第34話 国王の誤算
「それが、反乱か……」
「そういうことだよ」
確かに、反乱が起こるのも分からなくはない。
……ただ、これが自主的な反乱だとはどうしても思えない。
魔物の活発化と不作・干ばつだけなら、まだ不幸な偶然だと納得しようもある。
でも、兵士の記憶改ざんや行方不明は説明がつかない。
……誰かが、意図的にやってるとしか思えない。
「誰かの策略……なんだよな?」
「そうだね……先に話しちゃうとね、この国民達はだまされてたんだ」
「だまされてた?」
「うん。反乱の起こる数日前、十数人の商人風の者達が国民達に、この不作や干ばつは国王が魔法で、土地の栄養や雨雲を首都付近へ集めているために起きた。
そう言って、怒った国民達に武器や兵器を与えたらしいんだ」
「って!いやいやちょっと待て!!なんだその露骨なやり方!?怪し過ぎるだろ!!」
「そう、普通ならそう言って、誰も取り合わなかっただろうね。
でも、相手が悪かったよ」
「相手?」
「さっき言っただろうメリス?
記憶の改ざんには忘却魔法と、操心魔法が使われたって」
「あっ……!」
やっぱり……!
操心魔法ってのは文字通り、心を操る魔法だからな。
それを使って反乱を起こさせたってわけか!
「で、でも兄さん!心を操るっていっても、実際は惑わせるのが精々でしょ?それに、反乱に参加した人は10万人もいるって……」
「確かにね。いきなり何の準備もなく人を、それも万単位の大人数を操って戦わせるなんて、例え『大魔導師』でも、それこそ『賢者』でも不可能だよ」
『賢者』……魔法使いの称号の中でも最高のものだ。
その称号を持ってるのは世界でもたったの7人、当然、全員が『魔塔』の一員だ。
「でもね、さっきメリスが言った通り、心を惑わせることなら可能だ」
「惑わせる……?」
「……っ!!グリー、まさか……!」
「たぶん、それが正解だと思うよ。ハディくん」
「え、何?なに!?」
「分からないのか!?不作や干ばつ、それにウソの情報を流したのも、国からの助けを妨害し続けたのも!
国民達の国への不信感を高めて、操心魔法をかけるための前準備だったんだ!!」
「そ、そっか!!……って、だから!それでも!
いくらなんでも10万人もの人を操るなんてそれこそ……」
「『大魔導師』でもないとできない……かい?」
言いかけたことを先に言われて口をつぐむメリス。
ってか、『大魔導師』が関係してるっぽいことはさっきも言ってただろ……。
「さっき言った通り、相手が悪かったんだ。
その商人風の者達には、2人の魔法使いが手を貸していた」
「2人?」
「そう、1人はセイン・モーシン。
『脈動の魔導師』という異名で知られ、『魔導師』の中でも『大魔導師』に近い魔力を持ってるって有名だったらしい」
「その人が操心魔法を……?」
「いや、この人は地属性と風属性の魔法に長けていたんだ。
やったのは土地の栄養や雨雲を首都付近へ集め、不作や干ばつを引き起こしたことだよ」
「って、自分達でやってたのかよ!!」
よりによって自作自演かよ……!
まぁ、都合が良すぎるとは思ってたけど。
「忘却魔法や操心魔法の使い手はもう1人の方だよ。
『惑いの魔女』フュー・プレキス、『大魔導師』だ」
「っ!」
『大魔導師』……!
「ただでさえ不作や干ばつに襲われ、頼りの国からも連絡がこない。
人々の心は不安や怒りに支配されていただろう。
そんな人達の心を操ることぐらいなら、簡単だったんだろうね。
……何せ、世界に100人もいない『大魔導師』の1人なんだから」
「許せない……魔法を、そんなことに使うなんて!!」
メリスが珍しく怒りをあらわにする。
こいつは子供の頃から魔法が好きで、がんばって修業してたもんな。
大好きな魔法が悪事に使われることが許せないんだろう。
「と、そうだ。グリー、話の続き」
「あぁ、そうだったね」
商人風の者達と2人の魔法使いの策略で、反乱が起こってしまった。
その後……どうしたんだ?
「国王は、やむを得ず兵士達に鎮圧を命じたんだよ」
「……まぁ、しょうがないよな」
いくら操られてるからって、攻撃をしかけてきたからには、相応の対応をしないといけない。
「ただし、相手は逆賊じゃないんだから、絶対に命は奪うな。って言ってね」
「流石、国王だな」
いくら10万人いても、冒険者学校の講師を除けばほぼ一般人だ。
優秀なスイーツ王国の兵士なら、流石に犠牲者0は難しくても、最低でも鎮圧は可能なはず……。
「でもね、報告した兵は首を横に振ったんだ」
「……横?縦じゃなくて?」
疑問符を浮かべるメリス。
ってか、横と縦じゃ意味が真逆になるぞ。
「横に振ったんだよ、不可能です。ってね」
「不可能?なんでだよ?」
犠牲者0は不可能って意味か?
まぁそれは国王も絶対ってわけじゃなくて、それぐらいの心構えで行けって意味じゃ……。
「人々は普通の武器はもちろん、戦車や魔導兵器を持って来たんだよ」
「戦車っ!?」
ちょっと待て何持って来てんだ!?
本当に戦争やる気満々じゃねぇか!!
……ちなみに魔導兵器ってのは、魔力を燃料にする武器、兵器の総称だ。
魔導銃とか、普通の銃よりかなり威力が高いらしい。
「まぁ、全部中古だったり旧式だったりと、そんなに強力な物はなかったらしいけどね。
それでも、数がそろえば十分脅威だよ」
「中古とか旧式でも十分怖いけどな……」
やっぱり、その商人風の奴らがそろえたんだろうか。
まともな戦車や魔導兵器を何万人分も用意するのは無理だった、ってことか?
「……そして、もう1つ。
その人々に、とんでもない人物が手を貸していたんだ」
「とんでもない人物?」
おいおい、まだいたのかよ。
でも、『大魔導師』が手を貸してるんだしな。
ひょっとしてA級冒険者でも出てくるんじゃないか?
まぁ、これ以上どんな奴が出てきてもそう驚かな……、
「『八つの魔塔』の一角」
「……え?」
メリスの顔がこわばる。
たぶん、俺と同じことを考えてるんだ。
……ウソ、だろ?
……いや、違う。むしろ、そう考えたら納得がいく。
ここまで聞けば、『反逆者』の意味はもう予想がつく。
あの人に助けられたこの村で、その言葉が禁句になっていたことを考え合わせたら、この結論しかあり得ない。
「この時、反乱軍に手を貸したのは、『星の賢者』イア・ランディアだよ」
「………」
ちらりとメリスを見ると、ショックのあまり固まっていた。
……やっぱり、ショックだよな。
前から憧れてた人が、過去とはいえ、国に背いていたなんて。
「イア……さんが……どう、して……?」
震える口を懸命に動かして、グリーに疑問を投げかけるメリス。
そうだ、何でランディアさんは反乱軍に手を貸したんだ!?
操心魔法?ありえない!!
魔力は精神力にも大きく関わるからな、超一流の魔法使いであるランディアさんは、魔法への抵抗力も超一流なはずだ!
そんな簡単に操られるなんて……!!
「ランディアさんもまた、だまされていたんだよ」
「だ、だまされた?ランディアさんが?」
「正確には、だまされた人達を信じてしまったんだ」
「だまされた人達……って、不作や干ばつに苦しんでた人達だよな?」
「そうだよ。……2人とも、この時点でその人達にとって、国はどんなものだと思う?」
「……え?」
どんなもの……って。
「農業従事者にとって、土地の栄養や雨雲はそれこそ、自分達の命だろう。それを奪い、あまつさえ最初は善人面して助けると言ったくせに、それ以降は連絡をしてこない、こちらから連絡をしてもつながらない。当然、援助が来る気配は全くない」
「……最悪、だな」
そっか、その人達にとってはそうなるんだ。
……操心魔法なしでも反乱起こったんじゃないか?
いや、武器を取ったのはやっぱり極端か。
「残念なことに、ランディアさんはそんな人達と出会い、そしてその人達から話を聞いた」
「う……」
確かに、そこだけ聞いたら俺でも国が悪者だと思うな……。
「で、でも、この国の国王は国民思いって有名だし……」
「そこだよ」
「え?」
「……あっ!!に、兄さん!!」
「ん、メリスはやっぱり知ってるみたいだね」
知ってる……?
「ハディ、その時のイアさんはたぶん、そのことを知らなかったんだと思う」
「知らなかった?」
「うん。イアさんの故郷、イアさんが10歳ぐらいの頃に、盗賊団に襲われて、たくさんの人が殺されたんだって」
「なっ……」
「それで、生き残った人はほとんどが国や孤児院に引き取られたんだけど、イアさんはその時助けてくれた魔法使いに弟子入りして、それから10年近く山奥で修業してたんだって」
「山奥?」
「うん、そのお師匠さんが、あんまり人が多いのは好きじゃなかったみたい」
「……つまり、国王の人柄とかは、その“国を最悪だと思ってる人達”に初めて聞いたってことか」
「人生初かどうかは分からないけど、少なくとも10年近く聞いてなかった上で、その人達に話を聞いたとしたら……」
「この国は最悪だって勘違いしてもおかしくないな……」
それで反乱軍に手を……、
「で、でも兄さん!イアさんは『星の賢者』だよ!?
土地の栄養とか、イアさんなら本当のことに気づけたんじゃ……!」
「……むしろ、それが決定打になったのかもね」
「え……?」
「さっき言っただろうメリス。
“村や町の土地の栄養、雨雲は首都へと集まってる”って。
たぶんランディアさんは、そのことに気づいたんだ」
「げっ……!!」
うわ、それは確かに決定的だな……。
それで商人風の奴らの言うことを信じちまったのか……!
「……とは言っても、ね。
僕の個人的な意見としては、たぶんランディアさんなら気づけたと思うんだ」
「え?」
「彼女は『星の賢者』、地属性魔法のエキスパートだ。
それが『脈動の魔導師』のしわざだと気づけたっておかしくない。
……本当なら、ね」
「でも、じゃあ何でランディアさんは……」
ランディアさんが黒幕の悪事に気づいていたんなら、なんで反乱軍に手を貸したりなんか……!!
「……気づけなかったんだと思うよ」
「……は?」
いきなりグリーが正反対のことを言ってきた。
ちょっと待て、どういうことだ?
「本当なら、ランディアさんは気づけたと思うよ。
でも、いくつかの要因が重なって、ランディアさんは気づけなかったんだと思う」
「要因?」
「そう、今話した中にあっただろう。
“国が悪者”だという先入観。
“土地の栄養や雨雲が首都へ集まっている”という事実。
……そして、“操心魔法”」
「なっ……はぁ!?待てよグリー!!ランディアさんに操心魔法なんて……」
「確かに高い魔力を持つ者には、操心魔法は効きにくいことが多い。
でも、操心魔法に抵抗するのは、魔力じゃなくて精神力だ。
そして、魔力と精神力は、必ずしも同じじゃない」
「イアさんの心が、弱かったっていうの……?」
「……そうは言ってないよ。
ただ、これだけの要因が集まってしまった結果、ランディアさんは真実に気づけず、反乱軍に手を貸してしまった。
僕はそう思ってる。本当の所は本人しか分からないよ」
……そうだよな。
結局、その人の心が分かるのはその人だけだもんな。
「さて、だいぶ脱線しちゃったね。
話の続きに行こう」
「っと、そうだな。……どこまで聞いたっけ?」
「人々が戦車魔導兵器を持ってきて、さらに『星の賢者』が手を貸している。までだよ」
「そうそう、それで?」
「報告した兵は、今すぐ全力を以てかからなければ、町が占拠されます。って国王に言ったんだ」
「……だよな」
一般人10万人+普通の武器と戦車、魔導兵器+『星の賢者』。
……考えるだけでも恐ろしい。
それに黒幕の奴らもいるんだろ……。
「でも、国王はそれを許可しなかった。
兵士は国民を守るためにいるんだ。って言ってね」
「……そうだよな、そういう人だもんな」
相手がそんな人達なら、鎮圧じゃなくて完全に殺し合いになる。
兵にも国民にも、かなりの犠牲が出るだろう。
「そして、今すぐ兵を退けと命じたんだよ。
相手は逆賊じゃない、襲うのは兵だけで、町の人達に無用な危害は加えないはずだって言ってね」
「な、なるほど。でもグリー、それって……」
「そう、首都付近の町は、全て反乱軍に占拠されちゃったんだ」
「た、大変!!」
「大事件じゃねぇか!!」
「……その大事件を、なんで君達は知らないんだい?」
グリーがジト目になったのを見て、俺とメリスはほぼ同時に明後日を向く。
しょうがないだろ!知らないものは知らないんだ!!
「そ、それでグリー?その後どうなったんだ!?
少なくとも今は、もう反乱なんて影もないぞ!?」
慌ててごまかすように言ったけど、本当のことだ。
少なくともこうしてグリーに聞くまで、反乱があったなんて想像すらしてなかったしな。
グリーは小さく嘆息した後、ゆっくりと口を開いた。
「『黒と白の英雄』だよ」
では次回予告です!
「メリスだよ!」
「ハディだ……って、もう1周したのかよ、早いな!」
「チッチッチ、甘いよハディ!
前のは『ハディと私の次回予告』で、
今回は『私とハディの次回予告』なんだよ!!」
「……違いが分からん」
「あ~もうノリ悪いなぁ!!」
「それよりメリス、早くしないと次回予告できなくなるぞ」
「あっ!え、えっと!次回も話の続きだよ!
そして!30.5話で出てきたあの人達が登場!」
「話の中で、だけどな。
次回冒険者ライフ!第35話『黒と白の英雄』!
英雄ね、やっぱそういうのには憧れるよな」
「あはは、ハディも結構子供だね!」
「お前には言われたくねぇ!」