第45話 企み
~グリーサイド~
「っ……!!」
僕は苦々しく、前方にいる敵をにらみつけた。
C級の昇格審査。簡単にはいかないと予想していたつもりだ。
だけど、最初に出てきた2匹のハンターウルフを思いのほか簡単に倒せたため、心のどこかで思ってしまった。いける、と。
だが、次に部屋に入ってきた魔物を見て、それは楽観のしすぎだと思い知らされた。
「ブレードキャット……!!」
体長は1m程、しっぽの先と爪に鋭い刃が生えている猫の魔物だ。
危険度Dの中位魔獣で、戦闘力は危険度Dの中では平均並……以前、レイラさんが1人で倒していたけど……。
「フシャアアアアアァァァ……!!」
ブレードキャットは僕に向かって威嚇をしてくる。
そして次の瞬間、ものすごい速度で突進してきた。
予想通りの行動だったため、僕は慌てず、冷静に相手に銃を向ける。
発砲。銃弾は正確にブレードキャットの額に命中するはずだった。
ギィン!!
「なっ!?」
思わず驚愕の声を上げる。
放たれた銃弾を、ブレードキャットは難なくナイフのような爪で弾き飛ばしたのだ。
「くっ!!」
立て続けに発砲するが、全てよけられるか弾かれるかだ。
普通の猫でも、その動体視力は人間の数倍だと聞いたことがあるけど、ブレードキャットはその比じゃない。
一発もかすらせることすらできず、弾切れになってしまう。
その瞬間に、ブレードキャットは飛びかかってきた。
ドォンッ!!
「ッ!!」
直撃を受けたブレードキャットが吹き飛ぶ。しかしすぐに体勢を整え、器用に着地した。
「油断したね」
僕は銃に弾を装填をしながら、呟く。
このレベルの魔物なら、隙を見せれば即座に攻撃してくると思った。
だから僕はあえて銃弾を全て放ち、相手の攻撃の瞬間を狙うことにしたんだ。
「思ったより便利だね。『空気弾』」
実弾なしで撃てるというのは大きい。切り替えがうまくできれば、弾切れのリスクがなくなるからだ。
……とはいっても、やっぱり威力が低いな。
近距離で直撃したのに、ブレードキャットには大してダメージを与えられてない。
「……攻撃より、相手をひるませるのに使うべきかな」
小さくつぶやきながら、レバーを切り替える。
その瞬間、銃が緑色に発光し始めた。
それを見て、本能的に危機を察知したのか、ブレードキャットは警戒を強める。
「……行くよ!!」
発砲。“その弾”は先程の倍の速度でブレードキャットへと射出された。
人間なら反応することすら困難な速度。しかしブレードキャットはそれに反応し、ぎりぎり当たらない所まで移動してみせた。
……悪いね、予想通りだ。そうくると思ったから、足元に撃ったんだよ!
ドオオオオオォォォォォン!!
「ッ!!?」
先程までブレードキャットが立っていた所で、小規模な爆風が巻き起こる。
爆風のあおりを受け吹き飛んだブレードキャットは、なんとか着地したものの、軽い錯乱状態に陥っていた。
その隙を逃さず、僕はブレードキャットの目の前まで走り、至近距離で銃を頭に突きつける。
「この距離なら、よけるのも弾くのも無理だよね」
ブレードキャットが振り向く前に、僕は容赦なく引き金を引いた。
~ハディサイド~
「シ、シントさん……?」
俺は呆然と、シントさんを見る。
その表情は、きっと驚愕に染まっていただろう。
「……何をしてるんですか?ハディさん」
「え?」
「名乗られたら、名乗り返すのが礼儀でしょう?」
「っ!!」
冗談でも、なんでもなかった……本当に……!
「『名乗り』の意味、あなたも冒険者ならば、ご存じのはずです」
「……はい……!」
知っている。知っているからこそ、困惑してるんだ。
『名乗り』。
自分の所属、異名、本名を名乗り上げ、1人の戦士として、相手に戦いを申し込む。
遊びでも、稽古でもない。真剣な『戦い』だ。
「本気、ですか?なんで……!」
「……おかしなことをおっしゃいますね。あなたは今、ここで何をしているのですか?」
「っ……それは……!」
C級冒険者になるための審査。
だけど、おかしいだろ……!
「なんでそれで、C級冒険者と戦うんですか……!?」
シントさんの左腕につけられた銅製の腕輪を見て、やけくそ気味に叫ぶ。
これからC級になろうって奴が、すでにC級になってる人と戦うなんて……!
俺の声に、シントさんは小さく微笑んだ。
「簡単な話ですよ。私はC級冒険者です。
あなたが私に勝つことができれば、それはあなたがC級冒険者になるだけの力を持っているという証明になるでしょう?」
「……だからって……!」
「大丈夫ですよ。勝てなんて言いません。私と渡り合うだけの実力を示せれば、あなたがC級を得る資格があると、判断できますからね」
「っ……!!」
勝つ必要はない、シントさんと渡り合うだけの実力を示せればいい。
……だけど、渡り合えなかったら?あっという間に負けてしまったら?
そんな不安が脳裏によぎる。
……いや、何を考えてるんだ、俺は。
さっきシントさんに言われたじゃないか。俺は、ここに何をしにきた?
C級の審査を受けにきたんだろ!!それから逃げるなんて、できるわけない!!
「D級冒険者、ハディ・トレイト!!」
まっすぐ夜桜をシントさんへ向け、言い放つ。
格上の相手だ。正直、勝てるとは思えない。だけど、逃げるわけにはいかない!!
「覚悟は、できたようですね」
シントさんは嬉しそうに笑い、姿勢を低くして構える。
次の瞬間、その顔から笑みが消えた。
「……参ります」
シントさんは剣を振り上げ、突進してきた。
振り下ろされる刃に夜桜をぶつけ、受け止める。
……速い!!
数mの距離をほとんど一瞬で詰められた。剣閃の速度も相当だ。
……でも、重さはカオス程じゃない!
力任せに剣を押し返し、その勢いのまま斬りかかる。
しかし、シントさんは剣の側面で、簡単に俺の斬撃を受け流した。
「っ!!」
体勢が崩れかけたため、一歩下がって間合いを取る。
「良い反応です」
シントさんはにっこりと笑う。
……まずいな、速さだけじゃない。この人の剣術、俺より数段上だ!
「しかし、距離を取ったのはまずかったですね」
「え……?」
どういう意味だ……?
剣士相手なら、距離を取るのは有効なはずだ。いくらすごい剣士でも、剣が届かないと攻撃できないからな。
……そんな俺の疑問は、すぐに解決することになった。
シントさんの体が、白く光ったことで。
「なっ!?」
『集中』……!まさか!?
「光よ集え! ホーリ!」
複数の光の弾が、シントさんの周囲に現れる。
シントさんが俺に剣を向けると、それらは同時に襲いかかってきた。
「くっ!!」
即座にその場を離れ、光の弾から逃れる。
幸い、放たれた後の軌道修正はできないらしく、それらは俺の背後にあった、コンクリートの壁へとぶつかった。
……流石、魔法。コンクリートの壁がボロボロになってる。
「『魔法剣士』……!!」
「ご明察」
シントさんはにっこりと笑った。
魔法剣士。その名の通り、剣と魔法、2つを使って戦う者のことだ。
当然、2つの道の修業をするのはとてつもなく大変だけど、魔法剣士には大きな利点がある。
それは、『距離』だ。
普通、剣士は近距離でしか戦えない。理由は、攻撃が届かないからだ。剣を投げるって手もあるけど、それは最後の手段だろ。普通やらない。
そして、魔法使いは遠距離でしか戦えない。理由は、準備に時間がかかり、近距離じゃ魔法を発動する前にやられてしまうからだ。……ランディアさんとかプラムさんレベルになれば別だけどな。
しかし、魔法剣士は近距離でも遠距離でも戦える。しかも、シントさんの剣術は俺より上だ。仮に接近戦に持ち込んでも、有利にならない!
「どうしました?ハディさん。
もし剣で敵わなくても、あなたは接近戦に持ち込むしかないでしょう?」
「くっ……!」
シントさんの言う通りだ。純粋な剣士である俺には接近戦しかない。
こうなったら一か八か、『集中』の隙を狙って……!
「つまり、接近戦に持ち込めなければ、それまでということです」
シントさんは服の中から、小さなガラス玉のような物を取り出した。
「それは……?」
「知らないんですか?『マジックビーズ』ですよ。1つ500Gの安物ですがね。
簡単にいえば、人工の魔法石です」
魔法石……?って、確か、魔力を蓄える性質のある……。
……まさか!?
バリン!
シントさんがマジックビーズを軽く放り投げた。次の瞬間、空中でマジックビーズは砕け散る。
そして、そこから白い光が現れ、シントさんを包んだ。
「天界より光の集いを呼ぶ……」
「っ!!」
この詠唱……やばい!!
「清めよ ホーリア!!」
再びシントさんの周囲に光が現れる。
ただし、さっきとは違い、球体ではなく槍の形をしている。
シントさんが剣を向けると同時に、光の槍は高速で俺に向かってきた。
「くぅっ!!」
慌ててその場を離れてよけるが、今回は数が多い。さっきと違って複数同時ではないけど、次から次へと新たな槍が現れ、放たれる。さらに、コンクリートの壁や床にやすやすと突き刺さっていることから、その威力の高さがうかがえる。これは当たっちゃまずい!!
辛くもよけ続けていたが、ただでさえ魔物との2連戦を終えた後なんだ。体力が尽きて……。
「っ!!」
1本の槍が俺の右足にかすった。それに動じて動きが止まってしまう。
その隙を逃さず、さらに1本の槍が放たれたのを見て、とっさに夜桜を槍へと向ける。
なんとか、弾けるか……!?
バシュゥゥゥッ!!
『っ!?』
俺とシントさんは、同時に驚愕の表情を浮かべた。
光の槍が夜桜にぶつかった瞬間、光の槍が消滅したんだ。
「それは、一体……!?」
「そういえば……」
……カオスが言ってたな。この剣は『闇属性の魔力』を纏ってるって。
だから、光魔法を消滅させることができたのか……。
……ってか、今消滅させたの基礎魔法レベル2なんだけど。ひょっとして、この剣の魔力って相当すごいんじゃないか……?
「……なるほど、その武器は……」
「え?」
「……いいえ、なんでもありません」
シントさんはそう言って小さく微笑む。
……とにかく、ラッキーだな。シントさんが使うのは光魔法。この剣なら対抗できる!
それに、もう1つあるじゃないか。俺があいつから教わった『武器』が!
ちょうどホーリアの効果が切れたのか、光の槍はもう来ない。シントさんとの距離は5m程。
今がチャンスだ!!
足の裏へと意識を、力を集中させる。
「………?」
それに気づいたのか、シントさんは剣をゆっくりと構えた。
……真正面から行くのはちょっと無理か?いや、うまくいけば、大丈夫なはずだ!
昨日、数えるのも面倒な程練習した。『狩人の庭』でハンターウルフの群れに囲まれた時は、これを使って危機を脱した。
カオスの『本物』に比べれば、まだ未完成とも呼べないだろうけど、それでも、これは俺の力の1つだ!!
「縮地!!」
床を思いきり蹴りつけ、その反動で前方へと飛ぶ。その速度は普通に走った時とは比べられない程だ。
「っ!!」
流石のシントさんも不意を突かれ、対応が遅れる。
もらった!!
ガギイィィィィン!!
「っ!!」
「危ない所でした……!」
俺が振り下ろした刃は、シントさんの剣によって受け止められていた。
くそっ!やっぱり真正面からは無理があったか!
悔しく思いながらも、一歩下がり、間合いを取る。
「……驚きました。まさか、『縮地』を習得しているとは」
「え?」
縮地を知ってる……?
そういやカオスが、縮地はいろんな武道やスポーツに取り入れられてるって言ってたっけ。
「といっても、まだ『基礎』の段階のようですね。完成形には程遠いと見受けられます」
「うっ……」
悔しいけどその通りだ。
現に今、シントさんにあっさり防がれたもんな。
「ですが……それでも、十分力になっている」
「え?」
「……ハディさん」
シントさんは剣を構え、まっすぐ俺を見据える。
……なんだ……?シントさんの雰囲気が、変わった……!?
「申し訳ありません。正直な所、あなたの力を見くびっていました」
「え、は、はぁ……」
「あなたの力と、そして、その剣に敬意を評し……」
シントさんはさっきと同じマジックビーズを取り出した。
それを放り投げると、また空中で砕け散り、シントさんに魔力を補充する。
「全力で、いかせてもらいます」
「っ!!」
ゾクッ!!と背筋に悪寒が走る。
なんだ……この人、何をするつもりだ!?
「邪を滅する聖なる光よ 我が剣に宿りてその力を示せ
その姿を光芒と化し 空を走りて彼の者を斬り裂け!!」
『詠唱』が進むにつれ、シントさんの剣が光に包まれ……終わる頃には、完全に光に覆われていた。
その光の剣を、シントさんはゆっくりと振りかぶる。
………やばい!!
本能的に危機を感じ、俺がその場から逃げだすのと、シントさんが剣を振り下ろすのは、ほとんど同時だった。
「光芒斬!!」
ズッシャアアアアアアァァァァァァァァァ!!!
剣閃がそのまま光の刃となり、5m以上先のコンクリートの壁に大きく、深い傷跡をつける。
……おい……マジか。なんだよ、この破壊力……!!
「『魔剣技』というやつです。
魔法はただでさえ威力が大きいですからね。それを剣に乗せて放てば、その威力は絶大です」
「………」
俺は壁についた大きな傷跡を見て、呆然としていた。
『ホーリ』は壁をボロボロにしていた。『ホーリア』はコンクリートにやすやすと突き刺さっていた。
……でも、今のはそんなレベルじゃない。
ここが、戦いが行われることを前提に作られた部屋じゃなければ、おそらく壁1つを斬り砕いていただろう。
相手が格上だって、分かってるつもりだった。でも、甘かった……!
「どうしました?」
「っ!!」
ビクッ、と体が震える。
……まだ、勝負は終わってない。だけど……!!
「……戦意喪失、ですか?」
「………」
自分の状態を的確に指摘される。
……そりゃ、そうだろ。こんな力を目の当たりにしたら、どんなバカでも分かる。
……勝てるわけ、ないって。
俺の考えを察したのか、シントさんは小さく嘆息した。
「……ハディさん。あなたはD級冒険者ですよね?」
「え……はい、そうですけど……」
「ならば、今までたくさんの依頼をこなしてきたはずです。
……その中で、自分よりも強いものと戦う機会は、なかったのですか?」
「っ!!」
シントさんの質問……答えはもちろん、“いいえ”だ。
特にここ最近はそんな機会が多かった。
チョコレート町で戦ったミドルドラゴン、ジェネラルドラゴン。
港町ヨーグルトで戦ったブラッディヴァイン。
普通に考えたら、俺達が勝てる相手じゃなかった。
……でも、俺達は勝った。勝てなくても、生き残った。
「あなたはその時、どうしました?あきらめて、おとなしく殺されようとしたんですか?」
「っ……!!」
……違う。
確かに……勝てるわけないとは思った。逃げ出したくもなった。
……だけど、戦意は最後まで、失ってない!あきらめたりなんか、してない!!
キッとシントさんをにらみつけ、無意識に下ろしていた夜桜を、もう一度相手へと向ける。
「……そうこなくては」
シントさんは挑発的な笑みを浮かべ、再度マジックビーズを取り出す。
それを見て、俺は剣を構えてシントさんへと走り出した。
一か八かの策だけど……!!
「っ!」
シントさんは慌ててマジックビーズを放り投げ、魔力を補充する。
やっぱりな。
マジックビーズという道具を使うことで、『集中』を省略することはできる。
だけど、魔法の準備には後2つ、『詠唱』と『呪文』がある。
さっきまでは、攻撃に備えるためにできるだけ距離を取ってたけど、魔法を使う人と戦う場合、やっぱり最善策は『先手必勝』だ!
「光芒斬!!」
後数歩という距離で、先程の『魔剣技』が繰り出される。
間に合わなかった……けど、想定内だ!
「はあああぁぁぁぁぁぁ!!」
襲い来る光の刃に、夜桜を思いきり振り下ろす。
『ホーリア』と違って消滅させることはできず、重なった白と黒の刃が激しく火花を散らす。腕にかなりの衝撃が来たけど……これぐらいなら耐えられる!『詠唱』を省略したせいで、さっきと比べてかなり威力が低くなってるみたいだ!
これなら……!
「うおりゃあぁぁ!!」
気合いと共に最大限の力を込めて、光の刃の軌道を少しだけ左へそらすことに成功する。
よし!しのいだ!!
「っ!!」
これには流石のシントさんも驚いたらしく、一瞬隙ができる。
だけど、まだだ。ここから普通に走っていったら間に合わない。ただ接近戦に持ち込むだけじゃ、勝てない。
だから!
「縮地!!」
足にためておいた力を解放し、至近距離まで一気に移動する。
俺がカオスに教えてもらった『縮地』。
その特徴は速度だけじゃない、ためがないということだ。
……正確には全くないわけじゃない。カオスですら、ほんの一瞬だけとはいえ、ためは必要らしい。
だから、そのためを相手に気づかせない。それが『縮地』の真骨頂だそうだ。
俺はためも長くかかるし、隠す技術も未熟だから、普通に相対していたら、確実に気づかれるだろう。
だけど、シントさんの意識が他へと向いていれば。
例えば、“自分の放った攻撃を相手が受け止め、その結末がどうなるか見てる最中”とかなら。
気づかれずにためを作ることだって可能だ!!
真正面だと、さっきみたいに即座に対応される可能性が高い。
だから、俺から見てシントさんの左側、振り切った剣から一番遠い位置へと着地する。
同じ手が何度も通用するとは思えない。これがたぶん、最後のチャンスだ!
後は夜桜を、シントさんの首に突きつけるだけ……!
「……っ!?」
「………」
……想定外のことが、起こった。
俺は、いくらシントさんでも、あの必殺の一撃を放った直後なら、隙ができる。その隙を突けば、対応できないはずだ。……そう思っていた。
だけど、やはり流石はC級冒険者というべきか。シントさんはきっちりと対応してきたんだ。
それも、俺と全く同じ動きで。
「うっ………」
そう、俺が夜桜をシントさんの首へ突きつけようとした瞬間、シントさんの剣が俺の首に突きつけられた。
……実際、俺の剣もシントさんの首に突きつけている。はたから見たら、引き分けに見えるかもしれない。
……でも。
俺は夜桜を手から放し、小さく両手を上げた。
……感覚的に、分かってしまった。コンマ数秒、シントさんの方が速かった……と。
「………」
そんな俺の様子を見て、シントさんはフッと笑みを浮かべる。
「それでは、これで審査を終わりたいと思います。お疲れ様でした」
「……はい。ありがとうございました」
俺は夜桜を鞘へと納め、最後に一礼して、部屋を出ていこうとした。
その時、シントさんの声が聞こえた。
「結果発表を、楽しみにしていて下さい」
俺が驚いて振り向くと、シントさんは笑顔で一礼し、反対側の扉から出ていった。
「ハディおっそーい!!」
「……いやいや、そんなこと言われてもな」
戻るや否や、いきなりメリスに文句を言われる。
「審査時間は人によりけりなんだから、しょうがないだろ」
「それはそうだけど……」
「でも、本当に遅かったじゃないか。20分以上かかってるよ」
「あー、うん。審査官と戦ったんだよ」
「……審査官と?」
グリーは目を丸くする。
うん、やっぱり普通は戦わないよな。
「……そんなこともあるんだね」
「グリーはどうだったんだ?」
「ハンターウルフ2匹とブレードキャット1匹。なんとか全部倒せたから、望みはあるかな」
「ハディは?」
「ハンターウルフ2匹とキラーウルフ1匹。その後審査官と戦った。
……審査官には負けちまったけど」
「そりゃそうだよ。審査官は最低でもC級だからね」
「一応、惜しいところまでいったんだけどな……。
あれ、カオスは?」
今更ながら、カオスがいないことに気づく。
「少し前に帰ったよ。待つの飽きたってさ」
「……何しに来たんだ。あいつ」
本当にマイペースっていうか、自由奔放っていうか……。
「まぁいいや。疲れたから宿屋で休みたい」
「それじゃ、少し休んでから打ち上げにしようか」
「はい!!私焼肉が食べたい!!」
「かってこい」
「パシリ!?」
「違う。狩ってこい」
「狩り!?私1人で!?」
「却下だハディくん!!疲れてるメリスを働かせるなんて論外だぞ!!」
「いや、こいつ全然疲れてないだろ!!」
もちろん、本当に1人で行かせる気はないけど。
「そういやグリー、結果発表っていつだっけ?」
「3日後だよ。それまではこの町でゆっくりしよう」
「だな……」
「この町って何がおいしいのかな?」
「お前は1回食べ物から離れろ」
「死んじゃうよ!?」
「死なねぇよ!!どんだけ食べ物好きなんだお前!?」
ギャーギャーと軽口を叩きつつ、俺達は宿屋へと戻っていった。
さて、審査も終わったことだし、結果発表までどうやって暇をつぶすかな……。
~サイドアウト~
出店に戻ったカオスは、昼寝をしながら客が来るのを待っていた。
と、その気配を感じ、カオスは目を開き、机に預けていた体を起こす。
店に入ってきたその人物を、カオスは驚くことなく迎えた。
「よー、久しぶりだな。シント」
「えぇ、ギルドの前であなたを見た時は驚きました。
まさか、またあなたに会えるとは思っていなかったので」
「ま、縁があったんだろ」
不敵に笑うカオスに、シントは笑顔のまま問う。
「何を企んでいるんですか?」
「………」
「『絶望』カオス・スフィア。3年前にあなたが表舞台から消えてからも、あなたの目撃情報はたまにあったようですね。
そして……あなたが目撃された場所には、放っておいたら数百人以上の犠牲者が出ていたような、災厄の痕跡が見つかったそうです。
普通なら、あなたがその災厄を排除したと考えるのが妥当でしょう。しかし、実際にはあなたではなく、あなたがその災厄に立ち向かうようけしかけた者達が、排除することが多かったようですね。私のように」
カオスの返答も待たず、シントは続ける。
「……次はあの3人を、『主人公』に仕立てるつもりですか?」
「だったらどうする?」
「………」
不敵に笑うカオスに、シントは小さく嘆息する。
「……どうもしませんよ。あなたがバックについているのなら、何の心配もいらないでしょうし」
「意外だな。てっきり手伝わせろって言ってくるかと思ったぜ」
「……一度剣を合わせれば、その者がどういう者なのか、少なからず分かります。
あなたが選んだあの剣士は、信用に値する。そう判断しただけですよ」
では、と最後に一礼して、シントは店を出ていった。
シントが去ってから、カオスはポツリと呟く。
「イレギュラーはなし、か。まーいいや。
あいつらならたぶん、あいつを救えるだろうからな」
大きくあくびをして、カオスは再び昼寝を始めるのだった……。
では、次回予告です!
「メリスだよ!
結果発表までどうやって時間をつぶそうかと思う私達に、カオスさんが頼み事をしてくるの。
その内容は……うーん、おとぎばなしみたいで、ちょっと信じられないかな。
次回!冒険者ライフ!第46話『よくある伝説』!!
でも、夢があっていいよね!本当だったらどうしよっかな……」