第17話 酔いと平和
「………うまい!!」
俺は大皿に盛られたフライドチキンを口にして、思わずそう言った。
「この料理って町の人が作ったんだよな?
……お菓子屋とか喫茶店とかが多かったけど、こういうのを売ってる店もあったのか」
「ん~、分かんないけど、案外主婦とかが腕を振るってるのかも。
おいしい~!」
俺の疑問に、隣に来たメリスが答える。
メリスは早速と言わんばかりに両手にフライドチキンを取り、おいしそうに食べ始めた。
………ん?
「………いつ起きたんだお前?」
「さっき!!おいしそうな香りに目が覚めたよ!!」
ふと見ると視界の端に、心底悔しそうな顔をしているグリーを見つけた。
グリー、あきらめろ。
こいつはメリスだ、あのメリスなんだ……。
「どうしたのハディ?」
「いや、別に……」
「そう?なんか『あきらめろ』って顔してたけど……」
「どんな顔だ!?」
なんかメリスは俺の顔から考えを読めるらしいけど……。
もうなんつーか、別に顔に出てるとかじゃなくて、メリスは心が読めるんじゃないかと思えてきた……。
「なに言ってるの?心なんて読めるわけないよ~」
「言ってねぇよ!!!連続で人の心を読むな!!」
普通に会話が成立してるのが恐ろしい………!!
「………あ!あっちのサンドイッチおいしそう!!」
獲物を見つけたメリスは顔を輝かせてそっちへ向かう。
「あ、おいメリス!」
「ん、何?」
と、俺はそれを呼び止める。
これだけは言っておかないとな……。
「お前まだ未成年なんだから、酒とかは飲むなよ!」
「分かってるって!」
メリスはそう言うと、獲物に向かってまた走り出す。
………大丈夫か?
「どうしたハディ?あんま食ってねぇじゃねーか」
「ん、いや今から……っておいレイラ!?」
「あ?どうした血相変えて……」
俺はレイラが持っている物を見て、思わず叫んだ。
その手には、テーブルに置かれているグラスが握られていた。
「何で酒なんて持ってるんだお前!?」
「あ~?こんぐれーいいだろ。かたいこと言うなよ」
「良くないだろ!!お前未成年どころか子供だろ!?」
「そんなの今更だろ。
急性アルなんとかにはならねーから安心しろって。
仕事の後の宴やら打ち上げやらで飲み慣れてるからな」
そう言ってレイラは手に持ったグラスを口へ運ぶ。
「だからダメだっての!!」
「あー、なんだよ。
………ってか、俺はダメであっちはいいのか?」
………あっち?
俺はレイラが指差した方へ目を向ける。
次の瞬間俺の目に映ったのは、メリスが酒を飲んでいる姿だった………。
「………メ・リ・スーーーーーーーーー!!!!」
俺はダッシュでメリスの元へと向かい、丁度メリスが口へ運んでいたグラスを取り上げる。
「あーハディー」
「『ハディー』じゃねぇ!!なんで酒飲んでるんだお前は!?さっき飲むなって言ったばっかだろ!!」
「えー?それはお酒じゃなくてジュースだよ~」
「酒だこれは!!!」
確かに味がジュースに似ている種類だったが、ちゃんとアルコールの入った飲み物だ!
「だって、あのおじさんたちがこれはジュースだって」
「うおぃあんたらぁぁぁーーーー!!!」
俺は近くにいた二人の冒険者につめ寄る。
「ハッハッハ!かてぇこというなよ兄ちゃん!!」
「そうそう!!そんなのジュースみたいなもんだろ!」
「それはあんたらにとっては、だろ!!」
その二人はもう酔っぱらってるのか、赤くなった顔で俺の肩をバシバシ叩いてきた。
「あのなー!ガキじゃあるまいし、宴の席で酒を飲まねぇ方が変だろー?」
「メリスはまだ未成年だっての!!」
俺がそういうと、二人は驚いた顔をする。
「なんだ、その嬢ちゃん未成年だったのか?
悪ぃ悪ぃ、あんまり立派だったからとっくに成人してるかと思ったぜ!」
「おう!未成年にしちゃ立派なもんだ!!」
二人は笑い声を上げて、ニヤついた目でメリスの体を見る。
こ、このエロおやじ共……!!
ドォンッ!!
と、背後で銃声がした。
何事かと、俺達だけでなく周りの人もそっちを向く。
そこには、銃を上空へ向けたグリーが、鬼の形相で仁王立ちしていた……。
「そこの二人!!!僕のメリスをいやらしい目で見るなんて許さないよ!!」
「おうおうなんだ兄ちゃん!!やるってのか!?」
グリーが冒険者の一人につかみかかると、その冒険者も両手でグリーのえり首をつかむ。
「お、おいグリー落ち着け!!」
「止めるなハディくん!!男にはやらなきゃいけない時があるんだよ!!」
「いや確かに助かったけど!暴力沙汰はまずいだろ!!」
俺がなんとか二人の仲裁をしようとしていると……。
『おー!なんだなんだ!?』
『あの二人がやるみてぇだぞ!!』
『いいぞー!やれやれ!!』
周りの酔っ払い共がはやし立ててきやがった!!
「ハッハッハ!!茶髪の兄ちゃんどいてやれ!!
そっちの兄ちゃんは俺と決着をつけなきゃ気が済まねぇようだ!!」
「そういうことだよハディくん!!」
二人はすでに臨戦態勢に入っていた。
……ダメだ、もう止められねぇ!!
「………ふっ、この俺にサシで挑んで来るとは……。
その意気込みだけは買ってやるぜ!!」
「この勝負、僕は退くわけにはいかないんだ!!」
そう言って、二人は手に持ったものを同時に構えた!
『飲み比べだ!!!』
二人はお互いのジョッキをガチン!とぶつけ合う。
「………おい、グリー?」
「止めないでくれハディくん!!
男にはやらなきゃいけない時が!!」
「それは勝手にやりゃいいけどな!?」
目にうっすら涙を浮かべるグリーに、俺は全力でどなる。
いつから飲み比べの話になったんだ!?
さっきまでの緊張感を返せ!!
……ってか、よく見るとグリーも少し顔が赤い……酔っぱらってやがる……!!
「さぁ!!二人とも位置について……よぉい、ドォン!!!」
合図と共にものすごい勢いで酒を飲み始める二人……。
俺はとりあえず、酔っぱらったメリスを連れて、その場を後にした………。
「………ふぅ、ここまで来ればいいか……」
「んー………」
俺達は、昨日俺とグリーが来た小さな公園まで来ていた。
とりあえず、ベンチにメリスを座らせる。
……まぁ、いくら酔っぱらってるからって、宴の席で暴力沙汰はご法度だよな。
最初にグリーが撃ったのも空砲だったみたいだし。
今更ながら安どのため息をつき、ふと、周囲に人っ子一人いないことに気づく。
流石にここは宴の範ちゅう外らしいな。
俺は騒ぎ声が聞こえてくる方を見ながら、そう思う。
「ほら、大丈夫かメリス?」
「んー………」
ボーっとした様子のメリスに、移動中に取った水を渡す。
テーブルの上には料理や酒だけじゃなく、水も配置してあった。
……まぁ、こうなった奴のためだろうな……。
俺は水を飲むメリスを見て、そう思った。
「ぷはぁ……うー……頭痛い………」
水を飲み終わったメリスは、そう言って手で頭を押さえる。
グリーはすぐ顔赤くなる割にけっこうな量飲めるんだけど、メリスはそうもいかないみたいだな……。
「大丈夫……じゃなさそうだな。だから飲むなって言っただろ」
「……うぅー……」
俺はメリスの隣に腰かける。
メリスは頭を押さえたまま、ベンチの背にもたれかかっていた。
俺は小さくため息をついて、空を見上げる。
「……あんまり星見えないな……」
俺はそう呟く。
俺達の村は田舎だったから、夜には空いっぱいに星が見えたもんだけど……。
やっぱり街灯とかあると、見える星の数が減るみたいだな……。
……こういう時漫画とか小説だと、星空を見て男女が良い雰囲気になったりするんだけど。
「………ん?」
いや待て、俺は何を考えてる!?一緒にいるのはメリスだぞ!?
良い雰囲気ってなんだ良い雰囲気って!?
「………ハディ」
「お、おう!?」
急にメリスに声をかけられて、俺は思わず大きな声を出してしまう。
メリスの方を向くと、メリスは茶色い瞳で、まっすぐ俺を見ていた。
「………ハディは………」
「え?」
「………ハディは……私のこと、どう思ってるの………?」
………え?
俺が固まっていると、メリスは目を閉じ、俺の方に倒れこんできた。
「お、おいメリス!!?」
慌ててしまい、どうすることもできない俺の耳に、スー……スー……、という寝息が聞こえてきた。
「………なん、なんだ一体………」
俺の小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく、静かな夜へと消えていった………。
~サイドアウト~
「あ、ロギさん。こんなところにいたんですか」
「………中将、どうかされましたか?」
「……今は二人です。イアって呼んで下さい」
イアは少し頬をふくらませて、通りのベンチに座っているロギに言い、自身も隣に座る。
実際には宴の中にいるから二人きりではないが、少なくとも声が聞かれる程の距離には人はいない。
「ふふっ、皆さん楽しそうですね!」
「………全く。本当に騒がしいな、冒険者という奴は……」
少し離れた場所でも、冒険者達が集まってなにやら騒いでいる。
『いいぞー二人とも!』とか、『まだまだいけるぜ!!』とかいう声が少し聞こえてくる。
「ロギさんはちゃんと楽しんでますか?」
「……料理と酒はうまいからな」
「それもそうですけど……、もっと冒険者や『ソレイユ』の皆さんとも交流を深めないとダメですよ?」
イアはロギに向かって、笑ってそう言った。
ロギはただでさえぶっきらぼうで、とっつきにくい性格をしている。
イアは軍の中でも、ロギが好かれているという話はあまり聞いたことがなかった。
頼りになるけど厳しい、怖い、という話ならよく聞くが。
「………最低限の交流はしているつもりだが」
「最低限じゃダメだって言ってるんです!……仲間なんですから」
イアがそういうと、ロギはイアから目を背けた。
今回の仕事は、一人ではとてもできなかったものだ。
『ソレイユ』と冒険者が力を合わせたからこそ、魔物の大群に勝ち、全員が生還できた。
今、宴で騒いでいる人達は、『仲間』と言うに相応しい者達だ。
それが分からないほど、ロギはバカではない。
「………ふん」
だから、ロギはイアに言い返すことができなかった。
「本当、昔から不器用ですよね、ロギさんって!」
「……不器用?」
ロギは訝しげな顔でイアの方を向く。
「ロギさん、助けられるのが嫌いなんでしょう?
……いえ、苦手と言った方が良いかもしれませんね」
「………」
クスクスと笑うイアに、やはりロギは何も言い返せなかった。
実際、イアの言う通りだった。
『銀狼』ロギ・シルムは、協調が苦手な人間だ。
人と関わるのが苦手なのではない、助け、助けられる関係が苦手なのだ。
ロギはいつでも、自分は誰かを助ける立場に居たかった。
「………そういうお前は、楽しんでいるのか?」
いたたまれなくなったロギは、話題を変えようとイアに言った。
「………」
「………イア?」
突然うつむき、黙ってしまったイアに、ロギは声をかける。
「……はい、楽しんでます。………でも………」
カタカタと、イアの持っているグラスが音を立てて震える。
「……私は……、楽しんでも、いいのでしょうか………?」
「………!!」
うつむいたイアは、消え入りそうな声でそう呟いた。
ロギには、どうしてイアが急にこうなったのか、心当たりがあった。
………だから。
「だって……!!私は、『反逆……」
だから、それ以上言わせるわけにはいかなかった。
ロギは手でイアの口を塞ぎ、それ以上しゃべるのを許さなかった。
「………そんな言葉を使っているのは」
手を離し、ロギはイアの目をまっすぐに睨みつける。
「この国を妄信している奴らの一部と、お前のように、過去に囚われている者だけだ!!」
ロギに怒鳴られ、イアの目から涙がこぼれ出した。
「………私……は………!!」
「………イア」
ロギはイアの頭に手を乗せ、語りかけるように言った。
「お前は、何のために軍に入った?……罪滅ぼし、それだけなのか?」
「………っ!!」
イアは、グイッと袖で涙を拭う。
「最初は……そうでした……!!でも、今は違います!!」
イアはロギの灰色の瞳を、まっすぐに見据える。
「私の力で……助けられる人がいる。
……その人達を助けるために、私は……!!」
「……だったら」
ロギは、フッと笑みをこぼす。
「お前は、過去に囚われる必要などない」
いつもとは違い優しい口調で、ロギはイアにそう言った。
「………本当、変わりませんね、ロギさんは……」
「………?」
「昔から……、いつもそうやって、私を助けてくれます」
イアはそう言って、満面の笑みを浮かべるのだった。
「………」
そんな二人から五m程離れた場所に、一つの影があった。
普通、二人なら目を向けなくとも気づくだろうが、今に限っては気づいていないようだ。
気づかれないうちに、その人影はその場を立ち去る。
茶髪に、精鋭部隊『ソレイユ』の証である赤いマント。
エンジ・アイラー、その人だった。
エンジがそこに来たのは少し前、イアが泣き出した頃だった。
普通なら、『あー!ロギ准将がイア中将を泣かしてるー!』とか言って話に参加する所だが、不穏な空気を感じ取ったため、盗み聞きするだけにしておいたのだ。
「………反逆者、か」
エンジは、小さく呟く。
「そんなこと、気にしなくていいのになー。
……なんたって、その罪は許されてるんだから」
エンジはハーと息を吐く。
でも、そう言いながらも分かっていた。
イアは、例え他者から許されても、自分で自分を許すことができないのだ、と。
「………まっ!その辺はロギ准将がなんとかするだろうけどなー」
エンジは笑い、今頃二人はどうなってるかなー、とか無駄な期待をしたりしていた。
~ハディサイド~
「………ふぅ」
小さな公園から宴へと戻る道の途中、俺は何度目か分からないため息をついた。
チラッと、背負っているメリスを見る。
メリスは、俺の心情なんて知りもせず、静かに夢の世界にいた。
『私のこと、どう思ってるの………?』
さっきメリスに言われたことを思い出す。
……どう思ってるか?決まってる、仲間だ。
でも、何でメリスはそんなことを……?
そう不思議に思いつつも、俺は自分の中で、こんな疑問が沸いていることに気づいた。
『仲間。……本当に、それだけなのか?』
迷いを振り払うように、俺はぶんぶんと顔を振った。
………仲間以外に、なんだっていうんだ?
と、その時。俺は通りに見知った顔を見つけた。
「あれ、エンジさん?」
「ん?おー青年!」
エンジさんは軽快な笑いを浮かべながら、俺の方を向く。
「おー?どうしたんだその子?ひょっとしてお持ち帰りかー?やるなー青年!」
「いや、意味が分かりません。……酒飲んで寝ちゃったんですよ」
「はっはー!未成年の飲酒はよくないぞー!」
うっ!な、何でメリスが未成年だって分かったんだ!?
「まぁ、今回は大目に見るけどなー!
違法な飲酒の取り締まりも兵士の仕事だってこと、忘れるなよー?」
「は、はい……」
良かった、話が分かる人で……!
「いやー!にしても、今回は久々の大仕事だったなー!」
エンジさんは伸びをしながらそう言う。
「やっぱり、『ソレイユ』でも今回みたいな仕事は滅多にやらないんですか?」
「そりゃそーだ!
こんな命懸けの仕事が毎日あったら、『ソレイユ』に来た人全員辞職するぜー?」
「………命懸け、ですか?」
正直『ソレイユ』の人達なら、命の危険なんてほとんどなさそうなんだけど……。
「おーいおい青年、勘違いするなよー?
今回お前らが見たのは『ソレイユ』じゃない。
『この国最強の兵士』だからなー?」
「………え?」
……どういう意味だ?
この国最強の兵士、ってのはランディアさんのことだろうけど……。
「前にも言ったろー?
ロギ准将とイア中将は、『ソレイユ』の中でも指折りの実力者って」
「……そういえば」
「『ソレイユ』全員が、
あの二人みたいな『化け物』なわけじゃないんだぜー?」
エンジさんは軽快な笑みを浮かべながら言う。
「今、精鋭部隊『ソレイユ』に配属されてるのは全部で34人。
全員が最低でもB級冒険者以上の実力を持ってる」
「び、B級!?」
俺は思わず声を上げる。
B級、A級に比べれば当然劣るけど、それでも相当な実力者だ。
……逆に言えばそれぐらいの実力がないと、この国の精鋭部隊には入れない、ってことだよな。
「……が、その中でも4人、ずば抜けた実力を持ってる人がいるんだなー」
エンジさんは右手の指を四本立てる。
「騎士部隊隊長、『黄龍』エルド・ドラゴニス。
騎士部隊副隊長、『銀狼』ロギ・シルム。
魔法部隊隊長、『星の賢者』イア・ランディア。
補助部隊隊長、『戦の支配者』アジル・ロディア。
……この4人の力と残りの30人の力が、大体同じぐらいだからなー」
「なっ!?」
ま、マジで!?
「お前達が見たあの二人は、『ソレイユ』の中でもNo1とNo4だからなー。
そういう意味じゃお前達、けっこう良い経験ができたのかもなー」
「………」
「どうしたー?青年」
「いや、いいんですか?
そんなこと言っちゃって……」
『ソレイユ』の人数とか、隊長達のフルネームとか。
「はっはー!別に機密情報でもなんでもないぜー?
『ソレイユ』の人数や各隊の隊長達が配属されてることは、世間に公表されてるからなー」
だからって、あんまりペラペラしゃべるのもどうかと思うけど……。
「それじゃ、俺はそろそろ宴に戻るなー!
青年、まぁその子も気にかかるだろうが、自分もちゃんと楽しめよー?」
エンジさんはそう言うと、宴の方へと歩いて行った。
………自分も楽しめ、か……。
俺は小さくため息をつく。
「………ちょっと、そんな気分でもないんだよな……」
こんなこと言うのは俺らしくないだろうけど……本当に、今はそんな気分じゃ……。
その時、グーという音がした。
……何のことはない、俺の腹の音だ。
「………夜メシだけは、食っとくか」
俺はそう言って、メリスを背負い直し宴で騒がしい方へと歩き出した……。
『反逆者』については、
第四章で詳しく出てくる予定です。
………そこまで行くのはいつになるだろうか………。
本当は次回第二章完結予定でしたが、
それだと一話が長くなりそうなので、
あと二話書こうと思います。
なので、あと二話で第二章完結!
………予定です!!