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彼女は涙を信じない~感情を捨てた合理主義の少女が、辺境の「美談」を物理法則とコスト計算で論破していく件~』  作者: 紅茶


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第9話:決死の戦力方程式と、バックドラフト

砦の分厚い防壁が、まるで飴細工のように内側へとひしゃげた。


「ギィャアアアアッ!」


猛吹雪と共に雪崩れ込んできたのは、飢えと魔力毒で狂乱状態にある魔王軍の残党だった。


その数、およそ三十。


彼らは士官たちが偽装工作のために意図的に破壊した壁の穴から、次々と砦の内部へ侵入してくる。


「ヒィッ! く、来るな!」


腰を抜かした小隊長が悲鳴を上げる。


炎の魔術師と斥候も、恐怖で武器を持つ手すら震えていた。


「クソッ、多勢に無勢すぎる!」


クライヴは素早く剣を抜き放ち、エルナを背後へ庇うように構えた。


三十体の魔族を相手にするなど、いかに熟練の騎士であっても自殺行為に等しい。


しかし、エルナはパニックに陥るどころか、淡々と手帳を開いて羽ペンを走らせていた。


「クライヴ様、そのまま待機を。現在の戦力を数式化します」


「数式化だと!? そんなことをしている暇が――」


クライヴが怒鳴りかけた時、エルナのその透き通った瞳に微かな魔力を込めたのが見えた。


普段は空間の魔力残滓を『色』として視認している彼女だが、意識的にマナを瞳へ集中させることで、生き物が内包する『生命力と魔力の総量』をも明確なオーラとして把握することができる。


彼女の網膜には今、眼前の魔族たちが放つ赤黒い脅威度と、背後の味方が持つリソースの絶対値が、色分けされて計算可能な数値となって弾き出されていた。


「クライヴ様の安全処理上限は四体。五体以上で相討ちのリスクが跳ね上がります。士官三名の連携による処理上限は一体。二体以上で確実に死者が出ます。そして私は戦力外。……つまり、我々が一度の戦闘で安全に処理できる最大数は『五体』です」


エルナは手帳をパチンと閉じ、無機質な瞳で魔族の群れを見据えた。


「敵数三十に対し、最大処理数五。正面からぶつかれば100%全滅します。即時撤退し、第一防衛区画の『中央ホール』へ向かいます!」


エルナの迷いのない声に弾かれ、五人は魔族の群れに背を向けて砦の奥へと駆け出した。

中央ホールは、過酷な魔力吹雪から居住区を守るために作られた、窓のない極めて気密性の高い空間だった。


ホールに逃げ込んだ直後、エルナは士官たちへ冷酷な指示を飛ばした。


「あなた方が殺した部下二十名が遺した『不要な冬用装備』と『ランプの油』を、すべてこのホールの中心に集めなさい!」


「な、何を言っている! 逃げるのが先だ!」


「指示に従わなければ、あなた方をここに置いて気密扉を施錠しますよ」


エルナの脅しに屈し、三人は倉庫から大量の毛布や衣服、油を狂ったように運び出し、ホールの中心に積み上げた。


「魔術師。それに火を点けなさい。ただし、絶対に燃え上がらせてはいけない」


「燃え上がらせない……?」


「ええ。あなたの炎の魔法で周囲の酸素を急速に消費しつつ、不完全燃焼の状態を維持するのです。急いで空間をガスで満たしなさい」


「え? ええと」


「魔術師ならできるでしょう。いつもより多く空気を集めるように調整しなさい」


魔術師が小さな炎を放ち魔力で制御すると、油を吸った衣服の山からくすぶるような濃い煙が異常な速度で上がり始めた。


「クライヴ様、私たちは奥の連絡通路へ退避し、気密扉を完全に閉鎖します」


五人が分厚い鉄の扉の向こうへ逃げ込むと同時、ホールの中は濃密な黒煙と熱気で満たされていった。


気密扉の小さな覗き窓から、クライヴはホールの様子を窺った。


「エルナ殿……あの火に、何の意味があるんだ?」


「バックドラフトの準備です」


エルナは時計を取り出し、秒針を見つめながら淡々と解説する。


「バックドラフトの前提条件は、密閉された区画内に十分な火災ガスが満たされていることです。極めて気密性の高いあのホールの中で火がくすぶり続ければ、やがて酸素が欠乏し、一酸化炭素や気化した未燃焼ガスが超高温のまま充満します」


説明されて、クライヴは分かったような分からないような表情をした。

聞かなくてもよかったかと納得した。


ドォン! ドォン!


その時、ホールの外側の扉に、追いついた魔族たちが激しく体当たりを始めた。


蝶番が歪み、扉が限界を迎えようとしている。


「バックドラフトの引き金となるのは『酸素の追加』です。みなさん、衝撃に備えて」


バァァンッ!!


外側の扉が破壊され、三十体の魔族が歓声を上げてホールへと雪崩れ込んできた。


その瞬間――外の吹雪の冷たく新鮮な空気が、超高温の可燃性ガスが充満するホール内へと一気に流れ込んだ。


「暖かい火災ガスと冷たい新鮮な空気が混合し、燃焼領域に達した結果」


エルナが小さく呟いた直後だった。


――ズゥゥゥンッ!!


凄まじい轟音と共に、ホール全体が爆発的な炎に包まれた。


内部から発生した強烈な圧力波と、フラッシュオーバーをも凌ぐ超高温の爆炎が、扉付近に密集していた魔族たちを容赦なく飲み込む。


炎の舌は外の通路へ向かって吹き出し、巨大な火球となって猛威を振るった。


分厚い気密扉の向こう側にいたクライヴたちでさえ、その衝撃と熱に思わず床に伏せたほどだった。


「な、なんだ、今の爆発は……!?」


士官たちが震える声で呟く。


彼らが口減らしのために部下を殺し、結果として「余ってしまった大量の衣服や油」が、密室の物理法則と組み合わさることで、皮肉にも彼ら自身を救う絶大な環境兵器へと変貌したのだ。


やがて炎が収まり、黒焦げになったホールの惨状が覗き窓から見えた。


爆発の直撃を受けた二十体近い魔族が完全に炭化し、絶命している。


エルナは懐中時計をしまい、手帳にチェックマークを書き込んだ。


「環境兵器による広域処理完了。敵の数を二十体削減しました。残り十体」


彼女は振り返り、呆然とするクライヴと三人の士官に向けて、一切の感情を感じさせない瞳で告げた。


「さて、これでようやく敵の総数が『計算可能なパラメータ』に収まりました。ここからは、残る十体をいかに最適分配して処理するかの問題です。後は、頼みましたよ」


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