第43話 異能
「『異能者』……?」
カオスに言われた単語を口に出す。
ミカン村で少し話題に出たっけ。100万人に1人程度の確率で生まれる、“常人ではありえない力”を持った人間のことだ。
「お前、まさか……」
カオスが何を言おうとしているのか、それぐらい俺にも分かった。
それが伝わったのか、カオスは不敵な笑みを浮かべる。
「『絶対記憶』。それが俺の能力だ。
さっき言った通り、俺はこの能力のおかげで、一度記憶したことを絶対に忘れない」
「『絶対記憶』……」
なるほど、それで何年も前のことを事細かに覚えてるのか。
……でも、
「言っちゃ悪いけど……あんまり『伝説の冒険者』っぽくないな」
「そうでもないぜ?日常はもちろん、戦いでも間接的に役に立ってるからな」
「間接的に……?」
聞いた限りだと、とてつもなく記憶力が良いってだけじゃないのか?
あんまり戦いには関係なさそうだけど……。
「一度記憶したことは絶対忘れないんだ。
見たこと聞いたことはもちろん、“体が覚えた動き”もな。
そのおかげで俺の経験は劣化しない。ま、修行をサボったら筋力とかは下がるけどな」
「………」
笑いながら話すカオスだが、俺は1つ、気になることがあった。
それは……、
「何で……それを俺に話したんだ?」
「あん?」
「昔、グリーに聞いたことがある。
異能者なんて、世間じゃほとんど伝説の存在だ。
それは生まれる確率があまりにも低いってことと、もう1つ、異能者は自分が異能者だって隠すから。
なぜなら……」
「“迫害されるから”だろ?」
あっけらかんとした様子でカオスはそう言った。
「俺の能力は平和的なもんだが、中には人の心を操るとか、寿命を奪って自分のものにするとか、もっと凶悪な能力もあるからな。迫害する奴がいたっておかしくねぇ。
つってもよ、お前、俺が迫害を怖がるような繊細な人間に見えるかよ?」
「いや、見えない」
こいつなら相手が何万人いても、全員返り討ちにしそうだ。
「だろ。それに、お前は異能者を差別なんてしないだろうからな。
なんせ、俺が『化け物』だって分かってても、普通に話しかけてきたからよ」
「あ……」
そうだ、こうして話してる分にはあんまり気にしてなかったけど、こいつ、『異能』とか関係なくとんでもない力を持ってるんだった。
「それどころかお前、かつあげしてた不良に同情して、俺を止めに入ってきただろうが。
そんなお人好しが人を差別するなんて思えねぇよ」
「……お前、ひょっとしてさ……今までそういう目にあったこと」
「あるけど、それがどうかしたか?」
うわ、平然と……。
「『14歳でA級冒険者』の時点で嫉妬やらなにやらめんどかったけど、それに加えて『異能者』だからなー。他人の視線は結構冷たかったぜ?」
「……それ、あくびをしながら言っていい台詞じゃないだろ」
「まぁ、他の奴が陰で愚痴ってるのを見るのは面白かったけど」
「面白いか!?」
「面白いだろ。心にもないお世辞より、陰口だろうが本音を聞く方がな」
「……ポジティブなのか、ひねくれてるのか」
たぶん後者だろうけど。
「さて、話してるうちに10分だ。そろそろ修業を再開するか」
「え゛っ………」
「なんだその間抜けな声」
「い、いや、まださっき魔物と戦って負ったケガが痛……」
「パワーヒール」
ケガが全快した。
「さて、修業を再開するか」
「ちょっと待てなんだそれ!?」
「お前が修業でいくらケガをしても全部治してやる。
だから安心してケガをしろ」
「おかしい!!治癒魔法を使う前提がおかしい!!」
治癒魔法はもっと暖かくて安心できるものであって、こんな残酷なものじゃないはずだ!!
「って言っても、あんまりやり過ぎると寿命とか縮む可能性あるからな。
1日3回しかやらねぇ」
「今日あと2回やるってことか!?あと2回、治癒魔法が必要なぐらいのケガを負わせるってことか!?」
「安心しろ。お前がいくらケガをしても、俺は痛くもかゆくもない」
「……師事する人を間違えた気がする」
「どうでもいいからさっさと修業始めるぞ。嫌なら逃げればいいだろ」
「っ……誰が逃げるか!!」
立ち上がり、カオスの顔をにらみつけると、カオスは満足げに笑った。
「そうこねぇとな。んじゃ、『縮地』の基礎の続きだ。朝やったことをやってみろ、覚えてるな?」
「お、おぉ!!」
俺はまっすぐ前を見据え、全身……特に左足に力をためる。
その力で地面を思いきり蹴りつけ、前方へと跳び、着地する。
「よし、基本はちゃんとできてるな」
「でも、『縮地』ってためのない高速移動術だろ?思いっきりためてるんだけど……」
「ためありができないのに、ためなしができるわけないだろ」
「……そりゃそうか」
「一応言っとくけど、お前はそれすら全然できてねぇからな。
ために無駄な力が入り過ぎだし、着地時の隙もでかすぎだ」
「うぐっ……」
自分は精一杯やってるつもりだが、カオスの『縮地』を思うと、カオスが言った通りなんだろう。反論ができない……。
「ま、その辺は慣れも必要だからな。とりあえず、あと50回やれ」
「50回!?これ1回やるだけでも結構疲れるんだけど……」
「もちろん数をこなすだけじゃ大して意味ねぇぞ。
俺がアドバイスするから、そこを少しずつ直していけ」
「俺の抗議なんて一切無視か!?」
「安心しろ。ちゃんと聞いてる」
「聞いてる上で無反応ってことかよ!!それを無視してるって言うんだよ!!」
「いいから早くやれ」
「くっそ……!!」
それから数十分。何度もカオスにダメ出しされつつ、俺は『縮地』習得のための修業を続けた。
そして、50回が終わると、
「次、100な」
「鬼!?」
……そして、100が終わり、
「次、200……」
「死ぬ!!それはマジで死ぬ!!主に足が!!」
「冗談だ。流石に足ばっか負担かけるとまずいからな」
「あ、あぁ……」
良かった。一応分かってくれてるみたいで。
足が重くて、正直立ってるのもしんどい……。
「パワーヒール」
足が軽くなった。
「さて、続けるぞ」
「悪魔かてめぇ!?回復すりゃいいってもんじゃねぇよ!!
痛みや苦しみを味わったことはちゃんと記憶に残るんだぞ!?」
「おう。それを知った上でやってるんだ」
「最悪だこいつ!!!」
「文句言うのはお前の勝手だけど、いくら言っても修業内容は変わらないからな?」
「うっ……!」
くそ、本当に200回やらせる気かこいつ……!!
そんな俺の心中を察したのか、カオスは不敵な笑みを浮かべた。
「安心しろ。200回って言ったのは本当に冗談だ。
次は別の修業をする」
「ほ、本当か!?」
た、助かった……。
まぁ、足はもう回復したし、同じ修業でも大丈夫っちゃ大丈夫だけど。
流石に同じ苦しみを何度も味わうのはきつい……。
「『狩人の庭』で走ってこい」
「また!?」
同じ苦しみを何度味わわせる気だこいつ!?
「安心しろ。前の2つとは違う修業だ」
「どう違うんだよ?」
「前の修業では、お前は魔物と戦いながら森を走ってただろ?
今回は魔物と戦うな」
「………は?いや、戦うなって、向こうが勝手に襲いかかってくるんだけど……」
「戦うな」
「いや、だから……」
「簡単な話だ。魔物から逃げ続けろ」
「………はぁ!?無茶言うな!!逃げても魔物は追ってくるし、逃げ続けてれば数も増える!囲まれることだってあるんだぞ!!」
「知ってる。それでも逃げ続けろ」
「………」
えー……いや、ただでさえ魔物のいる森を走れって無茶があるのに……えー……。
「終わるまでこれは預かっとくからな」
「え!?あれ!?夜桜!?」
俺が腰に差していた剣は、いつの間にか、鞘ごとカオスの手に渡っていた。
「って、剣取り上げるのかよ!?」
「持ってたら、反射で使っちまうだろ」
「そうかもしれないけど、そこまでするか……」
がっくりと肩を落とし、俺は今朝、カオスに言われたことを思い出した。
「……流石、なんだっけ?“地獄に落ちた人は強くなれる”だっけ?」
「“人は地獄の底でもがき苦しんでこそ強くなれる”な、俺の持論」
「そうそう、そんな持論持ってることだけのことあるな。幸せとか全否定かよ、お前……」
「はぁ?んなわけねぇだろ」
「……え?」
予想外の答えに、俺は目を丸くする。
それが気に入らなかったのか、カオスは少し不機嫌そうに言った。
「“一切の幸せを失ったら人は壊れる”、それが俺のもう1つの持論だ。
“苦しみ”も“幸せ”も、両方人になくてはならないものだからな」
「………」
「ま、お前は幸せ有り余ってそうだからな。ちょっと地獄で苦しんでいけよ」
カオスの不敵な笑みに、思わず身震いする。
……少なくとも今日、俺に幸せはない気がする。
「んじゃ、これから森に空間転移で送るけど、その前に1つアドバイスだ」
「アドバイス……?」
「さっきお前が言った通り、丸腰で魔物の群れに囲まれたらきついだろうが……なんで『縮地』の修業をした後にこの修業をさせるのか、少し考えてみろ」
「……?」
「んじゃな、空間転移」
「あ、おい……!」
首を傾げる俺に構わず、カオスは魔法を発動する。
瞬間、俺の前にカオスの姿はなく、代わりにうっそうとした森が姿を現した。
……正確には、俺の方が現れたんだけど。
「魔物の群れに囲まれた時の対処法……『縮地』の修業をした後に、この修業をする意味……」
さっき、カオスに言われたことを繰り返す。
……ここまで言われたら、流石にカオスが何を言いたかったのか、俺でも分かる。
「……『縮地』を使って逃げろってことかよ。
確かに、高速で移動すれば、囲まれた状況から脱出できるだろうけど」
俺の『縮地』はためが必要だし、使った後の隙も大きい。タイミングを間違えれば、隙だらけの姿をさらすことになる。……そこを攻撃されたら、ひとたまりもないだろう。
「全く……本当に無茶させやがるな……!
戻ったら、思いっきり文句言ってやる……!!」
俺はそう呟き、『狩人の庭』へと入って行った……。
~サイドアウト~
「はぁ……はぁ……」
岩場にへたりこんだ状態で、メリスは息を荒げていた。
数m前方にある岩は、『フレイ』を幾度となくぶつけられたせいで、体積にして半分ほど溶けている。
「メリス!!大丈夫かい!?」
「あ……に、兄さん?うん、大丈夫……」
現れたグリーが心配そうにメリスに駆け寄ると、メリスも精一杯笑顔を作る。
「兄さんは、どうしてここに……?」
「僕は少し離れた場所で、修業をしてたんだけどね……」
「一旦休憩にするって言ったら、一目散にお前の所に走ってったんだよ」
少し遅れて現れたカオスは、グリーを呆れたような目で見ている。
「当然だろう!!あんな無茶な修業をして、メリスが倒れていないかと心配で心配で……!!」
「心配するのはいいけどよ。何事もほどほどにしろよ?
あんまり心配し過ぎるのは、そいつのことを信じてないみたいだぜ?」
「……そんなことはないさ。実際、君がやらせた修業は、ほとんどの魔法使いにとって相当に厳しいものだろう。メリスだって、まだ例外じゃない」
「なるほど、知識があるから説得力が出るな。
だが、俺が言ったことも事実だぜ?聡明なお前なら分かるだろ」
「………」
不敵な笑みを浮かべるカオスに、グリーは何も言い返さない。いや、言い返せない。
グリー自身、全く自覚がないわけではないのだ。
自分が妹であるメリスに、世間一般よりも“少しだけ(グリー基準)”過保護だということに。
「ま、いいや。そんじゃ10分休憩な。
次はまた別の修業をするから、覚悟しとけ」
「……待ってくれ」
言うだけ言って立ち去ろうとするカオスを、グリーが呼び止める。
「聞きたいことがあるんだ」
「ん?なんだよ?」
「……この際、単刀直入に聞こう。カオスくん……いや」
意を決した様子で、グリーはカオスに質問をする。
その内容は……、
「『絶望』カオス・スフィア。君は3年前に起きた反乱を終結させた、『黒の英雄』なのかい?」
「えっ!!?」
グリーの質問に、メリスが声を上げる。
一方、質問をぶつけられたカオスは、平然とした様子だった。
沈黙が流れたのは、数秒か、それとも数分だったか。
そんな折、カオスは口を開いた。
「俺はやりたいことをやるのが好きなんだ。
必要以上の名誉や地位なんざ願い下げ。面倒だからな」
「………」
「え、っと……?」
メリスは困惑していたが、グリーは分かっていた。
その返答は、暗に肯定を意味している、と。
「それが、反乱の後に姿を消した理由なのかい?」
「あぁ、それはしょうがねぇんだよ」
「……しょうがない?」
カオスの返答に、グリーは首を傾げる。
次に返ってきた言葉は、グリーの予想の斜め上を行くものだった。
「俺達はその後、しばらくこの世界にいなかったからな」
「………?」
カオスの言っている意味が分からず、グリーは顔をしかめる。
「それに、この国を救おうって言いだしたのはひつじの方だからな。
俺はあいつに力を貸しただけだ」
「ひつじ……『神童』か!!じゃあ、やっぱり『白の英雄』は……!」
「さーな。知りたきゃ本人に聞けよ。
……なんとなくだけど、お前らはそのうち、あいつに会いそうな気がする」
「……予言かい?」
「そんな大層なもんじゃねーよ。ただの勘だ」
「……君の勘は、そのまま現実になりそうで怖いね」
「ほめんなよ、照れるだろ」
ひきつった顔で言うグリーに、カオスは不敵な笑みで返す。
「さて、そろそろ10分だ。修業を再開しようか」
「……あぁ」
「うん!!」
幾分か余裕を持って答えるグリーと、やる気満々で返事をするメリス。
……2人の顔は、直後に出される無理難題により、思いきりひきつることになる。
「んじゃ、今日の修業はここまで」
『………』
「おいこら、普通ここは『ありがとうございましたー!』って言う所だろ」
『……ありがとうございましたー』
心身ともにへとへとになった3人は、そんな声を出すのが限界だった。
現在の時間は午後6時少し前。
太陽は西に傾き、空は赤く染まっている。
そんな時間までずっとカオスの修業を受けていたのだ。3人がそんな状態なのは、むしろ当然というべきかもしれない。
「ま、いいや。んじゃ最後に」
一瞬、カオスの体が淡い虹色に光る。
「彼の者達に優しき祝福を ブレスライト」
突き出された右手から、暖かな光が現れ、ハディ達を包み込む。
「カオス、今のは……?」
「生物の回復力を長期に渡って補助する魔法だ。
明日の審査で、筋肉痛で動けない、とかシャレにならねーし」
「あ、それちゃんと覚えてたんだな……」
「俺は一度記憶したことは忘れないっての。ま、意識の外にあったら意味ないけど」
「……ダメじゃん」
「言われるまでもないだろうけど、今日は帰ったらメシ食って風呂入ってさっさと寝ろよ?
さっきの魔法はあくまで補助だからな。休まないと回復しねぇぞ」
ハディの抗議はさらりと無視されたが、当人にはそんなことを気にする余裕もなかった。
「そういえばカオスくん。授業料とか取らなくていいのかい?」
「あ?別にいらねーってそんなの。最初に言っただろ。俺の修業を受けるのに必要なのは、『やる気』だけだって」
「カオス……」
「それに、お前らが修業してるのを見て、十分楽しめたからな」
「……見直しかけた俺がバカだった」
ハディのぼやきに、カオスは反応すらしない。
「さて、解散……の前に、1つ言っとくか」
カオスはいつになくまじめな顔で3人を見据えた。
「お前ら今日は辛かったろ、苦しかったろ。……だが、その代償に相応の力を手に入れたはずだ。
その力は“お前ら自身が”手に入れた力だ。だから、その力と、その力を手に入れた自分に誇りを持て、そして絶対に裏切るな」
聞き覚えのある台詞に、3人は目をむいた。
「そんじゃ、解散。明日はがんばれよ」
そんな3人をしり目に、カオスは空間転移で消えてしまう。
残された3人の内の1人、メリスはハディに問いかけた。
「ねぇ、あの人って……」
「……あぁ、プラムさんの師匠だってよ」
ハディの返答に、少し間をおいて、メリスは小さく頷く。
「さて、そんじゃ帰るか」
「うん……メリス、歩けるかい?なんなら僕が背負っていくけど……」
「……俺は止めないぞ」
「大丈夫だよ、兄さん」
軽口をかわしつつ、3人は町の宿へと歩き始めるのだった。
「………」
タルト町の中でも高い建物の上に、カオスは立っていた。
その漆黒の瞳は、今町に戻ってきた3人の冒険者を捕えている。
「……それに、念のため、お前らには少しでも強くなっといてほしいからな」
カオスのその呟きは、誰の耳にも届くことはなかった……。
では、次回予告です!
「グリーだよ。
冒険者に必要なのは、学力じゃなくて戦闘力だ。
だから当然、冒険者の審査、試験はそういうものだってことになる。
次回、冒険者ライフ!第44話『冒険者の試練』。
……やれやれ、冒険者は何をするにも命懸けだね」