第1話 やりたい仕事に就いたからって、いつもやりたいことができるとは限らない
「……何故だ?」
普段からは考えられないような暗い声で俺、ハディ・トレイトはそうつぶやいた。
「……何故なんだ……?……何故なんだああああぁぁぁぁぁ!?」
ボゴォッ!!
「いってぇぇぇ!?」
「ハディうるさい!赤ちゃんが起きちゃうでしょ!?」
「口で言え!!いきなり後頭部を殴るな!!」
どうも皆様おはようございます、こんにちは、こんばんは。
俺はD級冒険者のハディ・トレイトだ。
「あっ!ほら、起きちゃったじゃない!よしよーし……」
ちなみに、さっき辞書という名の凶器で、俺の後頭部を殴ってきたこの暴力女はメリス・テーナス。
俺の冒険者仲間だ。
「……ねぇ、ハディ」
「ん?何だ?」
あれ?なんかメリスの周囲が赤く光っているような――――
「燃やされちゃうなら、右腕と左腕、どっちがいい?」
「ちょっと待て!!まず質問がオカシイ!!」
燃やされちゃうならって何だ!?
燃やすな!!素敵な笑顔で何言ってるんだこいつ!?
「冗談だよ、もー」
「……そうか、冗談か。……目が笑ってなかったが」
冗談じゃないよな?俺が『暴力女』って言ったから怒ったんだよな?
………待て、俺は心の中で言ったはずだぞ。
「それより、どうしたの?いきなり大声で叫びだしたりして……」
「……何かその言い方だと、俺が頭おかしい奴みたいだが……」
「大丈夫ハディ!あなたの頭がどうにかなっちゃったとしても、私はずっと仲間だからね!!」
「ちょっと待て!!俺の頭は別にどうにもなってねぇぞ!?そのキラキラした目やめろ何を期待してるんだお前は!!」
さっきみたいに赤ん坊を起こさないよう、声を抑えて言い合う。
横目でちらっと見ると、メリスがあやしたおかげか、ぐっすりと寝ていた。
……おいメリス、つまらなさそうな顔するな。俺の頭は正常だ。
「話を戻すが……、叫びたくもなるだろ、この状況」
「?」
メリスは分からない、といった顔をしている。……お前それでも冒険者か?
今の状況を簡単に説明しよう。
ここはスイーツ王国の中にある、ビスケット町という小さな町の中である。
今俺達は、その町の中にある一軒家の中にいる。ちなみに、他人の家だ。
………そこ、勘違いするなよ。不法侵入じゃないからな?
「あのな、俺達は冒険者なんだぞ?」
「うん、そうだよ?」
「だったら何で……、何で『子守り』なんてやってるんだっ!?」
そう、俺達は今、『子守り』という依頼の真っ最中なのである。
ちなみに俺の仲間はメリスの他にもう一人いて―――
「あれ、グリーはどうしたんだ?」
「え?兄さんなら―――」
と、そこでタイミング良く玄関の扉が開く。
「ただいまー!」
見計らったかのようなタイミングで、グリーことグルード・テーナスが帰ってきた。
セカンドネームから分かる通り、グリーはメリスの実の兄である。
年上だし、俺にとっても、頼れる人だ――――
「おかえりなさい、兄さん」
「おぉ!ただいまメリス!!二人っきりで大丈夫だったか!?ハディくんに迫られたり、襲われたり、押し倒されたりしなかったか!?」
「うん、大丈夫!」
「獣か俺は!?」
この強烈なシスコ―――妹好きさえなければ。
っつーか、俺とメリスはそんな関係じゃないんだが……。
「どこ行ってたんだ?グリー」
「あぁ、ちょっと買い物にね」
そう言ってグリーは手に持っている買い物袋を見せてきた。
そういやそろそろ昼時だな……。
「わーい!お昼ご飯!何なに?」
メリスもお腹が減っていたのだろう、嬉しそうだ。
その期待の眼差しを受けて、グリーは買い物袋から食べ物を取り出した……。
「おにぎりだよ。一人二個!」
………うん、ひどいな。まぁ、仕方ないんだが。
「あ、あはは……」
さすがのメリスも苦笑いをしている。
そう、今俺達は金欠なのだ。
今日の朝、酒場で依頼がないと言われた時は、また野宿しなきゃならないかと思ったぜ……。
せっかく町に着いたのに、野宿なんてごめんだっての。
不幸中の幸いと言うべきか、困っていた所に一つの依頼が来た、それが『子守り』だったわけだ……。
……文句言っててもしょうがねぇな。
小さなおにぎりでも、何も食べないよりはマシだ。
赤ん坊が寝ている内に食べてしまおうと、三人でイスに腰掛ける。
『いただきまーす!』
「ごちそうさまー!」
早っ!?
「ちょっと待てメリス、いくら小さなおにぎり二個でも、十秒で完食って早すぎないか!?」
「お腹減ったー!」
「だったらもっと大事に食え!!」
「そうだよメリス、よく噛んで食べた方が体にもいいし、満腹感が出るんだよ。それに……」
珍しくグリーがメリスに意見してる。
……それに?
「もっとゆっくり食べてくれないと、食事中のメリスをゆっくり観察できないじゃないか」
「お前メリスが関わると途端に変態に変わるよな!!」
「失敬な、兄として当然のことをしているまでだ」
「んなことしてる兄はお前だけだ!!」
「何を行ってるんだい?妹を観察しない兄など、兄じゃないだろう!!」
全世界の妹がいる兄全員に、土下座して謝れ!!
「メリス、お前も何か言ってやれ……」
「えへへ、もー、兄さん、照れちゃうよー」
「照れるな!!」
いつもながら何なんだよこの兄妹!?
「いっつも思うんだけど、ハディは気が短すぎるよ、怒ってばっかり」
「ハディくん、カルシウム不足じゃないのかい?もっと牛乳を飲んだり、小魚を食べたほうがいいよ?」
俺か!?俺が変なのか!?
「うぅ~……お腹減った……」
メリスが机に突っ伏して、呻いている……っつっても、他に食料はないしな……。
「じゃあメリス、僕の分をあげようか?」
「え、いいの!?」
メリスが凄まじい速さで起き上がり、キラキラした目でグリーを(正確にはグリーが持っているおにぎりを)見つめる。
「あぁいいよ、はい」
「わーい!ありがとう兄さん!!」
グリーからおにぎりを二個もらい、喜んで食べ始めるメリス。
ふと、グリーは食べなくてもいいのか、と思ったが、グリーが嬉しそうにメリスを見ていたので、気にしないことにした。
喜んでる妹が見れればそれでいいってか?……さすがだよお前は。
こんな感じで続いていきます!