第9話 束の間の休息と決意
「………なぁ、グリー………」
「ん?なんだい?」
酒場から出た俺達は、とりあえずチョコレート町を見て回っていたのだが……。
「いや、『なんだい?』じゃなくて……」
「ハディくん、声マネ似ていないよ?」
「それはどうでもいいから……!」
俺はグリーが持っているものをにらみつける。
「町中で堂々とエロ本を読むなああぁぁぁ!!」
……そう、グリーは堂々とエロ本を読みながら歩いていたのだ。
ブックカバーも何もつけずに。
「ははは、何を言ってるんだいハディくん。
エロ本は紳士のたしなみだよ?」
「紳士は人前でエロ本なんか読まねぇ!!」
せめて隠せ!!さっきから道行く人々の視線が痛いんだよ!!
「それはハディくんが大声を出したからじゃないか?」
「その前からだ!!そしてごく自然に心を読むな!!」
メリスだけじゃなく、グリーにまで……。
「ハディくん顔に出やすいからね」
「……っつーか、普通に会話が成り立ってるんだけど……」
顔に出やすいとかそういうレベルじゃないだろ。
完全に心読まれてるぞ……。
「それよりハディくん、早くメリスを捜さないと!」
「あ?別に昼飯代渡す必要ないだろ、夜また集まってから渡せば……」
「何を言ってるんだい!?」
グリーが大きな声を上げる、エロ本を持ったまま。
「いや、メリスには1500G渡してあるんだから……」
「ハディくん!!
メリスはそれっぽっちのお金、あっという間に使ってしまうに決まっているだろう!!」
「おいおいグリー、いくらメリスでも……」
そんなに使うわけない……と言いかけて、口ごもる。
この町に来る前、お菓子が有名だと、メリスはうれしそうに言っていた……。
周りの店を見る限り、確かにお菓子の店が多い、見た所かなり良心的な値段だ。
……だが、メリスなら凄まじい量のお菓子をたいらげ、さらに昼飯、その後におやつをも食べかねない……!
「……確かに、メリスなら……」
足りなくなるかもしれない……いや、絶対に足りなくなる!
あいつは一食だけで1500Gぐらい、余裕で使い切る奴だ!!質じゃなく、量で!!
「ほら!早く捜さないと!!」
「お、おう」
と、捜し始めようとする、………が。
……待てよ?
「いや、金が足りなくなったとしても、自業自得じゃ?」
1500Gあれば、一食とおやつ、それに少しぐらいなら、みやげなんかも買えるはずだ。
それが足りなくなるってのは、要するに使い過ぎ。
つまりは自業自得だ。
「ハディくん!!なんてひどいことを……」
「グリー、お前『金に関してはメリスを甘やかさない』って言ってたよな?」
「うっ……け、けど!!」
「まぁ、確かに心配だけどよ。
いくらメリスでも、少しは大切に使うだろ………たぶん」
グリーが本気で心配そうな顔をしている……。
正直な所、俺も少し心配だが……。
………大丈夫だよな?メリス……。
~メリスサイド~
「助かったよ~!レイラ!」
「ったく……」
レイラは呆れたように声を出す。
「残金500Gしかねぇのに、1000Gの買い物するなっての」
私達は、あるお菓子屋さんの中にいる。
おいしそうなお菓子ばっかりだから、つい買い過ぎちゃって……。
「ごめんね、後でちゃんと返すから!」
「お~、いつでもいいぜ」
レイラはそう言って、小さなチョコレートを口に放り込む。
今は店の中にあるテーブルで、お菓子を食べながら二人で話してる。
「でも、お菓子が好きなんてちょっと意外、レイラもやっぱり女の子なんだね~!」
「『やっぱり』ってなんだコラ」
レイラが顔をしかめて言う。
おっと、女を否定するようなことは、禁句だったよね。
「え~と……ほら、レイラって言動が男の子っぽいから!」
「別に男でも菓子好きな奴はいくらでもいるだろ。
……え~と、ってなんだよ」
う~ん、うまくごまかせない……。
「でも、そんなにいっぱい買う人は、あんまりいないんじゃない?」
私は机の上に置いてある袋を見る。
私の袋ほどじゃないけど、その袋は大きくふくらんでいた。
「まぁ、そうかもな」
レイラはそう言うと、次は袋からロールケーキを取り出し、素手で豪快に食べ始める。
私は机の上にあったメニューが目にとまり、それを見始めた。
お菓子屋さんだけど、スイーツ全般も注文できるみたい。
「………わ~、このパフェおいしそう~………」
メニューの中にあった『ジャンボチョコパフェ』を見て、思わず呟く。
……でも、450Gかぁ……。
買えないことはないけど、そうしたら50Gしか残らない……。
お昼ご飯もまだだし……。
あきらめかけたそのとき、視線を感じて、レイラの方を見る。
「………うん!ありがとう!」
「待て、まだ何も言ってねぇ」
「え、だって、今『おごってやろうか?』って顔してたよ?」
私がそういうと、レイラは驚いた顔をする。
「……ハディが心読まれる理由が分かった気がする……」
「?」
レイラは小さくため息をつく。
「んで、どのパフェだ?」
「あ、この『ジャンボチョコパフェ』!」
「ん、すみませーん!ジャンボチョコパフェ二つ!」
レイラが店員さんに注文をする。
……あれ?二つ?
「ひょっとして、レイラも食べるの?」
「おう、うまそうだからな」
レイラは中身のなくなったロールケーキの袋を大きな袋に戻していた。
「にしても、お前プライドとかねーの?」
「え?」
「いや、年下におごられるのって普通嫌がりそうじゃね?」
少なくとも俺は嫌だ、とレイラは言う。
「え~、だって、誘われたらちゃんと食べなきゃ!
ほら!『据え膳食わぬは男の恥!』って言うし!!」
「待てメリス!いろいろとおかしい!!」
え?おかしい?
「どこか間違ってた?」
「むしろ、あってる所が全くねぇ!誰に教わったんだそれ!?」
「兄さん」
「妹に何教えてんだよ……」
レイラは呆れた顔で呟く。
……ひょっとして……。
「ごめん、おごってもらって悪かったかな……?」
「いや、そういうんじゃねぇよ。
おごるって……言ってはねぇけど、おごることにしたのは俺だし」
レイラは笑って言った。
「ただ気になっただけだし、別に否定する気もねぇぜ?
年下からおごられちゃいけない、なんて決まりねぇしな」
そう言って、ニッ、と笑う。
レイラってよくこういう笑い方するよね。
「お待たせしました。
ジャンボチョコパフェでございます」
数分後、店員さんがジャンボチョコパフェを持ってきた。
おいしそう~!!
「いっただっきまーす!」
「いただきます」
ちゃんと手を合わせてから、ジャンボチョコパフェを食べ始める。
「おいしー!!」
「うん、うまいなこれ!」
これならいくらでも食べられるね!
あ、そうだ。
私はとりあえず半分ぐらい食べて、一旦手を止める。
「ねぇ、レ……」
「ちょっと待て!!早い早い!!」
レイラが私のパフェを見て、驚いていた。
「どうしたの?」
「早すぎるだろ食うの!!
そのパフェ今来たばっかだろ!?」
「え~、おいしくって、つい……」
「いや、味の問題じゃねぇだろ!!」
見ると、レイラはまだ二口ぐらいしか食べていなかった。
「レイラって意外とゆっくり食べるんだね」
「……いや、どっちかっつーと、食べるの早い方なんだが……」
レイラはとりあえずスプーンを置く。
「まぁいいや……、んで、何?」
「あ、うん」
さっき私が話しかけようとしてたことに、気づいてたみたい。
「レイラは依頼、受けるんだよね?」
「っつーか、もう受けたっての、手続きも済んだしな。
……お前らはどうなったんだ?」
依頼を受けるかどうかでもめてたの、
レイラも聞いてたんだっけ……。
「まだ決まってない。
兄さんがどうしても納得してくれなくて……」
「おいおい……」
「一応、明日の朝までに決めるように言われてるんだけど……」
それまでに、なんとか兄さんを説得しなくちゃ……!!
「……まぁ、俺がどうこう言えることじゃねぇんだけどよ」
レイラは手を頭の後ろで組んで、言う。
「俺としては、お前らにも受けて欲しいけどな」
「え?」
「味方は多い方がいいだろ?
それに、俺は一人だから誰かと組まなきゃいけねぇんだよ。
せっかくだし、お前らと組んでみてぇ」
レイラはまたニッ、と笑ってそう言った。
「本当!?」
「おう、……何だよ、俺じゃ不満か?」
「全然!!……でも、レイラC級なのに、私達でいいの?」
もっと強い人達と組んでもらえそうだけど……。
「あのなぁ……、例えC級でもこんなガキと組む物好き、そんなにいねぇんだよ。
……強い奴は特にな」
そっか、年齢で判断されちゃうんだ……。
「お前らだって、俺の実力まだ知らねぇだろ」
「え?C級なんだから、すっごく強いんでしょ?」
「すっごく、って何だよ」
レイラが呆れたように言う。
「とにかく、レイラがそう言ってくれたからには、絶対に兄さんを説得して見せるからね!!」
「おう、頼むぜ」
とりあえず、腹が減っては戦はできぬ!!
私は残りのパフェを勢いよく食べ始めた。
「………あんま食うと太るぞ?」
「大丈夫!私太らない体質だから!!」
「……確かに、栄養が全部そこに行ってるんじゃねぇの?」
レイラはそう言って、私の胸をしげしげと見る。
「セ、セクハラだよレイラ!!」
「なんでだよ、俺女だぞ」
真っ赤になって胸を隠す私に、レイラは呆れたように言う。
「お前それを武器に誘惑すれば、一気に恋愛成就できんじゃねぇの?」
「っ!?」
レイラはニヤつきながら言う。
う~…、何でレイラ気づいたんだろう……。
「ってか、なんであいつ気づかねぇんだろーな、今朝話したけど、全く気づいてなかったぞ。
お前ももっとアプローチしたらどうだよ?」
「も、もうっ、いいでしょ、別に!!」
私はそう言って、またパフェを食べ始める。
……そういえば、ハディと兄さんは何してるのかな……?
~ハディサイド~
「ん~、本当にうまいな、この町のお菓子」
「うん」
俺達は適当にお菓子を買い食いしながら、いろいろな店を見ていた。
「……ん」
俺はある店に目が留まる。
それは……。
「武器屋……」
ここはけっこう大きい町だし、今使ってるのよりも良い剣が売ってるだろうけど……。
……金がねぇ。
まぁいいか、今の剣まだ十分使えるし……。
……ただ、ドラゴン相手となると心許ないけどな……。
そう考えていた俺を、グリーは横目で見ていた……。
「なんだかんだで、だいぶ買っちまったな……」
俺が買ったお菓子の総額は800G、取り分の半分以上をお菓子に使っちまった……。
俺、そこまでお菓子好きじゃないんだけど、それでもこの町では、ついつい買っちまう……。
……メリス、大丈夫か……?
俺達はとりあえず、小さな公園のベンチに座って、お菓子を食べていた。
「………ハディくん」
ドーナツを食べていたグリーが話しかけてきた。
「依頼のことなんだけど……」
「……おう」
「僕は、やっぱり反対だよ……」
「……グリー」
俺はお菓子を食べる手を止めて、グリーを見る。
「確かに魔物の大群が相手だし、危険なのは分かるけどよ。
……こっちにだって、強力な味方がいるんだし……」
「『星の賢者』かい?」
『星の賢者』……ランディアさんのことだ。
グリーは少し目を伏せた。
「……ハディくん」
「ん?」
「確かに、『星の賢者』は強いよ。
『魔塔』の一人だ、ジェネラルドラゴン程度、相手にならないだろうね」
「え?」
ジェネラルドラゴン……程度?
「……『魔塔』はね、例外なく全員が、軍隊を一人で壊滅させられるぐらい強いんだよ」
「いや、それってただの噂……」
「……事実、らしいよ」
「ま、マジで!?」
ちょっ……!!すごいのは知ってたけど、そこまで!?
「……おかしいと思わないかい?」
驚く俺をしり目に、グリーは続ける。
「それほどの力を持つ人がいるのに、どうしてわざわざ依頼なんて出してると思う?」
「……あ」
確かに、そんなすごい人がいるなら、冒険者の力なんて借りる必要ないんじゃ……。
「魔法使いの弱点は知ってるよね?」
「……スピード、だよな?」
魔法は、強い。
剣や銃火器よりも威力が高い魔法なんていくらでもある。
だが、『集中』、『詠唱』と、発動するまでに時間がかかる。
「いくら『魔塔』でも、魔法使いなんだ。
魔力が高ければ強い魔法を短時間で発動させることもできるけど、それだと、どうしても威力が低くなる」
そういや、特に『集中』にかかる時間は、使い手の魔力や経験次第なんだっけ。
『魔塔』であるランディアさんなら、短い『集中』で強力な魔法を使えるだろうけど、やっぱり『集中』は長くやった方が、魔法の威力は高いよな……。
「要するに、相手を足止めしてくれる人がいた方がいいんだよ」
「……じゃあ、冒険者達の役目は……」
「『殲滅』ではなく、『時間稼ぎ』……だろうね」
………時間稼ぎ、か。
ん?
「いや、そっちの方が助かるんじゃないか?
無理に倒せって言われるより」
強い魔物が相手なら、倒すより時間稼ぎの方が断然楽だし、安全だろ。
ってか、これ、
いつも俺達がやってる戦法とかなり似てるぞ……。
「時間稼ぎが不満なわけじゃないよ。
……問題なのは、その後だ」
「……その後?」
「……『魔塔』が時間をかけて溜めた魔法……、とんでもなく強力なものだろうね。
……それこそ、辺りの景色が一変するぐらいに」
グリーは少し皮肉っぽく言う。
……なんとなく、
グリーの言いたいことが分かってきた……。
「つまり……、ランディアさんが冒険者達ごと、魔物を攻撃するかもしれない……、って言いたいのか?
……そんな人には見えなかったけどな」
「僕もそう思うよ。
……なんたって、メリスの憧れの人だからね」
俺の指摘に、グリーはあっさり同意した。
「……でもね、巻き込まれる可能性は、ゼロじゃない。
……そして、万が一巻き込まれたら……ただじゃ、済まない」
グリーは、目を鋭くする。
……なるほど、確かにな……。
「でも、だからって……」
「分かってないのか?ハディくん」
グリーはため息をつく。
「一番巻き込まれる可能性が高いのは、君だよ」
「!」
「魔法使いのメリスはもちろん、僕だって銃を使うんだから、魔物から離れて戦える。
……でも、剣士の君はそうはいかない」
「………」
「まぁ、君が大ケガをしても、僕は構わないんだけど……」
「冗談だよな?」
俺は思わず顔を引きつらせる。
……何かグリーの顔に、『ハディくんがいなくなれば、僕とメリスは二人きりに!!』とか書いてあるように見えるけど、きっと気のせいだ、うん、そうに違いない。
「だって、君がいなくなれば僕とメリスは二人きりになれるだろう?」
うわ!言いやがった!!
「……でもね……」
グリーは、フッと切なげな顔をする。
「メリスの悲しむ顔は、見たくないからね……」
「まぁ、そりゃ仲間が大ケガすりゃな」
普通悲しむだろ、『構わない』とか言う奴はおかしい。
「………」
グリーはなぜかため息をつく。
「というわけで、僕は依頼を受けるのは反……」
「ようするに、だ」
俺はグリーのセリフをさえぎる。
「俺がランディアさんの魔法に、巻き込まれなきゃいいんだろ?」
話を聞く限り、グリーが一番恐れているのは、魔物の軍団ではなく、ランディアさんの方みたいだ。
「……あのね、ハディくん。
そんな簡単に……」
「そもそもランディアさんは、俺を巻き込もうとなんてしないだろ。
それに、グリー気づいてないのか?」
グリーは疑問符を浮かべる。
「グリーが言った戦い方は、いつも俺達がやってるやり方と、ほとんど同じだろ」
剣士が魔物を足止めして、その間に魔法使いが魔法の準備をする。
俺達がずっとやってきた戦い方だ。
「俺はいっつもメリスが準備してる間魔物を足止めして、準備が整ったらすぐに退いてる。
俺がメリスの魔法に巻き込まれたこと、今までにあったか?」
「………」
一度だってないはずだ。
少なくとも、冒険者として旅に出てからは。
「……だけど、それとは規模が違い過ぎるよ。
乱闘にでもなったら……」
「そうなったら、当然ランディアさんだって気をつけるだろうし、規模の大きい魔法を使う時は味方を下がらせるだろ。
さっきグリーも言ってたように、なんたって、メリスの憧れの人なんだ」
そんな人を恐れるのは、間違ってるだろ。
「ついでに、あの人軍人だろ?
しかも『中将』、戦闘のプロだ。
そんな人が、『魔法で味方を巻き込む』なんてへまするか?」
ランディアさんは、味方なんだ。
「………はぁ」
グリーは、大きくため息をつく。
「まさか、ハディくんに言い負かされるなんてね……」
「!!」
それじゃ……!!
「……反対を撤回するよ。依頼、受けよう」
自分の意見を否定されたのに、
その時のグリーは、どこかすがすがしい顔をしていた……。
あ~、ギャグ多めを目指したんですが、
後半ほとんどギャグないですね。
……まぁ、話の内容的に仕方ありませんが……。
次回はまだ休息なので、
今のうちに入れられる所でギャグを入れたいです。