第1話:王立魔導調査局の特別査問官エルナ
「——結論から申し上げますと、これは魔王軍の残党による襲撃ではありません」
痩せこけた土地が広がる辺境の寒村。
その広場で、エルナは冷たい石畳の上にチョークで描かれた魔法陣を一瞥し、淡々と告げた。
「な、何を馬鹿な! 大魔術師ゼノス様は、昨夜突然現れた魔族から我々を守るために……!」
村長が顔を真っ赤にして抗議するが、エルナは手に持った手帳の数値を読み上げる。
「ゼノス氏の焼死体ですが、周囲の魔力残滓は『炎属性』ではなく『土属性』の変成反応を示しています」
エルナは2枚の半紙を取り出した。
1枚は赤紫色、もう1枚は青色をしていた。
「こちらの半紙は、魔力の残滓に触れると色を変える性質があります。炎属性に触れれば赤紫は青色に、逆に土属性の場合は青色が赤紫に変色します」
エルナが半紙死体に近づけると、半紙の1枚は立ちどころに色を変えた。
「ご覧の通り、青色が赤紫に変わりました。つまりここには炎属性の魔力残滓は存在せず、土属性の残滓が残るのみとなります。『犯人』は土属性によって彼を殺害し、欺瞞工作として炎で焼け死んだように見せかけた、ということです。魔族がわざわざそんなこと、するとは思えませんね」
エルナはぱたんとファインダーを閉じて、バッグにしまった。
査問終了。
査問官にしてみれば、真実というのは関係がなく、説得力を持つ物語こそが重要。
故に、エレナには、この先の事実追求に意味をなさないのだ。
「察するに、彼は他者に焼かれたのではなく、自身の生命力と魔力を土壌に還元する古代禁術の触媒として、自ら命を絶った。この焦げ跡は、後から松明か何かでつけられた偽装ですね。つまり、これは自作自演ですかね」
エルナの容赦ない論理的追及に、村長は膝から崩れ落ちた。
「……仕方がなかったんじゃ。このままでは村は全滅する。ゼノス様は村を救うため、自らの命を犠牲にして土地を浄化する禁術を使ってくださった。だが、禁術の使用が国に知れれば、村は異端として焼き払われる。だから、魔族の襲撃に見せかけるしか……」
村長は涙ながらに語った。それは、貧しい村が生き残るための、悲痛で自己犠牲に満ちた決断だった。
しかし人身御供を要する魔法は、法律で禁じられていた。
理由は倫理道徳に反する……といった綺麗な建前が公式には掲げられているが、王国の本音はもっと冷酷で生々しい。
この世界において、高度な魔術は特権階級が独占することでその支配的地位や身分制度を正当化するツールとなっている。
もし辺境の貧民が、長年の修練もなしに「自らの命」という代償一つで国家の精鋭を凌駕するほどの絶大な奇跡を容易に起こせると世間に知れ渡れば、国の権威と支配システムは根底から瓦解してしまうのだ。
加えて、本来であれば労働力であり税を納めるべき人間という高い経済的価値を持つリソースを、国家の許可なく勝手に儀式で消費する行為は、王国にとって直接的な財産的損害と見なされる。
魔法が無秩序に使われることで生じる国家経済や体制の崩壊を防ぐため、国は自己犠牲の魔法を一律に『異端の邪法』と定め、見せしめとして村ごと焼き払う掟を敷いているのである。
倫理や道徳など、権力者たちが己の体制を守るために用意した、薄ら寒い言い訳に過ぎなかった。
村長たちが怯え、苦肉の策として魔族の襲撃を偽装したのは、この絶対的な国家のシステムから逃れるためであった。
エルナはじっと村長を見下ろした。
普通の人間であれば、ここで村長の自己犠牲に涙するか、あるいは法の番人として冷酷に彼を処罰するだろう。
しかし、エルナはそのどちらでもなかった。
「なるほど」
エルナはポンと手を打つと、嬉しそうに微笑んだ。
「餓死による全滅リスクを回避するため、余命わずかだった老魔術師一人の命をリソースに変換し、永続的な土壌改良の利益を得る。さらに魔族の襲撃と偽装することで、王国から『被害見舞金』という追加資金まで狙える。極めて合理的で、見事な生存戦略です。あなたの行動は完全に理にかなっています」
エルナは手帳のページを破り捨て、報告書に「魔族の襲撃による名誉の戦死」と書き込み始めた。
「あ、ありがとうございます、査問官殿! 見逃してくださるのですね……!」
涙を流して感謝する村長。しかし、エルナはきょとんとして首を傾げた。
「見逃す? 何を勘違いしているのですか。私は事実を素直に承認しただけですよ」
エルナは報告書に王領の印を押し、村長に突きつけた。
「……え?」
「今年の王国の裏予算案です。生産性のない辺境の村には、来月から一切の支援が打ち切られる予定でした。しかし、こちらの村のように『自立的な手段で土壌を回復さ村』には、特例として支援金が交付されることとなっています」
村長は息を呑んだ。
「王国の中枢は、とうの昔に計算を終えているんです。食糧を配るより、老い先の短い老人を肥料にする方が国家の利益になると。ですが、国がそれを命令すれば反乱が起きる。だから、あなたたち自身が『自己犠牲』として、勝手に命を肥料に変えてくれるのを待っていたんですよ」
エルナの言葉に、村長の顔から血の気が引いていく。
彼らが決死の思いで選んだ罪と自己犠牲のドラマは、王国の巨大な計算式の一部に過ぎなかった。
「魔族の襲撃という偽装も完璧です。これで国は手を汚さず、美しい美談として処理できる。すべてが理にかなっている。だから私は、あなた方の素晴らしい判断を素直に高く評価しているんです」
悪意など微塵もない、純粋な称賛の笑顔。
村を救ったはずの尊い犠牲が、ただの「国家の推奨する資源リサイクル」であったという絶望的な真実を前に、村長は声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。




