第47話 森の中の家
「うおりゃあっ!!」
気合いと共に襲いかかってきたワイルドウルフを斬り伏せる。
森に入って早1時間……これで10匹目だ。
「……なんか、やっぱり狩りでもないのに殺すのってやだな」
「襲いかかってくるんだからしょうがないだろう。自然界は弱肉強食だからね」
グリーの言う通りだけど、後から死体を見ると、やっぱりいい気はしない。
「せめて毛皮とか取れればいいんだけど……」
「いちいちそんなことしてたら、あっという間に日が暮れちゃうよ」
そう言いつつ、グリーはワイルドウルフの死体をわき道へと運ぶ。
「道のど真ん中にさらしておくのは、流石によくないからね」
「墓とか……」
「それは流石に時間がかかるよ。ほっといても、ちゃんと自然に還っていくから問題ないって。
……それにしても」
パンパンと軽く手を叩いて、グリーは呟く。
「手掛かりって言っても、何を捜せばいいんだろうね」
「何って、『願いの珠』でしょ?」
「……メリス、『願いの珠』がその辺にポンと置いてあると思うか?」
「ないの!?」
「ねぇよ!!もしそうだったら、いくらなんでも他の誰かが見つけてるだろ!!」
この『守護の森』は守り神がいるからって、タルト町の住人はあんまり来ないらしいけど、全く人が来ることがないってことはないだろう。その証拠に、人が通れるような道がある。
だから、いくらこの森が広いからって、野ざらしにされてたら、流石にもう誰かが見つけてるはずだ。
「やっぱり、どこかに隠してあると考えるのが妥当だろうな」
「どこかって……どこ?」
「いや、それが分からないから困ってるんだろ……」
正直な話、見当もつかない。隠せるような洞窟でもあれば別だけど、そういうのも今の所見つからないし。
……あー、早くもカオスの頼みを聞いたことを後悔しそうだ。
「まぁ、おそらく『隠れ家』に隠しているだろうけどね。
問題はその場所が全く分からないことだけど」
「……『隠れ家』?」
グリーの呟きに、思わず問い返す。
「忘れたのかい?その魔科学者は、タルト町を出てからもこの森で目撃されてるんだ。
だったら、この森の中に住みこんでいる可能性が高いだろう」
「あ、なるほど」
つまり、この森とタルト町を往復するのが面倒……もしくはその時間が惜しくなって、この森に住むようになったってところか。
「……でも、なんでわざわざこの森に来てるんだろうな。研究なら、町の方がやりやすいんじゃないのか?」
「さぁね……この森に必要な材料でもあったのか、もしくは、この森そのものが必要だったのか」
「……森が、必要?」
「あぁ、ハディくんは魔力がほとんどないから分からないだろうけど……メリスは分かってるよね?」
「うん」
グリーの問いかけに、メリスがいつになく真剣な顔で傾く。
「この森……『神佑地』だよ」
「……え?」
『神佑地』って、確か……。
「名前通り、『守り神』、もしくは『土地神』の存在する場所のことだよ。
『神佑地』は普通の場所と比べて、大気中の魔力がかなり多く、質も良い。
……にもかかわらず、強力な魔物が住みついてないってことは、おそらくここにいるのは『守り神』だろうね」
「……森を守るために、強い魔物が来ないようにしてるってことか?」
「そういうことだよ。『土地神』だったら、どんな魔物が来てもあんまり気にしないだろうからね」
確か……『守り神』はそこに生きる生命も土地も守るけど、『土地神』は土地さえ荒らされなければ、後は気にしないんだっけ?
まぁ、その『神』の性格にもよるらしいけど。
「でも、なんだか変だよ、この森……。
『神佑地』にしては、魔力に神々しい感じがしないっていうか……」
「……そうなのか?」
「うーん……そういう感覚はメリスの方が上だから、僕にはなんともいえないけど……。
確かに、『神佑地』にしては魔力が弱い気はするね。もっとも、『神佑地』の魔力はそこにいる神の力に比例するらしいから、単純にここにいる神が、そこまで強くないってことじゃないかい?」
「……そういう話は、俺はさっぱりだな」
俺は魔力がほとんどないから、魔力を感じる力も当然ない。
そういうのは一応メリスが一番なんだよな、仮にも『魔導師』だし。
「ハディ、“一応”とか“仮にも”とか失礼だよ!」
「悪い悪い、今度から気をつけるな」
「……兄さん!ハディが『心読むな!』ってツッコんでくれない!!」
「ハディくん!なんでツッコまないんだい!!」
「うるせぇ!!いつまでも同じネタにツッコんでもらえると思うなよ!?」
……なんだこの会話。
「話を戻すけど……まさか、『神』と戦うような展開にはならないよな?」
「……ならないでほしいね、シャレにならないから」
『土地神』とか『守り神』は『神』の中では弱い部類らしいけど、それでも俺達の手に負える相手じゃない。軍隊が出動するレベルの相手だ。
……勝てるか、死ぬわ。
「魔物で例えると、ほとんどは危険度AかA以上だよ、中には危険度B程度のもいるらしいけど。
……そもそも、魔物じゃないんだから戦うことなんてほぼないんだけどね」
「危険度Bでも十分勝てないから。普通に秒殺されるだろ」
「仮に倒せても『神殺し』になっちゃうからね。勝てる勝てない以前に、戦いたくない相手だよ」
小さく嘆息し、グリーは続ける。
「でも、本当に『願いの珠』が実在したら……この森の神が関わってる可能性は大だね」
「……神の力なら可能だってのか?“どんな願いでも叶える道具”が」
「それは流石に言い過ぎだろうけど……それに近いものなら、ね」
「近いもの……か」
神の力を宿した道具……なんか、とんでもないものじゃないか?それ……。
「ま、どっちにしろ『願いの珠』を捜すことには変わりないよ」
「でも、場所が分からないだろ。その魔科学者の『隠れ家』も」
「そうだけど……とりあえず、今朝、宿屋の人に聞いた限りは『隠れ家』の情報はなかったよ。
それは逆にいえば、そんなに簡単に見つかる場所にはないってことだ」
「……んじゃ、あんまり人が行かないような、奥の方を捜した方がいいってことか」
「そうなるね」
時間かかりそうだな……それに、迷わないように気をつけないと。
「あ、見てハディ!あの木の実おいしそう!!」
「能天気だなてめぇ!!」
俺とグリーの話聞いてたのか……?
いや、聞いてても理解してなさそうだ、メリスだし。
「手掛かりは少ないけど、捜してみるしかないね」
「……だな」
なんか、かなり面倒な頼みを聞いてしまった気がしてきた。
……まぁ、どの道明後日までは暇だし、いいか。
その後、俺達は途中で休憩や昼飯を取りつつ、『願いの珠』を捜し続けた……。
「……はぁ」
だいぶ疲労がたまった足を軽く押さえて、思わずため息をつく。
「……全っ然ねぇじゃねぇか!!
いくら捜しても木しか見つからないし、魔物としか会わねぇ!!」
「落ち着いてハディ、近所迷惑だよ」
「誰が迷惑するんだ誰が!?」
こんな深い森の奥地で騒音を気にする奴なんていないだろ!!
途中で人が通るような道も途絶えて、そこからずっと獣道だし!!
「キラーウルフも出てくるし……かなり奥まで来たみたいだね」
「倒しても何の利益もないから、正直戦いたくねぇんだけどな」
整備された道じゃないから戦いにくいし。まぁ、死体をそのままにしておけるのはいいけど。
「ってか、もう相当歩いたよな……今何時だよ」
「えーっと……5時過ぎだよ」
「うわ、もうそんな時間になってたのか……」
歩くのに集中してたのと、ここが森の中で太陽の位置がよく分からないから、全然気がつかなかった。
「……まずいね」
「どうした?グリー」
「……道が分からなくなった」
「………え?」
後ろを振り返る。
そこには、視界一杯の木や草しか見えなかった。足元にも草が茂っているため、自分達が歩いてきた道すらも分からない。
………え。
「ちょっ……おい、まさか……遭難……!?」
「……しかも、後1時間半もすれば日が落ちる。
そうなれば辺りは真っ暗になってしまう……危険過ぎるよ」
グリーの言う通り、この森は魔物の巣窟だ。
今はまだ薄暗い程度だから大丈夫だけど、真っ暗な中突然魔物に襲われようものならひとたまりもない。
「……ごめん。十分気をつけてたつもりだったんだけど」
「いや、無理もないって。こんだけ長時間獣道を歩いてたからな。しかも、時々魔物が襲ってくるんだ。俺なんて途中からすっかり忘れてたぞ」
「そうだよ兄さん!私なんて最初から全く考えてすらいなかったよ!!」
「お前には初めから期待してねぇ」
「ハディひどい!!」
「っと、漫才やってる場合じゃないな」
幸いテントは持ってきてるから、なるべく安全な場所にテントを建てて、今日は野宿にするか。
火でも焚けば魔物はそうそう近寄ってこないだろうし。まぁ、念のため交代で見張りはするべきだけど。
「………あれ?」
「ん、どうした?メリス」
「何だか、変な感じがして……」
「って、おいメリス!」
まるで何かに引き寄せられるように進むメリスの後を慌てて追う。
しばらく歩くと……、
「って、あ!?」
なんと、人が通ったような道を発見した。
整備されてるわけじゃないけど、獣道って感じでもない。長い間誰かが歩いてる内にできた道って感じだ。
「グリー、これ……」
「うん、人がいる可能性が高いね。
メリス、その変な感じは、どこからするんだい?」
「えっと……こっち!」
メリスはその道の先を指差す。
もし、この道が『願いの珠』の研究をしてた魔科学者によって作られたものなら、その“変な感じ”ってのは、まさか……!
「よし、行ってみよう」
「慎重にね」
「分かってるって」
そうして道を進むこと十数分……。
「……おい、これ……」
「……うん、見つけたね」
「うわぁ……立派な家!!」
俺達の目の前に現れたのは、一家族ぐらいなら住めそうな大きさの一軒家だった。
森の中だけど、その家の周りはちゃんと手入れがされていて、家庭菜園みたいなものもある。誰かが住んでるのは間違いない。
……っていうか、家の中に明かりがついてるし。
「で、メリス。その“変な感じ”って、この家の中からするのか?」
「えっと……あれ?」
俺の質問に、メリスは首を傾げる。
「消えちゃった」
「……え?」
「確かにこっちの方からしたと思うんだけど……」
メリスはきょろきょろと周りを見渡すが、やがて諦めたのか、もう一度首を傾げた。
「……とりあえず、扉を叩いてみるか」
「油断はしないようにね。極論、いきなりゴーレムの類が襲いかかってくるかもしれないし」
「怖いこというなよ……」
ありえそうだから余計怖い。
でも、ここまで来たからには行くしかない。何より、もうすぐ日が落ちるからな。
『願いの珠』と関係あろうがなかろうが、この家に泊めてもらうのが一番だ。……関係あったら、泊めてもらうのは逆に危険かもしれないけど、その時はその時だ。
チャイムはついてなかったので、コンコンと扉を叩く。
「……はい」
少し遅れて、女の人の声がした。
………女の人?
不思議に思っていると、がちゃ、と音がして、扉が少しだけ開く。
「……あの、何かご用ですか?」
「あ、えっと……」
しまった、なんて言えばいいんだ?
『願いの珠』のことは言わない方がいいよな。もし関係があったら、泊めてくれないかもしれない。
「突然すみません、道に迷ってしまって……。
もうすぐ暗くなってしまいますし、よろしければ一晩泊めて頂けませんか?」
と、グリーが代わりに返答してくれる。
流石グリー、これなら怪しまれずにすむな。
「………分かりました、どうぞ」
女性は少し戸惑った様子だったが、扉を開き、中へと入れてくれた。
「ありがとうございます!あ、俺、ハディ・トレイトです」
「僕はグルード・テーナスです。突然押しかけてしまって、すみません」
「私メリス・テーナスです!よろしく!!」
家の中へと入り、女性に自己紹介をする。
それを見て、女性は小さく笑みを浮かべた。
「どうも……私はイリナ。イリナ・ガルディデス、です」
微笑みながら、イリナさんは自己紹介をしてくれた。
グリーの髪よりも明るい、灰色というより銀色といった方がいい髪、瞳は俺と同じ黒色だ。
肩まで広がった銀髪もあって、“かわいい”とか“美人”っていうより、“きれいな人”って感じだ。
歳は俺達と同じぐらいに見えるけど、落ち着いた雰囲気のせいか、少し年上のような感じがする。
「はい、よろしくお願いします!」
「変わった苗字ですね!!」
「うんうん変わった……っておい!!」
いきなりメリスが失礼なこと言いやがった!!
「すみません、こいつバカなので!」
「ハディひどい!!」
「お前の方がひどいだろ!!」
「いえ、気にしないで。自分でもそう思うから」
さして気にした様子もなく、イリナさんは微笑みを浮かべたままだった。
良かった、機嫌を損ねたりはしてないみたいだ。
「ちょうど、今から夕食を作る所なの。少し待っていて」
「すみません、夕食まで……」
「あ、手伝います!!」
びしっと手を上げるメリス。
その様子に、イリナさんはクス、と笑いをこぼした。
「ありがとう。……敬語はいいわ、歳、近そうだから」
「うん!あ、呼び捨てでもいいかな?私もそれでいいから!!」
「えぇ、構わないわ」
……なんか、早くも打ち解け始めてるな。この辺りは流石メリスと言えるかもしれない。
そういやレイラとも、会ったその日に打ち解けてたもんな。
「お2人は居間で待っていて。少し時間がかかるかもしれないけれど」
「あ、僕も手伝……」
「いいってば!男は待ってなさい!!」
「なんだそのキャラ」
メリスに申告を却下され、グリーはしぶしぶ引き下がる。
「2階に上がってすぐ右の部屋が空いているの。
後で布団を持っていくわ……部屋は一緒で良いかしら?」
「はい、大丈夫です。それじゃ、荷物置かせてもらいますね」
「えぇ」
イリナさんとメリスは奥へと歩いていった。台所に行ったんだろうな。
んじゃ、俺達は荷物を……、
「って、どうした?グリー」
「いや……」
グリーがついて来ていないのに気づき、呼びかける。
グリーは少し考えるようなそぶりをした後、階段を上がってきた。
「……イリナさんか?」
「心配だけど……大丈夫だと思うよ。少なくとも、今のところは」
グリーは少し険しい顔をする。
さっき2人について行こうとしたのも、メリスが心配だったから、つまり、イリナさんがまだ信用できないからだろう。今会ったばかりだし……何より、場所が場所だ。いきなり信用するのは不用心すぎる。
それでも大丈夫だと判断したのは、イリナさんから敵意を感じなかったからだろう。
そんなものを感じたなら、俺だってメリス1人で行かせたりしない。
「変に警戒したら、逆に怪しまれるかもしれないからね。夕食の時に探りを入れてみよう」
「おう」
この家……そして、イリナさんが『願いの珠』と関係あるのかどうか。
年齢から考えて、イリナさんがその魔科学者ってことはないだろうけど……何かしら関係があるかもしれない。
「年齢からすると孫……かな。その魔科学者、20年程前に50代だったらしいから」
「名前は分からないのか?」
「聞いてないよ。そもそも、世間話ぐらいのつもりだったからね」
「そっか……よく世間話をそんなに覚えてるな」
「バカにしちゃいけないよ、何気ない会話にだって有用な情報が含まれてるんだからね。
実際、こうして役に立つことも多いよ」
「なるほど」
グリーの知識は大体本によるものだと思ってたけど、実際には世間話とか、風の噂とか、そういう他人とのコミュニケーションによって得た情報も多いんだろうな。
「と、ここか」
イリナさんに言われた部屋に着く。
3人どころか、5、6人ぐらい泊まれそうな広い部屋だ。掃除も行き届いてる。
ただ、少し気になったのは……、
「……本、多いな」
1つの壁が本棚で埋まってることだ。
読書家なのか……?
「魔法書や魔物図鑑に、名のある冒険者の手記、剣術の指南書……」
「……なんか、分野が微妙に物騒だな」
結構分厚い本もあるな……これを見る限りでは、グリーと張り合えそうだ。
そんなことを思いつつ、荷物を置き、部屋を出ようとしたところで、気になるものが目に入った。
「あれ、この絵……」
本棚とは反対側の壁に掛けられた絵。
育ってる野菜の種類は違うけど……さっき外で見た家庭菜園の絵だ。
「イリナさんが書いたのかな?」
「みたいだね、ほら」
グリーが絵の右端を指差す。
そこには、irena garudidesとサインが入れてあった。
“イリナ ガルディデス”って読むんだよな?
「おぉ、『精霊語』で書いてある。
俺は勉強苦手だから、なんとか読むぐらいしかできないけど、こういうので名前とか書くとかっこいいよな」
「まぁ、普通の人は精々簡単な単語や読み方が分かるぐらいだろうね。逆に精霊も『人語』はあまり理解できないらしいよ」
「え、そうなのか?でも、『詠唱』とか普通に『人語』じゃ?」
「あれは『言霊』によって精霊に呼びかけてるからね。意味が通じなくても、意思が通じれば大丈夫なんだよ」
「あー、そうなんだ」
「古代魔法の中には『精霊語』を使うものもあるらしいけどね。
僕もある程度は勉強してるけど、そこまで詳しくは………っ!!」
「グリー?どうしたんだ?」
突然グリーが何かに気づいたかのように、驚愕の表情を浮かべた。
「……いや、何でもないよ。……まさか、ね……」
「……?」
グリーは頭を横に振り、部屋を出ていった。
この絵が、どうかしたのか……?
もう一度絵をよく見てみるが、特におかしいところはない。こういう芸術の類はよく分からないけど、素人にしてはうまいと思う。
他にも木や花に川、魔物の絵なんかも飾ってあるけど、普通にうまい絵だ。
……グリーは一体、何に驚いたんだ?
「ハディくん?」
「あ、おう」
グリーに呼ばれて、俺は部屋を後にした。
まぁ、何でもないって言ってたし、気にする必要もないか。
では、次回予告です!
「ハディだ!
突然の来客にも関わらず、俺達によくしてくれるイリナさん。
夕食の席で話をするうちに、仲良くなっていくんだけど……。
次回、冒険者ライフ!第48話『願いの珠』!
どうしたんだグリー?変な顔して……」




