第5話 虎穴に入らずんば虎児を得ず、間違って入っちゃうこともあるだろうけど
ワイルドウルフの埋葬が終わった後、俺達は川を少し上った所で、昼食の準備に取り掛かる。
……ちなみに、料理はグリーとメリスが作る。
俺も作れないことないけど、この二人の方が上手いからな。
「今日のお昼ご飯は野菜と魔物の肉のスープだよー!」
「……たまに思うんだけど、
『魔物の肉』って何の肉なんだろうな?」
俺はメリスが煮込んでいるスープを見ながら言う。
もちろん狩った魔物の肉ではない、野菜も肉も、今日の朝ビスケット町を出る前に買った物だ。
「え?『魔物』の肉でしょ?」
「いや、それは知ってるって。
『何の魔物』の肉なのかって言ってんだよ」
普通、店とかに売ってる肉には、『魔物の肉』としか書いてないことが多いんだよな……。
「一般的に詳しく書いてない場合は、ピンクピッグとかマイルドカウ、あとはチキチキンの肉が多いみたいだよ?」
近くの石に腰を下ろしているグリーが言う。
ちなみにピンクピッグは豚、
マイルドカウは牛、チキチキンは鶏の姿をした魔物だ。
温厚で、よっぽど怒らせない限り人を襲うことはないため、
牧場で飼われてることが多い。
「おいしい魔物だったら、隠さずに書いておくだろうしね、宣伝のために」
「……そういや、ツノセンボンの肉はでっかく名前が書いてあったな」
ツノセンボン。
無数に分かれた二本の角が特徴の、牛の魔物だ。
上位魔獣で、危険度はB。
しかし、体長5m、高さ3mを超えることもある大型の魔物だから、一匹で肉が大量に手に入る上にめちゃくちゃうまい。
ビスケット町で売ってたのは、
肉一切れ800Gだったな。
……ちなみに今煮込んでる肉は、
一切れ150Gだ……。
「まぁ、牛の肉に比べたら安いんだけどね」
「いや、比べる対象がおかしいだろ……」
牛の肉なんて、一切れ2000G近くするぞ……。
それ以前に魔物の肉と動物の肉を比べることがおかしいって。
……でも、ツノセンボンも肉一切れ800Gだもんな……。
「………ツノセンボン一匹狩ったら、どれぐらい金が手に入るんだろうな……」
「う~ん、処理を冒険者ギルドに任せても、相場で二万Gだよ、確か」
「二万!?」
魔物一匹で!?
「……俺達の今のところの稼ぎって……」
「合計4600~4800Gって所かな……」
……俺達が狩った魔物、合計20匹超えてるんだけど……。
なんか悲しくなってきた………。
「ほら!しょんぼりしてないで!スープできたよ!!」
「あ、おう」
メリスが出来たてのスープを皿に盛ってくれる。
いただきます、と手を合わせて言い、一口………。
「ん~、うまい!!」
「ね?別に高級なお肉じゃなくてもおいしいでしょ?」
「いや、別にメシに文句言ってた訳じゃないんだが……」
でも、うまいメシを食ってると気分が明るくなるよな。
「いや~、本当にメリスは料理が上手いね!
これなら、いつでもお嫁に出せるよ!」
「え、本当?兄さ…」
「嘘!!嘘だよ!!お前は嫁になんて出さない!!」
……やっぱアホだなこいつ……。
俺はメリスにすがりつくグリーを見ながらそう思った……。
「ごちそう様ー!!」
「……ごちそう様」
笑顔でそう言うメリスと、それを呆れた目で見る俺。
「ん?どうかしたのかい?ハディくん」
「……いや、どうかしたのかじゃなくて……」
俺は空っぽになった鍋を見る。
この鍋一杯に作ったスープの内、実に三分の二がメリスの腹の中におさまったのだ。
「……あの体のどこに入るんだろうな……」
「な!?ハディくん!!メリスをいやらしい目で見て……」
「見てねぇ!!銃を出そうとするな!!」
なんでとっさに銃に手が行くんだよこいつは!?
「それじゃ二人とも、魔物狩りの続き!」
鍋や皿の片づけを終えたメリスがこっちに来る。
「そうだな、まだ二時だし、もう少し稼いどくか!」
「無理はしないようにね?」
「分かってるって」
グリーにそう返し、森に向かおうとした。
そのとき、
「っっ!!?」
森の中から、太いつるが襲いかかってきた。
間一髪右へ跳んでかわし、体勢を整える。
「なんだ!?」
警戒する俺達。
と、森の中から出てきたのは……。
「………ウツボ?」
出てきたのは、高さ3mはある、巨大なウツボカズラだった。
赤い円筒形の袋のような体、上にある口の周りには、八枚の黄色い花びらがついていて、体の下からは十数本の、緑色の太いつるが出てきている。
「なんだこいつ……」
「バ、バトルプラント!?」
向こうから、グリーの驚いた声が聞こえる。
ちょっと待て!バトルプラントって……!!
「森に入る時言ってた、危険度Dの奴かよ!?」
「えぇ!?」
戸惑う俺達に、バトルプラントのつるが襲いかかってくる。
「ちっ!!」
剣を引き抜き、その勢いで向かってきたつるを切り裂く。
グリーとメリスは……。
ドンッ!ドンッ!
銃声がした、と思ったら、メリス達の方へ向かって行ったつるが吹き飛んだ。
「ハディくん!時間を稼いで!援護するから!!」
見ると、銃を構えたグリーの後ろで、メリスが『集中』をしていた。
「おう!!」
返事をしながら、バトルプラントに向かって走り、一閃――――!
「ギシャアアアァァァ!!」
切りつけられたバトルプラントが悲鳴を上げる。
……こいつ、声とか出せるんだな……。
当然、バトルプラントが反撃してくる。
振り回されるつるをギリギリかわし、間合いをとる。
「うおおおぉぉ!!」
向かってくるつるを切り裂いていく……が、くそ、数が多い!!
ドォンッ!!
俺がさばき切れなかったつるが、吹き飛ぶ。
「援護するって言ったでしょ?」
バトルプラントの向こうにいるグリーが、銃に弾を装填しながら、そう言った。
……相変わらず良い腕だな……。
「あんまり撃つなよ?弾高いんだからな!」
「最低限度しか撃たないからご心配なく!」
なおも向かってくるつるを、俺が剣で切り裂き、グリーが銃で吹き飛ばす。
……よし!これでもう、つるはねぇ!!
「危険度Dって言っても、大したことな……」
俺がそう言いかけた時、バトルプラントの体が曲がり、上にあった口が俺の方を向いた。
……何だ?俺を飲み込む気か?
いつでも動けるよう、気を引き締める……。
「シャアアアアァァァァ!!」
ビュビュビュビュッ!!
「いっ!?」
バトルプラントの口から、無数の白い弾が俺に向かって放たれる。
俺は慌ててその場から逃げ出した。
ドドドドォォォン!!
凄まじい音と共に、俺がさっきまでいた場所が、吹き飛んでいるのが見えた。
なんだよあれ!?エネルギー弾!?
「そんなのありかよ!?」
逃げる俺に、続けてエネルギー弾が降り注ぐ。
……いや、竜とかは炎吐くらしいし、ありかなしか、って言ったらありなんだろうけど……!!
俺はそんな文句を心の中で言いながら、必死にエネルギー弾をよけ続けた……。
~グリーサイド~
「……まずいね……」
エネルギー弾をかわし続けるハディくんを見て、呟く。
バトルプラントがこんな攻撃法を持ってたなんて……。
まぁ、つるだけなんて、危険度Dにしちゃ弱いと思ってたけど……。
いくらハディくんでも、ずっとかわし続けることなんてできない。
そのうち体力が尽きてしまうだろう。
銃で相殺することも考えたけど、向こうの弾が多すぎる……。
後ろで魔法の準備をしているメリスを見る。
「……まだ、『集中』か……」
さすがに今回の魔法は時間がかかるな……。
そう思っていると……。
「……大気より、炎の集いを呼ぶ……」
「!!」
メリスがそう紡ぐと、両手の間に、大きな炎が現れる。
『詠唱』が始まった!
ハディくんもそれに気付いたらしく、バトルプラントから少し離れつつ、交戦を続ける。
「……我は炎を束ねる者なり……」
メリスが手を頭の上まで上げ、さらに『詠唱』を続ける。
手の、いや、両手の間にある炎の周りに四つの炎が現れ、旋回しながらメリスの手に集束する。
次の瞬間、それは1mを超えるほどの巨大な炎の塊と化した。
「ハディくん!離れて!」
交戦を続けていたハディくんに、合図を送る。
「燃え盛れ ブレイアム!!」
メリスが大きな声で『呪文』を唱えると、巨大な炎は凄まじい勢いでバトルプラントへ向かっていった。
ドッガアアアァァァァァァン!!!
凄まじい爆発音と共に、バトルプラントの体が炎に包まれる。
炎属性、基礎魔法レベル3『ブレイアム』……。
人の力だけで使える基礎魔法の中では、最強の魔法だ。
バトルプラントは、断末魔の叫びを上げることなく、崩れ落ち、灰と化した……。
~ハディサイド~
「やった……」
俺は崩れ落ちたバトルプラントを見て、そうつぶやいた。
さすが危険度D、今回はきつかったな……。
そう思っていると……。
「………っ!?」
俺は目を疑った……。
なんと、灰の中にバトルプラントの黄色い花びらが残っていたのだ。
「ウソだろ!?ブレイアムが直撃したのに……!!」
「いや、大丈夫だよ」
慌てて剣を構えようとしたとき、グリーの声が聞こえた。
「バトルプラントの花びらは熱や炎に強いんだ。
でも、本体は普通の魔草と同じく炎に弱いよ」
グリーが花びらを手に持って、言う。
なるほど、確かに花びら以外の部分は全部灰になってるな。
その花びらも、なんとか燃え残ったって感じでボロボロだ。
「……しかし、まさかこんな奴に襲われるなんてな……」
全員大したケガはしてないけど、正直、疲れた……。
「あ~……うん、ちょっと、疲れちゃった……」
見ると、メリスが少しフラフラしている。
ただでさえ、この森に入ってから魔法を使いまくってたんだ。
しかも今回使ったのは、メリスの最強の魔法だからな……。
「魔法は魔力だけじゃなく、集中力も使うからね。
メリス、少し座って休んでた方がいいよ」
グリーにそう言われ、メリスは木陰の岩に座り込む。
……そういや魔法って、多用しすぎると失神したり、最悪、寿命を削ることすらありえるんだっけ……?
あんまり無茶させないようにしないとな……。
「確かに、危なかったね……。
……でも、これは嬉しい誤算だよ」
グリーが、灰を袋に入れながら言う。
「あ、それも肥料の材料になるのか?」
「うん、それも、水のカズラよりも良質な、ね」
それなら、高く買い取ってくれるかもな……。
「それに、この花びら」
グリーが、ボロボロの花びらを手に持つ。
「これはすり潰すと解熱剤の材料になるんだよ」
「……ボッロボロだけど、大丈夫なのか?」
「表面が焦げただけだからね、これぐらいなら大丈夫だよ。
……まぁ、やっぱり価値は下がっちゃうけど」
そりゃそうだろ、表面だけとはいえ、焦げてるものと焦げてないものなら、普通は焦げてない方が価値が高い。
「それでもバトルプラントだけで、4200……、いや4500Gはいくかな」
「マジで!?」
そんなに!?さすが危険度D……!!
「これで合計9000ちょい、ってとこか……」
「だね。……ハディくん」
グリーが少し真剣な顔になる。
「魔物狩りはこれぐらいにしない?
……そろそろ疲れが出てきてるし……」
「ん……」
岩に座っているメリスを見る。
……確かにな……。
「森を抜けても、まだ三時間歩かなきゃいけないんだ。
……それも考えると、ね……」
「………だな」
メリスはそんなに体力がある方ではない。
それに、俺達の戦い方は、メリスが要だ。
メリスがダウンすると、かなりきつくなる。
「よし。おーい、メリス!」
「ん…」
メリスを呼ぶ、……やっぱ、少し疲れてるな……。
「一応金はたまったし、魔物狩りはこれぐらいにするぞ」
「え、本当?」
「あぁ、もう少し休んだら出発するぞ。
ここから森を抜けるのに二時間ぐらい、
遅くても八時までには着くだろ……」
時計で時間を確認して言う。
現在時刻、二時半だ。
少しゆっくりめに歩けば、それぐらいだろ……。
「大丈夫だよメリス、疲れたら僕がおんぶするから!」
「あ、うん!ありがとう兄さん!」
……子供か、お前は……。
思わずそう思う俺。
……あれ?こいつ確か来年成人だよな……?
「……んじゃ、行くか!」
「そうだね」
数分後、休憩を終了し、歩きだそうとする……。
「………」
「ん?どうかしたのかい?」
「いや、グリー、それ……」
俺はグリーの背中で、ぐっすり眠っているメリスを見て言う。
「む、代わらないからね!!」
「いや、んなこと言ってないだろ……」
まぁ、メリスは疲れてたし、グリーも別にいいみたいだし、
……いいか。
「疲れたら言えよ?」
「大丈夫!僕は背負うのがメリスなら、何十時間でも背負えるよ!!」
……何だろう。
何故か冗談に聞こえない……。
「……分かった分かった」
「それじゃあゆっくり行こう。
メリスが起きないように!」
……それは『起こさないように』気をつかってるのか、それとも『起きてほしくない』のか、
………どっちだ?
「……まぁ、どっちでもいいか。」
そう思い直し、『小人の遊び場』の出口へと歩きだした……。
やっぱりザコ戦よりボス戦の方が書いてて楽しいですね!
……ただ、なんだかグリーのシスコ……妹好きが、
想像よりひどくなってます……。
ネタがやりやすいので、つい……。
本編で出ましたが、
この世界の魔法は、強力な代わりにリスクが大きいです。
詳しくはその内、
魔法や冒険者についてまとめたものを書こうと思ってます。
まぁ、この章が終わってからですが……。






