番外編 ある館の日常風景
本編で少し出てきた、アザの『家族』の話です。
本編とはほとんど関係ありません。
~サイドアウト~
「ハァ……ハァ……」
ここは港町ヨーグルトから数十km離れた場所にある大きな森、名を『四季の森』といった。
その森の入口で、一人の少年が肩で息をしていた。
彼の名はアザ・シーラー、クリーム色の髪と、中性的な顔立ちが特徴の少年だ。
「ふぅ……やっぱりこの距離を走るのは疲れるなぁ。
でもま、これも修業の一環だしね」
あとお金の節約にもなるし、と小さく笑う。
そう、この男、そのために数十km離れた仕事場まで、走って行っているのだ。
「少し遅くなっちゃった……。みんな心配してるかな」
ぼそっと呟き、森の中に入って行く。
そして、いつも通っている道を通り、20分程歩くと、大きな館が見えてきた。
それは、一瞬ここが森の中だということを忘れてしまう程の、大きく、立派な館。
入口の横にあるボタンを押してチャイムを鳴らすと、ほぼ同時に、ドタドタと走る音が聞こえてくる。
そして勢いよく扉が開き、10代半ばの茶髪の少女が出てきた。
「アザさん!!おかえりなさい!!」
「ただいま、キャティさん」
決まって一番に出迎えてくれる少女に微笑むと、少女も可愛らしい笑顔で返してくれる。
少女の名はキャティ・ブロンドアイズ、名前通り、薄い金色の瞳が特徴の可愛い女の子だ。
「あ、アザさんおかえりなさーい!遅かったね」
「ただいまピユくん。ちょっと今日はいろいろあってさ」
続いて、奥から金髪の少年が顔を見せた。
年は10代前半のこの少年の名は、ピユ・グローブといった。
「そういえば、今日は知り合いの護衛をするって言ってたっけ。それ関係?」
「んー、まぁね」
「ア、アザさん!大丈夫でした!?ケガとかしてませんか!?」
「大丈夫だよ、ありがとうキャティさん」
そう言ってアザが笑顔を向けると、キャティは顔を紅潮させ、アザから顔を背ける。
「キャティさん?」
「わぁっ!!」
「大丈夫?なんだか顔が赤いけど……」
「だ、だだだ大丈夫です!!何でもありませんっ!!」
アザが顔を近づけると、キャティはさらに顔を赤くして、館の奥へと走って行ってしまった。
アザが首をかしげていると、奥から高い声が聞こえた。
「ダメだよアザくん、キャティさんをいじめちゃ!」
「そんなつもりはなかったんだけど……あ、ただいま、ひつじさん」
「おかえり、アザくん」
ひつじと呼ばれた人物は、光を思わせる白髪を携え、アザににっこりと笑いかけた。
「キャティさんはアザさんが好きなんだから!いい加減返事してあげたら?」
「そんなこと言われても、キャティさんは妹みたいなものだし……」
「ピユくん、こういうのは当人同士の問題だから」
「それもそっか。あ、ひつじさん、僕夕食運んでおきますね!」
「うん、お願い」
ピユは夕食の準備のために奥へと下がり、その場にアザとひつじが残った。
「それで?今日は遅かったけど、どうしたの?」
「それが、海釣りツアーを定期的にやろうって話が出てさ、その護衛にまた協力してくれないかって言われちゃって、その打ち合わせとかで時間がかかっちゃったんだ」
「なるほどね……、まぁ君なら大丈夫だろうけど、あんまり無理はしないようにね?
ただでさえ、いつも2時間以上走って仕事に行ってるんだから」
「大丈夫だって、僕はひつじさんの一番弟子なんだから!」
「でも、最近は僕の修業受けてないよね?」
「うっ……ごめんなさい」
「まぁ、仕事が忙しいのは分かってるけど、このままじゃ、そのうちピユくんに抜かれちゃうよ?
あの子の魔力、もう魔導師級までいってるからね」
「え、もうそこまで!?」
「うん、元々魔力は高かったけど、それ以上に成長速度が異常だよ。
このままいくと、後1年もしたら、君とまともに戦えるレベルになるんじゃないかな」
その言葉を聞き、アザは一抹の危機感を覚えた。
弟弟子に追いつかれるかもしれない、と。
「っていっても、今は君の方が断然上だから、そんなに焦る必要はないよ?」
「う……見透かされてた」
「分かるよ、それぐらい」
「『家族』だから?」
「これぐらいなら、『家族』じゃなくても分かるけどね」
言って、互いに笑い合う。
おふざけのように言っているが、当人達は、『家族』という言葉を本気で言っている。
例え、本来の意味とは、少し違っていたとしても……。
「さて、ちょうどこれから夕食なんだ。間に合って良かったよ」
「それじゃ、手洗いうがいをしてからすぐ行くね」
「うん、それじゃ後で」
ひつじと別れ、洗面所へ向かう途中、アザは今日のことを思い出していた。
一緒に仕事をした、2人のギルドの新入りと、3人の旅の冒険者。
「今日は、話の種には困らないかな」
アザは笑ってそう呟くと、『家族』が待つ夕食の席へと急ぐのだった。