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冒険者ライフ!  作者: 作者X
第五章 伝説
56/71

第41話 貸し

次の日の朝、俺はいつものように朝6時に起き、宿屋を出た。

いつもならまず200回素振りをしてからランニングをするんだけど、昨日剣を預けてしまったから、今日はランニングだけだ。

走りながら、俺はあることを思い出していた。

それは、昨日見た戦いの情景。路地裏でカオスが見せた、瞬間移動。

……普通に考えたら、『空間転移(テレポート)』だろう。

あれでも『伝説の冒険者』なんだ。『空間転移(テレポート)』ぐらい習得してても、何の不思議もない。

でも……それはありえない。

あの時カオスは、『集中』や『詠唱』はもちろん、『呪文』すら口にしていなかった。

『詠唱』は普通に省略できるし、『集中』も道具を使ったりすれば省略可能だ。だけど、『呪文』を省略して魔法を発動するなんて、ありえないはずだ。

……だったら、あれは一体どうやって……。

考えながらある角を曲がった所で、その声は聞こえてきた。


「よー」


聞き覚えのある声に、俺は走るのをやめて声の主を捜す。

と、そいつは人気のない公園の中にいた。……眠そうにあくびをしながら。


「……カオス」

「こんな朝早くからランニングか。偉い偉い」


からかうような口調でカオスは言う。


「何か用か?」

「用があるから待ってたんだろ。じゃなかったらまだ寝てる」

「……待ってた?ちょっと待て、なんで俺がここを通るって分かったんだ?」

「勘」


言い切りやがった!!


「なんだよその顔、勘ってのは大事だぜ?

 俺はどっちかというと理論派だけどよ、面倒な時は大抵勘に頼るぞ。ほとんど当たるしな」

「……それは理論派っていうのか?」

「あー?なら適当な理論でもこじつけてやろうか?」


こじつけって自分で言った……。

俺が呆れていると、カオスは口を開いて話し出した。


「まず昨日路地裏でお前と会った時、筋肉の具合を見た感じでおそらくお前は早朝、時間にして午前6時から6時半頃に修業をしてると予測した。さらに使われた筋肉の部位および種類からお前がしている修業はおそらく剣を用いた素振りとランニングだ。次にこの町でランニングができそうなコースを地図で調べ、お前の朝の修業程度になりそうなコースを絞り込んだ結果、この公園の前を通るコースが一番多かった。だからここで待ってたんだ、以上」

「ごめん、全然分からない」

「まー今のは後付けなんだけどな」

「今の後付けなのか!?」


めちゃくちゃ筋が通ってた気がしたんだけど……いや、長々と説明されたからつい納得しちまっただけか?


「……で、用ってなんだよ?」

「おー、まぁ大した用じゃないんだけどな。ちょっと手合わせしようぜ」


…………………はい?


「……手合わせ?」

「おう」

「……なんでまた?」

「ちょっとお前の実力を見たくなったから。ま、嫌なら無理にとは言わねぇけどよ」


一拍置いて、カオスは不敵な笑みを浮かべた。


「お前は興味ねぇか?『伝説の冒険者』の実力」

「っ!!」


ドクン、と自分の心臓が大きく脈打つのが分かった。

……より強い敵と戦いたがるってのは、戦いに身を置く者の(さが)とでもいうべきものだろう。

しかも、今回はただの『手合わせ』だ。負けても死んだり、ひどいケガをしたりする恐れもない。

はっきり言って、俺がこれを断る理由は皆無だ。

……だけど、


「何でだ?」

「あん?」

「何で、お前は俺と手合わせがしたいんだ?“自分より弱い相手”と手合わせしたがる理由なんて……」

「……そうだな。月並みな台詞でも言わせてもらおうか?

 俺には俺の理由がある」

「………」


何が狙いなのか……皆目見当もつかないけど。


「分かった。勝負だ、カオス!」

手合わせ(・・・・)な。間違えんなよ」


カオスは不敵に笑みを浮かべる。そして、その体が黒く光った。


空間転移(テレポート)

「っ!!」


次の瞬間、俺達はタルト町の外にいた。

街道からも外れた草原の上、ここなら邪魔は入らないだろうな。


「町中で剣振り回すのは流石にまずいからな」

「剣……あ、そういえば俺、剣……」

「ほらよ、代わりの剣」

「……用意が良いな」


カオスが投げ渡してきたのは、俺がカオスに預けたのと同じ、安物のロングソードだ。


「ま、お前の剣はもう完成してるけどよ。せっかくだから後の2人と一緒に渡すな」

「後でのお楽しみか、まぁいいけど」


剣を引き抜き、カオスと5m程距離を取って対峙する。


「で、お前の得物は?……まさか、素手?」

「素手じゃお前もやりにくいだろ」


そう言ってカオスはゆっくりと右手を前に出す。

次の瞬間、一瞬だけカオスの体が黒く光った。


「闇よその姿を具現せよ ダークネスソード」

「っ!!」


魔法が発動し、カオスの右手に黒い闇の剣が現れる。

……今のは、プラムさんも使ってた……。


「そんじゃ始めるか。がんばって動け(・・)よ?」

「……どう……」


どういう意味だ?そう聞こうとして、俺の口の動きは止まった。……いや、止められた。

口だけじゃない。気づけば、俺の体は指一本動かなくなっていた。

次いで、全身からものすごい勢いで冷や汗が流れ出て、体がカタカタと震え始める。


「っ……!!」


まともに剣を構えることすらできないまま、俺は相手へ目を向ける。

……殺気。そう、殺気だ。

昨日、路地裏で感じたものがかわいく思えるぐらいの、とんでもない殺気。

そんな殺気を、カオスは俺をにらみつけることすらなく、放っていた。

いや、正確には殺気ですらないか。カオスが俺を“殺す気”だったら、間違いなくもう俺は死んでる。

これは……ただの『威圧』だ。


「ぐっ……うううううぅぅぅぅうぅううううう……!!」


全身に力を込めて、必死に体を動かそうとする。


「……ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」


叫びと共に剣を振るい、切っ先をカオスへと向ける。

やっと……やっと、“剣を構える”ことができた……!!


「へぇ、やるじゃねぇか」


そんな俺を見て、カオスは嬉しそうな声を上げる。

と、同時に放たれていた『威圧』が消える。


「一応これで“合格”……俺の目的は果たされたんだが」

「……?何の話だ?」

「こっちの話。ま、せっかくだから少し実力も見とくか」


瞬間、カオスは俺の目の前にいた。


「………え?」

「ほら、ちゃんと対応しろよー」

「っ!!」


襲いかかってくる黒い刃を見て我に返り、とっさに後ろに跳んでぎりぎりかわす。

昨日と同じだ……魔法も使わないで瞬間移動を……!!


「はああぁぁぁっ!!」


剣を振り切った状態のカオスに、手加減なんて一切考えずに斬りかかる。

しかし、力いっぱい振り下ろした刃は、カオスの黒い剣によって簡単にはばまれる。

瞬間、カオスの姿が消えた。


「っ!?」


消えたカオスの姿を捜すより前に、俺は背筋に寒いものを覚え、反射的にその場にしゃがみこんだ。

と、しゃがんだ俺のすぐ上を黒い剣が通っていく。

前転して背後に移動したカオスから距離を取り、すぐに立ち上がって剣を構える。


「おー、良い反応だな」

「って、殺す気かお前!!」

「んなわけあるか」

「ウソつけ今思いっきり剣振っただろ!!」

「あーうん、ほら、お前ならよけれるって思ったんだ」

「なんだその適当な言い方!?」


どこまで本気なのか全然分からないのが怖い……!!


「んじゃ、普通に斬り合ってみるか」


カオスはゆっくりと闇の剣を構え、そのまま突進してきた。

俺も剣を構え、向かってくる刃に対応する。

少なくとも俺にとっては、速く、重い斬撃。でも、カオスは明らかに手を抜いてる。

……いいさ。だったら、その油断につけこんでやる!

数回斬り合った後、俺が一旦距離を取ると、カオスはさっきとほぼ同じ速度で追いかけてきた。振り下ろしてくる刃の速度も、計ったかのようにさっきと同じだ。


「悪いけど……その速度には、もう慣れた!!」


カオスが振り下ろす刃に合わせて、剣を振り上げる。

ここまで同じなら、たぶん斬撃の重さも同じ。今度は勝ってやる!

と、意気込んだのも束の間……2つの刃が重なる寸前、カオスの姿がかき消えた。


「しまっ……!!」

「……ま、こんなもんか」


俺の剣が空振ったのと、カオスの剣が俺の首に突き付けられたのは、ほぼ同時だった。


「くっ……」


敗北を悟り、俺は剣を手から離して両手を上げる。


「流石……『伝説の冒険者』だな。手も足も出なかった」

「一応、お前も予想以上だったぜ?そこそこ楽しめた」

「……汗すらかいてないくせによく言うよ」

「んー、ま、本気は全然出してないけどな」

「……やっぱりか」


剣を打ち合った時も涼しい顔してたもんな……どんな筋力してるんだこいつ……。


「あ、でも、これはちょっとだけ本気だったぞ」

「え?」


次の瞬間、カオスの姿が視界から消えた。

慌てて周囲へ目を向けると、カオスは俺の背後へと回っていた。


「……それ、一体……」

「ん、これか?『縮地』って言ってな。事前動作(ため)なしで高速で移動する体術だ」

「移動って……は、走ってたのか!?」

「そうだけど?」


平然と、さも当たり前のように言うカオス。

走って……あの瞬間移動を……!?

カオスの身体能力も異常なんだろうけど、『縮地』って……。


「興味があるって顔だな」


なんでもお見通り、といわんばかりに、カオスは笑っている。


「教えてやろうか?」

「………え?」

「だから、教えてやろうか?『縮地』」

「え……えええええぇぇぇぇえええ!!?」

「驚き過ぎだろ」

「お、驚くに決まってるだろ!!教えるって……な、なんで……!?」

「なんとなく」

「言い切った!!?」

「ま、技術ってのは誰かに伝えてなんぼだろ。

 もちろん、お前が『縮地』を習得できるかどうかは別問題だが」

「………」


少し、考える。

もし……もし、この『縮地』って技を習得出来たら、俺は今よりも、間違いなく強くなれるだろう。

……だけど、習得できるのか?こんなすごい技……。


「あぁ、先に1つ言っとくぞ。

 『縮地』っていろんな武道やスポーツに取り入れられててな。それによって内容が結構違ったりするんだが、俺が習得してる『縮地』は、さっき言った通り事前動作(ため)なしで高速で移動する体術だ。

 その速度は、当然本人の走力次第」

「……つまり?」

「つまり、仮にお前が今すぐ『縮地』を習得したとしても、俺みたいに瞬間移動すんのは無理」

「……まぁ、そりゃそうだよな」


流石に、いきなりあんな速度で動けるようになるなんて思ってない。

魔法じゃあるまいし……いや、魔法使っても無理か。


「それでもよければ『縮地』を叩きこんでやるぜ?今日1日(・・・・)でな」

「……は……?い、1日……!?1日で『縮地』を習得できるのか!?」

「んなわけあるか。これ一応“奥義”レベルの技だぞ」

「……だよな。じゃあ、1日って……」

「“基礎”の話だ。今日1日で『縮地』の基礎を叩きこんでやる。

 もちろん1日じゃ“もどき”とも呼べないような代物になるけどな」

「でも、そんな中途半端な……」

「何もやらないよりはいいんじゃねぇか?明日審査あるんだろ?」

「そうだけど……って、何で俺が受けるって知って……」

「C(クラス)並の実力持ったD(クラス)冒険者が冒険者の審査がある町にいたら、普通受けると思うだろ」

「………」

「お前がさっき俺の手合わせに応じたのも、明日の審査のために、少しでも実戦をしておきたかったからだろ?」


そう言って、不敵な笑みを浮かべるカオス。

……なんか、何もかもお見通しって感じだな。

でも……一体何が目的なんだ?ここまで俺に加担する理由って……。

疑惑の目でカオスを見てみるが、当人は不敵な笑みを浮かべているだけ。何を考えてるのか、さっぱりだ。

……いや、少し考え過ぎかもな。今俺が確実に分かっていることは、“俺よりも実力の高い人間”が、“修業に協力してくれる”ってことだ。

単純にそう考えれば、これに乗らない手はない。

疑いと迷いを消し、俺はカオスに右手を差し出した。


「よろしく、カオス。いや、師匠って呼んだ方がいいか?」

「カオスでいいぜ。別にそんなしっかりした師弟関係になるわけじゃねぇしな」


カオスも右手を出し、ぐっと握手をする。


「そんじゃ早速始めようと思うが、時間は大丈夫か?」

「一応、8時ぐらいまでなら」

「となると、1時間ちょいか。場所はここでいいよな」

「おう」


同意して、同時に覚悟を決める。

『伝説の冒険者』からの修業、一体どんなことをやるのか……!


「あ、そうだ。1つ言い忘れてた」

「え?」


ぽん、とのんきに手を打って、カオスは言った。


「俺の持論、“人は地獄の底でもがき苦しんでこそ強くなれる”だから。

 ……覚悟はいいんだよな?」


背筋が凍るような笑みを見て、俺は提案に乗ったことを少し後悔した。











「あ、ハディ、おかえ……り……?」

「遅かったじゃないか。どこに、行っ、て……」


午前8時過ぎ、帰ってきた俺の姿を見て、メリスとグリーは絶句した。


「ど、どうしたのハディ!?そんなボロボロになって!!」

「危険度Dの魔物とマンツーマンでもしてきたのかい?」

「いや……ちょっと、修業、を……」


その日の朝飯はいつもの10倍程おいしく感じた。

……あぁ、生きてるって素晴らしい……!!


朝食を終えて部屋で休んでいると、あっという間に時間は12時過ぎに……。

あれ、時間ってこんなに流れるの早かったっけ?


「疲れてたから、休憩の時間が早く感じたんじゃない?」

「よーし、疲れも取れたからツッコむけど、俺今何もしゃべってねぇよ!!」

「顔に“あれ、時間ってこんなに流れるの早かったっけ?”って書いてあっ……」

「文字でも書いてないと読みとれねぇよな!そんな正確に!!」


まずい。昼からまたカオスの修業を受けるのに、メリスへのツッコミで体力を使い果たしそうだ。


「って、そういえばそろそろじゃないか?」

「うん!!そろそろお昼ご飯の時間だね!!」

「いや、それもそうだけど。カオスに頼んだ武器のこと」

「昼頃って言ってたね。……昨日のあの適当さを見ると、忘れられてないか心配なんだけど」

「それなら大丈夫だ。今朝、俺の剣はもう完成してるって言ってたから」

「どんな風になってるんだろうねー?」

「……とりあえず、血みどろになってたり、ガイコツがついてたりしなければいいや」


……本当にそれだけは心配だ。

せめて人前に出せるような代物になってればいいけど……。


昼食も終え、俺達は中央広場へと繰り出した。

たくさんの出店が並んでいる中、カオスの店はすぐに見つかった。

……まぁ、探す時は分かりやすくていいな。あの黒い店。


「こんにちはー!!カオスさん武器できてるー!?」

「メリス、声がでかい。別にそんなでかい声出さなくても聞こえ……」


と、店のカウンターを見てみると。


「Zzzzzz………」


カオスが寝てた。

………えー………?まさか、本当に昼寝してて完成してなかったり……いや、でも今朝、もう完成したって言ってたよな……。


「お、おーいカオス?」

「あれ、カオスさん寝てる?」

「起きた」

『うわっ!!びっくりした!!』


突然上半身を起こすカオスに思わず飛び退く俺とメリス。

なんか、動きが本当に起きてた人の動きだったんだけど……まさか、タヌキ寝入り?


「いや、本当に寝てたぞ。一瞬で覚醒しただけだ」

「ごめん、お前まで読心しないでくれ。頼むから。ツッコミが追いつかないから」

「分かった、じゃあやめる」

「やろうと思えばできるってことか!?」


いかん、またこの人のペースになってる。

ってか、この人にいちいちツッコんでたら、それだけで日が暮れそうだ。


「武器だろ?ちゃんとできてるよ」

「良かった。……血みどろになってたり、ドクロがついてたりしないよな?」

「……どうボケてほしい?」

「ボケるな!!まじめに答えろ!!」


やばい、本当に心配になってきた。

せめて、せめて刀身だけにしてくれ!!鞘すら人前に見せられないようなものになってたら俺は泣く!!


「ほれ、お前の剣だ」

「あ、お、おう!!」


手渡されたのは、漆黒の鞘に納められた剣。

手に持った感じ、重さは以前のロングソードと大差ない。

だが、なぜか俺はこう感じた。“軽い”と。

はやる気持ちを抑えられず、俺はその剣を引き抜いた。


「っ……!!」

「元になるロングソードが弱過ぎたからな。素材とくっつけんのが大変だったぜ」


鞘から現れたその刀身は、まるで絵の具で塗りつぶしたかのような黒だった。

だが、カオスの髪や目のような、不自然な程黒い黒とはまた違う。黒の中に、鋭い光を宿している。


「剣の性能は俺が保証してやる。切れ味も耐久力も、ロングソードとは段違い。それと、微量だが“闇属性の魔力”を纏ってるから、“光”に対抗することが可能だ。

 そうそう、その剣の名前、勝手につけちまったけどいいか?」


そして……その黒い刀身の柄に近い部分には、大きく、だけど邪魔にならない程度に、桜の花が刻まれていた。


「『夜桜』。それがその剣の名前だ」

「夜、桜……」


あまりの存在感に、俺は剣から目を離せなくなっていた。

一目見た瞬間、分かった。この剣は俺が今まで見た中で、間違いなく、最高の物だと。


「これ……本当に、俺のロングソードだったのか……?」

「おー、ま、素材を奮発したからな」

「素材?一体、何を使ったんだ?」

「ん、『黒王竜ニーズヘグの牙』。ごく一部だけどな」

「黒王竜……?」


聞いたことのない名前に首をかしげていると、


「………あ、あはははは!!さ、流石『伝説の冒険者』!冗談が上手いね!」

「グ、グリー?どうした?」

「いや、今のは冗談じゃねぇけど」


カオスの言葉を聞き、グリーは笑いを止めて真剣な表情になる。


「……いくらなんでも、信じられないよ。『黒王竜ニーズヘグの牙』なんて……」

「って、そんなに貴重な物なのか?」

「……貴重、なんてレベルじゃない。

 『黒王竜ニーズヘグ』。『白皇竜セラフィム』と対をなす、世界最強の魔物(・・・・・・・)だ」

『…………は…………?』


比喩でもなんでもなく、俺とメリスの目が点になった。

え、だって……世界、最強……って……。

戸惑う俺達をしり目に、グリーはさらに続ける。


「黒王竜は白皇竜と違って、表にはほとんど出てこない魔物なんだけど、

 19年前、少なくとも、記録されてる中ではたった一度だけ、黒王竜が人里を襲おうとしたことがあるんだ。

 場所は、レイド帝国の帝都『ニブルヘイム』」

「レイド帝国……」


この国の隣にある帝国の帝都か。

でも、いくらなんでも1匹の魔物が……。


「それに気づいたレイド帝国は、精鋭部隊を中心とした約50万の軍勢で黒王竜を迎え撃った。

 そして、黒王竜を“なんとか追い払う”ことに成功したんだ」

「……“なんとか”?」

「そう、しかも“追い払った”、だよ。“倒した”じゃなくてね」

「……おい、おい……」


50万人vs1匹だろ……!?

しかも、軍勢ってことは当然兵器とかも使ってたんだろうし……。


「その戦闘の結果、50万人中40万人以上が死亡、もしくは行方不明。生き残った人も、ほとんどが心身ともに再起不能なほどの傷を負ったって話だよ。

 戦力を大きく削られたレイド帝国は、それ以来他国の侵略を一度もしていない。

 ……国としての在り方を変えられたんだ、たった1匹の魔物によって、ね」

「………なんじゃ、そりゃ」


正直、それしか言葉が出てこない。

ミカン村で『黒と白の英雄』の話を聞いた時もそうだったけど、にわかには信じ難い話だ。


「まぁ、この国へ伝わる過程で多少おひれもついてるだろうけどね。

 ……それでも、『黒王竜』がとんでもない魔物ってのは、おそらく事実だ。

 僕がカオスくんの話を信じられないって言ったのは、それが理由だよ」


なるほど、確かにグリーの言い分も分かる。

50万人でも倒せないような魔物なんだ。いくら『伝説の冒険者』でも討ち取るのは無理だって考えたんだな。


「おいおい、落ちつけよ。俺は倒して手に入れたなんて言ってないぜ?」

「え……あ」


カオスが少し呆れたような様子でそう言った。

そっか、言われてみれば、抜け落ちた牙を偶然拾ったとか、もしくは市場に流れていたのを手に入れたとかかも……。

グリーもそう予想したのか、納得いったような様子だ。

……だが、次のカオスの一言は、俺達の予想の斜め上を行くものだった。


「知り合いの黒王竜に頼んでもらったんだ」

『冗談?』


俺達3人は異口同音に即答した。

たぶん、カオスが言い終わってから俺達が聞き返すまで、0.1秒かかってない。


「ま、好きに考えろよ」


俺達の言葉を受けて、カオスは不敵な笑みを返す。

……どこまで本気なのかさっぱり分からん!!


「んじゃ、次行くか。ほれ」


と、カオスがグリーに手渡したのは、グリーが長年使っている愛銃だ。

俺の剣と違って見た目はほとんど変わってないけど、1つだけ、大きく変わっているところがあった。


「……何だい?この玉」


グリーが指差したのは、銃の弾倉シリンダーのすぐ後ろについている、緑色の玉だ。

もちろん、預ける前はこんなものはなかった。


「それか?魔法玉っていってな。魔法石を加工して魔力を蓄える機能を大幅に上げた物だ」

「それは知ってるよ。なんで僕の銃にこんなものがついてるんだい?」


流石グリー。イラだった様子もなく質問を続けてる。


「あー、そうだな。これは実際使ってみた方が早いか」


カオスはそう言うと、『集中』を始めた。


空間転移(テレポート)

『っ!?』


気づけば、俺達4人はタルト町の外、今朝俺とカオスが手合わせをした場所に来ていた。

これ、いきなりやられると驚くよな……。


「んじゃ、試し撃ちだ。あそこの岩でいいか」


カオスが指差したのは、30mぐらい離れたところにある大きな岩。


「まず普通に撃ってみろ」

「うん」


グリーは装填を済ませ、ゆっくりと銃を構えて引き金を引く。


ドンッ!!


銃声と共に銃弾が発射され、岩のほぼ中央に突き刺さった。


「おー流石、良い腕だな」

「……成程。確かに、前より威力も弾の速度も上がってるね」

「って、グリーそんなの分かったのか?」

「なんとなくだけどね。今までより速くなってる感じがする」


使い古してるから、撃った感じで分かるのかもな。


「そんじゃ、次。魔法玉の横についてるレバーをオンにしてみろ」

「これかい?」


グリーは言われたとおり、銃の右側についている小さなレバーを切り替える。

……なんだあのレバー?下からオフ、オン……は分かるけど、一番上……ブラスト?


ドンッ!


短い破裂音がして、岩が砕け、砂煙が上がる。

今の……銃弾じゃ、ない?


「『空気弾』とでも名付けるか。銃にためた魔力を使って、実弾なしで空気の弾を発射する。

 当然威力は落ちるが、弾を補充する必要がない。ま、魔力が切れたら補充しないといけないけどな。

 んじゃ、ラスト。レバーをブラストに切り替えてみろ」

「あ、あぁ……」


グリーが言われたとおりにすると、銃が緑色に発光し始めた。


「これは……?」

「ま、撃ってみろって」


グリーは傾くと、銃口を岩へと向ける。


……ここで余談だが、普段前線へ出て白兵戦をしている俺は、常人よりも目が良い。

単なる視力もそうだけど、動体視力には結構自信がある。

グリーの撃つ銃弾も、流石に目視は難しいけど、銃弾の軌跡ぐらいならギリギリ判別できる。


……だけど、この時グリーが撃った銃弾は、俺の目にも全く映ることなく、岩の中心より少し上の方に突き刺さり、


ドオオオォォォンッ!!


着弾と同時に爆風を巻き起こして、岩を大きく削り取った。


「………」


当人であるグリーすらも、その光景に唖然としている。

カオスはそんな俺達の様子を、不敵な笑みを浮かべて見ていた。


「『爆風の魔弾』。風の魔力を特殊な装置でエネルギーへと昇華し、火薬とエネルギーを同時に爆発させることで、普通の倍の速度で銃弾を射出する。

 さらに、銃弾の中に残ったエネルギーは着弾と同時に爆発、小規模の爆風を巻き起こす。

 使い道には気をつけろよ?弱点をうまく狙えば、危険度Dの魔物でも即死だ」

「っ……!!」


グリーが息を呑んだのが分かった。

当然といえば当然……岩が大きく削られた様は、まるで爆弾でもぶつけたかのようだ。


「ま、強力な分リスクも多い。

 グルードは分かっただろうが、反動がでかいから狙いをつけるのが難しいし、手にもかなり負担がかかる」

「そういえば、さっき岩の中心から少し外れてたな」

「ま、あんだけで済めば大したもんだ。

 後、『空気弾』と違って実弾も使うし、何より魔力の消費量がバカでかい。

 満タンまで魔力をためても、これを2発撃てば魔力切れだ」

「2発……」

「よーするに『切り札』ってわけだ。乱射したりすんなよ?」

「……するわけないだろう。こんな危険な物」


グリーは呆れた様子でレバーをオフへと戻した。


「まさか、こんなとんでもない代物になって返ってくるとはね……」

「確かに、すっげぇよな、その銃」

「銃?何言ってんだハディ、それはもう『銃』なんて生易しい代物じゃねぇよ」


不敵な笑みを浮かべてカオスは言う。


「それは、『魔導兵器』だ。軍でもそこまで強力なものはなかなかねぇぜ?」

「『魔導兵器』……」


確かに、魔力使ってるしな。

……にしても、魔力を利用した武器ってこんなに強力なんだな……。


「一応それにも勝手に名前つけたけど。聞くか?」

「……うん。元々この銃に固有の名前なんてないしね」


そう言って銃を両手で持つグリー。

……そういや、なんだかんだでグリーもカオスと打ち解けてきてる気がするな。

初めは『路地裏の悪魔』ってことで、警戒してたけど。


「『風切り』だ。その銃の名前」

「……『風切り』、か」


グリーはフッと笑みをもらし、銃をしまった。


「それじゃ、そう呼ばせてもらうよ。

 ……ちなみに、この銃の改良には何を使ったんだい?」

「素材か?『緑風玉』と『シルフの魂』だ」


ビシッ、とグリーが固まった。

……え?ひょっとしてその2つもとんでもない素材……?


「じゃ、ラストだ。メリス」

「あ、うん!!」


待ってましたと言わんばかりにメリスが飛び出してくる。


「これがお前の杖、『紫光』だ」

「うわぁ!きれい!!」


差し出された杖にメリスは目を輝かせる。

その杖は長さ1mぐらいで、先には赤と青の宝玉がつけられている。


「カオスさん!!この杖には何かないの!?」

「何か?」

「ほら!!ハディの剣は闇の魔力を纏ってるって言ってたし、兄さんの銃は『切り札』とかついてたから!!」


あーなるほど、そういうオプションにも期待してるのか。


「ない。魔法が使いやすくなるだけだ」

「………」


うわカオスの奴即答しやがった!!

んでメリスは落胆してるの分かりやすいな!失礼だろ!!


「あぁ、『紫光』って名前通り、持って魔法使うと杖全体が紫色に光るぞ」

「本当!?やったぁ!!」

「それでいいのか!?」


杖が光るって……いや、雰囲気は出るけど。

逆に目立って狙われやすくなるんじゃ……?


「んじゃ、これで全部だな。それじゃ、お代だけど……」

「あ」


しまった、武器に感動するあまり忘れてた。

……ってか、とんでもない武器ばっかりなんだけど、金足りるかな……。


「……1億」

「…………………は?」


思わず間抜けな声が出てしまった。

……落ち着け俺、今のはカオスの声じゃない。


「グ、グリー?どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも……僕の銃に使われた材料『緑風玉』と『シルフの魂』。それに、メリスの持ってる杖についてる宝玉……『紅蓮石』と『纏水石』を加工したものだろう?

 この4つを“卸値”で売った値段。それが1億(ゴールド)だよ」


ビシッ!!と自分の体が凍りつくのが分かった。


「ちなみに『黒王竜ニーズヘグの牙』は、例えごく一部でも値段なんてつけられないだろうけど……オークションとかに出せば、最低でも数億……」

「………」


サーッ、と自分の血の気が引いたのが分かった。

え、えぇええええええーーーーー……………。

お、終わった……。俺達の人生ここで終わった……。


「で、お代なんだけど……」


カオスが不敵な笑みを浮かべて、死刑宣告をする。

ち、ちくしょう……ハメられ……、


「3万(ゴールド)だ」

「ごめんなさい!!払えま……」


…………え?

今、この人なんて言った?


「なんだよ、払えないのか?3万(ゴールド)

「え……い、いや、それなら払えるけど……え……?」

「ほい、毎度あり」


ほとんど放心状態のまま代金を払うと、カオスは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「い、いい、のか?」

「あ?値段なんて俺の勝手だろ」

「い、いや、でも3万って……」

「あぁ、それな。昨日サイコロ振ったら3が出たんだ」

「サイコロ!!?」


何やってんだこいつ!!?


「つーか、普通3が出たら3億じゃねぇのか!?桁がおかしいだろ!!」

「なんだ、3億払いたいのか?」

「払えないけど!!!」

「んじゃ、いいだろ」

「いや……だって……えー……?」


助かったけど、助かったけどなんか納得できない……。

ホント、何考えてるんだ?こいつ……?


「そうだな。じゃあこれは“貸し”だ」

「“貸し”……?」

「おう、今度返せよ。金以外で、な」


そう言ってカオスはまた、不敵な笑みを浮かべた。

……本当に、何考えてるかさっぱりだ……。










では、次回予告です!


「ハディだ。なんていうか……本当規格外というか常識外れというか……。

 考えが全然読めないな、カオス。

 次回は今回もあったけど、カオスの修業を受けるんだ。

 ……どうしよう、今から逃げたくなってきた。

 次回、冒険者ライフ!第42話『修業』!

 仲間は苦労を共にするものだよな!……な!!」


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