おまけの話 絵画
僕はまた休憩スペースに飾られている絵を眺めていた。あの一連の『ダイブ』に伴うタイムスリップ事件からしばらく経った今も、時間があれば何となくここに足を運んでしまう。絵を見ていると心が落ち着く……と言うわけではない。本当にただ何となくここに来てしまうのだ。
——『ダイブ』かぁ。懐かしいなぁ。
あの頃はビッグボスに怒られてばっかりだった。右も左もわからない僕に様々なパークのイロハを教えてくれたおかげで今の僕が存在している。ビッグボスぐらい完璧に……とはいかないかもしれないが、何とかあの時のマエダさんに顔向けできるくらいにはなった気がする。
しーんっ
あれから時々絵の前に立ってみては「ダイブ!」と叫んでいたが、人のいないがらんとした休憩スペースに僕の声が響くだけですっかりタイムスリップすることは出来なくなっていた。それからというもの、開園当時から飾られているというこの絵を見て、「オープン当初のパークってどんな感じだったのだろう」と思いを馳せるだけの場所と化していた。がしかし……!
ぐにゃああ
——これはまさか……?!
◆◆◆
——こ、ここは?
見慣れた場所のような初めて来る場所のようなこの感覚。確かに先ほどと同じ休憩スペースにいるのだが、何か違和感を感じるこの感覚。
——やっぱり、『ダイブ』したみたいだ
その懐かしい感覚に浸りながらも、僕は頭で状況を整理し始めていた。前は、「10年前、ビッグボスが新人だった頃はどんな感じだったんだろう」と考えている時に、10年前のパークへと『ダイブ』してしまった。ということはである。僕は先ほど「オープン当初のパークってどんな感じだったのだろう」と考えていた。つまり……。
——ここはオープン当初のパークなのか?
好奇心を抑えられない僕は休憩スペースから飛び出して、パークの中を歩いてみる。僕の予感は的中していたようで、ここはおよそ20年前、オープンしたてのパークのようだった。心なしか綺麗な印象を受ける。
「ねー、次はあっちの西部劇のエリアに行こうよ」
「え、ちょっと待ってよ! 置いていかないで!」
道ゆくカップルが西部劇エリアへと向かう。オープン当初に存在し、現在は違うエリアへと変わってしまった場所だ。やっぱりそうだ。ここはオープン当初のパークなんだ。
「ねーねー、お兄さん」
「え?」
現在とは違うオープンしたばかりならではの賑わいを眺めていると、十歳程の少女が話しかけてきた。
「あたしね。楽しみにしてきたの。お兄さん、案内してよ」
少女はそう言うと、満面の笑みを浮かべていた。その顔はキラキラとした高揚感に満ち溢れているようだった。
——ま、まずい
過去に干渉すると未来が変わる可能性がある。ということを僕はタイムスリップ事件で身をもって理解していた。この少女を案内してあげたい気持ちはあるけど、それによって歴史が変わってしまうのは避けたい。どう答えるべきか固まってしまっていると、少女の母親と思われる女性が走ってやってきた。
「あ、ダメじゃない。勝手に行っちゃ! 迷子になるでしょ! すいません、この子が……」
「い、いえいえ! 大丈夫ですよ」
「ほら、行くわよ!」
「行かないよ、このお兄さんが案内してくれるんだって! ねぇ?」
少女はそう言うと僕の腕を掴んで離さなくなってしまった。ど、どうするべきなのか。僕の頭の中で脳内会議が始まった。
『もし、この子を案内することで歴史が変わっちゃったらどうするの?』
『この子を一人案内したぐらいで歴史が変わるわけないだろう』
『そんなのわからないだろ。何が影響するかなんてわからないんだから』
『そもそも開園したてのパークの案内なんてできないよ!』
『あーあ、断っちゃうの可哀想。この子が折角楽しみにして来てくれてるのに』
じーっ
少女は僕の顔をじっと見つめている。僕がこの子を案内してあげたら、もしかしたらパークのことを好きになって、何度も通ってくれるお客様になるかもしれない。反対に断ってしまうと、意地悪なスタッフがいたパークだという印象になってしまうかもしれない。
——ええい、『考える前に動け!』だ!
「よーし、じゃあ案内してあげるよ! どこに行きたいの?」
僕は腰を落として、少女に目線を合わせる。僕の言葉を聞いた少女は嬉しそうな顔をして、パンフレットを指さしながら話し始める。
「やった! あのね、ヌスッピーに会いたい! あとね、こことーここも!」
あれもこれもと話し続ける少女。そんなに沢山は案内できないぞ……と思っていると少女の母親が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「すいません、良いんですか?」
「はい。全部は無理ですけど、少しなら時間あるので大丈夫ですよ」
「本当すいません。私も広くてどこに何があるのかわからなくて……」
「あはは、ですよね。僕に任せてください!」
「お兄さん! あっち!!」
「あ、ちょっと待って! 引っ張らないで!」
少女は僕を引っ張って走っていく。待ってくれ、まずはヌスッピーじゃなかったのか。この子はどこに何があるかわかって走っているのか? 闇雲に連れ回す気じゃないだろうな。
◆◆◆
それから何箇所か、僕はその少女と母親を案内した。少女はよく笑う子で、案内した先々でしきりに「楽しい、楽しい」と言って嬉しそうに笑っていた。気づくと時間がそれなりに経ってしまっていた。そろそろ『ダイブ』のリミットが近づく頃だ。
「すいません、そろそろ時間なので……」
僕はそう言って二人と別れようとした。母親は礼を言うと、娘にも礼を言うように促していた。少女は照れくさそうにしながらも、「ありがとう」と言って手を振ってくれた。
ぐいっ
数歩歩いたところで、シャツの裾を引っ張られる感触がした。「なんだ?」と思って振り返ってみると、先ほどの少女が俯きながら引っ張っていた。彼女は照れくさそうにしながらも、何かを伝えたい様子だった。僕はしゃがんで目線を合わせてみる。すると、彼女は僕の顔をじっと見つめてこう言ったのだった。
「あたし、将来はお兄さんみたいなスタッフさんになりたいです。今日は楽しかったです! ありがとうございました!」
少女はそう言ってぺこりと頭を下げると、母親の元へと戻って行ってしまった。僕はその後ろ姿に手を振りながら考えていた。
——お兄さんみたいなスタッフか……
お兄さんみたいな怒られてばかりのスタッフじゃなくて、ビッグボスみたいなスタッフにならなきゃダメだぞ、と僕は彼女の将来を案じていた。が、少し考えてみる。あの子は今十歳程度、このパークが開園したのは僕が生まれたぐらいの話のはずだ。と言うことはだ。あの子は僕より十歳程歳上ということになる。もし、あの少女が今パークで働いていたら先輩の可能性がある。そして、十歳程歳上で女性の先輩といえば……。
——まさかビッグボスじゃないよな?
ぐわぁああん
そんなことを考えていると、目の前が歪んで視界がぐにゃりと曲がる感覚がした。どうやら現代へと戻るようだ。あの女の子がビッグボスなのだとしたら、もしかしたらビッグボスがパークで働くきっかけは……。いや、そんなのは仮定の話だな。あの子が誰であれ、パークをずっと好きでいてくれたら良いな。そんなふうに思うのだった。
【終】




