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第3話 タイム・トラベル-2

「ちょっと、タテノくん、タテノくん!」


「……」


「タテノくんってば!」


「う、うわぁぁ!!」


「ずっと姿見ないから心配したんだよ? もう、こんなところで寝て……」


 目を覚ました僕の前には——先程のマエダさん——ではなく、あかねちゃんがいた。目を覚ます……? あれ、何で僕は寝ていたんだろう。確か……そうだ! 10年前のパークのようなところを歩いていて気を失ったんだ。あれは、夢か? 夢にしてはリアルな気がするけど……。


「ほら早く持ち場に戻ろう! このことはビッグボスには内緒にしといてあげるから!」


 あかねちゃんはそう言うと、口元に人差し指をあててナイショのポーズをとった。か、可愛い。可愛すぎる。どのくらい可愛いかと言うと、思わず見惚れてお礼を言うのを忘れるほどだった。


「あ、ありがとう……!」


 僕は少し遅れてあかねちゃんに礼を伝えた。勢い余って、見惚れていたから礼が遅れたんだと口走ってしまいそうだった。危ない。あかねちゃんの可愛さに慣れていない人だったら、気を失う程の可愛さだ。それにしても、休憩スペースで寝ていたなんてことがビッグボスに知られてしまったら、どんだけ怒られるか見当もつかない。ただでさえ、今日は怒られるのが確定しているのに……。


◆◆◆


「ちゃんとわかってるの!」


「はい……」


「次からちゃんと気をつけなさいね」


 そう言ってビッグボスはスタスタと去っていった。今日はいつもに比べると控えめな怒られだったな。本当に休憩スペースで寝ていたことがバレてなくてよかった。


「お疲れさま!」


「あれ、あかねちゃん。待っててくれたの?!」


「うん、ちょっと話したいことがあって……」


——話したいことがある?! 僕に?!


 あかねちゃんから僕に話したいことがある。あかねちゃんから僕に話したいことがある。あかねちゃんは僕に話したいことがある。あかねちゃんは僕のことが……。


「……聞いてる?」


「ごめん、聞いてる聞いてる! 話って何?」


「そろそろリベンジしようよ!」


「え、リベンジ?」


 リベンジとは何のことだろう。僕とあかねちゃんで何かリベンジすることがあっただろうか。クリスマスを前にして、僕たちをカップルにさせてくれないこの世界に対してのリベンジだろうか。あかねちゃん……僕と君2人が幸せになれない世界なら、僕はいっそ燃やしてしまったって構わないと思っているんだよ。


「“絶望”だよ!」


——絶望?!


 その通りだ。僕ら2人が一緒になれない世界はまるで絶望そのもの。僕は君と……いや、違う!!


——ジェットコースターのことか!


 “絶望”とは、前にあかねちゃんと遊園地に遊びに行った時にシステム不具合で乗ることができなかったジェットコースターのことである。100メートルはあろうかと言う高さから、ほぼ垂直に落ちる様が地獄に向かう絶望そのもの、と言うことで“絶望”と名付けられたらしい。改めてなんて言うネーミングセンスなんだ。


「前に行った時に乗れなかったのが、ずーっと心残りだったの! だから“絶望”にリベンジしないと、他のコースターに乗れないなって……」


「あー。ぜ、“絶望”かー……あはは」


「あれ、あんまり乗り気じゃない?」


「いや、そう言うわけじゃないけど……」


「けど……?」


 僕があかねちゃんとの折角のデートなのに口ごもっているのには理由がある。それはジェットコースターが大の苦手だからである。ジェットコースター好きの人は言う、「一度乗ってみたらそこから楽しくなるよ」と。先日乗ってみた僕が断言する。一度乗ったからこそ、恐怖感が増してより乗れなくなるのだ。ジェットコースターと聞いただけであの日経験した浮遊感が体を襲い、筋肉が強張る。


——折角のあかねちゃんとのデートだけど……


 流石に白状しよう。実はジェットコースターが大の苦手であると。すごく怖いんですと。こういうのは言うタイミングが後になればなるほど言い出しづらくなってしまう。言うなら今しかない。


 僕はあかねちゃんの目をしっかりと見る。よし、もうカミングアウトしよう。決意した僕はこう言ったのだった。


「俺、実はあの日から何回も“絶望”に乗ったシミュレーションしてんだよね」


「えっ?」


「だから、この俺の想定を超える恐怖を“絶望”が与えてくれるのか不安でさ。結局想像の範疇なんじゃないかって……」


——またやってしまった……


 いつも僕はこうだ……。あかねちゃんの前だとついカッコつけてしまう。本当は“絶望”に乗りたくなくて震えているのに……。虚勢を張った僕の手を満面の笑みのあかねちゃんが掴む。ぼ、僕の手をあかねちゃんが……!!


「くぅ〜! タテノくん!」


「な、ななななに? あかねちゃん?」


「私もだよっ!!」


「えっ?!」


「私もあの日から何回も何回も頭の中では“絶望”に乗っているんだよ! やっぱり! タテノくんなら、同じ気持ちなんじゃないかと思ってたんだよ!」


「そ、そうなんだ……」


 握られた手から、あかねちゃんの手の温かさが伝わってくる。その温かさでジェットコースターへの恐怖に震えていた僕の心がほぐされていくようだった。うん、あかねちゃんと一緒なら大丈夫な気がする。


「じゃあ、来週の休みに早速行こう!」


「りょ、了解……!」


 あかねちゃんが楽しそうにスキップをしている。あぁ、もっと楽しそうなあかねちゃんを見ていたい。僕がもしジェットコースターそのものだったなら、あかねちゃんは僕を見てスキップして狂喜乱舞してくれるのだろうか。来世はあかねちゃんに乗ってもらえるようなとびきり怖いジェットコースターに生まれ変わりたい。あかねちゃんに喜ばれるなんて、前世にどんな徳を積んだと言うのだ、ジェットコースター達は。僕ももっと昔からゴミ拾いをしたりして、徳を積んでおくべきだったのか……。あっ。


——昔……


 “昔”と言う言葉で急に先ほどの景色がフラッシュバックする。10年前のパークみたいなあの景色……。あれは白昼夢のようなものだったのか……。


『キミ名前は?』


 倒れる間際、あの女の人にそう聞かれたことを思い出す。あの人の名前は……そうだ……『マエダ』と名乗っていた。聞き覚えのない名前……。


——もしかしたら、あかねちゃんなら知っているのではないか? 


 あかねちゃんは色んなスタッフとも顔馴染みだ。もしあかねちゃんが知っていたら、過去のパークのように感じたのは気のせい、単なる僕の勘違いということになる。あれは僕が見た白昼夢。そう、あの絵のせいで見た幻影……。きっとそうに違いない。そう思った僕はさりげなく聞いてみることにした。


「あの、あかねちゃん……」


「んー?? なにー??」


 上機嫌な様子のあかねちゃんがくるりと振り返る。僕は少しだけ胸のざわめきを感じながら、先ほどの疑問を口にしてみた。


「あの……『マエダ』って名前のスタッフさん知ってる?」


 もしあかねちゃんが知ってたら、あれは過去のテーマパークではなく、現在のこのパークのスタッフということになる。もし知らなかった場合は……タイムスリップしたということになるのか。僕は半ば願いながら、あかねちゃんの返答を待った。


「何言ってるの、タテノくん。知ってるに決まってるじゃん。ずっと一緒に働いてるんだから!」


——あ、やっぱりそうなんだ……


 ほっと胸を撫で下ろす。良かった。僕が人の顔と名前を覚えられてなかっただけだったんだ。タイムスリップなんて馬鹿げた体験をしたわけではなかった。マエダさんどこにいるんだろう。今までどこに隠れていたんだ。きっと倒れた僕を休憩スペースまで運んでくれたのもマエダさんなのだろう。


「そ、そうなんだ! 俺、今日初めて話してさ! 多分俺を休憩スペースに寝かしてくれたのもマエダさんだと思うんだ! お礼言わないと……」


「ん? 待って待って。タテノくん、ずっと何言ってるの?」


「何って……。今日休憩スペースで寝る直前にマエダさんってスタッフさんと話してたんだよ。いや、あんな同世代くらいのスタッフがいたかなーって……」


「同世代?! 本当に何言ってるの?」


「え?」


 怪訝な顔をするあかねちゃん。ずっと話が噛み合っていない気がする。じわぁっと嫌な感覚がする。次にあかねちゃんは驚くべき言葉を口にした。


「ビッグボスのことでしょ?」


「え?」


「だから……ビッグボスの名前がマエダだよ?」


——え?!


「初めて話したなんて……怒られすぎて記憶でもなくしたの?」


 本当にそうかもしれない。いや、そうだったらどれだけ話が簡単になるだろうかと僕は思っていた。

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