第42話 修業
「それじゃ、せっかくここに来たんだし、このまま修業を始めるか」
「っ!!」
カオスの言葉を聞き、俺は思わず冷や汗を流した。
そうだ、昼からまた修業を受けるんだった……!
また、あの地獄のような修業を……!!
「な、なぁメリス!グリー!お前らもせっかくだからカオスの修業受けないか!?」
「え?」
「いきなりどうしたんだい?」
俺の提案に、2人は首を傾げる。
「ほ、ほら!明日は審査があるんだし、今の内に少しでも力をつけといた方がいいだろ?」
「んー、それもそうだね!」
「確かにそれはそうだけど……」
あっさり乗り気になるメリスと、どこかひっかかるのか考え込むグリー。
別に俺は間違ったことは言ってない!
ただ……ちょっと1人でカオスの修業を受けるのは嫌なだけだ!!
「な、なぁ!いいよなカオス!?」
「俺の修業を受けるのに必要なのは『やる気』だけだ。
それさえあれば断る理由はねぇよ。
……そういう意味じゃお前はちょっと微妙だな、ハディ」
「うぐっ……」
くそっ、本当になんでもお見通しだな……!
「カオスさん!私も修業お願い!!」
「……まぁ、どっちみち明日までにこの銃に慣れなきゃいけないからね。製作者に指導してもらえるなら、それに越したことはないかな」
2人ともやる気になってくれたみたいだ。
……後で謝った方がいいかもしれない。
「3人か。しかも全員違う修業だからな……。
ま、1人1人指示を出して、適当に見回ればいいか。
一応確認だけど、お前ら3人とも明日の審査受けるんだな?」
「あぁ。俺とグリーはC級、メリスはE級のな」
「そんじゃ、修業は軽めにしとくか。
無理な修業をして明日に響いたらバカみたいだしな」
「お、おう!!そうだな!!」
思わず大きな声を出してしまった。
そうか!軽めか!!いや良かった。また今朝みたいなことになるかと……。
「んじゃハディ、お前はまずその剣に慣れる必要があるからな。素振りだ」
「おう!」
カオスの指示に元気よく返事をする。
素振りぐらいならいくらでもやってやる!
「まず、軽く1000本な」
「任せ……」
………ん?
「……ごめん、よく聞こえなかった。もう1回言ってくれ」
「まず、軽く1000本な」
「……1000?」
「1000」
「1000!!?」
「……何回繰り返す気だ?」
カオスが呆れたような声だしてくるけど……1000って!!
「なぁ、カオス。これ真剣だぞ?竹刀とか木刀じゃないぞ!?」
「当たり前だろ。竹刀とか木刀なら10000はやらせてるぞ」
「………」
冗談でも聞き間違いでもなかった……!!
確かに『夜桜』は『ロングソード』より軽く感じるし扱いやすいけど!素振り1000本はちょっときついって!!しかもこいつさっき“まず”って言ったよな!?
「んで、素振りが終わったら次はランニングだ」
「っ!!?」
「ど、どうしたのハディ?顔、真っ青だよ?」
メリスが心配そうに声をかけてくるけど、それに応対する余裕は俺にはなかった。
「……な、なーカオス?その、ランニングって……」
「もちろん今朝と同じ、『狩人の庭』でだ」
「やっぱり!!」
予想通りの答えに頭を抱える。
ちくしょう!!やっぱり今朝と同じことに……!!
「兄さん、『狩人の庭』って?」
「……この町から徒歩20分ぐらいの所にある小さな森の名前だけど……」
メリスの質問に、グリーは戸惑った様子で答える。
流石グリー。やっぱり知ってるか。
「今のお前の体じゃ、とてもじゃないが『縮地』なんて使えないからな。
ま、今回教えるのは“基礎”だけとはいえ、体力アップは必須だ。そのためには自然の中を走らせるのが一番だろ?」
「だからって……だからって、魔物がいる森を走らせるな!!!」
「えっ!?」
「………」
俺の叫びにメリスは驚愕し、グリーは顔をしかめた。
そう、今朝宿屋に戻った時、俺がボロボロだった理由はこれだ。
同じ理由で『狩人の庭』を走らされたんだよな……30分程。
「ハディ、『火事場の馬鹿力』って知ってるか?
人に限らず生物ってのは、命の危機を感じた時一番力を発揮できるんだ」
「修業で死んだらどうすんだよ!?」
「安心しろ。あそこで一番強いのは精々、危険度Dの下の上程度の魔物だから。きっと大丈夫だ」
「てめぇ今“きっと”って言いやがったな!?」
「月並みな台詞だが……物事に100%なんてねぇんだよ」
「良い台詞でごまかすな!!」
「いいからとっとと修業始めろ。時間がもったいないだろ」
「うぐっ……!!」
何を言っても取り合ってくれない以上、口論するだけ体力の無駄か……。
早々に諦めて修業をしよう。うん。
「そんじゃ、お前ら2人はあっちの岩場でやるぞ」
「あ、う、うん……。ハ、ハディ!がんばってね!!」
「死んだら骨は拾ってあげるよ」
「うるせぇぞグリー!!」
軽口をかわしつつ、3人を見送る。
一息つき、剣……『夜桜』を鞘から引き抜く。
「………やるか」
キッと前を見据え、ゆっくりと剣を振り上げた。
~サイドアウト~
「それじゃ、まずメリスからだな。
魔法の修業って言ってもいろいろあるが……お前は具体的に魔法の何を強化したいんだ?」
「え、えっと……私魔力が少ないから、魔力の量を多くする修業がしたい!!」
「成程な。んじゃ、瞑想、集中、弱い魔法の繰り返しだな」
「うっ……」
カオスの提案に、メリスは顔をしかめた。
この修業は、筋力に例えれば筋トレのようなものだ。
必要なことではあるが、面白みがない上に大変な修業だ。
「後はそうだな……。あ、そうだ。1回魔法を見せてくれ」
「え?」
「基礎魔法レベル1でいいから。的はあの岩な」
「う、うん……」
言われるままに、メリスは集中を開始する。
メリスの体が赤く光り……同時に『紫光』が紫色に発光し始める。
「火よ集え フレイ!」
突き出された杖の先から火球が現れ、岩に直撃する。
「………」
「どうだいメリス?杖を使った感想は」
「なんだか……すっごく魔法が使いやすい!!」
笑顔になるメリスを見て、グリーも微笑みを返す。
「……成程。お前の場合、魔法のやり方を変えてみるのもいいかもしれねぇな」
「魔法の……やり方?」
「あぁ。知っての通り、魔法ってのはぶっちゃけなんでもありだ。
だが、なんでもありにするためには、相応のエネルギー、つまり魔力が必要になる。逆にいえば、常識的にありえることをする分には、そんなに魔力は必要じゃねぇってことだ」
「……?」
首を傾げるメリスに、カオスはさらに続ける。
「お前が今やってる炎魔法は、“魔力を直接炎に変換”してるんだ。
単純だし、魔法の制御もしやすいが、魔力を一番消耗するやり方だな」
「そうなの!?」
「今知ったのかよ。……まぁ、大抵の魔法使いはやり方なんて1つしか知らないしな。
他のやり方は、炎魔法だとよくあるのは、“分子振動の増幅による加熱”と“魔力を可燃性のガスに見立てる”だな」
「………???」
「ま、実際見るのが一番早いか」
言うが早いか、カオスは集中を開始する。
「火よ集え フレイ」
ゴォッ!と指の先から火球が空へと放たれる。
「今のは魔力を可燃性のガスに見立てた上で、空気の分子振動を増幅させて加熱。ガスに引火させて火球を作りだしたんだ。
これだと自然現象を利用してるから、その分少ない魔力で魔法を発動できる。やってみろ」
「え、で、でも、どうやれば……」
「ちょっと意識を変えるだけでいいぜ?魔法なんて結局は術者の意思次第なんだからな」
「うーん……」
いつも通り集中をするメリス。
それを見て、カオスは助言を始めた。
「もっと手の先に意識を集中してみろ。そこに魔力を集める感じだ」
「えーっと……」
「できたら次はその周囲だ。魔力に引火させて球状に集束させろ」
「………」
「……よし、後はいつも通りでやってみろ」
「………火よ集え フレイ!!」
ゴオォッ!!
「わわっ!?」
いつもより一回り大きい火球が手から発射され、前にあった岩へとぶつかる。
「おー、うまくいったな」
「で、でも、私あんなに強くするつもりなかったのに……」
「それがこの方法の欠点だな。自然現象……つまり、自分以外の力に頼る分、制御が難しい。
お前がいつもやってた方法が制御が簡単なやつだったから、余計にな」
「うー……この方法、なんだかやりにくい……」
「慣れれば大丈夫だと思うけどな……まぁ、一応こんな方法もあるって紹介しただけだ。流石に明日までにこっちに慣れるのは難しいしな」
「……余計な知識を得ると、かえってやりにくくならないかい?」
「まぁ、そうかもしれないけどな。だが、やっぱり知識ってのはあるに越したことはねぇよ。
例えば今の方法を知っていれば、いつもの方法じゃ魔力が持たないような状況でも、切り抜けられるかもしれないだろ?」
「………」
「まぁもちろん、その魔力そのものがもっと増えれば問題ないんだが」
カオスは不敵な笑みを浮かべる。
その直後、カオスの体が黒く光った。
「アンチマジック」
「っ!?」
「メリス!!」
カオスの右手から放たれた黒い鎖がメリスに巻きつく、しかし、巻きついた瞬間に鎖は消えてなくなった。
「カオスくん、今のは……!!」
「簡単な妨害魔法だ。手加減したから、がんばればちゃんと魔法使えるぜ。それと、この修業中は杖を使うの禁止だ」
「えぇっ!?」
「当たり前だろ。せっかく妨害魔法で負荷をかけたのに、杖を使ったら意味ねぇって」
「そ、そうだけど……」
「んじゃ早速、まずは瞑想で今消耗した魔力を回復。終わったら集中を最大の状態で10分継続。その後フレイを岩に向かって魔力が枯渇するギリギリまで撃て。その繰り返しをとりあえず5回」
「5回!?」
「待つんだカオスくん!!魔力を短時間で5回も枯渇させたら……!」
「枯渇するギリギリまでって言ったろ。その後すぐ瞑想で回復すれば大丈夫だ。
……もちろん、体力と集中力は相当きついだろうけどな」
「だからって……!」
「……だ、大丈夫だよ兄さん!!」
「メ、メリス?」
「ハディだってがんばってるんだもん……私も負けてられない!!」
メリスはそう言い放ち、その場で瞑想を始めた。
「………」
「次はお前だな。グルード」
「……グリーでいいよ」
「んじゃ、グリー。覚悟の方はいいか?」
「当たり前だろう?メリスがこんなにがんばってるのに、僕ががんばらないわけにはいかない!!」
「……ハディは?」
「メリスがこんなにがんばってるんだ!!僕はどんな試練でも乗り越えてみせる!!」
「……あー、うん。面倒だからツッコミやめよ」
カオスは呆れたような顔でそう言い、移動を始める。
グリーもそれに気づき、カオスの後についていく。
メリスが修業している場所から5分ほど歩き、岩場の中でもひらけた場所に出た。
「お前の修業はここでやる」
「……射撃の練習でもするのかい?」
「お、流石。よく分かったな」
「そりゃあね、ここなら万一僕が弾を外しても、誰かに当たったりしないってことだろう?」
「そういうこった」
グリーの回答にカオスは満足そうに笑う。
今グリーが言った通り、ここはひらけているが周りを岩に囲まれていて、もし的を外してもその岩に当たるため、誰かを誤射する危険がないのだ。
その直後、カオスの体が銀色に光った。
「自動氷弾射出機」
魔法が発動し、場所の一角に銀色に光る氷の塊が現れる。
「……これは?」
「その名の通り、自動で氷の弾を射出する装置だ。
お前の修業はズバリ、シューティングゲームだ。これから撃ちだされる弾を銃で撃ち落とせ。弾の大きさ、速度、撃ちだされる方向は完全にランダムだ。よく見て、必要に応じて弾の種類を変えろよ」
「……なるほどね。確かに実戦でも、とっさの判断で弾の種類を変えながら戦う必要があるからね」
「おう。銃の魔力がなくなったら自分で補充しろよ。見た所、お前も少しは魔力があるみたいだからな」
「……自分の魔力がなくなったら?」
「実戦でそうなったらどうすんだ?」
「……もちろん、実弾だけで切り抜けるよ」
「正解。んじゃ始めるぞ」
カオスがパチンと指を鳴らすと、氷の塊の光が強くなる。
グリーは銃の装填を済ませ、氷の塊に向けて銃を構える。
「そうそう、1つ言い忘れたけど」
「なんだい?」
グリーは氷の塊の方へ意識を向けたまま、カオスに聞き返す。
その時だった。
ドシュッ!!
「っ!?」
氷の塊から、高速で氷弾が発射された。……グリーに向かって。
とっさに身をかわすと、氷弾は後ろにあった岩に当たって砕け散る。
「氷弾はお前に向かってくることもあるからな。
その場合、自分に当たる前に撃ち落とすか、今みたいにかわすかのどっちかにしろ」
「……その言い忘れたところにいきなり来たのは、わざとかい?」
「ぐーぜんだ、ぐーぜん」
「………」
不敵な笑みを浮かべるカオスに、グリーは宣言した。
「氷弾、全部撃ち落としてあげるよ」
「がんばれー」
なおも笑みを浮かべるカオスから目を離し、グリーは氷の塊へと意識を集中した。
~ハディサイド~
「ぜぇ……ぜぇ……」
1時間後……ようやくカオスから指示された素振りとランニングを終え、俺は地面に、仰向けに倒れこんでいた。
……疲れた。マジで疲れた。ってか、『狩人の庭』でハンターウルフ(危険度Eの低位魔獣、ただし危険度Eの中では強め)の群れに囲まれた時は、冗談抜きに死ぬかと思った……。
「お疲れー、お、良い具合にボロボロだな」
「何が良いんだ何が」
倒れている俺の元にカオスがやってくる。
ってか、タイミング良すぎだろこいつ。
「ま、流石に疲労もたまってるだろうから、少し休憩にするか。休みも入れないと体が壊れるからな」
「おー……」
カオスの提案に生返事を返す。
……いっそのことこのまま寝たい。
「寝てもいいけど、起こす時『ナイトメア』で悪夢見せて起こすぞ」
「寝ません!!」
脅してきた!!ってかこいつが見せる悪夢ってとんでもなくタチが悪そうなんだけど!!
「で、次はなんの修業やるんだ?実戦稽古とか?」
「んー、ま、それでもいいけどな。ダークネスソード」
一瞬の集中の後、詠唱が紡がれ、黒い闇の剣が現れる。
……そういえば、
「なぁカオス、その『ダークネスソード』って魔法、有名な魔法なのか?」
「いや?ってか、これ俺のオリジナルの魔法だぞ」
「………え?」
オリジナルってことは……。
「書物とかにも書いてないし、販売もしてないからな。使えるのは俺と、俺が伝授した奴だけだ」
「え……いや、でも……前に、その魔法使ってる人見たぞ?」
「あん?……あぁ、ひょっとしてそれ、プラム・ブラックネスか?」
「えっ!?な、なんで分かったんだ!?」
「俺がこの魔法を教えたのは、今の所そいつ1人だけだ。
『紫黒の魔女』とか呼ばれてるんだって?あいつ」
「お前、プラムさんとは……」
「一応師弟関係だ。ま、1週間だけだったけどな」
それからカオスはその頃のことを話し出した。
3年前、プラムさんが魔法を使いこなせず、くすぶっていた時、師匠として魔法の制御法と、ついでに体術を教え、さらに『ダークネスソード』を伝授したこと。
修業内容としては瞑想や集中といった魔法の基礎から、弱い魔法を何度も使い、魔法に慣れさせた。それでもプラムさんは魔法に苦手意識を持っていたため、魔法に頼らなくても戦えるよう、体術を教えたらしい。ただ武器を作り出すだけの魔法である『ダークネスソード』を教えたのも、同じ理由。
なお、朝4時からの修業だったため、初日はプラムさんが5分遅れたからバカにしたら、2日目はカオスが6分遅れてバカにされてケンカになり、3日目は2人とも10分前に来たとかなんとか……っていうか。
「……お前、3年も前のことを、よくそんな事細かに覚えてるな」
「んー、まぁな」
そういえば昨日も、『お願いだから殺して下さい』とか『頼むから死なせてくれ』って言われた時のことを詳しく覚えてたけど……。
「ま、俺は“一度記憶したことを忘れることができない”からな。
覚えてて当然だ」
「……え?」
何、言ってるんだ?こいつ……。
戸惑う俺に、カオスは不敵な笑みを向けた。
「なぁお前、『異能者』って知ってるか?」
では、次回予告です!
「メリスだよ!うぅ、まさか修業がこんな地味で大変だなんて……。
で、でも!私達は負けないからね!!
次回予告だけど、修業を続ける一方で、私達はカオスさんの話を聞いて、その正体に迫っていくの。
次回!冒険者ライフ!第43話『異能』!!
……少し違うのかもしれないけど、それでも、同じ人間だよ!!」