蛇足 絶望と神童
~サイドアウト~
ここはスイーツ王国の中にある小さな町、ビスケット町。
小さいと言っても町と呼べるほどの大きさはあり、日中店が立ち並ぶ通りは、多くの人で賑わっている。
……そんな通りの中にある小さな噴水の前に、その人物は立っていた。
まず目を引くのは……その髪。
白……それも、ただの白ではない、まるで光を思わせる純白。発光しているのでは、と思ってしまうほどまぶしく、けれど、うっとうしさは微塵も感じさせず、ただただ見惚れてしまうような美しさがあった。
そして、その顔もまた見入ってしまうほど整っており、男はもちろん、近くを通る人は女でさえも一度は振りかえってしまっていた。
あまりにも秀逸な容姿に、声をかけるのをためらっている様子の男が、先程から何人もその人物を見ている。
「へい!そこの彼女!」
「………」
と、やはりそんな美人を放っておく男ばかりでなく、1人の若い男が……微妙に古いノリで、その人物に声をかけた。
「彼女!!彼女ってば!!」
「……え?」
ようやく話しかけられていることに気づいたのか、その人物は男へ顔を向ける。
その振り向く仕草さえどこか上品で、ふわりと舞い上がった髪がその人物の魅力を一層引き立てていた。
「君ずっとそこに立ってるけど、待ち合わせ?」
「うん、人を待ってるんだ」
「へぇー、君みたいな子を待たせるなんて最低だねぇー!」
「あはは……そういう人だから」
困ったように笑うその顔に、男は目を光らせる。
こんな上玉を逃す手はない、と。
「そんな奴待ってることないって!どう?これから俺と……」
定番のナンパを仕掛けようとした、その時だった。
「う、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
……悲鳴。
それはその通りの先にある、町の門からだった。
「に、逃げろおおおぉぉぉ!!魔物だああああぁぁぁぁ!!!」
「ま、魔物!?」
「ひ、ひいぃ!!こっちに来るぞ!!!」
門を破壊し、衛兵を倒して町中へと侵入してきた狼の魔物。
その体長は4m近くあり、血を思わせる赤い毛が恐怖を際立たせる。
……ワイルドキング、危険度Cの上位魔獣だ。
その中でも高い戦闘力を誇り、C級冒険者でも5~6人いなければ仕留めるのは難しい。
ワイルドキングは獲物を探すように周りを見渡し……そして、ある一点で目を止めた。
「ひっ……!!」
ワイルドキングの目が自分の方へ向いていることに気づき、恐怖に震えるナンパ男。
「ガアアアアァァァァァッ!!!」
咆哮を上げ、ワイルドキングは真っすぐ、獲物へと向かう。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁっ!!」
たまらず腰を引かせながらも遠くへと逃げようとするナンパ男。
もちろん、さっきまでナンパしようとしていた人物には目もくれない。そんなことより、自分の身を守ることの方が大事なのだから。
一方、そのナンパされていた人物はというと、1歩も動かず、震えることもなく、自分へと向かってくるワイルドキングをじっと見据えていた。
「あ、危ない!!」
悲痛な叫び。
しかし、すでにワイルドキングはその人物の目の前まで迫っている。
次に訪れるであろう惨劇を想像し、誰もが目を背けた……。
「………縮地」
………無音。
無音、だった。
その人物の悲鳴も、肉が裂ける音も、血が飛び散る音も、想像した惨劇が起きた様子は一切なく、それを不思議に思った人々は、恐る恐る目を開いた。
その目に映ったのは……噴水の手前で動きを止めているワイルドキング。
そして、その数歩後ろに立っている白髪の人物。
「お、おい!!あ、あんた、大丈夫か!?」
「え?」
1人の男がその人物へ声をかける。
にっこりと魅力的な笑みを浮かべ、その人物は言った。
「はい、大丈夫ですよ。もう終わりましたから」
「へ………?」
キン、と音を立てて、その人物は刀を収めた。
直後、ドスッ……という重い音。
それは、ワイルドキングの巨体が地面へと崩れ落ちた音だった……。
何が起きたのか分からず、茫然とする人々。
そんな人々の耳に、パチ、パチ、と手を叩く音が聞こえた。
「流石、相変わらずの神速だな。ひつじ」
「……カオスくん」
門のある方から歩いてきたのは、ひつじと呼ばれた人物とは対極とも思える、闇のような漆黒の髪を携えた男。
「遅いよ」
「わりーわりー。寝坊した」
「……だと思ったよ」
ひつじは反省の色が感じられない様子に、小さく嘆息した。
「にしても、お前らしくねーなひつじ。仕留め損ねるなんて」
「君が見てたから殺さなかったんだよ」
「あー、成程。
まぁ正当防衛なら大目に見るぜ?人間以外ならな」
「でも、できれば見たくはないんでしょ?」
「そりゃーな」
カオスは不敵に笑いつつ、ひつじに背を向ける。
「乗りかかった船だ、吹っ飛ばされた門番の治療でもしてくるな」
「……じゃあ、僕はこっちをやっておこうかな」
倒れているワイルドキングに、ひつじは近づいていく。
「……とどめか?趣味が悪いな」
「どうせ後で殺されるでしょ。だったら、倒した者が殺すのが戦士としての礼儀だよ」
ゆっくりと、ひつじは刀を引き抜く。
日光を受けて、曇り1つない緑の刀身が輝いた。
「見る、見ないは自己責任でね」
「見ねーよ、俺は死が嫌いだ」
カオスは呆れたようにそう言うと、倒れている衛兵の元へと歩いて行った……。
「………それで?カオスくん」
「あん?」
目の前で呑気にブラックコーヒーを飲む男に、ひつじは少し不機嫌そうな様子で問う。
そんな様子ですら可愛らしく、周りに座る男達は思わず目を向けてしまっていた。
「僕がここに呼ばれた理由を聞いてないんだけど?」
「あー、そうだったな。
……その前に、ひつじ。1つ聞かせろ」
「何?」
疑問符を浮かべるひつじに、カオスは楽しげに言った。
「お前、何回ナンパされた?」
ピシッ、とひつじの体が固まる。
「ちなみに、俺の予想は7回だ」
「……正解」
「おー当たった、流石俺」
「はぁ……」
楽しそうな様子のカオスに、ひつじは大きく嘆息する。
そんなひつじの様子を見て、カオスは周りの客にも聞こえるように、少し大きめの声で言った。
「お前本当に男にもてるよなー、男なのに」
ビシッ、と空気が固まる。
ひつじやカオスの周囲だけでなく、店全体の空気が、だ。
「……髪切ろうかな」
「いや、切っても無駄だと思うぜ?」
「はぁ……」
物憂げな様子……それすらも可愛らしく見える。が、騙されてはいけない。
……彼の名は、人成ひつじ。
『神童』の異名で知られ、『絶望』カオス・スフィアと並んで『伝説の冒険者』と呼ばれる男である。
「お前声も高いもんなー、声変わりしてようやく普通の女ぐらいの声になったよな」
「自分では、そんなに高いと思わないんだけどなぁ……」
もう一度小さくため息をつき、ひつじはカオスへ目を向ける。
「それはもういいから教えてよ。僕を呼んだ理由」
「おー、まぁ必要ないとは思うけど、念のためにな」
「……もしかして、『守護の森』のこと?」
「正解、流石だな」
「君が『守護の森』の守り神と戦ったって聞いたからね」
「あれ、あいつって守り神だっけ?」
「……10年ぐらい前からほとんど守ってなかったから土地神でもいいらしいけど、一応こっちでは守り神ってことになってるよ」
「ふーん、まぁどうでもいいか」
「そうだね」
ひつじはパフェを一口食べ、味わい、飲みこんでから話を続ける。
「……で、なんとなくだけど……君が『神』と戦ったことで、『守護の森』に何か影響が出てないか、って話かな?」
「おう、そういうことだ」
「うーん、少なくともそういう話は全く聞いてないよ。
そもそも殺したわけじゃないし、悪影響が出る可能性は低いんじゃないかな」
「殺してないっつっても、『ディスペア・エンド』であいつの体の9割分解しちまったからな。
まー、元々改造された神だし、心配することもねーか」
カオスはコーヒーを飲み干すと、席を立とうとする。
「あれ、もう行くの?」
「おー、さっき言った通り、一応確認したかっただけだからな」
「ふーん……僕としては、君が会ったっていう冒険者の方が興味あるけどね」
くすっ、とひつじは楽しそうに笑った。
「なんだか僕も会いそうな気がするんだ、その冒険者達に……遅くとも、この先1年以内には」
「へぇ、それじゃあ確定だな。
俺と違って、お前の勘は『予知』レベルだからな」
「それと……ちょっと意外かな」
「あん?」
「いくら油断してたからって……君が『探知』されて、『領域』の中に入れなくなるなんて」
「……あぁ、それか。
確かに俺も最初驚いたが……考えてみれば、そう不思議でもねぇよ」
カオスは不敵に笑いつつ、続ける。
「『改造された神』と『成り上がり』。
同じ紛い物の神同士、通じる所でもあったんだろ」
「……『異能者』同士が通じるように?」
「ま、そんなところだ」
問答を終わらせると、カオスは注文票を持って席を立つ。
「呼び出したの俺だからな、今回は奢るぜ」
「ありがとう、次に返すよ」
「おー」
「……そういえば」
レジへと向かうカオスを、ひつじが呼び止める。
「たまには『ウォーテリア』に帰った方がいいんじゃない?
セレさん怒ってたよ」
「帰ってるぜ?セレには会ってねーけどな」
「……会わないの?」
「生憎、俺は暇つぶしで忙しいんだ」
「本末転倒だよね、それ……」
呆れつつ、ひつじはまたパフェを口へ運ぶ。
飲み込んでから、口を開いた。
「まぁ、暇だったらまたウチにも来てよ。僕の『家族』も会いたがってたから」
「おー、考えとくな」
カオスが不敵に笑うと、ひつじは魅力的な笑みを返す。
「それじゃまたな、ひつじ」
「またね、カオスくん」
ひつじと別れ、カオスはレジで精算を済ませて外に出る。
「……そうだな、たまには帰るか。元の世界に」
人目に付かない路地裏へ行き、準備を始める。
「第3344世界『アドベント』より、第3333世界『ウォーテリア』へ。
座標は……フロスト山脈でいいか」
カオスがゆっくりと目を閉じる……と、その周りの空間が……世界が、歪んでいく……。
「……ワールドゲート」
カオスがそう紡ぐと、ブラックホールを思わせる黒い穴が現れ、カオスはその中へ入っていった。
……そして彼は、この世界から消え去った……。
一方、ひつじはそのことを肌で感じ取っていた。
「……行ったのかな」
呟き、空になったパフェにスプーンを落とした。
カラン、と虚しく音が響く。
「本来、ただの生物に世界の枠組みを超えることはできない。
僕達は“神の領域”に足を踏み入れることで、その枠組みを超える術を手に入れた。
……だけど」
そっと目を閉じ、この世界にはいない友を思う。
「『異能』と『化け物をも超えた力』を持ち、そして『世界の枠組み』すら超えてしまった僕達は……一体どれだけ、『人間』から遠ざかったんだろうね……」
ゆっくりと、目を開く。
その薄い灰色の目は、心なしかとても濁って見えた。
「結局の所、自分が『人間』でなくなることを恐れ、そのために『人間』との繋がりを求めた結果なのかもしれないね。
……僕の『家族』も、君の『暇つぶし』も」
もう一度、目を閉じ……そして、開く。
その瞳はもちろん薄い灰色のまま……けれど、もう濁りは感じられなかった。
「それでも、僕は『家族』を愛してる。
君は『暇つぶし』を楽しんでる。
……今はそれだけで、いいのかもしれないね」
ひつじはそう呟くと、ゆっくりと席を立ち、店から出ていったのだった……。
………To Be Continued………




