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冒険者ライフ!  作者: 作者X
第五章 伝説
67/71

第52話 救い

「………」


俺は、今目の前で起きた光景を……その光景を引き起こした本人を見て、思わず唾を飲み込んでいた。

……圧巻……としか、言いようがない。

俺達4人が全力で戦って……それでも、傷1つつけられなかった化け物を、たった1人で、いとも容易く倒してしまった。


「……これが、『絶望』カオス・スフィア……」


俺だけじゃない、メリス、グリー、イリナの3人も、同じ気持ちなんだろう。

何も言えず、ただ目の前の光景を茫然と見ていた。


「今の魔法は……一体……」

「『ディスペア・エンド』か?一応、俺の『切り札』だぜ?」


グリーの呟きに、カオスは小さく笑みを漏らす。


「簡単にいえば、『相手を傷つける魔法』だ」

「傷つける……?」

「正確には、『あらゆる物質の構成を自在に分離させる魔法』だけどな」


不敵に笑い説明するカオス……俺にはなんか全然分かんないけど。


「……冗、談……だろう……?」


しかし、カオスの説明を聞いたグリーは顔を引きつらせていた。

なんかよく分からないけど、とんでもない魔法っぽい……?

まぁ、カオスが切り札っていうぐらいだもんな……。


「あいにく冗談じゃねーよ。俺の能力は『傷』なんでね」

「……傷?」

「そう、こんな風(・・・・)に」


カオスはゆっくりと、俺達に左手を向けた。


「属は負、力は傷、型は絶望……」

「なっ……お、おい!?」

「……ディスペア・リロード」


次の瞬間、俺達4人を黒い闇が包み込んだ……。




「………え?」


思わず閉じた目を、ゆっくりと開くと……。


「き、傷が……」


俺達4人の傷が、なくなっていた。

なんだ、これ……治癒魔法とは違う……。

治ったっていうより、傷そのものが消えてなくなったみたいな……。


「……君は、一体……」

「別に俺の能力はどうでもいいだろ、それより……」


グリーの疑問には答えず、カオスは『願いの珠』がいたところへと歩いて行った。


「いたいた」


ぐいっ、地面へと積もった灰の中から、何かを引っ張り出す。


「……それは?」


直径10cmぐらいの、小さな『珠』。

『願いの珠』と同じように、小さく虹色に光っている。


「『願いの珠』……いや、『Massacre God』だ」

「マサカー、ゴッド……?」

「……『殺戮の神』、かい?」


カオスが言った精霊語を、グリーが翻訳してくれる。


「さっき言った通り、こいつは『土地神』だからな。殺しちまうといろいろ不都合が出る。

 何より、何度も言ったが俺は死が嫌いだ。

 知性や感情がない生物なら多少妥協はするが、殺さないでいいなら絶対殺さねぇよ」

「『土地神』……そうだカオス、説明してくれよ」


俺達はカオスの元へと歩き、『願いの珠』……いや、『殺戮の神』を見て、言う。


「それは何なんだ?『土地神』ってどういうことだ?

 『願いの珠』なんてないって知ってたなら、何で俺達をここへ来させた?

 それに、イリナがそれの『領域』に囚われてたって、一体何なんだ?」

「あー、分かった分かった、1から説明するって。

 お前らには聞く権利があるしな」


カオスがパチンと指をならすと、全員のすぐ後ろに、小さな黒い腰掛けができあがる。

……魔法って、こんな気楽に使えるものだっけ?


「たぶん、カオスさんだけだと思う」

「オーケーメリス、俺は何も言ってねぇぞ」

「いいからとっとと座れっての」


5人全員が座ると、カオスは説明を始めた……。


「さて、まずこいつが何なのか、だが……」


カオスは『殺戮の神』を指して言う。


「こいつは、この『守護の森』の『土地神』。

 正確には、『改造された土地神』だ」

「……改造?」

「……そうだな、一方的に話してもつまんねーし、知ってそうな奴に質問していくか。

 グリー、『自立魔導兵器』は大きく2つに分けられるのは知ってるか?」


カオスはグリーに目を向けて問う。


「『アゾーク』と『クリーチャー』だろう?」

「正解、じゃあその2つの違いは?」

「『アゾーク』はゴーレムに代表される、生命でないものを魔導技術によって擬似生命体にすることで生み出された『自立魔導兵器』。

 『クリーチャー』はその逆で、生物……主に魔物を魔導技術によって……」


説明の途中で、グリーは何かに気づいたように、口を止めた。


「……まさか……」

「気づいたか。ま、お前なら気づくと思ったけどな」


カオスは不敵に笑い、グリーの代わりに説明した。


「察しの通り『殺戮の神』は、『土地神』を元に作り出された『クリーチャー』だ」

「なっ!?」


『土地神』を……『兵器』の材料に!?


「だから、魔物を材料にした普通の『クリーチャー』とは比べ物にならない程強い上に、『土地神』特有の能力、『領域』を作り出すことができる」

「『領域』って……」

「『空間そのものを支配する能力』っていえば分かりやすいか?

 その空間への侵入や、逆に外へ脱出することを問答無用で拒絶できる」

「脱出を拒絶……じゃあ、イリナはそれで……!」

「そ。んで、お前らをここに送り込んだのもそれが理由だ」

「……え?」


よく意味が分からず、俺はカオスに聞き返す。


「侵入も拒絶できる……つまり、君は拒絶されていたわけだ」

「そーいうこった。うっかり探知されちまってな」


グリーの指摘に、カオスはめんどくさそうに頭をかきながら答える。


「10日前、俺はタルト町に着いてすぐ、妙な殺気に気づいた。

 場所もすぐに分かったから、暇つぶしに潰しておこうかと思って、この森に来たんだが……」

「……『領域』に阻まれてしまった、と」

「正解。『領域』ごと吹き飛ばそうかとも思ったが、それだと確実に殺しちまうしな、こいつだけならまだしも、中に人がいたから論外だ」

「………」


カオスの言葉に、イリナが申し訳なさそうな顔をする。

……いや、イリナが罪悪感を感じる必要はないと思うけど。


「最初はこいつがこの森を出てくるまで待とうと思ってたんだ。あの町で殺気を感じたってことは、こいつは近いうちにタルト町へ来るだろうと思ったからな。

 ……が、あの日、お前ら3人と会った日、少し事情が変わっちまった」

「俺達と、会った日?」

「なんだか嫌な予感がしてな。

 念のために調べ直してみたら……こいつと一緒にいる人間が、こいつを作った奴じゃないと分かった」


カオスは『殺戮の神』とイリナを見て言う。


「最初は分かってなかったのか?」

「当たり前だろ、こんだけ殺気を纏った奴と一緒にいるんだ。普通、こいつを作った人間で、ちゃんと制御ができてるから一緒にいても大丈夫なんだと思うだろ。

 ……が、それは俺の勘違いで、そいつは制御はおろか、こいつの存在自体に気づいてなかった。

 今まで無事だったのは、単純にこいつがまだ覚醒してなかったからだ」

「……ひょっとしてイリナって、めちゃくちゃ危なかった、とか?」

「おう、いつこいつが覚醒して殺されてもおかしくなかったぞ」


メリスの質問に、カオスは平然と答える。

ってか、恐ろしいことを淡々と言いやがるなこいつ……。


「まぁ、一応覚醒するまでまだ時間はありそうだったが、それまで待ったら一緒にいる人間が殺されちまう。

 そこでお前らに目をつけたんだ」

「……俺達?」

「こいつは殺意……特に人への殺意の塊みたいな奴だからな。

 手頃な人間を放り込んでやれば、そっちに目がいって俺から意識が外れるかと思ったんだ」

「……つまり、俺達を『囮』にした、と」

「『囮』っつーか、『餌』だな」


平然と言いやがった……!!

どうしよう、さっき命を助けられたばっかりなのに、殴りたい……!!


「しかし思惑は外れ、君から意識が外れる前に覚醒してしまった、ってことかい?」

「そういうことだ。ま、お前らが危なかったから、無理矢理侵入してきたけどな」

「……ん?」


無理矢理侵入……って……。


「ちょっと待て、そんなことができるんなら、俺達が餌になる必要なかったんじゃ……」

「おう、その通りだ。面白そうだから(・・・・・・・)餌にしてみた」

「………」


この野郎……何の悪びれもなく……!!


「まぁ、そうだね。君が無理矢理侵入なんてしたら、近くにいたイリナさんが危険だったかもしれないもんね?」

「あ……じゃあ、それで?」

「一応、それも理由の1つだな」


グリーの指摘に、カオスは平然とした様子で答える。

……やっぱり、面白そうだから、が一番の理由なんだろうか。


「さて、最後に『願いの珠』について説明を加えとくか」


カオスは手に持った『殺戮の神』に目を向けて言う。


「そうだね……タルト町で『願いの珠』なんてデマが広まっていたのは、どうしてなんだい?」

「簡単だ、デマじゃなかったから、だよ」

「デマじゃ……ない?」


カオスは呆れたように、小さく嘆息する。


「これは『願いを叶えるための道具』なんだ、これを作った魔科学者にとっては、な。

 イリナっつったか?お前何年も一緒に住んでたんなら、少しぐらい聞いてねぇか?」

「………」


イリナは少し考えた後、口を開いた。


「……そういえばあの人、昔はスイーツ王国軍の兵器開発部門にいた、って……」

「兵器開発?」

「そこで、『願いの珠』を作るための技術を磨いたって、言ってた……」

「……なるほどね、どうしてこんなとんでもない物ばかり作れるのかと思っていたけど、そういうことか」


イリナの発言に、グリーは合点がいったという顔で、『殺戮の神』と、イリナのつけている指輪を見る。

そういや、あの指輪も相当とんでもない物だもんな……。


「デニス・リーサー、であってるよな?お前を育てたっていう魔科学者」

「え、えぇ……」

「『領域』に阻まれた後、俺はそいつについて調べたんだが……」

「……ちょっと待て、『領域』に阻まれた後って、お前『路地裏の悪魔』として不良達をボコってなかったっけ?」

「それに、出店も出してたような……」

「おう。だから、出店を出しつつ、暇を見て不良をボコりつつ、さらに暇を見てデニスについて調べてたんだ」

「器用だな、おい……」


まぁ、こいつならそれぐらいやりそうだ。

……全部片手間で。


「話を戻すが、そいつはスイーツ王国軍にいた頃、国王にある提案をしていたらしい」

「提案?」

「そう、スイーツ王国の帝国化(・・・)だ」

「て……帝国!?」

「この国の兵力は世界でもトップクラスだからな。

 それに『魔導兵器』を加えれば、レイド帝国にも負けない程の帝国になれるだろう、ってな」

「そんな……」


確かにこの国の軍はすごいけど、それはあくまでも平和を維持するためのものだろ。

わざわざ争いを起こすなんて……!


「当然、当時の国王はそれを却下。

 すると、デニスは納得せず、軍を抜けたそうだ。

 ……『思い知らせてやる』と言い残してな」

「……まさか、それで……」

「それがデニスの願い。『願いの珠』=『殺戮の神』。

 ……要するに、“俺を認めなかった国なんて滅んでしまえ”ってことだろ。くだらねぇ」


カオスは吐き捨てるように言う。


「デニスは技術は持っていたが、それを実現できるような材料も、力も持っていなかった。

 しかし、不幸な事に(・・・・・)、偶然とんでもない材料を手に入れちまったようだ」

「……それが、この森の『土地神』……」

「そういうことだ」


カオスは右手で『殺戮の神』を弄びながら言う。


「本当にくだらねぇ願いだ……まぁ、少しは救いを残したみてぇだから、そこは評価してやるがな」

「救い……?」

「おう、こいつ(・・・)が救いだよ」


カオスはそう言って、『殺戮の神』を俺達に見せてくる。


「さっき言った通り、デニスがこれを作った理由はこの国への復讐、国民から1人でも多くの犠牲者を出させることだ。

 だから、こいつは殺気、殺意の塊みたいな奴だったが……俺はさっき、『ディスペア・エンド』でこいつから殺意に関する部分を全て消し去った」


カオスは霧と化し、今は灰のように地面に積もっているものを見ながら言う。


「こいつが本当に殺意だけでできていたなら、完全に消えちまったはずだ。

 ……が、実際にはこれだけとはいえ、残ってる」


そういって、再び『殺戮の神』へ目をやる。


「そもそもおかしいんだよ。いくら覚醒してないとはいえ、俺が入れないような領域を作り出す程度の意識はあったんだ。

 本当に殺すためだけに作られ、完成された代物なら、ほんの少しでも意識があれば、近くにいた人間を殺そうとするはずだ。が、実際は何もしなかった。すぐ近くに獲物がいたのに」

「……どうして?」

「さーな。まぁ、俺の推測を言わせてもらえば……」


カオスはイリナへと目を向ける。


「お前を育てた魔科学者は……デニス・リーサーは、お前を死なせたくなかった」

「………え?」

「利用するために拾ったとはいえ、『願いの珠』が完成するまでの10年間育てた“子供”だ。

 死んでほしくないと思うのは、普通の感情じゃねぇか?」

「……だけど、あの人は……!!」


ぎり、とイリナは歯を食いしばる。

当然だ。魔科学者は、イリナを裏切り、騙して、10年もこの森に縛り付けたんだ。

そんな奴が、“普通の感情”なんて持ってるのか……?


「確かに、こんな物作る時点でまともな人間じゃねぇだろうな」

「そうよ、だから……!!」

「だが、イリナ・ガルディデス。

 『願いの珠』が完成するまでの10年間、お前を育てた人間は……まともじゃなかったのか?」

「……っ!!」


カオスの言葉に、イリナは目を見開いた。


「少なくとも『願いの珠』が完成するまでの間、お前はまともに育てられた。一般家庭程でないにしろ、ちゃんと“親”からの愛を受けて育った。

 ……だからその分、裏切られた時に大きなショックを受けた。本人が死んでもなお恨み続けるほどにな」

「………」

「魚心あれば水心っていうしな。人は自分に好意的な人間には、普通好意を抱くもんだ」


カオスは不敵に……それでいて、愉快そうに笑う。


「故意か、それとも無意識か、それは分からねぇが……デニスの中にあった“親心”が、今日までお前を生かしてたってわけだ。

 ……復讐をやめる所までいかなかったのが、残念だがな」

「………」


カオスの言葉を、イリナは顔をうつむかせて聞いていた。

……複雑な心境だろうな。

裏切られたと思って、ずっと恨み続けてきたのに。その人が、自分にそんな想いを持っていたなんて。


「……さて、まぁ一応、これでこの事件は解決ってことだ」


カオスはそう言って立ち上がる。


「……それ、どうするの?」

「あぁ、こいつか?」


イリナの言葉に、カオスは『殺戮の神』へ目を向ける。


「別にどうもしねぇよ。力の大半はなくなっちまっただろうが、それでも『土地神』だ。この森でなら普通に生きていけるはずだ。

 殺意は消したから、もう危険もないしな」

「………そう」

「殺したいか?」

「っ!」


カオスは『殺戮の神』を、イリナの目の前へ持っていく。


「魔科学者にプログラムされたこととはいえ、お前を10年間この森に閉じ込めた張本人だ。

 恨むなっていう方が無理があるだろ」

「………」


イリナはカオスから『殺戮の神』を受け取り、そして……




そっと、地面へと下ろした。


「………」


『殺戮の神』から獣の足のようなものと、背からは小さな羽が生える。

最後に顔にあたる部分に目と口が現れ、大きさを除けば、さっきまでと同じような姿になる。

……だけど、その姿にはもう、不気味な感じは一切しなかった。


「……あなたも、私と同じね」


イリナはそっと、『殺戮の神』の頭をなでる。

『殺戮の神』は抵抗せず、くすぐったそうに目を細めている。


「……行きなさい」


イリナがそう言うと、『殺戮の神』は、さっきの戦いで吹き飛ばされた洞窟へと走っていく。

洞窟の手前で一度だけ振りかえり、そして、外へと出ていった。


「……いいのかい?」

「……えぇ。あの子も……被害者だと、思うから」


グリーが聞くと、イリナは悲しそうに笑った。

そして、カオスへと向き直る。


「私はもう……この森から、出られるの?」

「おう。あいつはもう、お前を閉じ込めようなんて思ってないからな」

「………そう」


ずっと望んでいた自由を手に入れた、そのはずなのに……。

イリナは浮かない顔をしていた。


「私……これから、どうしよう……」

「イリナ……」


自嘲的な笑みを浮かべ、イリナはつぶやいた。

……ここは、イリナを縛り付ける場所だった。あれは、イリナを縛り付けるものだった。

……だけど、それでもここはイリナの『居場所』で、あれはイリナの『役目』だったんだ。

それらがいきなりなくなってしまえば、喜びよりも先に、戸惑いがきてもおかしくない。


「………」


そんなイリナの前に、グリーが立った。

そして、そっと手を差し出した。


「一緒に、来るかい?」

「…………え?」


驚くイリナに、グリーはさらに続ける。


「冒険者に憧れていると言っていただろう?それに、世界を見て回りたい、とも。

 いきなり1人で世界を回るのも大変だろうしね、僕達で良ければ、力を貸すよ」

「……いいの?」

「あぁ、君ほどの実力者なら、『仲間』としても申し分ないしね。

 2人も、異論はないだろう?」

「うん!!もっちろん!!」

「おう!」

「……メリス……ハディさん……」


イリナは俺達2人へ目を向け、最後にグリーへと向き直る。

そんなイリナに、グリーはほほ笑んだ。


「一緒に行こう、イリナ」

「っ………うん………!!」


イリナは目に涙を溜め、それでも笑顔で、グリーの手を握った。

新しい仲間……か。3人で村を出て、それからずっと3人で旅をしてきたからな……。

その時、俺は『ある言葉』を思い出した。




『そう遠くない未来、あんたは何かを手に入れ、今の生活が大きく変わることになる』




それは、港町ヨーグルトで怪しい占い師から聞いた言葉。

あの時、なんか魔法使ってるっぽかったし、信憑性がありそうだとか思ったけど……。

………まさか、な。


「ま、これで一件落着か?良かった良かった」

「……よく言うよ」


カオスのからかうような言葉に、グリーは小さく嘆息した。


「最初から、こうさせるつもりだったんだろう?」

「……え?」

「僕達をここへ誘導するなんて、手間がかかり過ぎる上にリスクが大きい。『領域』をすり抜ける方法なら、他にいくらでもあったはずだ。

 大方、イリナを解放すれば彼女の居場所がなくなると予想して、僕達にそれを解決させようと思った。

 そんな所じゃないかい?」

「生憎、そこまで計算しちゃいねーよ」


グリーの指摘に、カオスは不敵な笑みを浮かべる。


「ただ、お前らみたいなお人好しは、居場所を失った奴をほっといたりしないだろうな、と思ってただけだ」


カオスはそういうと、俺達に背を向ける。


「そんじゃ、俺はそろそろ行くぜ」

「……僕達の審査結果、見ていかないのかい?」

「必要ねぇよ、結果なんて分かり切ってるからな」


カオスは最後に、俺達に顔だけ振り向き、笑みを浮かべた。


「なかなか楽しめたぜ、お前らの『物語』。

 縁があったら、また会おうぜ」


カオスが浮かべていたのは、不敵な、それでいて楽しそうな笑み。

それを俺が認識した刹那、黒い光に包まれ、カオスの姿は消えていた。


「……また会おうってさ、どう思う?」

「正直、あんまり会いたくない気もするけど……」

「えー、ハディ冷たくない?」

「うるせーな……まぁでも、会ったら会ったで、それもいいか」


あいつは正直かなり厄介だ、面倒にも巻き込まれたし……たぶん、最初から最後まで、俺達はあいつの手の平の上で踊らされていた。

……でも結局、俺はカオスを嫌いにはなれなかった。

たぶん、メリスやグリーも同じだろう。


「さて、と……うわ、もう2時か」

「眠くはないけど……やっぱり疲労はたまってるね」

「それじゃ、イリナの家に戻ろっか!ね、イリナ!」

「うん」


俺達は軽くふらつきながらも、イリナの家へと戻っていった。

……この時、俺達は予想だにしていなかった。

……まさか、あんなことが起きていただなんて……。
















『………』


俺達は目の前の瓦礫の山を見て、言葉を失った。

そう、その瓦礫の山とは……。


「……これ、って……」

「……イリナの、家……」


な、なんでだ?なんで、イリナの家がこんなことに……!?


「……あの時か」


グリーが苦い顔でつぶやいた。


「あの時?」

「ほら、『願いの珠』が洞窟をレーザーで吹き飛ばしていただろう」

「……あ」


あの、洞窟を吹き飛ばして、その先の木々まで薙ぎ倒してたレーザー……!!

ここまで届いてたのかよ!?


「………」

「イリナ……」


さびしそうな顔で瓦礫を見つめるイリナに、メリスが声をかける。

……ショックだろうな。良い思い出だけじゃないだろうけど、それでも生まれてから、ずっと暮らしてた家がなくなったんだから。


「……大丈夫」

「え?」


しかし、イリナは俺達にほほ笑みを向けた。


「私の居場所はもう、ここじゃないから」


イリナはそう言うと、庭の一角へと歩いて行く。

そこには、小さな墓石のようなものがあった。


「それは……」


その墓石には、denis reaswerと刻まれている。

……デニス・リーサー……イリナを拾い、育て、そして裏切った、魔科学者の名前……。

それを見て、グリーがつぶやいた。


「……ディザイア・アンサー」

「え?」


グリーは近くの枝を拾い、地面に文字を書いた。


desire answer


「………アナグラム」

「意味は、『願いを叶える者』」

「……たぶん私の名前も、自分の名前から思いついたんでしょうね」


イリナはその墓石の前に立つ。

その顔は険しく、手を固く握りしめている。


「……私は、あなたを……許さない。……許せない」

「……イリナ……」

「……だけど」


イリナの表情が、フッと和らぐ。


「あなたが私を拾ってくれなかったら……育ててくれなかったら、私は今頃、生きてさえいない。

 ……そのことには、感謝してる」


イリナは墓石の前に座り、手を合わせた。

……数秒後、立ち上がり、墓石に背を向ける。


「……ここに来ることも、もうないのかしら……」


そう言って、少しだけさびしそうに笑う。

……何を言ってるんだか。


「そんなことないだろ。来たかったらまた来ればいい」

「そうだよイリナ!冒険者は好きな時に、好きな場所に行けばいいんだから!」

「君はもう、自由になったんだ。自分の意思を抑える必要なんてないよ」

「………うん、そうね」


俺達の言葉を聞き、イリナは笑顔になる。


「さてと、で、どうする?」

「宿屋に帰るか、いっそここで野宿するか。幸いテントならあるけど……」

「んー……夜の森を歩くのも危険だしな……」


そう考えると、ここで野宿した方が安全なような……。


「……イリナ、この森から最短で抜けられる道は分かるかい?」

「え?えぇ、一応」

「その道を使ったら、森から出るのにどれぐらいかかる?」

「……1時間ぐらい、かしら。閉じ込められてからは途中までしか行ってないから、正確には分からないけど」

「その後徒歩で30分か……うん」


グリーは納得したようにうなづいた。


「宿屋に帰ることにしよう。幸い、あの宿屋は24時間開いていたはずだしね」

「んー、まぁ、ここで野宿だと、やっぱり危険だもんな」


もちろん見張りは立てるけど、それでもキラーウルフとかが来たりしたら危ない。


「それに、イリナも早く外に出てみたいだろう?」

「あ……うん」


グリーの問いに、イリナはうなづく。

……あれ?


「イリナ、少し顔赤くないか?」

「え……?う、うぅん、そんなこと……」


イリナは顔を背けてしまう。

んー、暗くてよく見えないし、気のせいか?


「それじゃ、急いで荷物まとめるね」

「おう、そんな慌てなくてもいいけど」

「手伝うよイリナ!」

「メリスが手伝うなら、僕も……」

「え!?」


グリーが手伝おうとした時、イリナが驚愕の声を出す。


「ダメだよ兄さん!女の子の荷物なんだから!!女の子に任せなさい!!」

「あ、そ、そうだね」


グリーが下がると、イリナはほっとしたような顔になる。

……気のせいか?今メリスが自分のことを女の子って言ったような。


「ハディ、何か?」

「何でもありません!!」


メリスが『集中』したのを見て、慌てて頭を下げる。

あまりの殺気に思わず敬語が出てしまった。


10分後、イリナはなんとか難を逃れた物の内、使えそうな物をまとめてきた。


「服はほとんどダメになっちゃってたねー……」

「……仕方ないわ」

「大丈夫だよイリナ!!また新しく買おう!私も一緒に行くから!!」

「うん、ありがとうメリス」


……なんか、女子同士の会話って感じだな。

メリスはすぐ人と仲良くなれるから、立ち寄った町で同性の友達をよく作ってた。でも、同性の旅仲間ができるのは初めてだ。

イリナが仲間になって、一番嬉しいのはメリスかもな。


「くっ、イリナ……もうあんなにメリスと仲良く……!

 やっぱり、油断ならない相手だね……!!」


なんか、グリーがイリナに嫉妬し始めてる……。

相手が女でも嫉妬するのか、こいつ。


「それじゃ、そろそろ行こう。

 暗いから奇襲に十分気をつけないとな」

「あ、でも、今から行く道はあんまり魔物がいないの」

「そうなのか?」

「うん、特殊な魔力の通り道とかで、魔物が近づきにくいらしいわ。

 ……あの人は戦いなんてできなかったから、町に行く時はいつもその道を使ってたの」

「なるほど、それでこんな奥地まで来ることができたのか」

「もちろん、念のために護身用の魔導兵器は持ってたけど。こっちよ」


イリナに先導され、俺達は森の中を進んでいく。

イリナの言った通り、30分程歩いても、魔物には一度も遭遇しなかった。


と、その時、イリナがその歩みを止めた。


「イリナ?」

「………」


メリスの声にも応えず、イリナはじっと目の前の2本の木を見ていた。


「……ひょっとして……」

「……うん。いつも、あの2本の木の間で、見えない壁のようなものに弾かれてた。

 10年間……あそこから先には、行けなかった」


イリナはそう言って、その木の間の1歩手前まで移動する。


「………」


緊張した面持ちで、ゆっくりと、そして力強く、足を踏み出す。

そうしてイリナは、10年間閉じ込められた世界から、脱出したのだった。

大きく安堵の息を吐き、イリナは振り向いた。


「ここから先は、10年間行ってなかったから……ひょっとしたら、道が分からなくなるかもしれないけど……」

「まぁ、なんとかなるだろ」

「外に出るだけなら、方角さえ間違えなければ大丈夫なはずだしね」

「もし間違ってても、私達がついてるから大丈夫だよ!イリナ!」

「……うん!」


憑き物が落ちたようにイリナは笑顔になる。

そんなイリナに先導され、俺達は『守護の森』を後にしたのだった………。







では、次回予告です!


「ハディだ!」

「メリスだよ!」

「グリーだよ」

「3人合わせてっ……!」

「いや、特に何でもないだろ」

「ノリが悪いよハディ!!」

「じゃあ、続きを言ってみろ」

「………」

「何にも考えてないんじゃねぇか!!」

「ほら2人とも、次回予告次回予告」

「っと、そうだった。

 次回、タルト町へと帰った俺達は……まぁ、暇だよな」

「ちょっ!?次回最終話だよね!?そんなんでいいの!?」

「って言っても、次の日の審査発表まで本当に暇だからな……。

 10年間外に出てなかったイリナに、タルト町を案内するぐらいか?」

「僕達も、この町にはついこの間来たばかりなんだけどね……」

「まぁとにかく、次回はそんな感じだ!

 次回、冒険者ライフ!最終話『新たな旅立ち』!!」

「よーし2人とも!それじゃあ最後はこの言葉で締めようよ!」

「あぁ、この言葉かい」

「……なんかふざけ過ぎてる気もするけど……まぁいいか。

 それじゃいくぞ。せーのっ!」

『俺達の旅は、これからだ!!』



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