第5話:痕跡の検分と、灰色の子供たち
村の中央に位置する簡素な石造りの教会。
ステンドグラスから差し込む光は穏やかだったが、堂内に満ちている空気はひどく淀んでいた。
「ここで聖女様とやらが三日三晩、祈りを捧げたそうですね」
エルナは祭壇の前にしゃがみ込み、カバンから取り出した数枚の魔力紙を床に並べた。
クライヴは教会の入り口で周囲を警戒しながら、彼女の作業を見守っていた。
「ああ。村長の話によれば、飲まず食わずで神にすがり、奇跡を引き起こしたと」
「無償の祈りなどという非効率な真似を、神が聞き入れるはずもありません」
エルナが数滴の試薬を魔力紙に垂らすと、白い紙は瞬く間にどす黒い『漆黒』へと変色した。
「……黒? エルナ殿、それは」
「神聖な祈りや治癒のような、ある種の奇跡に類する力であれば、光属性を示す『黄金色』の反応が出るはずです。しかし、ここに色濃く残留しているのは闇属性。すなわち、術者の、あるいは他者の『生命力』を強制的に削り取り、別のエネルギーへと変換する等価交換の痕跡です」
エルナは黒く染まった紙をピンセットでつまみ上げ、淡々と告げた。
「やはり、計算通りです。この村の結界と大人たちの健康は、神の奇跡などではなく、何らかの巨大な『生け贄』を燃料にして稼働している」
「生け贄だと……!? 馬鹿な、村の人間は一人も欠けていないはずだ!」
「命そのものを即座に奪う必要はありません。『寿命』や『未来の生命力』を削り取って分配する禁術が存在します。クライヴ様、外に出て村の様子を、特に『子供たち』をよく観察してきてください。私は備蓄庫の帳簿を確認してきます」
※
エルナの指示に従い、クライヴは教会の外へ出た。
広場では、筋骨隆々とした大人たちが笑い合いながら収穫した野菜を運んでいる。
平和で活気に満ちた、奇跡の村の光景だ。
だが、クライヴの目は次第にある違和感に吸い寄せられていった。
広場の隅にある日陰。
そこに、十数人の子供たちが集まっていた。
違和感の正体は『静寂』だった。
これほど豊かな村であれば、子供は走り回り、歓声を上げるのが普通だ。
しかし、彼らは誰一人として遊んでいなかった。
ただ地面に座り込み、うつろな瞳で虚空を見つめている。
クライヴはゆっくりと子供たちに近づいた。
「君たち、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
一番手前に座っていた、十歳くらいの少女がゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て、クライヴは思わず息を呑んだ。
少女の肌はひどくカサつき、生気が全く感じられない。さらに恐ろしいことに、結わえられた彼女の栗色の髪には、真っ白な白髪が何本も混じっていたのだ。
「おじちゃん、だれ……?」
かすれた、ひどく弱々しい声だった。
十歳の子供が発する声ではない。まるで、死の淵にある老人のような——。
「っ……!」
クライヴは背筋に氷を押し当てられたような悪寒を覚えた。
他の子供たちも同様だった。
皆一様に無口で、活気がなく、髪や肌に不自然な老化の兆候が現れていた。
『――この村の結界と大人たちの健康は、何らかの巨大な生け贄を燃料にして稼働している』
先ほどのエルナの言葉が、脳裏にフラッシュバックする。
まさか。
そんなはずはない。
大人たちが、自分たちの命と村の平和のために、我が子の命を差し出したとでもいうのか。
「クライヴ様」
背後から声をかけられ、クライヴは弾かれたように振り返った。
そこには、分厚い帳簿を抱えたエルナが立っていた。
彼女の瞳は、難解なパズルの最後のピースを見つけたときのように、静かな満足感に満ちていた。
「……エルナ殿。この子供たちは、一体」
「予想通りでした」
エルナは帳簿のページを開き、インクの文字を指差した。
「村長から提出させた食糧庫の備蓄記録です。奇跡が起きて以降、大人たちの労働力が回復し、収穫量は以前の三倍に跳ね上がっています。にもかかわらず、来たる冬に向けた『子供用の保存食』の割り当てが、先週から極端に減らされているのです」
「なんだと……?」
「大人には十分な食糧を分配し、子供の分は不自然に削る。なぜかお分かりですか?」
エルナは無垢な瞳でクライヴを見上げ、そして、残酷な正解を口にした。
「この村の大人たちは、とうに知っているからです。――『今年の冬を越せる子供は、ほとんどいない』という事実を」
クライヴの手から、剣の柄を握る力が抜け落ちた。
理想郷に見えたこの村は、子供たちの未来を食いつぶして成り立つ、おぞましい共犯関係の檻だったのだ。
「さて、すべての変数が揃い、計算式が完成しました」
エルナは手帳を閉じ、冷徹な査問官の顔で村の中央広場を見据えた。
「クライヴ様。聖女と村長を広場へ呼び出してください。これより、王立魔導調査局による最終査問を行います」




