第31話 半年前の事件
ミカン村に到着した翌朝、予定ではもうミカン村を出てタルト町へ向かっているはずなのに、オレ達はまだミカン村にとどまっていた。
……なぜなら、
「……37度5分か」
「うぅ~……」
俺が告げると、メリスはベッドに寝たまま、悔しそうにうめき声を出す。
……そう、メリスが風邪をひいた。
「バカは風邪なんてひかないはずなのに……!」
「ハディひどい……」
いつもならもっと大声で反論してくるのに、今はそんな元気もないみたいだ。
「ま、そんなに熱があるわけでもないし、今日1日寝れば治るだろ」
「……昇格審査、間に合う?」
「心配すんな、明日出れば間に合うって」
元気づけるようにできるだけ明るく言うと、メリスは安心してくれたのか、また眠り始める。
とは言ったものの、どうするかな……。
タルト町のギルドが閉まるのは夜10時らしい。
ここからタルト町まで徒歩10時間だから、明日の11時に出れば十分間に合うけど、明日までに治ったとしても、メリスは病み上がりだ。
10時間歩き続けるってのは無理だろうから、途中で休憩をはさみながら行くことになる。
その場合どれぐらい時間がかかるか……。
……まぁ、別に急いで資格取る必要もないし、諦めることも考えておくか。
「ただいま……あれハディくん、メリスはまだ寝てるのかい?」
「あ、お、おう」
しまった、朝の修業に行ってたグリーが帰ってきた。
どう説明するか……いや、変にごまかすより、ありのままに言った方がいいよな。
「グリー、ちょっと」
「ん?なんだい?」
念のためにグリーを部屋の外に連れ出してから、話をする。
「グリー、落ち着いて聞いてくれ」
「どうかしたのかい?」
たぶん無駄だろうけど、前もって一言言っておく。
そして、
「メリスが風邪をひいた」
ありのままに現状を説明……あ、グリーが石化した。
「………メリスが……風邪……?病気……!?」
「お、おい、落ち着けグリー。ただの風邪……」
「メリスーーーーーーーーー!!!」
「落ち着けっつーの!!」
凄まじい速度で部屋に飛びこもうとするグリーをなんとか押さえ込む。
つーか近所迷惑だ!!
「メリスは大丈夫なのかい!?大丈夫なんだよね!?」
「ただの風邪だって言ってるだろ!!」
「薬!!そうだ『擬似エリクサー』があれば風邪なんて一瞬で治る!!」
擬似エリクサーってのは1束1万Gもする最高級の薬草のことだ。
確かに擬似エリクサーをせんじて飲めば風邪ぐらい一瞬で治るけど、こんな田舎にそんなものがあるとは考えにくい。
……つまり、
「ハディくん!!僕は今すぐ首都まで走って行って擬似エリクサーを買ってくるよ!!」
「落ち着け往復千km超える距離だぞ!?風邪のためにそこまでするな!!」
まぁ、こいつならそれぐらいするだろうとは思ったけど……!
冗談じゃなくて本気だから厄介だ!
「何騒いでるのさ二人とも?」
「あの、どうかされましたか?」
と、やはりうるさかったのか、2人の子供が俺達に話しかけてきた。
1人は昨日俺達を村に案内してくれた少年ランジ・ビレン。
もう1人はランジの姉のリン・ビレンだ。
年は12、3ぐらいで、ランジと同じ明るめの茶髪を二つ結びにしている。
将来は冒険者になりたいらしくて、昨日いろいろと話をして仲良くなったんだ。
「あー悪い、実はメリスが風邪をひいたみたいで」
「だから僕が今から首都まで走って行って……」
「やめろっつってんだろ!!お前が帰る頃にはもう風邪治ってるぞ!?」
グリーならたぶん不眠不休で走り続けるだろうけど、それでも往復5日以上はかかる距離だ。
「風邪?なら風邪薬があるから取ってくるよ。ひどいの?」
「いや、熱もそんなにないし、別に薬なしでも明日には……」
「遠慮しなくていいって、別にお金なんて取らないしさ。
うちの薬はよく効くから、軽い風邪なら半日で治るよ!」
「そ、そうか?じゃあ頼むな」
「うん!」
ランジは笑顔でそういうと、小走りで薬を取りに行ってくれた。
「あらリン、何かあったの?」
「あ、お母さん」
ランジと入れ違いに奥から女将さんが出てきた。
手には小さなかごを持っていて、収穫したてらしきミカンが入っている。
「それが、メリスさんが風邪をひいちゃったみたいなの!」
「あらあら、それは大変!」
「今ランジが風邪薬を取りに行ってるよ」
「あらそう、あ、それじゃ旅人さんこれどうぞ」
女将さんは笑顔でミカンの入ったかごを差し出してくれた。
「え、でも……」
「遠慮なさらないで、風邪にはビタミンCが良いんですよ」
「そ、それじゃありがとうございます」
お礼を言ってみかんを受け取る。
なんか悪いな、こんなに物をもらうなんて。
「ランさんこんにちはー!
お、あんたら噂の冒険者さん達かい?今日の朝出発するって聞いたけど」
「冒険者!?え、本物!?」
宿屋に2人の親子らしき人達が入ってきた。
30代前半ぐらいの色黒の男と、ランジと同い年ぐらいの逆立った黒茶色の髪が特徴の男の子だ。
……っていうか、俺達の噂もう広まってるんだな。
「あらあら、エレルさんにクイトくんこんにちは」
「こんにちはー」
「よっリン!遊びに来たぜ!」
クイト?なんか聞いたことあるような……、
あ、思い出した。
「君ひょっとして、兵士志望の子?」
「え!?なんで知って……あ、リンしゃべったな!」
「別にいいでしょ?」
そう、昨日リンに聞いた兵士を目指してる男の子だ。
精鋭部隊『ソレイユ』は言うまでもないけど、それ以外でもスイーツ王国の兵士は1人1人が強いって有名で、冒険者と同じように、憧れてる子供は多いらしい。
「冒険者もかっこいいけどな!やっぱ男なら兵士だろ!」
「そう?冒険者の方がロマンがあると思うけど」
「分かってないなリン!男は誰かを守ってナンボだろ?
俺は『黄龍』エルド・ドラゴニスみたいなかっこいい男になるんだ!!」
「クイト、『黄龍』は女の人だよ」
ちょうど戻ってきたランジが鋭い指摘を入れる。
「それに、そういう理由で憧れるなら『星の賢者』の方じゃないの?」
「い、いいだろ別に!俺は魔法より剣の方が好きなんだよ!
……ところで、何持ってるんだランジ?」
「風邪薬だよ、冒険者の1人が風邪をひいたんだって」
「えぇ!?冒険者って風邪ひくのか!?」
「そりゃ、俺達だって人間だからな……」
そりゃ冒険者の戦闘力は人を超えてるとかよく言われるけど。
……そういう意味なんだよな?
全員バカだと思われてるとかそういうのじゃないよな?
「なんだ風邪ひいちまったのか?そんじゃランさん!これ使って栄養のあるメシ作ってやりなよ!ウチの野菜は世界一だからな!!」
「あらあら、ありがとうございます」
エレルさんが持っていた色とりどりの野菜を女将さんに渡す。
「はい、これ風邪薬だよ。食後30分以内に飲んでね」
「ありがとなランジ」
「あら、それならお昼に野菜粥を持っていきますね。
ちょうど野菜をもらいましたし」
「ありがとうございます。
……なんか悪いな、風邪ぐらいでこんなにしてもらって」
「ハッハッハ!気にすることねぇって!困った時はお互い様だ!」
「そうですよ!それに……」
笑い声を上げるエレルさんに続いて、リンはこんなことを言った。
「『人を助けるのに理由なんていらない』って、あの人から教わりましたから、ね」
リンの言葉に他の人達も力強く傾く。
……あの人?
疑問を口に出そうとしたその時、またも宿屋の扉が開いた。
「こんにちは」
「あ、村長!」
「村長さん、こんにちは!」
入ってきた60代ぐらいの老人に、子供達はうれしそうに駆け寄って行く。
「こちらに冒険者の方が来ていると聞きましてな。
村の長としてあいさつに来ましたぞ」
「わざわざすみません。僕はグルード、こっちは仲間のハディです」
「もう1人いるんですが、今風邪で寝込んでます」
「そうですか。いやようこそ旅の方々、我が村はあなた達を歓迎しますぞ」
村長さんはにこやかにそう言ってくれる。
っていっても、昨日からもう十分歓迎してもらってるけど。
「……失礼ですが、少し意外ですね」
「グリー?」
グリーが急に神妙な顔になる。
意外って……?
「僕の聞いた所、ミカン村は魔物のいない森の中にあるがゆえに、盗賊の標的になりやすい。とのことでしたので、もう少し警戒されるかと思ってました」
「盗賊!?」
グリーの言葉を聞いて、驚くと同時に昨日のランジの言葉を思い出す。
『危険なのは、魔物だけじゃないってこと』
あれは、そういう意味だったのか……。
「まぁ、僕達が冒険者だから大丈夫だろうと判断したんでしょうが、それでも、村の外の者にはもっと疑心暗鬼になってると思ってました。
でも、実際には疑心暗鬼どころか……」
「ふむ……グルード殿の言うことももっともですな」
村長さんはグリーの言葉を聞き、それを肯定する。
「確かに、我が村の者は外の者……特に素姓の知れない者に対して少し警戒するくせがありました。
半年前までは」
「半年前?」
グリーが聞き返すと、村長さんは大きくうなづく。
「半年程前、我が村は盗賊団に占拠されたのです」
「なっ!?」
占拠って……この村が!?
周りの人を見ると、その時のことを思い出したのか、子供達はもちろん、大人達も苦い顔をしていた。
「しかし、我が村の者は死者どころか、ケガ人すら出ませんでした」
「え?」
「たまたま村に泊まっていた旅の冒険者達が、己を犠牲に村の者達を逃がしてくれたのです」
「犠牲って……!」
「……命は助かりましたが、冒険者生命を左右される程の大ケガを負いました」
……なるほど、話が見えてきたな。
「それで、同じ冒険者である僕達は警戒しなかった、と」
「そういうことですな」
「それにそもそも、冒険者さん達俺に何もしなかったでしょ?
その時点で警戒する必要なんてないって分かってたよ」
ランジが得意げな笑顔で言う。
「ってことは、風邪をひいたメリスに良くしてくれるのも?」
「それはもう1人の影響ですな。
半年前我が村を救ってくれたのは、旅の冒険者の他にもう1人いたのです」
「それは?」
グリーが村長さんに尋ねるが、その顔にはもう予想はついてる、と書いてあった。
「私達は逃げる前に、我が村が盗賊団に襲われていると、国へ救助願を出したのです。
それを受けた国は、軍から1人の兵士を寄こしてくれました」
「1人……?盗賊団相手にですか?」
盗賊団の規模は分からないけど、少なくとも村を占拠するぐらいの人数はいたはずだ。
なのに1人って……。
「1人で十分だったんですね?」
「えぇ、その時我が村に来て下さったのは、かの『八つの魔塔』が一角、『星の賢者』イア・ランディア殿でしたからな」
「えっ!?」
ラ、ランディアさんが!?
「なるほど、『星の賢者』なら盗賊団ぐらい、1人で片づけられますね」
「えぇ、グルード殿の言う通り、ランディア殿はたった1人で盗賊団を壊滅させ、殺されかけていた冒険者達を救い出し、森の奥へ避難していた私達に、そのことを伝えに来てくれました」
流石ランディアさん……。
「その時に、確か言ったのはリンだったな?」
「……うん」
リンが少しこわばった顔で傾く。
「私……この村に少しコンプレックスがあったんです」
「コンプレックス?」
「うん、こんな小さな村、国全体から見たら、あってもなくても一緒なんじゃないかって」
リンは少しうつむいて、小さな声で話す。
……正直、リンの気持ちは少し分かる。
俺も、メリスも、グリーも、この村と同じぐらい小さな村の出身だ。
グリーはともかく俺とメリスは、こんな小さな村で終わりたくないと思って村を出たんだ。
リンの考えは、辺境の村に住む子供が、一度は抱くものだと思う。
「それで私、イアさんにこう聞いたんです。
『なんであなたみたいなすごい人が、こんな小さな村に来てくれたの?』って。
そしたら、イアさんは私に周りを見るように言って、それからこう言ったんです。
『人を助けるのに理由なんていりません。なぜなら、人を助けるということは、それ自体が誇るべき、尊いことだからです。今日あなた達を助けることができたこと、私はそれを、誇りに思います』って……」
そう話すリンは、とてもうれしそうな顔をしていた。
それを聞く周りの人達も同様に。
「その言葉を聞いてからというもの、俺達は困ってる奴をほっとけなくなっちまったのさ」
エレルさんが笑顔で言う。
きっとこの人達にとって、イアさんの言葉はとても胸に響くものだったんだろう。
今俺達が助けられてるのがその証拠だ。
「そうそう!あの人は俺達の恩人なんだ!
『反逆者』だろうがなんだろうか知ったこっちゃ……」
「クイト!!!」
突然、エレルさんがクイトを怒鳴りつけた。
「その言葉は、絶対に使うなと言っただろう!!!」
「え、あ……ご、ごめん、親父……」
泣きそうな顔でエレルさんに謝るクイト。
ど、どうしたんだ、急に……。
「……落ち着きなさいエレルくん。
クイトも他意があったわけではない」
「……そう、だな。悪いなクイト、いきなり怒鳴っちまって」
「う、うん……」
村長さんがエレルさんをなだめると、エレルさんも落ち着いたようで、クイトに謝った。
でも、『反逆者』って、一体……?
聞こうにも、口に出せるような雰囲気じゃないし……。
「見苦しい所をお見せしてしまいましたな。
……さて、そろそろお昼時、お暇しますかな」
「あらあら大変、お昼の支度しなくちゃ!2人とも手伝ってくれる?」
「うん!」
「はーい!」
「クイト、俺達も行くぞ。詫びにアイスクリームを買ってやる!」
「2本?」
「1本だ!よくばるな!!」
すぐに元の雰囲気に戻り、その場は解散となった。
ただ、俺の感じた疑問は残ったままだけど……。
次回予告です!
今回から対話形式でやってみます!
「ハディだ」
「メリスだよ!
……ハディ!今回私出番少なくない!?」
「風邪で寝込んでるんだからしょうがないだろ。
それより次回予告だ!」
「あ、うん!
風邪で寝込む私を2人が看病してくれるんだけど、
2人の子供がハディを呼びに来るんだよね。
次回、冒険者ライフ!第31話『辺境の村』!
って待って!これ次回も私出番が少な……」
「絶対見てくれよな!」
「無視しないで!!」