第29話 陰陽和合(いんようわごう)
「……よーするに、リサイクル?」
「うん、まぁそんな感じだよ」
疑問符を浮かべるメリスに、グリーが笑顔で答える。
シーサーペント騒動の後、メリスがグリーに一つの質問をしていた。
内容は、アザが使っていた『魔法変換』について、だ。
「前に使った魔法を再利用して別の魔法を発動する魔法、それが魔法変換だよ。
利点としては『集中』を省略できること、それと、普通に新しく魔法を使う場合に比べて、大幅に魔力を節約できることが挙げられるかな」
「へー、そんなのあるんだな」
今グリーが言った利点は、魔法使いにとってはかなり大きいだろ。
魔法の弱点である、速さと魔力切れを補えるんだから。
「ただ、欠点もあるよ。
『詠唱』が省略できないとか、全体の威力は前に使った魔法以下になるとか、あんまり遠くにある魔法は再利用できないとかね」
「万能じゃないってことか」
「そういうこと。でも、使いどころを選べばかなり有効な魔法でもあるよ」
「僕の場合はまず結界魔法で相手の攻撃を防いで、それを攻撃魔法に変えて反撃する、って戦法が多いかな」
「そっか!それなら一人でも戦えるもんね!」
それを聞いて、メリスはぽん、と手を打つ。
魔法使いは普通補助的な役回りが多いからな。
まぁ、『魔塔』のランディアさんとか、『大魔導師』のプラムさんレベルなら、一人でも大丈夫かもしれないけど。
「いいなー!私も覚えてみよっかな……」
「うーん、少なくとも、今のメリスにはあんまり向いてないと思うよ?」
「え、何で?兄さん」
「この魔法は変換するだけだからね、状況によって魔法を使い分けるために使うものなんだよ。
メリスは攻撃魔法……というか、基礎魔法しか覚えてないでしょ?」
「あ」
「そうか、結界魔法とか、もしくは同じ攻撃魔法でも形が違うものとか、そういうのを覚えてないと使っても意味ないんだな」
基礎魔法ってほとんど攻撃魔法だもんな。
しかも、相手に向かって飛ばすようなものばかりだし。
「それとこの魔法、同じ属性か、もしくは形が近いものじゃないと使えないんだ。
例を挙げると、アクアムに魔法変換を使ってブレイアムを発動、とかは無理」
「えぇっ!?」
メリスが驚きの声を上げ、その後、目に見えて落胆する。
こいつそれを狙ってたんだな。
アクアムで攻撃した後にブレイアムでとどめ、か。
……確かに、できたらかなり強力そうだ。
「んー、それもしできたとしても、ブレイアムの威力がアクアム以下になっちゃうよ?」
「あ、そうか」
「まぁ、アクアムは分散する魔法だから、一つにまとめれば威力はそこそこあるだろうけどね」
アザにそう指摘される。
『全体の威力は前に使った魔法以下になる』んだっけ。
と、そこで違和感に気づく。
「……ちょっと待った、さっきアザ、魔法変換使った魔法でシーサーペント倒してたよな?」
「うん、だから、その前の結界魔法を強力なものにしたんだよ」
そういやあの銀色の壁、シーサーペントの一撃を受けてもひび一つ入ってなかったな。
「つまり、一つ目を強力なものにすれば二つ目も強力に、逆に一つ目が弱かったら二つ目も弱くなるのか」
「後者は正解だよ、前者はそうとも限らないけど」
「前に使った魔法『以下』だからね」
アザとグリーの補足が入る。
となると、速さや魔力切れを補うっていうより、強力な魔法を連続で使うって感じか。
あ、でも補助魔法も合わせられるだろうし、結構応用性が高そうだな。
……どっちにしろ、メリスには使いこなせないんじゃ……。
「ハディ、今失礼なこと考えなかった?」
「いや、別に」
危ねぇ!良かった、完全には読まれなかったみたいだ!
「メリスさんには、『魔法変換』より『魔法強化』の方がいいんじゃないかな?
それなら基礎魔法レベル1をレベル2にしたりできるし」
「『魔法強化』?」
「ただ他の魔法に変換するんじゃなくて、より強力なものにする魔法だよ。
……でも、そっちは魔力をめちゃくちゃ消費するんだ、しかも高度な魔法だから、習得するのも大変だしね。
僕としては、こういう魔法を覚えるのは、もっと簡単な応用魔法を覚えてからでいいと思うよ?」
「んー、そうだね!私まだ応用魔法一つも覚えてないし!」
結論、まだメリスには早いってことか。
俺は別に良いけどな、今でも十分助けられてるし。
「おーいそこの四人!お前らが主力なんだからあんまり固まらないでくれよ?」
「あ、すいません!」
船長のベセルさんにしかられる。
固まってたら人数がいる意味がないもんな。
「それじゃ、護衛を続けようか」
「おう!」
さっきと同じ配置に戻る俺達。
さて、また魔物が来るかもしれないし、
「いつでも戦えるようにしておかないとな……」
「っていっても、そんなに気負う必要はないよ」
「わっ」
釣りをしているギナトの後ろにいると、急にアザに声をかけられた。
危ない、少しぼーっとしてたな。
「せっかく釣り竿も貸してもらったんだしさ、最低限警戒して、後は気楽にやればいいと思うよ。
気を張りすぎると疲れちゃうし」
笑顔でそう言ってくれるアザ。
……なんていうか。
「アザって、今何才?」
「え、16だよ?」
「16……」
いや、見た目からたぶんそれぐらいだろうとは思ってたけど、本当にそれぐらいの年なんだな。
俺なんかよりよっぽどしっかりしてる……。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
少しふてくされていたその時、
「なぁ、少しいいか?」
ギナトが声をかけてきた。
釣り竿はいったん引き上げたみたいだ。
「ん、どうした?」
「ちょっと、二人に聞きたいことがあるんだ」
「あ、僕も?」
ギナトは傾くと、
少し間をおいて、やがて決心したように口を開いた。
「冒険者が魔物を殺せないのは……悪いこと、なのか?」
いつもより少し小さな声、
だけど、それは確かに俺達の耳に届いた。
「……ファトのこと、か?」
「あぁ」
ギナトは俺の目を見て傾く。
「さっき、アザがシーサーペントを倒したのを見て、すげぇよな!って声をかけたら、沈んだ声で、そうだねって、表情も暗くて……」
「それって、目の前で魔物が殺されたからか?」
「いや、違う。あいつは自分が殺すのがダメなだけだからな。
……でもあいつ、そのこと少し気にしてるみたいなんだ。
俺が魔物を仕留めた時とか、たまに謝ってくるし……」
……なるほど、自分ができないから、ギナトに殺させてしまってる、って思ってるのか。
アザが魔法で敵を倒したのを見て、それを思い出したのかもな……。
「俺は……何も言ってやれなくて、あいつは弱いから……だから、俺が、守ってやらなきゃいけないのに……!」
ぎり、とギナトが歯を食いしばる。
その顔には、自責の念がありありと出ていた。
「……僕の知り合いに、ね。
殺しが大っ嫌いな人がいるんだ」
「え?」
アザの話に、ギナトはきょとんとする。
「その人はどんな悪人でも人は絶対に殺さないし、魔物でも、必要な狩り以外は殺さない、襲いかかってきても追い払うだけ。
……その人の殺さない理由、なんだと思う?」
「え……」
ギナトは少し考えた後、分からないと首を振る。
正直、俺も分からない。
人を殺さないのはともかく、魔物にもそんな気をつかう理由なんて……。
「『死ぬのを見るのが嫌いだから』、だよ」
「………え」
「それ、だけ?」
俺が聞くと、アザは少し笑って傾く。
いや、死ぬのを見るのが嫌いって……そりゃ、それは好きっていう方がおかしいだろうけど。
「魔物を殺せないのは、悪いことなんかじゃないよ、そもそも、生物は『死』を嫌うものなんだから。
でもね、戦いで相手を殺さずに倒すのは、一番難しい勝ち方だよ。
僕の知り合いは、とてつもなく強いからそれができる。
……ファトさんに、その強さはあるの?」
「っ!!だから、俺が……!」
「例えギナトくんが代わりに強くなったとしても、ファトさん自身も強くならなきゃダメだよ。
戦いに出ている限りは、ね」
アザの厳しい意見に、ギナトは顔をうつむかせる。
それを、アザはいつもよりも鋭い目で見ていた。
……結局、バラバラじゃダメってことなんじゃないか?
二人は、仲間なんだ、それなら……。
「一緒に強くなれば、いいんじゃないか?」
俺の呟きに、ギナトが顔を上げる。
「一緒に……?」
「お前らは仲間なんだろ?だったら、互いに助け合えばいいんじゃないか?
力が足りないんなら、二人で協力すればいい、ファトが不安がってるなら、ギナトが励ませばいい、仲間って、そういうもんだろ」
「あ……」
ギナトはまた顔をうつむかせ、何かを考える。
何を思ってるかは……大体分かるけど。
「名案だね」
アザがギナトにほほ笑みを向ける。
「ギナトくん、君は、ファトさんを守りたいんでしょ?
だったら、心も守ってあげなよ」
「………」
少し間をおいて、ギナトが顔を上げる。
それは、最初にあった時のような、さわやかな笑顔だった。
「おう!やってやる!!」
ギナトの調子が戻ったのを見て、俺はアザと顔を合わせるのだった。
~メリスサイド~
「どーしたのファトちゃん、なんだか顔が暗いよ?」
「あ、いえ、何でもないです……」
口ではそういうけど、とてもそうは見えない。
ひょっとして船酔いかな……?
「さっきのシーサーペントかい?」
「え……」
「シーサーペントがどうかしたの?」
アザくんが倒したから、もう心配はいらないと思うんだけど……。
「いや、プラムさんも言ってたでしょ、棒術の特徴は不殺って。
だから、ひょっとしてファトさんは、血とか見るのがダメなんじゃないかと思ってね」
「え、そうなの?」
確かに私も苦手だし……女の子にはちょっとね。
「あ、いえ、確かにあまり好きではありませんけど、それほどじゃ……」
「じゃあなんで、そんな顔してるの?」
「………私」
か細い声で、ファトちゃんは話し始めた。
「魔物を……殺せないんです」
「……え?でも、冒険者やってたら……」
「戦うのは、大丈夫なんです。
でも、殺すのは……どうしても、怖くて、いつも、ギナトくんに押しつけてて」
「さっきの魔物を見て、それを思い出してたのかい?」
傾くファトちゃん。
流石兄さん、すごい洞察力……!
「私、ギナトくんに迷惑かけてるんじゃないかって、思っちゃって……」
「そっか、それで悩んでたんだ」
傾くファトちゃんに、私は片手を頭に乗せ、なでる。
「あ、あの……?」
「大丈夫だよ!ギナトくんそんな顔してなかったもん!私これでも、人の心には鋭いんだから!」
「そうだね、大丈夫だと思うよ」
兄さんも太鼓判を押してくれる。
「迷惑かどうかはギナトくんが決めることだけど、もし迷惑だと思ってるのなら、二人は一緒にはいないんじゃないかい?」
兄さんの言葉を聞いて、ファトちゃんははっとした顔になる。
そして、少しうるんだ目で、
「ありがとう、ございます……!」
と、言ってくれた。
「ほら、泣いちゃダメ!笑顔笑顔!」
「あ……はい!」
涙をぬぐって、笑顔になる。
うん!やっぱり女の子は笑顔だよね!
「ところで、ファトちゃんって何才?」
「え、えと、この前成人しました」
「あれ、じゃあ20才!?年上じゃん!ごめんね、ちゃん付けなんてして!!」
「い、いえ、別に……」
「って、何でファトちゃん敬語なの!私の方が年下なんだから!ギナトくんには普通に話してたでしょ!」
「え、えぇっと……」
こんな感じで盛り上がっていた、その時。
「お、引いてるよ!」
「わ、本当だ!」
兄さんが急いでリールを巻き始める。
何かな、何かな!
「シャアアアアアァァァァァ!!」
……魔物でした。
って襲いかかってくる!?
ドガッ!
「え」
とっさに反応したのは、私じゃなくてファトちゃんだった。
長い棒で魔物を船の床に叩き落としたの。
「だ、大丈夫?」
「あ、うん!ありがとう!」
私がそう言うと、ファトちゃんも笑顔になってくれる。
……そういえば、
「今、敬語じゃなかったね」
「え、あ……」
「それでいいよ!ファトちゃん!」
「………うん」
二人で笑い合った、その時。
「おのれこの魚……!よくもメリスに襲いかかったな!!!」
直後、30回ぐらい銃声が響き続けた……。
~ハディサイド~
「撃ち過ぎだアホ!!!ホンットお前こういう時アホだよな分かってはいたけど!!」
「落ち着きなよハディくん」
「てめぇが言うな!!!」
1匹の魔魚に30発って!ハチの巣どころじゃねぇよ!あの魔物原型留めてなかったぞ!!
っつか、俺が止めなかったらまだ撃ち続けてただろ!!
「下の部屋が倉庫で良かったよ。
人がいたらちょっと危なかったかも……」
流石のアザも少し呆れてるみたいだ。
いや、もっと大いに呆れるべきだと思うんだけど。
「この船の全体図は覚えてたからね。人がいる所になんて撃たないよ」
「そんだけ冷静ならそもそも撃つな!!」
俺にどなられても笑うだけのグリー、ダメだ、ほとんど反省してねぇ……!
「おーい!そろそろ港に帰るぞ!」
と、ベセルさんの声がした。
もう1時半か……意外と早いもんだな。
船体が港に向かって走り出すのを感じて、俺はそんなことを思うのだった。
港に到着し、あれだけいた客も帰ってしまった後、俺達もベセルさんと一緒に、船から降りた。
「最後は少し問題あったが、お前らのおかげでケガ人も出ずに済んだ、ありがとよ!」
「……すみません」
「面目ないです」
グリー笑うな、せめて反省だけでもしろ!
「そんじゃ報酬だ、受け取りな!」
ベセルさんが一人ずつ、報酬を渡していく。
「うおー!久しぶりの報酬だ!!」
……ギナト、喜び過ぎだ。
そりゃうれしいだろうけどさ。
「いやー、いきなり依頼して最初は大丈夫かと思ったがな!
助かったよ!プラムちゃんにもよろしくな!」
「はい、それじゃ!」
依頼を完了し、ベセルさん達と別れる。
……前の屋台のおじさんもそうだったけど、プラムさんっておじさん方にはちゃん付けされてるのか?
『お前もありがとなアザ!』
『いいよ、いつも乗せてもらってるからさ』
『ハッハッハ!今度キャティ嬢ちゃんやピユ坊も連れてこいよ!『家族』で釣りをするのもいいもんだ!』
『……うん、そうだね……』
港からギルドまでの帰り道、俺達三人が前に行き、ギナトとファトは隣り合って歩いていた。
「……ねぇ、ギナトくん」
「ん?」
「私、ギナトくんに迷惑とか、かけてないかな……?」
「かけてねぇよ」
「あ……うん……」
見えないけど、振り向かなくても分かる、今、ファトがどんな顔をしてるのか。
「なぁ、ファト。どうしても、嫌か?魔物を殺すのは……」
「……うん」
「……そっか」
別に不満げでもなく、むしろ安心したかのように、
ギナトは呟いた。
「ファト、一緒に強くなろうな!魔物を殺さなくても大丈夫なぐらい!」
「……うん!」
……良かった、うまくいったみたいだな。
「ハディ、盗み聞きはよくないよ?」
「うるさい……ってか、お前も聞いてただろ」
後ろを歩く二人に聞こえないよう、小さな声でメリスと話す。
「でもあの二人、結構お似合いだよな。
少なくともファトはギナトのこと好きみたいだし」
「……え?」
「え?ってなんだよ?普通に見てて分かるだろ、ギナトは気づいてないみたいだけどな」
話聞いた感じあからさまだと思うんだけどな、
なんでギナトは気づかな……、
「待てメリス、なんでいきなり俺を睨む!?」
「べっつにー……」
なぜか急に不機嫌になるメリス。
………俺、なんか変なこと言ったか?
そうこうしているうちにギルドに到着する。
さて、プラムさんに依頼完遂しましたって報告しないとな!
サブタイトル解説
陰陽和合
相対する二つのものが、ほどよく調和している様子。
夫婦仲が良いって意味もあります。
ギナトとファトのことですが、
ハディとメリスにもあてはまる……でしょうか?
では次回予告です!
「メリスだよ!
全く、何でハディは他の人のことは気づくのに、
自分のことは気づかないんだろうね!
……と、とにかく!
次回私達はついに港町ヨーグルトを発つんだよ!
っていっても、実際いたのは3日だけなんだけどね……。
次回、冒険者ライフ!第30話『行雲流水』!
風の吹くまま気の向くまま!私達は旅を続けるよ!」