屋が埋まっちまって、満室になっちまったんだよ」
ついさっきかよ!くそ!!
「……弱ったな……」
グリーがそう呟く。
……さすがに、酒場の宿まで満室だとは思ってなかったらしい。
くそ!今日は野宿確定か!?
「……そんなに困ってるなら、相部屋にするか?」
「……え?」
酒場のおやじが言った言葉に、思わず聞き返す。
「いや、さっき言った最後の部屋なんだが、四人部屋を一人が取ったんだ」
「はぁ!?何で!?」
「他に部屋が空いてなかったからじゃないかい?」
あぁ、なるほど……。
「だから、そいつに話をつけて、相部屋にしてもらったらどうだ?」
「相部屋か……、部屋代を半分持つって言えば、オーケーくれるかもな……」
普通、見知らぬ他人と相部屋なんて……、と思うかもしれないが、冒険者同士ならば話は別だ。
冒険者は名前と血が登録されているため、何かしでかそうものならば、即刻指名手配されてしまう。
……まぁ、それでも絶対安心とは言えないから、貴重品は持ち歩いた方がいいけどな……。
「そいつならそこにいるぜ、ほら」
酒場のおやじが、クイッと指で示す。
「……?」
酒場のおやじが言った方を見ると、そこには……、
「………子供?」
茶髪の子供が、賑わいとは少し離れた場所で、一人、麦茶を飲んでいた。
「おーい!レイラ!」
酒場のおやじがその子供に声をかける。
それに気づき、レイラと呼ばれた子供はこっちにやって来た。
―――――女の子!?
俺は、その子の顔を正面から見て、驚愕した。
今、夜の九時だぞ!?
何でこんな時間に、しかも酒場に女の子がいるんだよ!?
………ん?
………っつーか……。
………ここの宿を取ったってことは………。
………この子、冒険者なのか!?
メリスやグリーも驚いているのか、一言もしゃべらない。
そうこうしている内に、その少女は俺達の目の前に来て、こう言った―――――
「何か用かよ、おっさん」
―――――はい?
……もう一度言おう。
俺達の目の前にいるのは、小学生ぐらいの少女である。
俺にはそういう趣味ないけど、顔はそこそこかわいい部類だろう。
肩より少し長い茶髪を、首の後ろで結んでいる。
そして瞳だが………緑色。
見たことないけど、磨き上げたエメラルドはこんな色なんだろうな、と思えるような色だ。
「お前さんの部屋だが、こいつらと相部屋にしてくれねぇか?」
「相部屋?」
「あぁ、さっき言ったが、お前さんの部屋が最後だったからな」
「あ~そっか、俺で満室になっちまったのか」
レイラは俺達を見て、そう言う。
「いいぜ別に、困った時はお互い様だしな」
レイラは、ニッ、と笑みを浮かべて、そう言った。
………いや、なんつーか、さっきから少女少女って言ったけど……、
……こいつ、女か……?
声は高いけど、言動があまりにも男らし過ぎて、自信がなくなってきた………。
「……どうかしたか?」
「あ、いや……」
レイラが俺達の様子を見て、声をかけてくる。
そして、何か思い当たったのか、こう言った。
「あ~分かった、何でこんな所に子供がいるんだ?とか思ってんだろ」
「いや……」
まぁ、それが一番気になるが……。
「ったく、これが目に入らねぇのかよ?」
レイラはそう言って、左腕につけた腕輪を見せてきた……。
「C級!?」
そう、レイラの腕につけられている腕輪は銅製……、
つまり、C級冒険者の証だ。
ちなみに、冒険者は腕輪をもらう時に、同時に『血の契約』を結ばなければならない。
それにより、『契約者』以外の者が腕輪をつけると、『拒否反応』によって、腕輪が勝手に外れてしまう。
つまり、腕につけることができているということは、この腕輪は間違いなく、レイラ自身の物だということだ。
「自己紹介が遅れたな。
俺はレイラ・エラルド、見ての通りC級だ。
……歳は13だけど、あんまガキ扱いすんなよ?」
『13歳!?』
俺、メリス、グリーが同時に驚きの声を上げる。
ちょっと待て!!
13歳でC級なんて、聞いたことないぞ!?
「ま、驚くのも仕方ねぇな、俺だって初めて見たぜ」
酒場の親父がそう言う。
マジかよ……。
「んで?そっちは自己紹介とかねぇの?」
「あ、悪い……、俺はハディ・トレイト。D級だ」
「私、メリス・テーナス!
冒険者の資格は持ってないけど、『魔導師』だよ!」
「僕はグルード・テーナス、グリーでいいよ。
ハディくんと同じ、D級冒険者だ」
俺達も、それぞれ自己紹介をする。
「へー、その年でそれなら、けっこうすごいんじゃねぇの?」
レイラが少し驚いた顔をする。
……お前に比べたら普通だけどな……。
「それじゃ、三人で2250Gだ。
レイラには、部屋代の半分、750Gを返すぜ」
めちゃくちゃ安いと思うかもしれないが、これは泊まる奴が冒険者、つまり最低でも半額になることが前提だからだ。
しかも今回は部屋代さらに半額だし。
……それでも元々安いけど。
「おっし、サンキュー。
それじゃついてきな、こっちだぜ」
レイラが持ってきた麦茶を飲み干して、そう言った。
案内してくれるらしい。
まぁ、同じ部屋だしな……。
………つーか、なんかこいつ、男にしか見えなくなってきた……。
「んじゃ、一風呂浴びてくっか」
夕食後、部屋で荷物の整理をしていると、レイラがそう言った。
「あ、じゃあ一緒に行こうよ!」
「ん、いいぜ別に」
メリスが楽しそうにそう言う。
……何かいつの間にか仲良くなってるな、この二人。
っつーか、一緒に行っても風呂は別々だろ……。
ちなみに、夕食時の豪快な食べっぷりにより、俺はレイラを男だと断定していた。
食べるのが早いとかじゃなくて、食べ方が豪快すぎる。
おっさんか、とツッコミそうになったぐらいだ。
「それじゃ、僕達はまだ整理があるから、先に行っておいでよ」
「っつーかメリス、まだお前整理終わってないだろ……」
「む~、後でいいでしょ?」
メリスがふくれてそう言う。
……まぁ、今回はサボってるわけじゃないからいいけど……、そんなにレイラと一緒に風呂行きたいのか?
……あれ、何だろ、何か面白くない……。
「それじゃ、行ってきまーす!」
「んじゃ、後でな」
「お、おう」
俺は二人を見送る時、何故か複雑な心境だった……。
「………あれ?あの二人、部屋の鍵持っていった?」
「……あ」
「ただいまー!」
「おっす」
一時間後、二人が同時に戻ってきた。
俺達は荷物整理は終わっていたが、二人が部屋の鍵を持っていってなかったため、戻ってくるのを待っていた。
……風呂場でレイラに渡してもよかったけど、すれ違うかもしれないしな……。
「お帰り……、そろって戻って来たのか」
もしかして、どっちかが外で待ってたのか?
「え?当たり前でしょ?」
メリスが不思議そうな顔で言う。
……当たり前?
「いや、なんで当たり前なんだよ?
一緒の風呂に入ったわけじゃあるまいし」
俺がそう言った瞬間……
部屋が、凄まじい殺気で包まれた……。
「……え……、ハ、ハディ、何、言って…」
「おい………」
戸惑うメリスの声を、レイラの、ドスのきいた声がかき消す。
殺気は、レイラから放たれていた……。
ちょっと待って、恐っ!!
「てめぇ……、それ、どういう意味なのか教えやがれ……」
レイラは拳を握りしめ、怒りに満ちた声で、そう言った。
え、何、もしかしなくても怒ってる!?
俺何か変なこと言ったか!?
見ると、メリスはレイラの殺気におびえていて、
グリーは俺を呆れた目で見ていた。
「い、いや、だって……」
そして、恐怖のあまり冷静な判断力をなくした俺は、
こう言ってしまったのだった………。
「お前、男だろ?メリスと同じ風呂に入るなんておかし…」
ドッゴオオオオォォォォォォォーーーーーン!!!
言葉の途中で、レイラの拳が俺の腹に叩き込まれ、俺は5mほど吹き飛んで壁に激突した。
「俺は女だ!!!」
……薄れゆく意識の中で、俺は、なんとかその声を聞くことができた……。
「あ、ハディ、気がついた?」
気がついた時、俺は自分のベッドで寝ていた。
横にはメリスがいて、俺の顔を覗き込んでいた。
……顔が近い……。
と、その瞬間、二つの殺気が同時に俺に襲いかかって来た。
一つはもちろんグリー、そして、もう一つは……。
「よぉ、起きたかよ?」
レイラである。
そうだ、性別間違えてぶっ飛ばされたんだっけ……。
「あ~、レイラ……」
俺は起き上がって言う。
「ごめん」
「………」
まぁ、完全に俺が悪いしな。
性別を間違えるとか……。
レイラは、ため息をついて、言った。
「ったく、たまに間違えられるけどよ……」
あ、よかった、俺だけじゃなかったのか。
「俺のどこが男に見えるんだ?
……間違えられねぇように髪伸ばしてんのに。」
レイラが、結んだ髪を手に持って、言う。
確かに髪型、顔、声は女に見えるけど……。
「いや、何か言動が男らし過ぎて…」
「ハディくん!!」
グリーの声に、ハッとする。
しまった!男に間違えられて怒ってる奴に、男らしいとか言ったら……!!
「なーんだ、じゃあ良いぜ、別に」
………あれ?殺気が消えた……。
「ただし……」
レイラは俺の胸倉をつかみ上げて、言った。
「俺は男勝りなだけで、女だ。
次、間違えたら股間蹴りあげんぞ……」
再び、凄まじい殺気に当てられる。
「う、うぃっす……」
俺はそう言った……。
女が言うセリフじゃねぇ……!!と、心の中で思いながら……。
「ただいま……」
「ただいま、二人とも」
それから、俺とグリーはとりあえず風呂に入った。
俺は30分ぐらい気絶していたらしく、起きたのが11時半、風呂が閉まるギリギリの時間だったからな……。
「おかえりー!」
「おかえり」
それを女性陣が迎えてくれる。
「んで、お前らは明日、どうするんだ?」
自分のベッドに座っていたレイラが、そう聞いてきた。
……とりあえず機嫌は直ったらしい……。
「とりあえず、依頼を探そうと思ってるけど……」
と、そこで、この町に冒険者が多かったことを思い出す。
「そうだ、レイラ、この町に大きい依頼でもあるのか?」
「あ?」
レイラは疑問符を浮かべる。
「さぁ、俺は今日の夕方この町に着いたばっかだからな」
じゃあ、知らなくても無理ないか……。
「まぁ、明日酒場のおやじさんに聞けばいいんじゃないか?」
グリーがそう言う。
ま、そうだな……。
「それじゃ、そろそろ寝るか、……もう12時近いしな……」
時計は11時50分を指していた。
もう明日になっちまう。
「そうだね、おやすみー!」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「おう、おやすみ」
電気を消し、俺も自分のベッドにもぐる。
「……ハディくん」
「ん?」
目を閉じて数秒、隣のベッドにいるグリーが話しかけてきた。
「一応言っておくけど、同じ部屋だからって、メリスに夜這いかけたりしたら…」
「しねぇよ!!寝ろ!!」
思わず大声で言い返す。
……何か、レイラの笑い声が聞こえた気が……。
「く、くく……」
あ、気のせいじゃねぇ……。
静まり返った部屋……、何の声も、音も、聞こえない…
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「おんどりゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うおっしゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
あああぁぁぁ!!下から酔っ払いどもの声がうるせぇぇ!!
だから、酒場の宿は嫌なんだよ!!
とりあえず、来るべき明日に備えて、俺は必死に寝ようとしていた……。
………大きな依頼、か………。
この時俺は、その依頼がとんでもないもののような気がして、ならなかった……。
というわけで、新キャラ登場と共に、第一章は終了となります。
次回投稿は第二章の前に、
幕間として、『魔法などの設定』と、レイラの紹介を書きたいと思います。